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13. 野心家の親娘、苦杯を舐める


 皇后宮に向かうレティシアとリュシアンは、しばらく会っていなかった時間を取り戻すかのように、お互いの近況を順番に語り合った。


「今は隣国ルーシアの言語と歴史を学んでいるの。私が勉学に励む事を、お父様達は良い顔をしないけれど」

「レティーはどうしてそんなに貪欲に学ぼうとするんだ? まだ五歳だろう。追々学んでいけばいいじゃないか。自由に遊べるのは、今の時期だけだぞ」

「そうかも知れないけれど……」

「あの日……俺の目の前で倒れた事があっただろう。あれからずっと、レティーが無理をしているような気がして。心配なんだ」


 ピタリと歩みを止め、心から心配だという表情を浮かべたリュシアンは、どう答えたらいいのか分からず気まずそうに口をつぐむレティシアの手をそっと握った。


「何か悩みがあるなら、俺に話してくれ」

 

 あの日イリナに殺されたレティシアが、回帰してこの世界に来た時の事を、事情を知らないリュシアンも印象深く覚えている。

 そしてその後レティシアが、過去の過ちを繰り返すまいと少々無理をしている事にも気付いているのだ。


「私……」


 だが、何と言えばいいのだろうか。


 実は過去のレティシアは両親の言う通りに動く従順で愚かな令嬢であり、皇帝や両親に都合の良い傀儡のようになっていた為に、リュシアンが謀反を起こした際にイリナに斬られたのだと、そう話しても到底信じないだろう。

 それに、詳しい事を話すには今は存命のソフィー皇后や、まだ生まれてもいないニコラ皇子が命を落とす事も口にしなければならないのだ。

 そのような事をとてもではないがリュシアンに話す気にはならなかった。


「レティー、俺は……」


 なかなか口を開こうとしないレティシアに、リュシアンが何かしらの言葉を発しようとした時、ふいに溌剌とした声が二人の後方から投げかけられた。


「まぁ、殿下! ごきげんよう」

「まさかこのような所で皇太子殿下にお会い出来るとは。奇遇ですな」


 レティシアとリュシアンが振り向くと、そこには揃いの髪色を持つ親娘が立っていた。

 破顔して真っ直ぐにリュシアンだけを見つめるのは、夜明けを待つ空のような紺色の髪と黒い瞳を持つ、ジェラン侯爵とその娘イリナだった。


「ジェラン侯爵、それにイリナ嬢。皇后宮の庭園(このような所)で何を?」


 リュシアンはレティシアの存在を無視するかのような態度に気を悪くしたのか、無表情のまま硬い声色で二人に問いかける。

 レティシアは過去の記憶からイリナを見るなり反射的に身を固くし、添えた手からそれを感じ取ったリュシアンが苛立ちを覚えたのかも知れないが。


「別に何を、という訳では無いのですが。今日は皇帝陛下からお呼びがかかりましてね。用向きは済みましたのでこうして娘と二人、宮殿の散策をしていた所です」

「それでわざわざこのように奥まった所にある皇后宮まで来るとはな」


 実はジェラン侯爵はリュシアンの居所を侍従に尋ねた上でここを訪れていた。


「しかしこうして皇太子殿下とお会い出来たのも何かの縁でございましょう。私は先に帰りますので、宜しければこれから我が娘イリナと殿下の語らいの時を設けていただけませんか」

 

 レティシアの生家であるベリル侯爵家と同じくらいに由緒正しき家門のジェラン侯爵家は、この帝国フォレスティエでも大きな力を持った貴族である。

 簡単に言えばベリル侯爵家とジェラン侯爵家はライバルのような関係性で、当主であり皇帝に近しい高官でもある侯爵同士の仲は悪く、何かにつけて常に睨み合っていた。

 

 それが皇太子の婚約者にレティシアが選ばれた事で遅れを取ったと感じたジェラン侯爵は、一層皇帝の愛顧を受ける為に忠実な部下として働き、裏では娘を皇妃にしようと画策しているのだった。


「私、殿下と剣術について是非ゆっくり語らいとうございます。私も日々の鍛錬を欠かさず、随分と腕を上げましたのよ」

「イリナは剣術に長けた殿下に憧れているのです。それにまだ八つながらなかなか筋が良いと、騎士達からも褒められておりますよ」

「うふふ……。ですから是非に殿下からも直接ご指導いただきたいものですわ」


 レティシアは思い出す。過去のイリナも幼い頃からこのようにとても積極的で威勢が良い令嬢であった事を。

 まさに剣術などとは縁が無かった、深窓の令嬢レティシアとは正反対の性質なのだ。


「侯爵、今は婚約者と過ごすかけがえのない時間なんだ。それにこれから二人で母上に会いに行くところだ。母上も、幼い頃から可愛がっているレティーに会いたいと常々言っていたからな、このような所で時間を割くのは惜しい」


 この時まだリュシアンは十歳の子どもであったが、はじめからずっと、まるでレティシアがその場に居ないかのように振る舞う二人に対し、何とも言えない嫌悪感と沸々と湧き上がる怒りを抱いた。

 

 だからはるか年上の侯爵に対し、敢えて挑発するような言葉を選んで拒絶の意を示したのだった。熱い視線を自身に送るイリナについては一切触れる事なく。


「行こう、レティー。母上が待ってる」

「は、はい」


 侯爵とイリナに背を向けレティシアをエスコートしたまま、さっさと皇后宮へと向かうリュシアンに、従うしかないレティシア。


「しかし、殿下……っ」


 ジェラン侯爵は、いくら皇太子とはいえ所詮は子どもだと見くびっていたリュシアンの思わぬ態度に、慌てた様子で後方から声を掛けて引き留める。

 一度息を吐いたリュシアンは、顔を半分だけ後ろに向ける形で口を開いた。

 

「まだ、何かあるのか?」


 ジェラン侯爵とイリナが思わずハッとするような、背筋が冷たくなるような冷淡な声に、前を向いたままのレティシアも体を強ばらせる。


「……いえ。申し訳ございませんでした」


 侯爵は複雑な感情に震える拳を握り込んでそう言った。

 

「さぁレティー、待たせたな。今度こそ行こう」

「はい、リュシアン様」


 その後仲睦まじい様子で皇后宮の奥へと向かう二人の後ろ姿に、父親の隣で強く唇を噛んでいたイリナは射殺さんばかりの視線を送っている。


「お父様。私、必ずや殿下のお心を射止めてみせますわ」

「そうだぞ。この帝国フォレスティエ未来の皇后はお前だ。決してあの辛気臭いベリルの娘などでは無い」


 よく似た色味を持つこの親娘は、性格も良く似ていた。狡猾で、野心家で、よく喋る。

 

 この二人が今後レティシアをひどく苦しめる存在になるのだが、まだこの時はリュシアンも、そして二度目の生を生きるレティシアでさえも予想していなかった。

 


 

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