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22. 可愛いと思っているのに、パトリックが懐かない


 皇后からは翌日すぐに返事が返され、「残念な事になったけれど、これも運命だったのね。だからレティシア、遠慮せずまた遊びにいらっしゃい。話し相手になって欲しいわ」としなやかな文字で書かれてあった。

 レティシアはソフィー皇后の変わらない優しさに、鼻の頭がツンと痛むのを感じた。


 同じように届けたはずのリュシアンからは返事は来なかった。レティシアが心を込めて書いた手紙だったが、昨日夫人から聞き及んだ事を鑑みれば、読んだかどうかさえ分からない。

 もしかしたら読まずに捨てられたかも知れないと思うと、レティシアはまたじわりと涙が滲んでしまうのだった。


 日中、レティシアは何もする気が起きず、このまま正式に婚約破棄が成立してしまうのをじっと部屋に閉じ籠って待っていようかと考える。

 侯爵はレティシアに何一つ話す事はせず、ただ不機嫌そうな態度は変わらずに、今日も宮殿へと出仕して行った。


「パトリックのところへでも行こうかしら」

「それはようございます。坊ちゃんは近頃お話を覚えたので、お嬢様が話しかけてさしあげると尚更たくさんお話するようになりますよ」

「本当? それは楽しみね」


 マヤはレティシアの事を心配して、ずっと一緒に居てくれる。しかしマヤだって使用人としての仕事もあるのだ。レティシアの乳母としての役目は終えても、使用人としてやる事は日々多くある。

 ずっとレティシアのそばに付いているわけにはいかない事くらい、幼い子どもではないレティシアには分かっていた。


 侯爵夫人は買い物に出掛けているらしく、パトリックは乳母に預けられていた。

 乳母の名前はシーイン。何と子どもが八人もいるらしい。


「シーイン、パトリックはどこ?」

「お嬢様、坊ちゃんはそちらでいらっしゃいますよ」


 パトリックはシーインと共に侯爵家の庭園で遊んでいた。芝の植えられた場所に敷物を敷き、座って本を読むパトリックは、まだ字など読めないはずなのに真剣にページを捲っている。


「パトリック、何を読んでいるの?」

「あー……う」

「なぁに? えーっと……『帝国フォレスティエの歴史と失われた力』?」


 何やら遠目にも古そうな本であるとは思ったが、まだ一歳を過ぎたばかりの子どもが読む本では無さそうだ。

 レティシアは思わずシーインの方を見ると、シーインは肩をすくめて苦笑いを浮かべる。


「実は……坊ちゃんはご自身で本を選ばれるのです。図書室へ連れて行くと、本棚をひとつひとつ確認しながら指をさして。それで今日はその本を」

「まぁ、パトリックったら。まだ字も読めないのに、こんなに難しい本で楽しいのかしら」

「読めるわけではないにせよ、見るのが好きなようですよ」

「ふぅん……ねぇパトリック。あっちで姉様とお花を見ましょう」

「や! いーや!」


 レティシアは座るパトリックを抱き上げようと脇の下に手を入れた。しかしパトリックは嫌だと言うように盛大に暴れてレティシアを蹴飛ばす始末。


「お嬢様! だ、大丈夫でございますか⁉︎ 怪我は?」

「いたた……平気よ。そう、パトリックは花よりも本がいいのね」


 抱くのを諦めたレティシアがニコリと微笑みかけるが、パトリックはツンとして本に目を落としたまま。

 その後もレティシアの言葉に対して奇声をあげたり、動きも嫌がるそぶりばかり見せる。

 小さな弟は、何故だか姉に懐かなかった。


「ふぅ……シーイン、私はお部屋に戻るわ」

「はい、申し訳ございません」

「どうしてシーインが謝るの? 気にしないで」


 そう言ってその場を離れたものの、レティシアが居なくなればパトリックは乳母のシーインと穏やかな時間を過ごしているようだ。

 レティシアは多くの人に今の自分が拒絶されているような気持ちになって、自然と俯きがちになる。

 シーインの優しい話し声と、すっかりご機嫌になったらしいパトリックの笑い声を背に聞きながら庭園を後にした。


 


 



 

 


 


 

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