【短編・読切版】邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者はお前のせいでうまくいかないとパーティから追放されるが、余裕でのんびり仲間と食事をとる。今さら戻ってこいと言われてももう遅いー【ざまぁ】
こちらは連載中小説『邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー』の外伝的短編となっておりますが、単体でも楽しめるようになっております。
本編と設定や内容が異なる場合があります。
「スクイ、悪いがパーティから出ていってくれないか」
「え、そんな……」
とある冒険者ギルドのクエスト後、須杭 謙生は困ったような顔をしながらその話を聞いた。
彼に追放を命じたのは1人の若い男である。整った顔立ち、今までの人生を自信に支えられて来たことは想像に固くない物腰。しかし今の彼はその整った顔にも大きな生傷がつき、満身創痍に見えた。
その若い男の周りもそうである。あと2人の冒険者は男女であったが、2人とも全身に多くの傷が見て取れた。
「本来俺たちはこんなクエストで手傷を負うレベルじゃないんだ。それをお前がいるから」
スクイに追放を言い渡した男は憎々しげな目でスクイを見る。
対するスクイはというと軽装にも関わらず手傷ひとつなく、大した汚れもなかった。
「確かに力不足かもしれませんが、むしろ今回のクエストでは結構討伐数に貢献したつもり……」
「うるさい!もう出ていってくれ!二度とその顔を見せるな!」
弁解するように口を開いたスクイに対し、言葉も聞きたくないとばかりに男は大声で怒鳴る。
スクイは少し寂しそうな顔をしたが、ここまで言われては共にいることも難しいだろう。愛着のあるパーティであったが自分の能力のせいとあれば出ていくしかない。
「申し訳ありません。今までありがとうございました」
そう最後まで丁寧に返したスクイだったが、対するパーティの反応は舌打ちくらいなもので、スクイは1人、パーティを抜けギルドに帰った。
そして数日後、スクイは1人でギルドの酒場で食事をとっていた。
共に苦楽を分かち合ったパーティはもういないのだ。そういった実感が彼に心残りの表情を浮かばせる。
元々スクイは今食事をとっている店舗で依頼を受けていた。知り合いもそれなりにいたし、なにより近かったからである。
しかし追放されたパーティは違う店舗を利用していた。なので1人こちらで受けるわけにもいかず、最近はそちらで依頼を受けることが多く、こちらの店舗には来ていなかった。
知り合いもいない中スクイは久々に訪れた店舗で追放されたパーティのことを思い出していた。
比較的仲の良いパーティだと思っていた。他の3人はずっと仲間でやって来ていたそうで、そこに加えてもらったのだ。
スクイのナイフの腕はスクイ自身なかなかのものであると自負していたし、それを買ってパーティに加えてもらっていたつもりだった。
最初はその腕を褒める日々だった。スクイもそれを悪くは思わなかったし、むしろ能力を認められることは嬉しいとも思っていた。
しかし数日、いや十数日たったあたりだろうか、クエストが徐々にうまくいかなくなって来たのだ。
スクイの腕が落ちたとは思わなかった。元々スクイが加入したことでクエストのレベルを上げていたくらいなのだ。
しかし確実にクエストの達成が楽でなくなっていた。クリアはできていたが、今までと同じレベルのクエストも苦戦するようになり、スクイ以外のパーティは生傷が目立ち始めた。
スクイのサポート不足もあったのかもしれない。しかしそれを全てスクイのせいにされるのが正しいのか、少なくとも追放した3人は疑わなかったようである。
「もう少しだったんですけどね」
「お、久しぶりじゃないか?」
少し惜しそうに呟くスクイの元に、巨漢の男が近づいてくる。
男はカーマ。この店舗のギルドで活躍する冒険者であり、スクイの知り合いであった。
「どうしたんだ?確か最近は別の店舗を主体にしてるパーティにいるから、てっきりこっちには顔を出さないものかと思ったぜ」
そういいながら、しかしスクイの顔を見れたことにどこか嬉しそうにするカーマは、断りもせずにスクイの前に座り、昼間から酒を注文した。
「実はそのパーティから追放を受けまして」
「追放?」
スクイの言い回しに違和感を覚えながら、しかし驚いたようにカーマは返す。
「追放っていうとなんだ?もうお前はいらない!ってことか?」
「ええ」
カーマは信じられないというようにスクイを見た。
「いや、でもお前ほどのやつをいらないってのも珍しいな。そもそもが向こうからのスカウトじゃなかったか?」
「そうなんですけどね、どうやら力不足だったようで」
