19.ソーエン!!
* * *
イキョウとニーアは言い争いを続けている。
「ニーアが私以外にあんな感情的になるのは初めて見ました」
二人から距離を取って傍観していたナターリアが口にした言葉は、同じく傍観していたソーエンの耳へ必然的に入った。
「そうか。お前らは仲が良いのだな」
「ええ。ニーアとは幼い頃からずっと一緒で、今では親友のような関係です」
「そうか。俺とイキョウも似たようなものだ」
「まぁ、奇遇ですね」
「そうだな」
ソーエンの言葉を最後に二人の間には沈黙が流れる。
話が終わった訳ではない。ナターリアが何かを言いたそうにしている雰囲気をソーエンは感じ取って、口を開くのを無言で待っていた。
「ニーアは……孤児だったんです。幼い頃に両親を亡くして、それで孤児院に預けられていました。色々あって今は私のメイドをしておりますが……」
ソーエンの待っている態度を感じ取ったのか、ナターリアは意を決してぽつりぽつりと話し始める。
「病か」
「いいえ。金品目当ての賊が家に押し入って、ニーアの両親を襲ったと聞いております」
「そうか」
「ある日、ニーアは孤児院を抜け出して、街の警邏をしていた騎士に頼んだそうです。両親の敵を討ってほしいと。そのときの騎士が、当時四騎士になる前のキアルロッドでした」
「そうか」
「ニーアの必死な様子を見たキアルロッドは、独断で動き、その賊の一団を見事捕まえました」
「そうか」
独断という言葉に疑問を持ったソーエンだったが、特に興味が沸いた訳ではなかったためわざわざ聞くことはなかった。
「いつも飄々としては居ますが、キアルロッドは王国を愛し、国民を愛し、正義の為にその剣を取る我が国が誇る騎士の内の一人です」
そう語るナターリアの目には信頼が満ち溢れていた。
護送中、キアルロッドの態度でイキョウは勘違いをしていたが、キアルロッドは一瞬たりとも監視の眼を緩める事は無かった。それは、イキョウが信頼足りえる人物と判断した後でもだ。双子やソーキスに付いてはどう足掻いても自分の脅威足りえないと判断して、そしてなによりイキョウを逃がさない為の枷として見逃していた。
「そうか。……なぜニーアはお前のメイドをしているんだ」
ナターリアは、ニーアの身の上話を聞いた上で何も感想を言わず、ただ話を進めようとしてくるソーエンに困惑するが、冒険者だからこういった暗い話は日常茶飯事で当たり前なのかと自分を納得させ、ソーエンの疑問に答えようとする。
ソーエンは別に何も思っていない訳ではないのだが、気の利いた言葉が出てこなかったので話を切り替えたかっただけだった。
「キアルロッドがニーアにメイドの才を見出してスカウトしたそうですよ? なんでも私にぴったりのメイドを見つけたとかで」
「……何者だあいつは」
「昔から目が良いんですよ。私の本性もいつの間にか見抜かれていましたし」
「イキョウも目が良いが、あいつは物理的なものだ。キアルロッドの方は感覚的なものだな」
「まあ!! また、身近な人の共通点ですね」
ナターリアが向けた笑顔に、何が面白いのかとソーエンは疑問を抱く。
が、すぐに理解した。ソーエンにもよくあったことだ。
遠い昔を思い返す。
有象無象と話をするとき、いつも自分の話題が話の中心だった。と言うよりも、有象無象が無理やりにでも話題の矛先を俺に向けて、自分に取り入ろうと賞賛してきた。それが何物にも変えがたい苦痛だった。誰一人として俺しか見ていなく、それでいて俺の周りを見ていない。口を開く者と自身とで、違う景色からの視点を押し付けられながら言葉を交わすあの苦痛。それをナターリアは知っている。
だからこそ、自分の視点から見る景色を語るのは楽しいものだとソーエンも感じていた。だから仲間と言う存在がたまらなく大切だった。
「……」
「どうしたんですか?」
「お前と話をするのは案外悪くないなと思ってな」
「急にどうしたんですか、って言いたい所ですが、なんとなく分かります」
「そうか。そうだな」
「なんですか、その返事」
ソーエンの曖昧な返事を聞いたナターリアは思わずクスクスと笑う。
これまでの、顔が見えくてぶっきらぼうな人という印象から一変して、何故か親近感が持てるような人といった印象へ変わったことへの安心感と、思ってもいなかった返答から来るギャップで、ナターリアは思わず笑みがこぼれてしまった。
「ソーエン様は」
「呼び捨てで良い」
「呼び捨てですか!? えぇっと……本当によろしいのですか?」
「俺もお前をナターリアと呼んでいる」
