3歳差リプレイ
やり直しをしたいと思った。
お互いに結婚して子供がいる状態で知り合ったから、全てが手遅れだった。夫に対する不満が溜まっていたけれど、子供が大事だったから、今の家庭を捨てまで一緒になろうとは思わなかった。けれど、夫よりずっと好きだと思ってしまったから。
それは、きっと、相手も一緒だったと思う。
高校生に戻ったらいいのにね、って。そう言う私に同意してくれた彼。
28歳の私が、職場の3歳下の男の子を年甲斐もなく好きになった。先に好意を寄せてきたのは向こうだったけれど。酔った勢いだろうけど、好きのメッセージがきて、適当にあしらっていたのに。
いつの間にか、こちらからも好意を返すようになっていた。
だから、戻れば良いのにって。ネット小説で流行っている時間逆行みたいに。
そう思ってた。何度もその状態を妄想した。
でもさ。本当に戻るとは思わないじゃない?
気付いた時には既に学校の教室だった。
「は…?」
思わず声が出た。いきなり立ち上がったからか、椅子が煩く倒れた。
「え、愛奈?どうしたの?」
「…何でもない。ごめん」
今のいままで話していただろう友達に声をかけられ、今がお昼休みであることを認識する。多少騒がしくしたところで誰に怒られることもなく、クラスメートが一瞬こちらを見て、何もなかったかのように視線を戻していく。
頭がごちゃごちゃする。
声をかけてくれた友達は、別な友達と話していて、私を特に気にかける様子はない。今はそれがありがたく、現状確認に全思考をもっていくことにする。
私の頭の中では、28歳の自分と高校3年生の自分が交差している。
夢?いや、夢にしてはリアルだ。
それに、28歳の私が知っている友達と今の高校3年生の私が知っている友達が一致しない。どちらも記憶にあるけれど、でも、夢にしては今、周りにいる友達との記憶が詳細だ。入学した時からの記憶がきちんとある。小学校も中学校も、友達が違うけれど覚えている。
確かに、28歳の時、彼が言ってたよ。3歳差が逆転して戻りたい、とか。年下で、先輩って呼ばれたいとか。
望み通りに逆行しているとして、彼が私の年上になったのか、私が彼の年下になったのか。周りの人たちから考えても、私の年齢が合わないのだろう。高校3年生なら、12年分戻っているはず。
カレンダーで確認しようと思い携帯を手に取る。無意識に机に置かれていた携帯を手て取れば、スマートフォンで。前の私が高校生のときはガラケーだった。
やっぱりな。確信を得るためにスマホからカレンダーを呼び出し、和暦を確認する。
前の高校3年生は、平成22年だったはず。
今は、平成29年。私が過ごしたはずのその年は、高卒で社会人になった6年目の年だ。
えっと、それで。彼は今、何歳だ?
「佐川〜?意識ある?難しい顔してる〜」
「…え?私?」
顔の前で手を振られて、意識がそちらに行く。呼ばれた苗字に上手く反応が出来なかった。
佐川愛奈。今の私のフルネーム。そうだ、結婚していないのだから、苗字は元のままなのは当たり前じゃないか。
苗字で私を呼んだ友達、竹中麻奈。初めに声をかけてきた友達、富倉結花。二人が不思議そうにこちらを見ている。
放って置かれたと思ったが気にはしてくれていたみたい。
「いや、ちょっと記憶障害?」
「愛奈何言ってるの?」
「ウケる!」
「麻奈、ウケない!」
ほぼ本当のことを言ったのだが、結花には心配され、麻奈にはネタだと思われた様子。
今の友達と普通に会話が出来るし、名前もすんなり出てくる。生活に支障はない、と思われる。
「お昼休み終わるから席戻るけど、愛奈大丈夫?」
「へーき、へーき!変なこと言ってごめん!ありがとう!」
「富倉気にし過ぎ〜。佐川はいつもこんなんじゃん?」
それぞれに言い残して、結花と麻奈が自席に戻って行く。
午後の授業、頭に入らないだろうな。教科なんだろう。
教室に貼ってある時間割を見て、あぁ、と小さく声が漏れる。
今がいつなのか考えていて、気にもしていなかったけど、同じ高校だったのか。自分が着ている制服が見慣れたものであるのを確認し、これならば授業も対して聞かずに済むと思ってしまった。
果たして、28歳だった私が10年以上前の授業内容を覚えているかは不明だが。
2時間あった午後の授業を聞き流し、今の自分の現状確認を、今の記憶からしていく。手帳に書かれたバイトも、どうやら前の私がしていたものと同じようだ。
変わっているのは生まれた年と周りの人たちだけみたい。
授業と帰りのホームルームを終え、友達たちに早々に挨拶を済ませると、図書室に向かった。
