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11. 殿下の憂い、頼れる師の言葉


 偉大なる帝国フォレスティエの皇太子であるリュシアンは、近頃浮かない顔をしている事が増えた。

 今は剣術の稽古の時間。リュシアンが剣を置き休憩しているところへ、師である帝国第二騎士団の団長ディーンが鎧を鳴らしながら近付き、隣へ腰掛ける。


「殿下、暗い顔をしてどうなさったのです? 鍛錬に少々疲れましたか?」

「ディーンか。いや、すまない。少し、考え事をしていた」

「さては……レティシア嬢の事でしょう」

「な……っ!」


 リュシアンはディーンからの思わぬ言葉に絶句する。頬を赤く染め、驚愕の表情を浮かべたその様子は、いくら普段の様子が大人びていても、やはり九歳の少年そのものであった。


「何故分かった?」

「分かりますとも。殿下は昔から、落ち込んでいたりいかにも嬉しそうな時には、必ずレティシア嬢のお話をしてくださっていたではありませんか」


 実は最近になって団長に就任したこのディーンという男、団長としては異例の平民上がりである。その上まだ歴代の団長としては若い方で、五十を数えたばかり。

 しかし一介の騎士時代から戦となれば第一線に自ら飛び込み、多くの敵を退け戦果を積み重ねてきた事が、皇帝の覚えがめでたい理由であった。

 団長就任直後には、一部の貴族出身の騎士や年嵩の騎士からの激しい反発もあった。しかし秀でた統率力だけで無く、元来の快活で人懐っこい性格もあって、次第に現場の騎士達にも一目置かれるようになったのだった。


「ディーン、其方は俺を弱いと思うか?」


 まだディーンが一介の騎士であった頃、七歳のリュシアンは当時の騎士団長ではなく噂の英雄ディーンに自ら稽古をつけてくれと頼み込み、ディーンの方もリュシアンの熱意に負けて剣術の師となった。

 しばらくは面目を潰された騎士団長からチクチクとやられたが、それでもディーンは貪欲に剣術を学ぼうとするリュシアンに真剣に向き合った。

 

「剣の強さで言えばまだまだです。しかし、殿下は強い信念をお持ちだ。これからもっと強くなられますよ」

「そうか。俺は更に強くあらねばならない。いつかは其方をも倒してみせよう」

「はははっ! それは頼もしい! それで、やはりレティシア嬢の事で思い悩んでおられたのですか?」

「うっ、実は……近頃レティーが俺を避けているようなんだ。ベリル侯爵家に手紙を送っても、レティーから返事は来るがなかなか会おうとしてくれない。茶会に招待しても、何かと理由をつけて宮殿に来ないんだ」


 昔からリュシアンは婚約者であるレティシアの事を大切に思っていたし、レティシアの前でだけは皇太子としての重い鎧を脱ぎ捨てる事が出来るのだった。

 それなのに、四歳を過ぎた頃からレティシアはあまり屋敷から出なくなってしまった。

 定期的に宮殿で開かれる貴族令息や令嬢を招待する茶会にも、三回に一回くらいしか参加しない為、婚約者であるはずのレティシアの存在感は薄らいでいた。

 手紙の返事には「パトリックのそばにいてやりたい」とか「お勉強が忙しい」とか書かれていたが、リュシアンとしてはやはりあまり会えないのは寂しいのである。


「確かに、レティシア嬢は茶会に参加する事が少ないようですね。あまりそのような場が得意では無いのでしょうか」

「昔、レティーが俺と遊んでいる時に突然倒れた事があった。それ以降、何となく避けられているような気がして……」


 リュシアンが話しているのは、レティシアが非業の死を遂げてからこの世界に回帰を果たした際に、突然意識を無くして倒れた時のことである。

 まさか十八歳で亡くなったレティシアの魂が、四歳のレティシアの中へ入り込んだなどとは夢にも思っていないリュシアンは、その微妙な変化に戸惑いを覚えていた。

 

「しかし時折定期の茶会で見かけるレティシア嬢は、殿下と非常に楽しそうに過ごしているではありませんか。避けられているなどと、思い過ごしでは?」

「それならば良いが。まだたったの五つだというのに、時々どこか深く思い悩んでいるような、そんな気がしてならないんだ」

「ふぅむ……ベリル侯爵家は長男のパトリック殿が誕生してからというもの、夫婦仲があまり良くないとの噂もありますからね。それで落ち込んでいるのでは?」


 社交界の噂話は容赦がなく、時には平民や騎士達の耳にまで届く。

 ベリル侯爵家の長男が不貞の子で、そのせいで侯爵夫妻が不仲だという噂は、ここ数ヶ月で広く知られていた。


「そうか。その噂は俺も耳にした。確かに宮殿内で見かけるベリル侯爵の表情も硬い。両親の様子と心無い噂話で、レティーも心が痛むだろうな」


 リュシアンは、そういった理由であんなに無邪気で明るかったレティシアが近頃は塞ぎ込んでいるのだと解釈する。


「殿下、レティシア嬢は殿下の婚約者です。貴方が守ってさしあげなくて、誰が守るのですか? 断られるのを怖がらず、誘っておあげなさい。定期の茶会では無く、個人的な茶会でも良いではありませんか」

「そうだな。他に人がいるからレティーもなかなか心の内を話せないのかも知れない。久しぶりに二人だけで会おうと誘ってみよう」


 確かにリュシアン自身も最近では剣の稽古と勉学に、あまりに夢中になっていた。特に、少しでも時間があればすぐに騎士団の稽古場で、剣を手に持って過ごす癖がついてしまっている。

 レティシアの居ない退屈な定期の茶会を過ごす時間すら惜しいと思っていたほどだ。

 

「殿下自身も、レティシア嬢に聞いて欲しい事がおありなんでしょう。悩める殿下を癒せるのは、やはりレティシア嬢だけですからね」

「ディーン! 俺は……っ! ……いや、やはり否定はしない。確かにレティーにだけは……俺の心の内を全て吐き出せるんだからな。ここで変な意地を張りたくはない」

「そうです、殿下。何事も、後悔した時にはもう遅いのです。ゆめゆめお忘れなきよう」


 リュシアンは厳しい師であり良き理解者であるディーンに向かって深く頷くと、剣を手に取り稽古場へと戻って行った。


 こののちに、皇太子宮へと戻ったリュシアンは早速レティシアを二人だけの茶会へ誘う旨の手紙を書き、侍従にベリル侯爵家へと届けさせた。

 そして返事をすぐに侍従へ渡して欲しいという事も伝えると、レティシアは快く手紙をしたためた。


 侍従が持ち帰った手紙には、家族を優先するあまりしばらくリュシアンに会っていなかった事を詫びる言葉と、二人きりの茶会を心から楽しみにしているという事が書かれており、リュシアンはとりあえずホッと胸を撫で下ろしたのである。


 


 

 

 

 

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