04.脱獄か否か
ソウルコンバーションテールには様々なジョブがある。
ソーエンの職業『ガンナー』は文字通り銃を使うジョブで、主に攻略勢で見るのは近距離ショットガンビルド、中距離マシンガンビルド、遠距離スナイパービルドだ。
しかしソーエンはというと、二丁拳銃ビルドと言ったロマンビルドにしている。このビルドはショットガンビルドより威力が出ず、マシンガンみたいなばら撒き性能が無く、スナイパービルドより射程距離が圧倒的に短いと言う理由で一般には使われていない。
以前にどうして使っているか聞いたら、コイツは「かっこいいから」と答えた。ソーエンは口調や態度は大人ぶっているが、マインドは昔からずっと純粋な子どもなんだ。
オレことイキョウの職業は、とにかく人気が無い『叛徒』。
何をやっても火力が出ないしスキルも地味。長所といえば搦め手が多いのと武器の装備制限が無いくらいだが、武器に関してはダガーくらいしかまともに使えるスキルがない。
唯一無二といえば、相手にダメージやヘイトを与えずにドロップアイテムを盗むスキルが使えるくらいだが、レアドロップはほとんど成功しない。
ビルドは盗みダガーと言われる、ドロップアイテムを盗みながら応戦するスタイルしか需要が無い。そもそもレイドや高難易度のクエストには入れる余裕が無いからあまり研究が進んでない職業。以前ソーエンにどうして選んだか聞かれたときに、「面白そうだから」と言った記憶がある。実際面白かったから選んで正解だった。
そんな異端なオレ達は今、脱獄か待機か相談していた。
衛兵達はまだ戻って来ない。ぜーんぜん戻って来ない。
「俺の魔法銃で鍵穴を撃ち抜くか、お前のスキルかツールで鍵を開けるか」
魔法銃とは、弾丸の代わりにMPを消費して弾を発射する銃だ。リロードや弾の消費が無い代わりに威力が若干低い。
ソーエンは、弾丸アイテムの補充ができるか分からない今は、魔法銃をメインで使用すると言っていた。
オレが使えるスキルの一つ<解錠>は、MPを消費することによって確率で鍵を開けれる。鍵の複雑さで成功率は変わってくる。
ピッキングツールは盗賊系だけが持ってる耐久値設定無しの鍵開けアイテムだけど、解錠するまでどれくらいの時間が掛かるかは本人の腕次第だ。
一応、オレ達には脱獄する手段が取りそろっている。とりそろってはいるんだけど。
「でもなぁ、周りの情報が無い今、脱獄してもなぁ。お尋ね者になるだけだろ」
「ならが、俺が引き金を引くまでに衛兵が戻ってくるなら待つ。戻ってこなければ脱獄だ」
そう言いながらソーエンは黒い銃身に金の刺繍が入った銃を鍵穴に向けて構えた。
「なるほ……待ってくれ、それお前の匙加減でタイムリミット決まるじゃん。武器持ってると怪しまれるからしまえって」
「……」
ソーエンは無言で魔法銃を構えたまま、ボックスに戻さない。
「なあ!!オレの主張聞いて!! しまえってば!!」
良く見ると、トリガーに指をかけている。と言うか力を込め始めている。
「壊すと怪しまれるから!!証拠残るから!! あっ、待って指にゆっくり力込めないで!! 込めんなこのバカ!!」
「騒がしいぞ!! 仲間割れでもしてるのか?」
オレとソーエンが言い争っている声の間に、唐突に男の声が割り込む。この声は、オレ達をここまで連行してきたおっさん衛兵の声だ。
幸い、階段を下りた直後にオレ達の大声に反応したらしく、まだ牢内の醜い争いは見られずに済んでいる。
「隠せ隠せっ」
衛兵がオレ達のいる奥の牢屋まで歩いて来る間に、ソーエンは銃をボックスへ仕舞う。そしてオレ達は大急ぎで何事も無かったかのようにその場に座り込んだ。
「なんだ、大声を出していた割には行儀がいいな。
まぁいい。目撃者の証言を聞く限り、どうやらお前らが故意に噴水に入った訳ではないことが分かった」
おっさん衛兵は続けて、『昼飯と情報収集で思ったより時間が掛かった』と語る。
ひぃー良かったぁ。オレ達が脱獄しようとした事には気付いてないらしい。
にしても昼飯か……言われるまで気がつかなかったけど、そういえば腹が減った様な気がする。そのせいで、やっぱりこの身体は生身なんだなぁって改めて実感させられた。
「で、だ。もしかしてお前ら、転移事故で飛ばされて来たんじゃないか?」
オレ達が悪意を持って噴水に入った訳ではないと分かってくれたおっさん衛兵は、何故噴水に入ってしまったかの理由を尋ねて来る。
……転移事故ってなんだ? 初めて聞く言葉だぞ。
ただ、おっさんの口ぶりからして、乗っておけば無罪になる気がするな。よし、それとなく同意して見逃してもらう策で行こう。
「転移事故とは何だ」
と思っていたら、横のバカが何も考えずに質問しやがった。
おい、クソアホソーエン何ぶっこいてんだコイツ。それじゃ違うって言ってるようなもんじゃねぇか。
オレの心は焦りを覚えるけど、それをおっさんに悟られてはマズい。だから冷静に言葉を選び、おっさん衛兵に慎重に話しかける。
「すんません、オレ達魔法はあんまし詳しくなくて……そう言われてもちんぷんかんぷんっす。教えてもらえると助かるっす」
これは嘘ではないから言い分としては通るはず。とりえず魔法だよな? 魔法っぽい言葉だったもんな?