そう告げるスクイだったが、カーマからすれば後の3人の方がスクイにとって力不足だったはずだ。もしスクイが能力を責め立てられたのならとんだ責任転嫁であると感じていた。
「んなわけないだろ。あれか?スクイもまあ、なんだ。外面はいいが変わってるからなあ。案外そういう人間関係かもしれないぜ?」
「そうですかね。私としては仲良くやっていたつもりだったのですが」
日頃見せないようなスクイのやりきれない態度にカーマは心配したように気遣う。実際スクイは優秀で、悪い人間だとも思っていなかったが、カーマでも理解しきれない部分を内に秘めているのだ。
しかしカーマはそこを買っていたし、そういった底知れなさがスクイの強さにつながっていると思っていた。
いつもならそう言った部分を決して見せず、人付き合いもうまくこなすスクイだったが、付き合いの長いパーティになればボロも出る。そこを認めてもらえなかったのだろうとカーマは思う。
「案外お前がいなくなって困ってるかもしれないぜ?お前は優秀だったろうからな。今にでもやっぱり戻って来てくれ!ってよ」
「それはそれで困りますけどね」
そういうスクイにカーマは笑う。こいつも強がるものだと。普段弱ったところを見せるようなやつじゃないが、流石に追放なんてされれば人並みに傷つくのだとカーマはむしろスクイを身近に感じられて少し機嫌が良かった。
「なあ、ところでお前のパーティのやつらってどんな奴らだったんだよ。俺が誘っても一緒にパーティを組まなかったお前がそんなに付き合ってたんだ。面白い奴らだったんだろう?」
デリカシーがない。そうとも思える質問であったが、これはカーマなりの励ましであった。もちろんカーマはこのあと、そんなつまらないやつらと一蹴し、笑い飛ばし、よかったら一緒にクエストでもどうだと言おうと考えていたのだ。
しかし、カーマはまだスクイという人間を理解し切っていなかったのだろう。そういった予想などというものは、いとも容易く破壊されるのだ。
「ええ、まあどこにでもいるような人攫いでしたよ」
スクイはため息と同時にその言葉を吐く。
カーマは聞いた途端笑おうとして、その言葉の違和感に反応した。
「なに?人攫い?」
「ええ、冒険者ギルドを仮の姿として、人攫いで生計を立てる3人組でした」
スクイの言葉に唖然とするカーマに対し、スクイは話を続ける。
「冒険者ギルドも杜撰なもので、依頼書の中には犯罪者のやりとりに使われているものもあるんですよ。暗号を使ってコミュニケーションをとったり指示を出したりね」
新聞の広告なんかでよくありましたよねとスクイは続ける。
「まあ見る人が見ればわかるもので、それらしい依頼書を見つけたら依頼を受ける人物がいないか確かめてたんです」
そうするとその3人組が受けたという。
スクイはその3人に話しかけ、仲良くなり、ナイフ腕を見せたりして随分と気に入られたらしい。
あくまで人攫いがメインとは言え、冒険者としての収入もバカにならない。彼らは腕の立つスクイをすぐに誘った。
気づいたら一緒にいる時間も増え、徐々に懐に潜り込んでいたようだ。
「で、なんでお前はそんな悪人と一緒に行動してたんだよ」
聞くと3人はかなり悪どいやり方をしていたようである。冒険者として人助けを装い近づいたり、魔物討伐すると出て人を斬り殺す日も珍しくなかったという。そして親を殺し子を売るのだ。
カーマは真っ当な疑問をスクイにぶつけたが、スクイは当然のように答える。
「無論、死の素晴らしさを説くためです」
カーマは頭を抱えた。ここなのだ。スクイという人間は一見とてつもない真人間に見える。見てくれはよく、人ともすぐ仲良くなる話し方、態度を持っており、スキルもこの店舗でトップクラスの冒険者であるカーマが一目置くほどである。
だがスクイは死を信奉している。死こそが平等であり、救いであり、信仰すべき対象だと本気で思っているのだ。
そしてそのスクイが特に救うべきだと思っているのが悪人である。
悪に手を染めてまで生きなければならないと生に縛られる哀れな存在。しかし死の前では善も悪も、今までした行い全てが等しく平等である。なんという救いかと思っていた。
「初めはよかったのです。仲良くクエストをクリアして、共に酒を酌み交わし、会話をして楽しくいたつもりだったんです」
スクイは楽しかったあの頃と言わんばかりに思い出を話した。
「3人とも死への信仰には懐疑的でした。残念ながら彼らも生の呪縛に囚われていたのです。だからいかに彼らの犯罪が愚かで劣悪で、この後の人生が苦痛で、生きていくことが恐ろしいかしっかりと伝えたのです」
「お前犯罪に気付いてることを話してたのかよ」
カーマはゾッとした、普通はその時点で殺されているだろう。私はあなた隊の悪事を知っていますなど普通言えたものではない。しかしスクイはそれを軽々と指摘したらしい。
