二、
ゴールデンウィークなので、しばらく毎日更新できそうです。…多分。
二、
「火をおこそう。風邪を引いてしまう。」
猫は、そう言ってぶるりと身体を震わせた。宝石を砕き殺した水滴が、こちらにまで飛んでくる。
「火、つけられるの?」
私は、水滴が滴っている自分の髪の毛に気がつき、雑巾絞りでぎゅっと拭き取った。
「ああ。」
ぼわっと、ライターの火が顔を熱くする。いつの間にか集められていた枯れ葉と新聞紙に火がついた。
「ほら、こっちに来な。」
私を招き寄せる猫。隣に座って、遥かに沈み行く夕立の寒さを体現した夕日を見つめる。
「あなたが、私を引っ張りあげたんだ。」
焚き火に手を翳し、ぽんやりとした瞳で尻尾をくゆらせる彼に呟く。天啓を待ちわびたカラスの黒が、もぞりと動いて呆れたように私を見た。
「今更か?」
お前も手を温めろと言われ、パチパチはぜるルーマニアの観劇的炎を掬いとった。ピリリと爪が痛くなる。頬に火の粉が飛び、そう言えば濡れて重くなっていた服が乾いて、少し軽くなったのを感じた。
「おい。」
炎の中に青いテラリウムを見つけた気がして目を凝らす。すると、黒猫が私の襟首を掴んで、炎から遠ざけた。
「危ないだろ。」
直ぐに離された襟首に手をやる。夕日が落ちた。上を見やると、もう夜になって、梟が彼方此方に知らせをしていた。
「これ、食べるか?」
パキンと猫が器用に何か袋に入れられた物を折る。くいっと、手で頬を掻きつつ、手渡してきたそれを私は手に取った。
「なに?」
「携帯食料だ。味は保証しないよ。」
彼は嫌そうに顔をしかめ、紫の色をした瞳に橙色を映しつつ、黄色い物体を口に入れた。
焚火がヤラリラと影を落とす。アルスにも似た藍色結晶純水。立ち上る。夜空へと靡く。その先を仰ぎ、何てことのない星が一つ以上の光芒をもたらす。星の光芒なんて可笑しなこともあるものだと、少し悪戯に笑いながら、携帯食料とやらを口にした。
「うっ…。」
「不味いだろ?」
でも、栄養は満点だ。舌に粘りつく不味さに身震いし、私は物体をよく噛むことはなく飲み込むことに決めたのだった。
なにも喋らないまま、出会ってたった数時間の猫と二人。焚き火を囲んでぼうっとしている。頭上には私の丈を何メートルも伸ばしたとしても足りないであろう木。フサフサと風が時折たてる葉音以外は生命という存在感を感じさせない無機質的なものだった。
「そろそろ、寝よう。」
彼がごろりと隣に横たわった。
「うん。」
私は所在なく、その隣に寝転がった。
「寒いといけないな。」
彼が、私の体にコートをかける。布団の代わりか、猫は毛並みがあるからとでも言うように、彼は丸まった。
「よく、私のことを引き上げたね。」
浅瀬で溺れるような、素性も知らない女の子の事を。
ちらりと、隣を見た。不思議なことに彼はすぐ近くで私の顔をじっと見ていて、炎のお陰で乾いた私の髪の毛を爪の先でいじっていた。
「なに?」
語気を強めて、睨み付ける。すると、猫はくわっと欠伸をして、髪の毛に悪戯するのをやめ、眠たそうにこちらを見た。
「別に何か考えてたわけじゃないさ。引き上げる覚悟ぐらいはあったかも知れないけどな。」
「…そう。」
天体観測をしたら、土星が降ってきそうな空。健やかな風と、私と黒猫を僅かに暖めてくれる火。
「おやすみ。」
「ああ。」
この猫に、その行き先に、どうせ行き場もないのだから、今だけついていっていいのかもしれないと思った。
焚き火と言えばキャンプファイヤーですが、自分が参加したことのあるキャンプでは、ことごとく雨が降ったので実際に見たことはありません。いつか、一人でキャンプに行って小さい焚き火でも起こしてみたいと思う今日この頃です。