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少年王と侍女

黄金大宮殿ドムス・アウレア・国王執務室─


 ここはタルキウスが日々、政務に勤しむ部屋である。仕事部屋なため、宮殿の豪華さに比べると極めて質素で飾り気の無い空間だった。


 この宮殿は大きく分けて三つの区画に分かれている。

 大鷲の間などが置かれ、国王への謁見や外国からの賓客の応対、王国の重要な儀式や式典などを執り行う「ユピテル宮」。上級政務官の事務室などが置かれてエルトリアの行政の実務を行う「ユノ宮」。タルキウスが政務を行なう国王執務室、国王寝室や国王専用浴場などが置かれて国王の公務と私生活の場となる「ウェスタ宮」。


 この三つの区画は、どれも厳重な警備が布かれているのだが、国王専用の居住空間であるウェスタ宮だけは、国王に許されたごく限られた者しか入る事を許されない。

 宮殿の正門から入ると、ユピテル宮、ユノ宮、ウェスタ宮の順に並んでおり、それぞれは一本の回廊で結ばれている。


 そしてこの国王執務室はウェスタ宮の一室。

 現在ここではこの宮殿の主であるタルキウスが膨大な仕事と格闘をしている真っ最中だった。

 決して広くはないこの部屋には大量の書類の山があちこちに置かれて、タルキウスのチェックが入るのを待ちわびている。

 しかし、これはタルキウスの仕事が遅いというわけではない。むしろタルキウスの仕事ぶりは非常に迅速かつ的確と言えた。問題なのは仕事の量である。

 タルキウスが国王親政体制を構築したために、これまで元老院や政務官が行なっていた事も国王がしなければならなくなった、という事案が幾つも発生するようになり、歴代国王に比べると、タルキウスの仕事量は膨大なものになっていたのだ。


 そんな中、タルキウスはある報告書に目を通して、しばらく険しい表情を浮かべたままその報告書と睨めっこをする。


「タルキウス様、少し休憩にされては如何ですか?」

 そう言ってリウィアは、タルキウスの机の上にミルクの入ったコップを置いた。


「ありがとう、リウィア!そうするよ!」

 リウィアの置いたコップを目にしたタルキウスは嬉しそうにそう言うと、コップを手に取ってミルクを一気に飲み干す。タルキウスが一番好きな飲み物はミルクであり、タルキウスは疲れが一気に吹き飛ぶような心地になった。大好きなリウィアが用意してくれたものだと考えるとタルキウスはより一層美味しく感じられた。


 飲み干したコップを机に置くと、タルキウスは椅子の背凭れに身体を預けて両手を上へとグーと伸ばす。

「ふう。流石に疲れたよ」


「ふふ。今日も仕事が山積みですからねえ。やはり少しくらいは他に回された方が宜しいのではありませんか?」

 リウィアとしては日々激務に励むタルキウスが体調を崩してしまわないかが不安で仕方なかったのだ。タルキウスの侍女であるリウィアは彼のスケジュール管理も担当しているのだが、タルキウスはリウィアが組んだスケジュールを終わらせると、そのまま翌日行う予定だった仕事、下の者に任せる予定だった仕事にも手を伸ばし出し、結果途方も無い量の仕事を日々こなさねばならなくなっていたのだ。


