15.第二回戦
拍手は止み、されど会場の熱は冷めやらぬまま王は第二試合の選手をリングへ立たせた。
この試合の対戦カードはラリルレ&ロロ対コロロ。
((ラ行の密度が高い…))
両者がにらみ合ってるリングの外では、イキョウとソーエンが心の中で試合と関係のないことを考えていた。
先の試合のせいもあり、客の緊張と期待が高まる中、コロロは構える。
左半身を相手に向け、足を揃え、剣を持った右手を後ろに、盾を持った左手を前に構える姿は、コロロを知らぬ者からして見れば守りの姿勢だと勘違いするだろう。なぜなら、その構えは駆けるに適さず、間合いを詰めることが出来ないからだ。
しかしコロロにとってはこの構えが、試合という相対する戦いにおいて最善の攻めの構えであった。
対してラリルレはただ杖を持ち、ロロはただラリルレの頭に乗っているだけ。
その姿を見た観客達は、『なぜあの娘は頭にタコを乗せているのだろう……?』と疑問に思っている。が、唯一その疑問に答えられるラリルレはリング上に居るので、誰も答えを知る事は出来ない。
「ラリルレ殿。本気で行かせて貰うでありますよ」
コロロは先ほどの戦いを見て燃えていた。
シアスタ達の姿が、あの必死に戦った姿が、コロロにとっては懐かしかった。まるで、昔の自分を見ているようで。
先の試合、本当は声を大にしてシアスタ達を全力で応援したかった。本当に心の底からシアスタ達の勝利を望んでいた。しかし、四騎士の立場に居るものとして敵を応援するなど到底許されることではなく、心の中でひっそりと思うことしか出来なかった。
だから、あの試合を見せてもらった返礼を、そしてなによりこの場に立っているラリルレへの敬意を表してコロロは何があっても全力をぶつけると決めていた。
この刃引きされた剣は手加減などではない。むしろ、全力をぶつけるための措置である。
「私も全力でいくね」
構えたコロロと杖を握るだけのラリルレが言葉を交わす。
ラリルレの言った全力、それは限られた力の中での全力。だが、それも全力。
昨日の夜から子供達の姿を見ていたラリルレは一切負けるつもりなど無かった。否、その姿を見ていなくてもシアスタを、引いては仲間を守る為に負けるつもりなど毛頭無かった。
この戦いの勝利は、負けたシアスタ達への慰めではない。誰が、あの頑張った者達へ「自分は勝ったから、負けは気にしなくていい」なんて言えるものか。
「先の試合は誠に見事であった。此度も期待しているおるぞ」
相対する姿を見た王は、開始の宣言をするために立ち上がる。
その姿を見た貴族達はこれから戦いが始まるのだと理解し、タコへの疑問は捨て去って、今から始まる試合を見逃がさないためにリングへと視線を集中する。
「第二試合、始めぇ!!」
試合開始が告げられる。――と、同時に三者が三様の動きを繰り出した。
コロロは左足を前に踏み抜き、剣を持っている右手を後ろに大きく引くと、そのまま横に凪いだ。
通常の剣ならば届くはずの無い攻撃。しかし、コロロの扱う武器はただの剣ではない。
コロロの剣は刀身が分裂し、鞭のように撓ってラリルレに襲い掛かった。そう、コロロの剣は通称蛇腹剣と呼ばれている特殊な剣だ。
刀身に仕込まれているのは物理的なワイヤーではなく、魔力の糸。それにより、伸縮自在、縦横無尽な攻撃を繰り出すのが、コロロの最も得意とする戦闘スタイルだった。
「<ホーリープロテクション>!!」
ラリルレは<ホーリープロテクション>という、ドーム状の障壁を自分の周囲に張る。
<ホーリープロテクテクション>はダメージ遮断と許可者以外の侵入不可領域を作り出す壁を展開するスキル。外側からの攻撃は遮断し、内側からの攻撃を通す特性を持つがそれは敵味方を問わないので使い所を間違えると大惨事になる。壁は一定ダメージを受けると壊れる。
ラリルレはコロロの攻撃を見て壁を張ったわけではない。元から試合開始と共に壁を張ると決めいていた。
神官に主だった攻撃方法は無く、身を隠したり壁役に守ってもらうことの出来ない定点戦闘において、ラリルレが出来る最善の手段が壁を張ることだったから。
ただし、壁は居なくてもアタッカーは居た。
そのアタッカー、ロロは、八本全ての触手をコロロに伸ばす。
コロロの蛇腹剣はラリルレの障壁に弾かれ、空に跳ね返る。そのコロロへは触手が迫っていた。だが、コロロはそのまま無防備にロロの触手を受ける事は無かった。
コロロは蛇腹剣が跳ね返った直後に標的をラリルレからロロに変更をして、手首のスナップと魔力の糸を使い、迫り来る触手を一凪で切り伏せようとする。
――――むにょん。その擬音が、触手と剣の交わりあった瞬間を表すには相応しかった。
「へ?」
思わずコロロは声を出す。