「ほう……? 冒険者なら当然知っているものだと思ったが……違ったのか。
良いぞ、教えてやろう。転移事故とは転移のスクロールに記す座標が間違ったり、スクロール自体の劣化によるもので起きる転移の失敗だ。
大抵は座標が少しズレるくらいで済むらしいが、まれに大きく変化してしまうこともあるらしい。酷いと空に投げ出されてそのまま落下死した奴もいたとか居ないとか……」
冒険者? 転移? スクロール? 一気に新しい言葉が出てきたぞ。
言葉としては知ってるけど、そんなものが実際に存在する世界なのか、ここは。
話を聞く限りオレ達がここに飛ばされたの理由もそれっぽいし、マジで死ななくて良かった。いや死んでも復活するから大丈夫だろうけど。でも、上空から落ちて死ぬのは経験したくないからやっぱり良かった。
「なるほどぉー……それです。まさにそれです。ドンピシャで転移事故られました」
ソーエンを肘で小突いて同意を促す。ここはオレに任せてノってくれ。
「そうだ。まさにそうだ、俺達は転移事故られた哀れまれるべき被害者だ」
ソーエンも意図に気づいた様で、阿吽の呼吸でオレに合わせてくれる。
「そうかそうか。そういう事情ならば、代表から不問にして良いと仰せつかっている」
「代表と言うのは一体なんだ」
オレも気になったけど、知らないとおかしいのでは? と思って聞かなかった。でもソーエンは聞きに行きやがる。バカか? コイツ。
「急にここに飛ばされたんだ、何も知らなくちゃ不安だろ。説明してやるから落ち着いて良く聞くんだぞ。まず、種族間交易都市アステルって知ってるか?」
オレとソーエンが首を横に振ると、おっさん衛兵の立派な三日月型の口ひげが光り、そして説明を続けてくれる。
おっさん衛兵の話によるとここは、種族問わず様々な者が集う独立交易都市で、名前を『アステル』と言うらしい。
元々この土地はどこの国にも属さず、一頭のドラゴンが統治していた。数十年前、理由は不明だけど、争いの無い平和な国を作りたいと各種族に声を掛け実現させたのが今の種族間交易都市アステルだそうだ。今は人族が住人の大多数を占めるが、年々他の種族も増えていってるらしい。
「そして代表とはぁ!! 生きとし生けるものに慈愛を注いでくださる偉大なるドラゴン、カフス=スノーケア様だ。決して周囲に王とは呼ばせず、あくまでこの都市の代表という立場であらせられる心優しきお方である!!」
そう語るおっさん衛兵の目は尊敬とも崇拝とも取れるキラキラした光が輝いている。同じく髭も輝いている。
「ほえー、なるほど。教えてくれてあんがとさん」
「いいってことよ。それより、お前らはこれからどうするんだ?」
「え? どうするって何が?」
「そりゃ滞在料払ってこの都市に留まるか、出て行って元の場所に帰るか、だ」
おっさんから選択肢が二つ提示された。
元の場所に戻るって言われてもなぁ、そんなこと簡単に出来たら苦労はしないよ。逆にどうやったら帰れるんだよ。帰れない、帰れないから滞在の方向で決定したいけど……。
「滞在料って、金……だよな?」
「もちろん」
ですよねー。
今のオレ達は覚醒極武器の作成で、懐がほとんどすっからかんだ。具体的に言うと俺は六ゴールド、ソーエンは九ゴールドしかない。そもそもゲームの金がこの世界でも使えるのかも分からない。
とりあえず、ダメ元で聞いてみよう。
「なあおっさん、これって使える?」
ポケットから取り出す振りをしてボックスからゴールドを取り出し、牢屋の柵越しに恐る恐る見せてみる。
「おっさんではない、私はまだ三十だ。どれどれ……ほう? 刻印が無いな」