「そうもいかないよ。俺は貴族達から色んな特権を奪ったんだ。それなのに仕事はこれまで通りじゃあ不公平でしょ」


「……ですが、それはタルキウス様が悪いわけではないでしょう。元々貴族達が特権を持ち過ぎていたんです」


 先王の治世では、エルトリア貴族は怠惰で贅沢な暮らしを送っていた。

 しかし、それは戦争で得た膨大な戦利品だけでなく、平民達に重い税を課すなどして平民からの搾取を強めてためにできた事であった。

 タルキウスはこうした貴族優遇の政策を全て白紙にし、国王が独裁権力を掌握する国王親政体制の構築を目指したのだ。

「んん。まあでも、仕方ないね。それにリウィアが頭を撫でてくれればもっと頑張れそうなんだけどなあ~」

 その口調と仕草は年相応の子供らしいものであり、そこに国王としての威厳は皆無である。


 タルキウスのおねだりにリウィアはつい頭を撫でようと手を伸ばしそうになるが、ここで言われるがまま動いてはタルキウスのためにはならないと思い、あえて手を引っ込める。

「タルキウス様はこれ以上、頑張る必要は無いので頭は撫でてあげなくても大丈夫ですよね」


「えー! ヤダヤダヤダ!! そんな意地悪しないでよ!」

 まるでこの世の終わりかのような狼狽えようである。

 もはや見苦しさすら感じる言動をするタルキウスだが、そんな仕草もリウィアには愛おしく感じられた。

「ふふ。冗談ですよ」

 と言ってリウィアはタルキウスの頭を優しい手付きで撫でる。

 するとタルキウスは満面の笑みを浮かべてうっとりとした表情を浮かべ、そのまま彼女の身体に勢いよく飛び付いた。

 彼女のよく育った巨乳の中へと顔を埋め、両手で彼女の身体を抱き締める。


「いい匂い。リウィアの匂い、好きだよ」


 甘えっ子のような表情を浮かべながら気持ち良さそうにするタルキウス。

 そんな彼にリウィアは一瞬驚きはしたが、すぐに柔和な笑みをしてタルキウスの頭を優しく撫でる。


「もうッ。タルキウス様ったら。すぐにそうやって甘えてくるんですから」


 リウィアが初めてタルキウスと出会った時、既に彼はエルトリア最強の兵器などと呼ばれて、父親の命令で各地の戦場を転々としていた。そんなタルキウスの侍女になるよう時の王トリウス王に命じられた時、リウィアは若干の恐怖と不安を感じていた。もし傲慢で我儘な子供だったら、遊び感覚で殺されてしまうかもしれないと思ったから。しかし、いざ本人にあってみるとそれが杞憂であった事を実感させられた。すぐにタルキウスの純粋さに惹かれて今ではタルキウスの最大の理解者である。


「でも、タルキウス様。あまりお仕事ばかりして、身体を壊してはいけませんよ」


「うん! 分かってる」

 無邪気な声で返事をするタルキウス。

 そんな彼にリウィアは疑いの眼差しを向けた。

「本当に分かっていますか? この前だって。仕事のし過ぎで寝不足になって風邪を引かれたではありませんか」


 リウィアに指摘され、タルキウスは途端に焦り出す。


「い、いや、あ、あれは、あれだよ。戦場から戻ったばっかだったのが悪かったんだよ! やっぱり戦争の後はいつもより休むようにしないといけないね!」


 そう言ってニコッと笑うタルキウス。誤魔化そうとしているのは明らかであり、そんな分かりやす過ぎる姿がリウィアには何とも愛おしかった。そして、タルキウスのその笑顔を見ると、何でも許してしまいそうになる。彼女の悪い癖である。


「そ、それに昨日はだいぶ早く切り上げた方でしょ!」


「そうですねえ。昨日はみっちりお説教をしましたから、流石にお聞き入れ頂けましたが、果たして今日はどうなるか。今夜が楽しみです」


「うぅ」

 釘を刺された。そう思ったタルキウスは途端に言葉を失う。


 しかし、その様を見たリウィアは遂に堪え切れなくなって笑い出す。

「ぷッ! あはははは! タルキウス様ったら、本当に分かりやすいんですから~」


「もう! 何で笑うのさー!」

 馬鹿にされた、と感じたのか、リウィアから離れて手振り身振りで抗議するタルキウス。


「ふふふ。ごめんなさい。つい」


「ぶぅ~」

 頬っぺたを膨らめて不満を露わにする。


「そんなに怒らないで下さいよ。今日は一緒に寝てあげますから、機嫌を直して下さい」

 そう言いながら、人差指で膨らんだタルキウスの頬っぺたを突く。

 するとプシューと穴が開いた風船のように口元から空気が抜けて、頬っぺたが萎んでいった。


「本当に?」


「ええ。本当です」


「やったー! リウィア大好き~!」

 そう言ってタルキウスは再びリウィアに抱き付いた。

 先ほどまでの不満顔が一転してこの笑顔。

 この無邪気さ素直さがリウィアにはたまらなく愛おしく感じられた。


 そしてこの姿は、リウィアの前でしか見せる事のないタルキウス本来の姿とも言えた。

 エルトリアという巨大な国を治めるためには子供のままではいられない。誰よりも尊大で、誰よりも気高い存在にならなくてはエルトリア国王という大役はとても務まらない。誰かの操り人形になるのなら子供のままでも良いだろうが、タルキウスの目指す王とは、エルトリアをより良き方向へと導ける者なのだ。

 それ故にタルキウスは人前に立つ時は黄金王という肩書きを背負い、それに見合った振る舞いをするように心掛けていた。


 まるで別人のように振舞わなければならない事の大変さはリウィアにはまったく想像がつかなかったが、自分にはとてもできない事だという事は自覚していた。だからこそ、自分と2人きりの時くらいは思いっ切り甘えさせてあげよう。

 そう考えてリウィアもタルキウスの頼み事は極力叶えるように心掛けていた。

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