置かれた自分の現状は分かった。次は彼だ。ひとり、静かになれる場所でSNSの確認をしたい。
在学生でありながら、ある意味で卒業生でもあるので、場所は分かっていたし、人が少ないのも知っている。
それと、金曜日の今日、バイトが入っていないのは、ほぼ幽霊部員の文芸部の自主活動曜日だからだ。活動場所は図書室で、やることがある訳ではない、文芸部だけど。
有名なSNSにはどうやらアカウントの登録だけはしていたみたいで、前の時からネットで使用していたハンドルネームで投稿なしのマイページが出てきた。
基本的に実名でやっているはずのSNSに、彼の名前で検索をかける。
“戻ったら真っ先に会いに行くね”
戯れの延長だった。年上だったし、彼が高校生に戻ったとしても私は変わらず社会人のはず。だから、私が彼に会いに行くと、叶いもしない話で盛り上がった。
SNSを開いて数分で、彼の、大沢慶太のアカウントを見つけた。
前も本名でアカウント作っていたから見つかるとは思っていたけれど、簡単に見つかりすぎ。
どうやら3歳上のようで、彼の方は生まれた年は変わらなかったよう。
前も殆どSNSを稼働させていなかったから、アカウントを探すより、ダイレクトメッセージの送り方で手間取った。
どこから送るのか探している間に、私だけ覚えていたらどうしようとか、彼女がいたらどうしようとか、色々頭を過ぎったけど、当たって砕けろというか。
堂々と会いには行ける立場になったのだし、まぁいいか、と思うことにした。
だって、前だったら確実に不倫だもんな。
ようやく見つけたダイレクトメッセージに『慶太くん。小河原です。覚えてますか?』と打ち込む。前の結婚後の苗字。彼はこの苗字しか知らない。
胸が煩いくらいに鳴っているのを自覚しながら、送信する。後は彼が見てくれるのを待つだけ。
大学3年生の彼は、他県にいるはず。どうせなら、丁度良く帰省してないかなぁ。でも4月頭のこの時期、春休み終わってるよね。
ダイレクトメッセージの返信を待つだけだし、もう帰ろう。でないと、スマホをずっと眺めて時間が過ぎそうだ。
バスと電車と自転車を使用して通っているため、電車の時間を逃すと帰りが遅くなってしまう。何せローカル線のため、利用者の多い時間帯でも30分に一本あれば多いほうだ。
何時の電車に乗っても良いが、駅に行かないことには乗れないし、ひとまず駅に行こう。
近隣に高校が多いバス停は一定間隔で来るので、時刻表を気にしないで乗れた。
いつもの下校時間より遅くなったため、バスは空いていて椅子に座ることもできた。座って落ち着くと、やっぱり返信が気になってしまい、通知が来るはずなのに、SNSを開いてしまう。
スマホを手にSNSの画面を眺めていれば、バイブレーションと共に通知のポップアップが表示された。
ダイレクトメッセージだ!
彼以外に送っていないのだから、きっと彼だ。
そうじゃなかったら、悲しすぎる。
ドキドキしながら画面を操作すれば、やっぱり彼からの返信で。
『わらっち?覚えてるよ』
それだけのメッセージだったけれど、彼が前に呼んでいたあだ名だから。
彼も前を覚えているんだ。そう確信できた。
すぐに返信を打つ。
『良かった。会いたい。』その言葉と共に電話番号も記載した。
電話掛かってくるかな。あ、今、バスに乗ってるから電話出られない。あぁ、でも、すぐ駅に着くし大丈夫かな。
両手でスマホを握りしめ、熱くなった顔を下に向ける。
ああ、だめだ。嬉しい。SNSだけれど、今の彼と連絡が取れた。
私と同じく記憶があるのならば、前の続きが今から始められるかもしれない。
知らない番号から着信があったのは、バスを降りるほんの少し前で、足早にバスから降りると、鳴り続けてた電話に出た。
「はい、小河原です」
「わらっち。大沢だけど」
彼の声がした。それだけで泣きそうになる。数時間前まで、前と今がごっちゃになっていたのに。
「今、どこ?職場?俺、地元にいるんだけど」
「職場じゃない。駅。桜川駅!」
「すげぇタイミング。北口の時計の下に行くから来れる?」
「行ける!すぐ着く!」
「俺も近くにいるからすぐ行くね」
電話は通話中のまま、言われた場所まで走る。きっと私のほうが先に着く。だって、バス停から3分もかからないだろうし。
「着いた…!」
「…俺も着いたけど、わらっちどこ?」
短い距離でも走ったせいか、乱れた息を整えながら、彼の姿を探す。
私を見つけられずにいる彼を簡単に見つける。
スマホを耳に当てるのを辞めて、また走って彼に抱きつく。高校生は人の視線を気にしない!
