風邪の引きのシアスタ(1/3)
いつも通り朝カレーを作り、いつも通りソーエン、ロロ、オレ、そして新たな朝活メンバーのソーキスを加えてオレ達の朝は始まる。
「美味い。美味い」
「からからー。うまうまー」
ロロとソーキスは食う量が食う量だから大皿に一気に盛ることで朝の時短を済ませている。
「紅茶の御代わりいるやつー」
「はーい」
ソーキスは声を出して返事をし、ロロと、カロメを貪っているソーエンは無言で手を上げた。
「ほれ、カップ貸せ」
お茶汲み係のルーティンはもう慣れっ子なんで、いつも通りカップを受け取って紅茶を注ごうとする――と。上階の方から何かが倒れる音が聴こえてきた。
小さい音だから聞き間違いの可能性も無きにしも非ずだけど、一応確認したほうが良いな。
「なんだろう?」
「この音は……シアスタか」
ソーエンもあの小さな音が聞こえたようだ。ならオレの聞き間違いじゃないな。
シアスタ、オレ、ソーエンは二階。ラリルレ、ロロ、リリム、リリス、ソーキスは三階の部屋を使ってるから一階に音が響くとしたら、消去法でシアスタしか居ない。
「どうする?」
「見に行くに決まっているだろう」
「だよな」
カレーを嗜んでいる二人は置いておいて、オレとソーエンはいつも通りの朝に起こったイレギュラーの正体を見行くことにした。
* * *
師匠、お元気ですか?
私はですね。
「こほッ。こほごほ!!」
風邪をひきました。
朝起きたときから体がふわふわするとは思っていたんですけど、まさかベッドから降りようとして倒れるとは思いませんでした。
倒れてすぐにイキョウさんとソーエンさんが来てくれて、大事には至らなかったのは幸いです。これがもし一人だったと思うと――。
……ダメです。病気のせいか、心が弱気になっています。
「シアスタちゃん大丈夫? 欲しいものとか、やってほしいことがあったら我慢しないで言ってね?」
今はベッドの横にラリルレさんが居るので心細くは無いのです。
いつも通りロロさんはいつも通りラリルレさんの頭の上に乗っていて、無言ではありますが私のおでこに乗せた濡れタオルをこまめに交換してくれます。ラリルレさんに言われてやり始めたのですが、それにしては頻繁に交換してくれている姿を見ると……邪神というのが嘘みたいに思えます。
私、あのまま一人じゃなくて良かったです。……本当に一人じゃなくて良かった。
「どうしたの!? よしよし、いいこいいこ。私が居るから大丈夫だよ」
また、私は泣いてしまったようです。頬に涙が伝う感触があります。
でも、いつもの私の癖とは違って、今の涙はなんというか……温かい気がします。安心した涙と言えば良いのでしょうか。
私の頭を撫でてるラリルレさんの手が、気持ちいい。理由は分からないですけど、安心して、心地よくて、温かくて……よく分からないですけど、これがお母さんというものなのでしょうか。なぜかそう思うとまた涙が溢れてきます。
「わわっ。ごめんね、辛いよね。……やっぱり私の魔法で治そっか?」
「いえ、お医者さんの言う通り、自力で治します」
朝早くに街医者さんが来てくれて私を診てくれたました。
曰く、自分の力で治した方が今後体が強くなると言われたので、強いシアスタになるためにも自力で治します。
……というか、普通病気を魔法で治すとなると、教会でそれなりの地位の人を呼び、それに見合った金貨を支払う必要があります。経済的なことを考えると、貴族以上の地位に付いているような方じゃないと、そう簡単には受けられないような治療を無償で平然と提案する辺り、ラリルレさんはやっぱり凄い方なんだなって思います。
曰く、回復魔法に限らず、毒や呪い、病気、とにかく体の不調は何でも治せるとか。
「分かったよ。やっぱりその場しのぎより、免疫付けるのは大事もんね」
「めんえき……というのは分かりませんが、未来のことを考えて、体を丈夫にしようと思います。強いシアスタになるために頑張ります」
「そっか。じゃあ、私もシアスタちゃんを応援するね。今日は私が一日一緒に居るから、一緒に頑張ろうね」
ラリルレさんは私の頭を撫でながら、優しい声でそっと言います。
その声が何だかほっとして、私はまどろみに誘われました。
熱のせいか、まどろんでも、いまいち眠りに入れず、でも寝ているような、ふわふわとした感覚に襲われます。
「寝た?」
まどろんでいると、急にこそこそっとしたイキョウさんの声が聞こえました。
多分、私を起さないように、扉を静かに開けて入ってきたんだと思います。
「うん」
「なら良かった」
「……泣いていたのだな」
「うぐっ!! いや、大丈夫。あれは悲しみの涙じゃないからセーフ」
「難儀な癖だな」
ソーエンさんの声もします。
イキョウさんは何を言っているのでしょうか。
「やっぱりラリルレの魔法使ったほうが……」
「ダメだよキョーちゃん。シアスタちゃんが自分で治すって言ったんだから、シアスタちゃんを信じようよ」
「うっ……はい……」
イキョウさんは何故かラリルレさんの言葉には弱く、その姿を見るのは少し面白いです。今は瞼が重くて見ることが出来なのは残念です。
「少しくらいならば」
「ダメ」
「……分かった」
ソーエンさんも同じです。
いつも自由で、唐突で、おバカさんなお二人がラリルレさんに頭が上がらない姿を見ると思わずおかしくなります。今は見ることが出来ませんが、想像でその姿が思い浮かびます。
レベルは異常で、戦闘も凄い人達なんですけど、親しみやすいというかなんというか、とにかく一緒に居て気兼ねしない人達で楽しいです。
