12. 五歳のレティシア、久々のお茶会へ
パトリックが生まれてすぐに侯爵夫妻が言い争う姿を見て以降、レティシアは意識して両親の様子に心を配るようになる。
レティシアの前で二人が険悪な雰囲気になると、時には子どもらしい言葉で場を和ませ、時には大人びた言葉で侯爵夫妻をハッとさせた。
それでも幼な子に出来る事など限られている。過去では完全に冷え切っていた夫婦関係を、今度こそ円満にするという画策も、そうそう上手くはいかなかった。
やはり此度も両親の仲を取り持つのは難しいのかと、レティシアは誰にも話せない悩みを抱えて落ち込んでいた。
そんな時、リュシアンから久しぶりに二人でお茶を飲もうという誘いの手紙が届いたのである。
どうやら道中をかなり急いだ様子の侍従がベリル侯爵家へ届けた手紙には、返事は侍従へ渡して欲しいと書かれてあった。
いつもならばそう返事を急く事がないリュシアンにしては珍しい事だと思いつつも、レティシアはすぐに返事を書いた。
他家の子ども達がいる茶会は、それぞれの家門の思惑が見え隠れする。
特に過去でレティシアを刺殺したジェラン侯爵令嬢イリナの事は、相手がまだ何も知らないたかが三つ年上の子どもだと分かっていても苦手に思っていたから、リュシアンと二人だけの茶会に誘われたのは嬉しかった。
もっと幼い頃はリュシアンやソフィー皇后に会いによく宮殿にも遊びに行っていたのに、四歳のあの日以降、レティシアはただ無邪気にリュシアンと遊んでいるだけの子どもでは無くなってしまったのだ。
「やっぱりお父様はパトリックを心から可愛がる事は出来ないみたい。そんなお父様にお母様は傷ついていて、二人はギスギスしているの」
レティシアは、もうすぐ一歳となるパトリックの様子をリュシアンに話しているうちに、ついそのような事を口にしてしまう。
今日は久しぶりにリュシアンからお茶会に招待され、美しい庭園で薔薇の花を眺めながら会話を楽しんでいたのだった。
「それは……ベリル侯爵が夫人の事をとても愛しているのだな」
「え、どうして? お父様はお母様に怒鳴ったり、まだ赤子のパトリックにそっけなくしたりするのよ。愛しているのなら、どうして優しくしないの?」
五歳の身体だとしてもレティシアの魂は十八歳。それでもまだまだ世間知らずのレティシアには、リュシアンの言っている事が理解出来なかった。
「愛しているからこそ、裏切りが……不貞が許せないんだ。目に見えるもの全てが、本当の事では無いんだよ。レティシア」
寂しげにも見える苦笑いを浮かべたリュシアンの様子に、レティシアはハッとする。
未だソフィー皇后は存命だが、この時すでに皇帝はカタリーナを愛人としてそばに置いていた。そして近々カタリーナは正式な皇妃となる事が決まっていたのだ。
ただし、今現在それを知るのは皇帝とカタリーナ、そしてソフィー皇后とごく一部の者だけで、幼いレティシアは勿論知らない事になっている。
過去の記憶から、その事実を知っているだけなのだ。
「ねぇ、リュシアン様。私、ソフィー様にお会いしたいわ」
過去と今の出来事はレティシアの回帰によって多少の違いはあれど、記憶の通りならばあと一年もしないうちにソフィー皇后は身体を壊して儚くなる。
その事実を思った時、急にソフィー皇后に会いたくなったのだ。
「ふた月ぶりに会ったのに、俺と二人の時間よりも母上に会いたいだなんて」
「あ……リュシアン様、ごめんなさい。そういう意味じゃ……」
時を逆行したレティシアは、とにかくこの一年足らずを両親の仲を取り持つ事と、愚かな令嬢と呼ばれない為に自身の学びに費やした。
幼いレティシアが熱心に勉学に励む事を、世間知らずで従順な令嬢を良しとする両親はあまり良い顔をしなかった。賢くなればなるほど、思うように扱いにくくなるからだ。
お陰でリュシアンと遊ぶ時間は必然的に少なくなってしまった。その間リュシアンはレティシア以外の令嬢や令息との交流を深めていた。
そこに集まる令息達は高官になる為、令嬢達はあわよくば将来の皇妃の座を狙って。家門の行く末に関わる事であるから、彼らも親達も必死である。
レティシアがあまりそのような集まりに出席しないのをいい事に、リュシアンとの仲が良くないのだと考えて、虎視眈々と婚約者の座を狙う令嬢もいた。
「ははっ、冗談だよ。母上もレティーに会えるのを喜ぶだろう。でも、もう少し俺との時間を作ってくれてもいいと思うな」
「そうね、これからはそうするわ」
「そうしてくれ。パトリックが生まれてから、レティーはあまり会ってくれなくなったから、寂しいよ」
過去に死を迎える少し前には、あれほど切ない想いを一方的に抱いていたリュシアンから、会えなくて寂しいと言われてレティシアは複雑な思いを抱く。
今もリュシアンの事は好きだ。その笑顔や、何気ない仕草にドキリとする事は多い。
しかし、此度の生でもリュシアンの婚約者として自分がそばにいるべきなのかどうかは分からないでいた。
中でもレティシアを刺殺したイリナ侯爵令嬢をはじめとした数名の高位貴族の令嬢が、リュシアンの婚約者という座を狙っているのだと、自然とレティシアの耳にも入ってくる。
そういった事は何もしなくても親切な貴族達が教えてくれるのだ。
お陰で危機感を覚えた両親は尚更のこと、茶会に出席せずに勉学にばかり研鑽を積んでいるレティシアを責めるのである。
「これからはもっとお城に来る機会を増やすわ」
「そうか。それは楽しみだな。約束だぞ。じゃあレティー、早速母上のところへ行こうか」
まだ背も小さく、歩幅も狭いレティシアに合わせて優しくエスコートするリュシアンは、陽の光の元で美しく煌めく銀髪のつむじを見下ろす。
久しぶりに寄り添う可愛らしい婚約者の存在に、ふと溢れる愛しさを感じたのだろうか。どこまでも深い海のような青をしたその瞳は、その時確かに慈しみと愛情に満ちていた。