そういや貨幣って、その国ごとの刻印がしてあってそれが価値の証明になるんだっけ。
ソウルコンバーションテールのゴールドは、何も刻印の無い小銭みたいなものだ。だからもしかして、無価値扱いになるのか? そうなると無一文のオレ達はこの都市に滞在ができない。できれば、色々な情報が手に入り易そうなこの都市を拠点に、仲間を捜したい。滞在できないのはちょっと困る。
「そう不安そうな顔をするな。安心しろ、量ってアステル貨幣に両替してやる。秤を持ってくるからちょいと待ってろ」
そう言っておっさん衛兵は階段の方へ向かって行った。なんだろう、おっさんはオレ達が故意に噴水に入ってないって分かってから結構優しくしてくれる。
今なんて刻印の無い金貨を量るなんて言われたもんな。
「この金貨、ってかゴールドに重さあんのか?」
「一応重量感は感じる。が、これが本物の金かと言われると分からん。だが、この都市で仲間の情報収集を行いたい。最悪手持ちのアイテムを売って金にする」
ソーエンの考えには同意しかない。同じ事を考えてた。
でも。
「お互い武器作成の為に要らない物ほとんど全部売っちゃったから、アイテムに余裕無いだろ。しかも補充が利かない可能性高いから、あんま売りたくねぇなぁ」
「最悪煙草を……」
「お前そこまで……分かったよ親友」
オレ達の命と仲間と食事と睡眠と武器と金の次に大切なものを売るなんて、オレも覚悟を決めなくちゃな。
「一本売ろう」
「未練たらたらじゃねーか!! せめて一箱売れよ」
「お前のも合わせれば二本だ」
「二倍になったじゃん……。時代が違えばお前はコロンブスの卵を差し置いてソーエンの煙草を逸話に残せてたよ」
「コロンブス? 何だそれは」
いつの間にか、オレ達の前にはおっさん衛兵(30)が量りを持って立っていた。
「オレ達の地元の有名人」
説明したところで分かって貰えないだろうから、ここは適当に答えておく。
「人の名前だったのか。ほれ、量るからさっきの金貨を貸してくれ」
そう言いながらおっさんは、見張り用と思われる椅子の上に天秤を置いてオレ達に手を伸ばしてきた。
「ここで量んの? こう言っちゃ悪いけどさ、見えないところで量ってちょろまかそうとは思わないの?」
おっさんに金貨を渡しながら、思ったことを口にする。
冗談半分だけど、本気半分も混ざっている気持ちを込めて。だって、オレだったらそうするもの。
「馬鹿なことを言うな。この都市の衛兵にそんな不正を働く輩はいない。それに、お前らは代表が直接罪を許した者達だ。なら、住民と同じ様に接するのが衛兵ってもんだろ?」
ニカッと笑いながら渡した金貨と歯と髭を光らせる。
なんだこの人、めっちゃカッコイイ。最高にクール。この人に守られる都市に、オレもなりたい。
「おじさまぁ……頼もしぃ」
「おぉうッ……。気色悪い声を出すな。あとまだ三十だって言ってるだろう」
おじさま衛兵は、オレの渡したゴールドとアステル金貨を天秤に載せて量かる。
僅かにアステル金貨の方が軽いくらいけど、天秤はほとんど水平になっていた。
「これでこの金貨はアステル金貨1枚と交換できると証明された。他にもあるなら交換してやるから出してみろ」
オレは5枚、ソーエンは8枚の金貨を渡す。お互い一枚は手元に残しておきたい。元の世界の思い出だからな。
「若いってのにこんなに金貨を持ってるのか。お前等金持ちだな」
「金貨が偽物とは疑わないのか」
ソーエンが疑問を投げかける。が、おっさん衛兵はそれを笑い飛ばした。
「大丈夫だ。触れば偽物か本物かくらいすぐ分かる」
えぇ……何者なんだおっさん。
それとも、この世界ではそれが普通のことなのか?