コロロはラリルレの回復魔法の評判を知っていたので、ロロの触手を切り落とすために手加減はせず、全力を持って切り落とそうとしていた。にも関わらず、手に伝わる感触は切断ではなく、何か柔らかい物に刃を突き立ててそのまま飲み込まれてしまいそうになる感覚だった。
現にロロの触手は一切傷がついてない。それどころか攻撃を受けた瞬間にコロロの蛇腹剣を絡め取っていた。だからコロロは飲み込まれるといった感覚を受けたのだ。
コロロの武器は蛇腹剣。そしてその剣は今、ロロの触手に絡め取られて機能を失う。反撃に転じる事は出来ず、引き戻すことは叶わない。つまり、コロロは武器を失ったも同然。
引き戻そうとしても一切動かすことの出来ない剣と、身を守る盾。迫り来るロロの触手を凌ぐには剣を捨てて回避するしか無い。あの数の触手に対して、一つしかない盾を頼りには出来ない。
先ほどの<ホーリープロテクション>を攻撃したコロロは、剣を捨てては勝ち目が無い。と、コロロは理解していた。
しかし、コロロはそれでも足掻くことを選んだ。騎士の誇りと燃えている心は、あっさり負けを選ぶことを自分に許さない。
剣を手放し盾を捨て、触手を回避するために右に飛ぶ。コロロは数の多い触手を相手に盾は不要と判断した。
勝つ。絶対に勝つ。普通の者なら、自分よりも大分格下の者に対して持つ事は無い意思を、コロロは心に宿す。
「ッかっ!?」
しかし、現実は無慈悲かな。勝利を勝ち取るために足掻こうとしたコロロの脇腹にロロの触手の横凪があっさり思いっきりぶち当たてられる。
(そん、なっ…!?)
会場にどよめきが立ち込める中、コロロは体をくの字にしながらそのまま場外に弾き飛ばされた。
コロロは何とか空中で体勢を整えて足から地面に着地する。そう、地面に。
それは、試合の決着がついたことを証明していた。
* * *
「凄いね。コロロに勝っちゃったよ」
「当然だろ。オレの仲間なんだからな」
「あの触手も凄かったけど、ラリルレの魔法も凄いね、始めて見たよ。なにせコロロの一撃でも傷がつかなかったんだから」
<ホーリープロテクション>のことか。キアルロッドほどの奴が見たことないって事は、この世界に存在しないスキルなのかもしれない。
教えていいのかな? いや、やめとくか。本人の許可なしに教えるのはマナー違反だし、それに万が一、教えたせいでオレ達の本当の強さがばれる可能性だって無くないわけだしな。
「偶然だろ」
「偶然で防げるようなもんじゃないんだけどね。なんていう魔法なの?」
「偶然だろ」
「魔法に偶然とか無くない?」
オレの言葉を否定するキアルロッドだったけど、話す気がないと察したのか、カフスというバックの存在もあってそれ以上は追求してこなかった。
「みんなー!!勝ったよー!!」
ラリルレはオレ達の方に手を振りながら笑顔で近づいて来る。その背後から金属音を鳴らしながら。
「おめでとーラリルレ!! 勝ったね、勝った、本当におめでとなんだけど……いやロロ、それ返してやれよ!!」
ラリルレに乗っているロロは、一本の触手を残して全て元の長さに戻っていた。
そう、一本だけはまだ長いまま。
ラリルレが歩みを進めるたびに引き摺られるその一本には、まだコロロの蛇腹剣が絡まっていた。蛇腹剣ごと引き摺ってるからガラガラうるさい。
「絡まっちゃって取れないんだってー!!」
リングから降りてこっちに歩いてきたラリルレは、大声で現状を報告してくれた。
絡まっちゃったのか。だったらさっさろ解いて、コロロに剣を返してやろう。
「みんなー、外すの手伝うぞー」
オレの一言で<インフィニ・ティー>全員がラリルレに向かってぞろぞろと移動する。
そしてみんなで解くのを試みてはいるけど……全然解けない。全くと言っていいほど解けない。
「何だこれ、どうなってんだよ」
「隙間無くギチギチなんですけど…」
何がどうかみ合ったのか、触手、刃、糸が見事に絡まっていて一切の余裕が無かった。
それどころかいじればいじるほど、ロロの触手が蛇腹剣を飲み込んでいく。
「こいつの体は何で出来ているんだ」
ソーエンが疑問の声を上げる。
その疑問に誰一人答えられるものは居なく、オレ達はただ四苦八苦しながら解こうと試行錯誤する。
「ラリルレ……殿」
オレ達が四苦八苦しているとコロロがフラフラと歩いてきた。
険しい表情をしながら脇腹を押さえている。相当痛むのだろう。元邪神の一撃を受けたんだ、そうなるわな。逆に無事なのが凄いわ。
「大丈夫コロロちゃん!?」
ラリルレはコロロを心配して駆け寄って行くから、オレ達もそれに合わせて触手とにらめっこをしながら後を追う様に一斉に付いていく。親鳥とヒナみたいになっちまってるよ。
「待って、すぐに回復魔法かけるから。<パーフェクトヒール>!!」