「もちろんです。初めは否定的でしたが、毎日毎日教えて差し上げました。すると彼らも徐々に理解し始めたのでしょうね。口では否定しながらも少しずつ酒は増え、眠れなくなり、やがて自傷行為に走り始めてくれたのです」
ああなんという美しいことか。そう言ったスクイは本気でその行為を称えているようだった。
カーマはゾッとする。スクイは口がうまく、それ以上に話し方、声の出し方や緩急の付け方が非常にうまい。だからこそ人好きされ、また言葉は人に届く。
しかしそれは使いようによっては人を平気で蝕むことにも使えるのだ。彼が毎日人生の絶望、死の甘美さを語りかける。正常な人間でもまともでいられるとは思えなかった。
「そして生きることに疑問を持ち、戦いの中でも敵の攻撃を徐々に避けられなくなっていきました。浮かぶのです。ここで避けなければ、ここで攻撃を受ければ、そういう死の誘惑が、彼らに届いていくのが目に見えていきました」
しかし、とここでスクイは寂しそうにため息をついた。
「彼らの呪縛は相当なものでした。生に疑問を持ち、死への誘惑に無意識では賛成していたはずの彼らでしたが、最後に私を拒絶したのです」
それは死への拒絶。結局彼らも最後までわかってはくれなかったとスクイは語った。
「するとお前が寂しそうにしてたのは、パーティが恋しかったんじゃなくて、最後まで死に導けなかったのが悔しいってことなのか?」
「悔しいのではなく、申し訳ないのです。私の伝え方のせいで彼らが死の素晴らしさを理解しきれなかった」
そういうスクイにカーマはため息をついた。心配して損した。という話である。どうやらこの目の前の狂人を心配するということ自体が間違いであり、そのことは知っていたはずであったが、カーマの人の良さが空回っていた。
「まあ、じゃあそいつらも最終的には死んでないわけだ。お前的には残念だろうが何、ちゃんとした処罰は受けさせよう。なんてやつらなんだ?」
そうカーマがまとめようとすると、勢いよくギルドの扉が開いた。
入って来たのはボロボロの人間であった。ボロボロという表現は極めて易しいものであったろう。何せその彼は片腕がなく、残った片方の腕ですら指がほとんどなかった。足も引きずっており、まともに歩くのは困難に見える。顔は目を背けるほど赤黒く変色しており、元の顔を知る者ですら彼が誰か判別できないだろう。
「ああ、スクイ!スクイ!」
そんな彼であったが、どこからその力が湧くのかというほど酒場に響き渡るほど大きく、スクイを見ると叫んだ。
彼はゆっくりとスクイに近づくと、拝むように膝をつく。
「リーダー。どうされたんですか?」
その顔を見て、スクイは迷う素振りも見せず声をかけた。自分を追い出したパーティのリーダー、スクイに出ていくよう言った青年その人である。
しかし整った顔立ちは見る影もなく、まだ自信のあった面持ちはなかったかのようだった。
「なあ、違うよな?俺たちは生きていていいはずなんだ。死ぬなんてとんでもない。まだまだ生きて幸せになっていい。そうだよな?」
そう言いながらスクイにしがみつこうとするが、バランスが取れないのか床に突っ伏してしまう。
それでも彼は気にしないかのようにスクイの方を見た。
「でもダメなんだよぉ。お前の言葉がずっと耳から離れないんだ。ずっとダメで、後の2人も苦しくてよぉ。俺を置いて死んじまって、なんで死んじまったんだよ。あいつ、でも、あれ?というか、俺もあいつらを傷つけて、俺も斬られて」
記憶が混濁している。明らかにまともな言動じゃないとその場にいる誰しもが思った。明らかに彼の傷は自分でつけた傷だけではない。人につけられたとしか、殺し合いでもしたとしか思えない傷も多くあった。
「でも違うんだ。な?スクイ。お前が言ってくれたら解決するんだよ。俺たちも生きてていいってさ。俺たちにも価値があるだろ?なあ?そういってくれよ」
そう縋るようにスクイを見る目は、狂気に満ちていながらも、まだ純粋な何かが見えるようだった。
まだ生きることを諦めていない目。なんとかなると信じる光が、彼にはあったのだ。
しかし無言で微笑むスクイを見続けていると、彼は思い出したように震え始め、ゆっくりと頭を抱え、床に丸くなった。
「ああ、頼むよスクイ、頼むから」
彼は最後の願いというように、極めて真摯に、心からの声を上げた。
「戻って来てくれ」
そう呟き、しかし限界だったのだろう。その言葉を最後に、スクイが返す言葉も待たず、彼は残った指で自分の剣を取り出し、即座に首を掻き切った。
その最後の表情は、それでもどこか救われて見えた。
「残念ですが」
その最後を見届けると、スクイはこうなることが分かっていたような驚きのない態度で、血塗れの彼の死体に一言だけ捧げた。
「もう遅い」
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