14. もう二度と、過ちを繰り返さないと決めて
ソフィー皇后との面会を終えたレティシアは、当然の事ながらまだ存命で健康そのもののイキイキとした様子の皇后の姿を思い出して、胸がズキリと痛んだ。
記憶のままの優しいソフィー皇后は、久しぶりにレティシアと会えた事を心から喜んでいた。
レティシアの方も、もう二度と会えないと思っていた皇后に会えた事に感激し、そしてこの温かなぬくもりがもう少ししたら完全に失われてしまう事を悔しく思ったのだ。
「なんとか出来ないのかしら。このままソフィー様が生きられる方法は……何か」
宮殿を後にし、自室に戻ったレティシアは過去の出来事を整理しようと記憶を辿る。
頭の中の記憶を口に出しながら、書き物机に置いた紙に思いつくままペンを走らせた。
「ソフィー様が儚くなられたのは死産が原因で……。記憶によれば今は既にご懐妊中のはず」
事実、今日のソフィー皇后はふわりとしたドレスを纏い、あまり身体に負担をかけたり無理をしないようにと、本人と周囲の侍女達がやたら気遣っていたように見受けられた。
「今の私なら、何か出来ることがあるかも知れないわ」
レティシアはこれから起こる事を既に知っている。だからこそ、以前の人生では助けられなかった皇后の命を今度こそ助けられるのでは無いかと期待を抱く。
自分がこの世界に逆行したのも、もしかしたらそうするべきだという事なのかも知れないと考えたのである。
「それにしても、予期せずイリナ嬢が現れたのには驚いたわ」
濃紺の髪、黒目がちな瞳、口の端をクイッと持ち上げる笑み。
イリナはレティシアの三つ年上、まだ八つの子どもだが、父親ジェラン侯爵による教育の賜物とでも言うべきか、野心的意欲の強い娘である。
まさにそのイリナによって殺された記憶のあるレティシアが、トラウマのように彼女を恐れてしまうのは仕方のない事であろう。
「けれど、怖がってばかりもいられないわ。此度こそあのような最期を迎えないようにしなければならないのだから。その為に自分がどうするべきか、選択を誤らないようにしないと」
レティシアは以前と同じ未来を辿るつもりは毛頭無く、抗えるだけ抗うつもりでいた。
何故ならば、あの時……最期にレティシアに声を掛けた時のリュシアンの表情が、とても悲しげであったような気がしたから。
婚約者同士でありながらも、いつの間にか分かり合えなくなってしまった過去であったが、リュシアン自身の芯となる性質が変わったわけでは無かったはずだ。で、あればきっと、そこに愛はなくとも幼馴染であるレティシアの死を前に何も思わないわけはないのだ。
だからこそ死を間際にしたレティシアに決意の言葉を掛けたに違いない。
「私が道を誤らなければ、もう二度とリュシアン様にあのような表情をさせる事も無いはず」
レティシアは逆行し二度目の生を授かってから、思った事や分かった事を走り書きで書き留める癖を持っていた。
そうする事で、未だ分からない事だらけのこの現象に巻き込まれたレティシア自身が恐慌に陥るのを防ぐ意味合いもある。
思考の海にプカリプカリと浮かんでいたレティシアの耳に、ノックの音が響いた。
「あらお嬢様、まだお勉強なさっていたのですか。頑張り過ぎも毒ですよ。さぁさぁ、お休みの時間でございます」
「分かったわ。あ、ねぇマヤ、しばらくソフィー様のところへ通いたいの。近頃はずっと閉じこもっていたからあまりお会い出来なくて、もっと会いたいと仰ってくださったから」
「まあ、左様でございますか。それがようございます。お嬢様はもっと外に出ませんと。いくらパトリック様がお可愛いからと、ずっと屋敷に閉じこもってそばに居るのではいけませんもの」
レティシアがソフィー皇后に会いに行くと告げた事を、マヤは大層嬉しそうに同意した。
マヤがテキパキとレティシアの寝台を整え、ベッドサイドにランプを置くと、レティシアはそろそろと寝具の間へ滑り込む。
「マヤ、いつもありがとう」
「まぁまぁ、一体どうなさったんですか? そんな改まってお礼を言うだなんて」
「大好き。ねぇ、少しの間手を繋いでいて」
「はいはい、ようございますよ。お嬢様の可愛らしい我儘ならば、マヤはいくらでも聞いてしまいます。さぁ、お嬢様が眠るまで手を繋いでいますから、お休みになってください」
「うん、おやすみ」
マヤがきちっとアイロンを掛けてくれた寝具は、ほのかにラベンダーの香りがする。きっとよく眠れるように少々手を加えてくれたに違いない。
そのうちレティシアはスウスウと可愛らしい寝息を立て始める。マヤの手をギュッと握り締めていた小さな手は、段々と力を失って終いにはパタリとシーツに落ちた。
「今夜こそ良い夢を見て、ゆっくりお休みください」
マヤはそっとレティシアの頬を撫でる。丸みを帯びた頬は、柔らかくて温かい。
いつからだったか、レティシアは眠りながらうなされるようになった。苦しげに呻いたと思えば、胸を押さえてハラハラと涙を流したりするのだ。
何かレティシアに大きなストレスが掛かっているのは間違いないが、それが何なのかマヤには計りかねていた。
マヤに出来る事は、レティシアの心が少しでも安らかに落ち着くよう手を繋ぎ、ラベンダーの香りを寝具に吹きかけ、サシェを枕の下に仕込む事。
「ふふ……」
寝ぼけて笑い声を上げたレティシアを見て、マヤは安心した様子で部屋を後にする。
レティシアの髪色と同じ白銀の月光が、窓から静かに降り注いでいた。