「慶太くん!」
「わっ、びっくりした。え、制服着てる…」
「高3だから!3つ下!」
言いたいこと沢山あるし、聞きたいことも沢山ある。この状況だって都合の良い夢かもしれない。
でも、今、慶太くんに触れてる。誰に気にすることなく抱きしめられる。
「愛奈が年下…。そうきたか」
二人の時の呼び名で呼ばれて、余計に嬉しくなる。そう呼んでくれるってことは、そういうことかなって。
慶太くんを抱きしめる力が強まる。離れたくない。一緒にいたい。
記憶より少しだけ幼い慶太くん。
「二人になれることろ行きたい」
「…うん。制服だし、カラオケかな?」
名残惜しいけど、今日まだ一緒に居れるからと身体を離し、一番近いカラオケ屋へと向かう。
けど、やっぱり触れていないのが寂しくて。そう思っていたら手を繋がれた。慶太くんの体温が伝わってくる。
わぁ、触れていたいって思ったし、さっき抱き着いていたけど、これは恥ずかしい。急に顔見れなくなったぞ。
慶太くんも何も言わないし。恋人繋ぎだし。
結局、話すことなくカラオケ屋まで着いて、下を向いている私の代わりに、受付を済ませてくれて、そのまま部屋まで引っ張られる形で連れてきてくれた。
部屋に入るなりソファーに座らせられ、やっと慶太くんの顔を見た私。立ったままの慶太くんと視線が合って、欲情した表情をしている慶太くんに「キスしたい」と言われる。
“慶太くんじゃなくて先輩だろ?”
前の時の会話が頭をよぎる。歳が逆転したときの、妄想。慶太くんは覚えてるかな。その時の会話の内容。
「“慶太先輩になら何されてもいいよ?”」
「“そう言うと思った”」
「んっ…!」
覚えてた!キスされた!
ソファーに押し付けられるように、上からキスされる。触れるだけの優しいキスじゃない。もっと、激しいキス。
今も変わらず、慶太くんのキス好きだなぁ。
キスされて、片手は繋がれてて。触れてる箇所が熱い。その熱が身体全体に回っていくようで。慶太くんに酔いそう。溺れる。
「愛奈、愛奈」
離れた口から呼ばれる名前。それがとても幸せで。確かめるように何度も名前を呼んでくれる。
「慶太くん、好き」
「俺も好き」
「私、本気だよ?彼女いる?」
「愛奈が彼女でしょ」
慶太くんの言葉に思わず下を向く。照れることをサラリと言うところ、大学生から変らないのか。いや、記憶があるのだから、私と同じで、前の続きか。
「ねぇ、下向かないで。ちゃんと顔みたい」
両手で頬に手を添えられ、上を向かされれば、視線の先に欲情した表情のままの慶太くん。さっきのキスでぜんぜん満足してないじゃん。むしろ、悪化してる。
「高校生の愛奈も可愛いね」
「…すぐそういうこと言う」
「話したいことあるけど、先にいっぱいキスしようね」
言い終えると同時に、また片手を繋いだ状況でキスをされる。深く深くなっていくソレに、精一杯に応える。
私もいっぱいしたいよ。ずっと、ずっとしたかったよ。
繋がれた手も、塞がれた口も、慶太くんに触れているところ全てが気持ち良いと感じる。
ねぇ、これからも一緒にいたいよ。それこそ前の年齢になるまで。ずっと側に。
「やばい。とまらない。違うこともしたい」
「したいね。でも、私制服だし。ここカラオケだし」
「分かってる」
キスが止まったなと思ったら今度は抱きしめられた。私も慶太くんの背中に手を回し力を入れる。離れたくない。キス以上に進みたい。
「ねぇ、愛奈はいつ戻ってるって分かったの?」
「今日のお昼」
「さっきじゃん!」
大きくなった声と一緒に抱きしめれてたのを離されてしまった。ちょっと寂しい。
どうやら、話すことにしたらしい慶太くんが隣に座って改めて手を繋いでくる。触れてて良いことに嬉しくなって、思わず繋がれている手の甲に頬擦りした。
慶太くんは「ほんと可愛いな」って甲にキスをしてくれて。
「俺、気付いたの1週間前で、どうやって探そうかと思った」
「愛奈のこと、探そうとしてくれたの?」
一人称を変えて話すのは、甘えている証拠なんだけど、慶太くん気づくかな。
「SNSで引っかからないし、職場行くしかないかと思って今日帰省したばっか。で、県庁行ってきたけど居なくて」
SNSは本名でアカウントを作っていないから検索にヒットしないし、高校生だから当たり前に地方公務員だった前の職場である県庁にはいない。
というか、私を探して職場まで行ってくれるとか。凄く、凄く嬉しい。自惚れそう。
「年下になってたからね〜。会えて良かった」
「ほんと、それな。連絡ありがとう」
「こちらこそ。返信ありがとう」
大学生と高校生なのに、社会人のままの話し方が可笑しくて、思わず笑ってしまえば、またキスが落ちてきた。
「ねぇねぇ。またすぐ会えるよね?」
彼女とは言ってくれたけど、その場の勢いなのか、慶太くんも私と同じ気持ちなのか、まだ不安で。繋いだ手に力を入れながら聞いてしまう。
「会おう。一人暮らししてるから泊まりきてね。付き合ってるんだからね」
「…うん!慶太くん大好き!」
夢ならば覚めないで。
彼と一緒にいたいから。
これからを彼と一緒に歩んでいきたいから。
先は分からないけれど、好きな気持ちを大切にできる関係になれたから。