七、
七、
「ここ、何だろう?」
「さあ?」
何とか日が落ちる前に野宿できる場所を探そうと辿り着いたのは、コンクリートで作られた古い建物だった。一体なぜ、この森にこんな人工物が?そんな問いをする間もなく、黒猫は建物に絡み付く植物を掻き分けて、ぐるりと円筒形のそれを廻ってきた。がさがさに汚れたコンクリートに何となく愛着がわく。幾千幾万の時を経て、人を拒んだ木々の中に、ただポツンと残されていたからなのか、はたまた同じ生命体の存在を本能的に感じ取ったからなのか。触れれば、ぼろぼろと崩れ落ちてしまいそうな外壁に、私は手を沿わした。
「見たことのない建物だな。中に入るには、この階段を上がるしかないようだが…。」
私を手招いて、黒猫はちょいちょいと少し奥に窪んでいる入り口を指差した。
朽ちかけて、錆びた赤鉄の階段。ゴウゴウと地鳴りのような風が髪を後ろに吹かせた。
「…上っても、大丈夫かな?」
「大丈夫だろ。上っている途中で階段が崩れたら、まずいけどな。ロープがあるから、降りるときは念のため、ロープで降りよう。」
「そうだね。」
私は頷いて、階段を上がり始めた。手摺も錆びていて、ざらざらする。螺旋階段になっているらしく、壁に沿ってゆるくカーブしている階段だった。
「落ちたら受け止めてやるから、安心しろ。」
じっと、階段を見上げていたからだろうか。黒猫は、ため息をつきながら、私の背中を人差し指で押した。
「わかってる。」
別に落ちることを心配していたわけではない。美しい光沢で作られていたはずのこの階段が酸化されたがために、こんなにもボロボロになって、青白い発光色も雷に打たれたクジラも、何も受け付けない惨めな姿になっている…、はずであるにもかかわらず、錆びて朽ちていく。まさに退廃と呼ぶのにふさわしい燐光世界。この様子に一種の聡明さ、(アクリル絵の具でべとついているが故の芸術作品とでも言おうか)を、感じていることに驚き覚えているのであった。
「…。」
黒猫は、この感覚を話しても、きっと「そうか。」と言って、またあの美味しいココアを淹れてくれるんだろう。そう思ったら、この階段に興味を持ったのも、偶然ではない気がした。
小学校の下校中なんかに、よく倒壊した建物に入っていく小さい子たちがいましたが、ツタが絡みついた外壁や、朽ちたホコリが胞子のように舞う異質な区間に憧れを抱く気持ちが、彼らを冒険に導いていたんでしょうか。自分は、廃墟を遠くで見ているのが好きなので、入ったことはありませんが、いつか合法で入れる場所に行ってみたいものです。