「おおぉ……話しには聞いていたでありますが、これほどとは……」
「大丈夫? もう痛くない?」
「大丈夫であります。ラリルレ殿はお優しいでありますね……。ラリルレ殿、ロロ殿。私、感服したであります」
「そんな、大げさだよぉ」
「いえいえ、そんな事はないであります。……戦っている間、騎士を目指す前のことを思い出したであります」
「昔のコロロちゃん?」
「……そうであります」
どうしてだろう。オレにはコロロの思いは分からない。でも、コロロはつらつらと自分のことを話し始めた。
普通の家庭に生まれたコロロは、ある日一つの物語に出会った。それは、勇者が魔王を倒すといった、子供なら誰でも知っている本だそうだ。
そこに書かれていた勇者は、まぶしくて、かっこよくて、自分もいつかは勇者のようになりたいって思ったそうだ。てか、いつかじゃなくて今なりたいって思ったそうだ。だから町で騎士を見かけては自分を売り込んで売り込んで売り込みまくったらしい。
決断と行動力の鬼かよ。
それで、偶然先代の四騎士の一人がコロロのことを拾ってくれて、騎士団に特別に見習いとして所属できたとのこと。
そこからは苦難の連続で、厳しい訓練を泣きながらこなす毎日だったけど、それでも一度もやめようと思ったことは無いらしい。
「眼に焼きついた、そして心に刻んだ勇者様の姿。あの輝きに届きたくて毎日頑張ったであります」
本当は勇者と同じく、剣一本で全てを切り伏せるような戦い方をしたかったらしいけど、コロロを拾った四騎士であり師匠でもある人物から、剣一本は無謀だと言われ、仕方なく今の蛇腹剣と盾を併用するスタイルに変更したらしい。
「私、恥ずかしながらものすごく駄々を捏ねたであります。でも師匠から、勇者とは剣で戦う者でも力を振るうものでもない。正しい心を持つ者だって言われて……そのとき、私は勇者様になりたいんじゃない、勇者様と同じように困っている人々に手を差し伸べられるような存在になりたいんだって、ようやく気づかされたであります」
「うんうん、素敵な夢だね」
「師匠から直々に今の戦い方を教えて貰ったであります……。初めて師匠から貰った練習用の蛇腹剣、それが私にとっての聖剣であります」
「そっかぁ。コロロちゃんは今でもその剣使ってるの?」
「もちろんであります。さきほどの試合で使ったものがそうであります」
「「!?」」
コロロの言葉でオレとシアスタは思わず顔を見合わせる。
その聖剣、今邪神に辛め取られてるんだけど……。
話を聞きながらオレ達は一生懸命解こうとしたよ? わき目も振らずに集中して解こうとしてたよ? だから昔話をしているコロロの方を一切見ずに触手をいじくりまわしてたよ。
結果、もっともっとギチギチになったわ。
「おいどうすんだよ。これ一生解ける気しないんだけど」
「「むーりー」」
双子は諦めたのか、ロロの触手をペチペチ叩き始めた。
「触手だけ食べよーかー?」
「やめておけ。腹を壊す可能性がある」
「お腹を壊すかどうかは分かりませんが、ソーエンさんの言う通り食べるのはやめましょう」
「そういえば……私の剣はどこ行ったのでありますか?」
幸い、コロロはまだ自分の聖剣がどれほど悲惨な姿になっているかは分かっていないようだ。
いや、オレだって当事者じゃなきゃこんなことになってるなんて思わねぇよ。まさか触手に飲み込まれているとは思わないだろ。
「んえっ!? どこいったんだろーね……」
ラリルレも困惑しちゃってるよ……。
「貴様の剣ならここにある。何が聖剣だ、忌々しい」
「あ、ちょ、待て!!」
オレが止める暇も無く、この中でただ一人、空気の読めない邪神が剣のありかを示す。
どうやって示したかっていうと……伸びてる触手を引きちぎってそのままコロロの眼前に見せ付けやがった。
「えぇ……」
オレは思わず声が出てしまう。あいつ、平然と自分の触手引きちぎりやがったぞ……。
「受け取れ」
ロロはそれだけ言って、引きちぎった触手ごとコロロに蛇腹剣を返した。
「「えぇ…」」
オレとシアスタは揃って声を上げる。
そのまま渡すのかよ……。
「私の聖剣はいつの間にこんな禍々しい姿になったでありますか……」
「ごめんね!! ごめんねコロロちゃん!!」
しょんぼり顔のコロロとぺこぺこと謝るラリルレ、そのぺこぺこに揺られぷるんぷるんするロロ。
「「「えぇ……」」」
そしてオレとソーエン、シアスタはまた困惑の声を出してしまった。
オレ達は全員見逃さなかった。引きちぎったはずのロロの触手が、もう再生していたことを。
会場には、ラリルレは超凄腕のテイマーだという声が溢れていたけど、目の前の光景に困惑しているオレ達にはそんなことどうでも良かった。