「全部アステル硬貨に交換するか? 当たり前だが、アステル貨幣は金貨銀貨銅貨に対応しているぞ。もちろん、持っていないだろうが白金貨にもだ」
この世界の貨幣は全く分からない。でも、金のことを聞いて怪しまれたくないから、とりあえず渡した内の一部を両替してもらおう。
「じゃあ、オレは金貨三枚と残りは銀貨で」
「俺は金貨四枚、それ以外は全て銀貨だ」
「バンダナが金貨三枚と銀貨二十枚、フードが金貨四枚と銀貨四十枚だな。よし、金は上で渡すからもう出ていいぞ」
ようやく。ようやく牢屋の鍵が開けられて、オレ達は自由の身となった。
鶴の一声であっさり釈放されるなんて、現実じゃ考えられないな。いやありえるのか? 捕まったことが無いから比べられないなぁ。
「……壊さなくて正解だった」
オレが自由の身をしみじみとありがたがっていると、ソーエンが後ろでボソッつぶやいた。
牢屋を壊すルート選ばなくて良かったな、感謝しやがれ。と心の中で悪態をついておこう。
「あ、そうそう。この町に滞在することに決めたよ」
まだ滞在を選んだことをおっさんに言ってなかった。
「おお!! それは良かった。なら簡単な調書と滞在証の発行、両替が終わったらすぐ町に出してやる。思う存分アステルの町を楽しんでくれ。因みに滞在料は一週間で銀貨一枚だからな、更新したいい時はすぐに言ってくれ」
滞在と聞いて、おっさんは大層嬉しそうな顔をしたよ。どうやら、よっぽどこの町のことが好きらしい。
「じゃあ、とりあえず4週間でお願い。ちなみに子どもの滞在料は?」
「半分の銅貨五枚だ」
銀貨一枚の半分が銅貨五枚ってことは、銀貨一枚と銅貨十枚は同価値になる。
さらに、さっき交換した金貨と銀貨の枚数の関係を考えると……。
どうやらこの世界の貨幣レートは金貨百:銀貨十:銅貨:一らしい。
こんな単時間で計算が終わるとは……。オレの脳は何て優秀なんだ…まるでスパコン並みじゃないか…。
自分の隠れた才能に酔いしれながら、オレ達は階段を上り、廊下を少し進んでからある一室に通される。そして、そのまま木の椅子に座らせられた。
おっさん以外の衛兵も一人部屋にいるけど、警備的な存在かな?
座らせられたまま、オレ達はおっさんから色々質問された。
今まで名前はお互い見た目がゲームキャラのせいか癖でハンドルネームを呼んでいたけど、調書の深刻の際にもハンドルネームのイキョウとソーエンを申告した。なぜだか分からないけど、こっちの名前のほうが不思議とこの身体だとしっくりくる。
UIにもハンドルネームが表示されるし、間違いではないはずだ。といっても、オレもソーエンも元の世界の見た目とほとんど変わらないから、名前はあくまで気分の問題なのかもしれない。
質疑応答の中で、ソーエンは顔を見せてくれと言われたけど、事情があるといって頑なに見せなかった。
ヴァンパイアであることを知られるのを避けた訳ではない。理由を知っているオレとしては、むしろヴァンパイアごときで済むなら安いもんだ。
おっさんも、ソーエンが悪意から顔を隠している訳では無いと分かってくれたようで、なんとか見せずに済んだ。
本当に……良かったぁ……。
年齢は秘密にすることでも無いし、オレもソーエンも二十二と答えた。出身は、ずっと旅をしていたと言って適当にはぐらかし、目的は仲間捜しと答えた。
ある程度必要な情報を伝え終わったところで、他の衛兵が滞在証とお金を持ってきた。
滞在証は、小さな木札に滞在期間と名前が書かれているネックレスタイプで、おっさん曰く常に出せるようにしておけとのことだった。
そして滞在に必要な金を払い、全ての手続きが終わった。
いよいよ数時間ぶりに外界へ進出だ。ようやく外の空気を吸える。オレ達は意気込み、椅子から立ち上がろうとしたところで――――おっさん衛兵の言葉により動きが止められてしまった。
「イキョウとソーエン。仕事はどうするんだ?」
……しまった、詰め所から出ることばかり考えていてその先は全く考えていなかった。完全ノープランだ。
立ち上がるために少し傾けた上半身を元に戻して座りなおし、オレは横のバカに顔を向ける。
「どうるよソーエン」
「今すぐ仲間を捜しに行きたいところだが、バカな俺達がこれだけ順調なんだ。とりあえずは、自由の利いて割りのいい仕事先を見つけ、まずは生き延びることを目的とする」
「理に適ってはいるけど……そんな都合のいい仕事ある訳無いだろぉ」
「あるぞ」
おっと? 予想外の言葉をおっさんから聞けたぞ?
オレ達はその一言で丸くなった眼を、おっさんへ向ける。
ソーエンも内心はありえないと思っていたらしく、オレと同じ眼をおっさんに向けていた。
「というか、そんな不思議な格好をしてるから最初見たときはそうなんだと思ってたぞ。やる気があるならなってみな、冒険者にな」