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1. 幼い婚約者たち、ヒソップの思い出

「レティー! 早くおいで! レティーの好きなヒソップが咲いてるよ!」


 あらゆる色彩が溢れる豪奢な庭園の一部には、数十種類を超えるハーブが栽培されている場所がある。

 この場所には宮殿の薬師や料理人達が使う様々なハーブが植えられており、子どもの足では到底一日かけても回りきれない広大な庭園の中でも、比較的皇太子宮に近い場所にあった。


 ヒソップというのは非常に様々な用途があるハーブで、多くは風邪の症状緩和や殺菌作用、それに切り傷や打撲などの治療にも使われていた。

 その香りはハッカのような爽やかな香りで、姿形がラベンダーにも似た青紫色の花を咲かせる。

 この庭園には青紫色の他に桃色、白色のヒソップもある。


 皇太子リュシアンは陽の光を浴びて眩しいほどに輝く黄金色の髪を風になびかせながら、慣れた様子で庭園を走り抜けて行く。


()()()()さま、待って!」


 先に行ってしまった婚約者リュシアンを追いかけようと、まだ三歳になったばかりの令嬢レティシアは華美な飾りの付いた、少しばかりヒールのある靴で必死に駆けた。

 未だ舌足らずでリュシアンの名がきちんと呼べず、『ルシアン』となってしまうのだが、リュシアンからは『レティーだけはそう呼んでもいいよ』と言われていた。

 子ども靴からやっと令嬢らしい華やかな靴へと変わったものだから、嬉しくて大好きなリュシアンに見せようと今日は張り切って履いてきたのである。


「きゃ……っ!」


 元々早く走るように作られていないその靴で無理矢理駆けたものだから、雨上がりの柔らかな土に足を取られたレティシアはそのまま地面に膝をついて転んでしまう。


 せっかくリュシアンの為におしゃれをしてきたというのに、焦茶色の土と草の汁で汚れてしまったドレスを見て、みるみるレティシアの目には涙が溜まっていく。

 レティシアがいつまで経っても追い付かない事を不安に思ったリュシアンが引き返すと、低木の向こうにいたレティシアは今にも泣き出しそうな顔で座り込んでいたのだった。


「レティー⁉︎ 大丈夫か⁉︎」

「ルシアンさまぁ! 痛いよぉ……っ!」

「どこが痛むんだ⁉︎」

「うわぁーん! あっちこっち痛いー!」


 本当は柔らかな土の上に転んだだけでそう痛くは無かったのだが、とにかく恥ずかしい気持ちと悔しい気持ちでいっぱいで、レティシアはなかなか泣き止むことが出来ないでいた。


「レティー、泣かないで。ほら、大丈夫だよ。膝は赤くなっているけど、血は出ていないし。ドレスはまた僕がレティーに似合う物をプレゼントするよ」

「……ほんとう?」

「うん。だから泣かないで、レティー。あっちにヒソップがあるから、持って帰って薬師に治療してもらおう」

「うん、分かった!」


 この時、皇太子リュシアンは侯爵令嬢であるレティシアよりも五つ年上の八歳。

 

 レティシアの父であるベリル侯爵が長女レティシアが生まれてすぐに宮殿へ連れて来た時、皇帝によってリュシアンの婚約者にすると決められたのだった。

 

 しかしまだ幼いリュシアンにとっては、赤子のレティシアは妹のような存在でしかなく、それでも小さな手で自分の指を握ってくる仕草などはとても可愛らしいと思ったものである。


 こうして、婚約者というよりはまるで兄妹のように仲の良かった二人だったが、のちにこの帝国フォレスティエの皇帝と皇后として、仲睦まじく幸せな婚姻生活を送るという未来は訪れなかった。


 なぜならばこれより二年ほど後に、リュシアンの実母であり皇后であったソフィーが病に臥せって儚くなってしまった事で、二人を取り巻く状況は一変したからである。

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