皇女を呼び捨てで呼ぶ。それはあまりに非常識なことだ。しかし、今、このプライベートな空間では誰一人として咎める者は居ない。
ナターリアはというと。元来、下々の者を呼び捨てにしたところで咎める者など誰も居ない。しかし、これまで同世代の異性を敬称なしで名を呼ぶ機会など無かった。だから唐突に名を呼べと言われても心構えが出来ていなかった。
ナターリアはどうすれば良いか分からず、両の手の指を合わせて自分はどうするべきかと考える。
相手が貴族ならこんな迷うことをせずにいつもの上辺で対応できた。しかし、今は一般市民の、しかも冒険者という今まであまり関わりの無かった、それでいてカフスの血縁と一緒にいるという立場がよく分からない者にどう対応すれば良いのか判断しかねていた。
「……ソーエン……?」
意を決してナターリアは試しにソーエンの名を呼んでみる。
「なんだ」
名前を呼ばれたから、ソーエンは何も考えずにただ返事を返す。
「ソーエン……ソーエン!!」
その返事が嬉しくて、堪らなくなって思わずナターリアはソーエンの名を連呼する。
ニーアと、四騎士、そして家族以来だった。こんなにも気兼ねなく人の名を呼べるのは。
それに、怖い人と思っていたソーエンから急に名前を呼んで良いと言われて、思わず舞い上がってしまう。
「なんだ、どうした」
嬉しそうに目を煌かせながら自分の名を呼ぶナターリアにソーエンは困惑していた。何がそんなに嬉しいんだ。と。
「実はやってみたいことがありましてですね!! 今この光景を見て!!」
今から自分が話すことと、ソーエンの反応で思わずテンションが上がったナターリアは言葉がおかしくなる。
「なんだ」
「常々思っていたことがありまして、ニーアに休日を与えたいと」
「……ふむ」
「ソーエン!!」
「なんだ」
「わぁぁ。名前を呼んだ意味は無いです、ただ呼びたかったので呼んじゃいました……えへへ。
ニーアはいつも私の傍に仕えているのです、それはもう休日でさえも。私はニーアが遊んでいるところを一度も見たことがありません」
「意味も無く……まぁ、お前ならば呼んでも良い。で、何か。ニーアに自由な一日を与えたいということか」
「その通りです。出来れば私抜きで、普通の女の子としての一日を謳歌して欲しいのです」
「なぜ俺にそのことを話した」
「……イキョウ様をお借りすることって出来ますか?」
ナターリアはソーエンに顔を寄せて耳打ちをする。
「ふむ……お前の言いたい事は理解した」
イキョウ。その名前を聞いただけでソーエンは大体の事情を理解する。
ナターリアの算段はこうだ。
今まで皇女付きのメイドとして自分に尽くしてくれたニーアにせめてもの休暇を与えたい。しかし、孤児院からストレートにメイドになったニーアが、しかも今の今まで自分のお付としてメイドをしていたニーアが休日の過ごし方を理解しているはずがない。
と思い込み、同世代のイキョウに市民の休日をエスコートして貰いたい。と。
そしてソーエンはその意を漏れなく全て汲み取った。
「具体的にはいつだ」
「三日後がニーアの休みなので、イキョウ様の予定と合えばその日にお願いしたいです」
「分かった。おい、イキョウ」
ソーエンは未だに口喧嘩をしているイキョウに対して、声を張り上げず静かに呼ぶ。
「なんだァ!!」
イキョウはその声を聞き漏らすことなく返事をした。
「三日後暇か」
「暇に決まってんだろ!! こちとら急に王国に連れてこられたんだぞ、予定なんて有るわけ無いじゃん!! なんだ?呑みか!?」
「気にするな、そのまま続けてろ」
「そーかい!!」
「暇だそうだ。好きに使え」
「それは何よりです。ニーア」
ソーエンの言葉を聞いたナターリアは静かにニーアの名を呼ぶ。その小さな声が聞こえているのが当たり前のように。
「どうかなされましたか?」
その声を聞き逃さずにニーアはナターリアの声に応える。
「次の休日、何か予定はある?」
「何時も通りに過ごそうかと」
「なら命令よ。次の休日は私から離れて過ごしなさい」
「でしたら自室で本を」
「だめ。次の休日はイキョウ様と一緒に過ごすこと」
「承り……えっ!?」
「えッ!?」
「だそうだイキョウ」
「えッ!?!?!?!?」
唐突に決まった予定に、ニーアとイキョウは困惑して、思わず喧嘩を止めていた。
何が起こったのか全く理解できない二人はただ呆然と立ち尽くす。
「ごみょごみょ」
「ぼそぼそ」
その間に二人の間で密談が交わされているとも知らずに。