「お、にやけてる」
でも、最近私を、私達を、家の子って言うようになったのは、仲間って言う感じがしなくて不服です。
「しかめっ面になったな」
「可愛い、可愛いよぉ。キョーちゃん、ソーちゃん」
ボーっとした頭で自分の心の中にある思いと向き合っていると、段々意識が落ちていくような感覚になっていきます。
「そうそう。今日は全員休みってことになったわ」
お休み……。私のせいでしょうか。いえ、絶対私のせいです。謝らなきゃ。でも、頭が、体が、口が、舌が、重くて言葉が出ません。謝るよりも眠気が上回ってしまってます。
「いやぁ、ホント丁度良かったわぁ。やりたいことあって時間欲しかったんだわぁ」
「…そうだ…ったな」
なんでしょう。お二人の声がわざとらしく聞こえてくるような。
「んふふー。二人は優しいねぇ」
そしてラリルレさんの声は嬉しそうです。
あ、頭のタオルが変わりました。ロロさん、ありがとうございます。
「何も言ってないんだけどぉ?」
「私はシアスタちゃんを見てるね」
「何も言ってないじゃーん。分担決まってるみたいじゃん」
「ラリルレ、よろしく頼む」
「うん、任せて」
「ま? オレ達は? 好きに休日を謳歌するから?」
「期待しないで待て」
「んふふふふ~。二人とも、行ってらっしゃい」
皆さんは何の話をしているのでしょうか。眠い頭では言葉の真意を汲み取ることが出来ません。
それともこの瞬間がもう夢なのでしょうか。
「……なるべく早く戻るから」
そのイキョウさんの言葉と共に私の意識は途切れました。
* * *
「見透かされていたな」
「流石ラリルレだわぁ。なんだっけ、魔法とは違って、薬なら免疫付けながら治せるんだったよな」
「免疫という言葉は出てこなかったが、医者が言ったことを俺達風に訳すとそうなる」
「だったらその薬常備しとけや。なんで切らしてんだよ」
「精霊用の材料は希少らしいからな」
「とりあえず、紹介されたアラクネの調合屋行ってみるか」
「材料さえあればどんな薬でも作るといった謳い文句を掲げるとは。何とも胡散臭い店だ」
「そう言うなって。評判いいらしいから」
「もし適当な仕事をしようものなら、問答無用で潰す」
「おー怖」
* * *
街医者から進められた店の前に到着すると、何と言うか、入る気が失せた。
外装は他の店と変わらないくらい普通なんだけど……いかんせん匂いが強い。薬臭い。
そりゃあ、ちょっと住宅街から離れた場所に店があるわけだ。周りの店も似たような感じで癖の強いものが並んでいた。例えば世界各地の漬物や発酵食品、特殊な塗料、謎の骨、謎の毛、変な陶器など、挙げれば切りがないくらいのラインナップだった。でも、カフスのお膝元だし、一応は信頼できる店なんだろうな。
「ごめんくださーい」
入る気は失せても、どうしても入らなきゃいけない訳で。オレは思い切ってその調合屋の扉を開ける。
開けたはいいものの、入ったとたんに店の外にまで漂っていた薬臭さが鼻にダイレクトに入ってきた。めっちゃ臭い。
「はいよ、いらっしゃい」
匂いはきつくても、煙などは一切ないクリアな視界の店内。その奥のカウンターには、黒髪のアラクネが鎮座していた。
下半身が巨大な蜘蛛なだけあって、多分足を畳んで座っているのだろうけども、それでもオレ達よりも目線が高い。
水晶のような複眼と向き合ってもなんとも思わなくなったのは、オレがこの世界に適応してきた証拠だろう。
「氷の精霊向けの風邪薬って置いてある?」
さっさと買って、さっさと帰って、さっさと元気にさせたいから、店主らしきアラクネに直球に来く。
「生憎今は切らしてて無いねぇ」
「マジかよ」
「精霊向けってなるとどうしても材料が希少だからねぇ」
「ここもか。ならどこ行きゃ薬手に入るんだよ」
「無いよ」
「は?」
「家の店に無いんじゃこの街のどこに行ったって手に入らないさね」
この店相当凄いじゃん。あの街医者いい所紹介してくれたんだな。
「なら単刀直入に来くわ。材料さえあれば作ってもらえるのか?」
「もちろんだよ。調合代は貰うけどね」
なんとなく予想はしてた。っていうか、ゲームの経験上、貴重な素材ってのは自分で調達するもんだったからな。
できれば材料調達をすることなく今すぐ薬を手に入れられるのが理想だったけど、街医者曰く命に関わるような事は無い病気らしいから、そんな必死になる必要も無い。
「材料を教えてくれ、すぐ取ってくるから」
「ちょっとそんな詰め寄んないでおくれよ。今教えるからさ、あとそっちのフードのあんたもその鋭い雰囲気を向けるのはやめておくれ」
アラクネの店主から聞いた足りない材料はこうだ。
氷雪花…標高の高い山に生息する純白の花。
蒼岩苔…標高の高い山の岩に生息する苔。
フロストワイバーンの爪…名前の通り。
「……これで薬が?」
「疑ってるのかい?」
「ああ、いや、そう言う訳じゃないんだ」
オレに薬の知識があるわけじゃないから、この材料が嘘かどうかなんて一切分からない。ただ、氷の精霊ってだけあって全て冷たそうなものだって思っただけだ。
別に、これが本当に薬の材料か? とか疑っている訳ではない。
「って言っても、あんたらにこれを取ってこれるとは思わないさね。大人しく材料が入荷するのを――」
「ソーエン、これさ、この前行った山で揃うんじゃないか? あのイロマチニイクス的転回の」
「あそこか。すぐに行こう」
「病人を心配してはやるのは分かるけど、あんたらが死んじゃ元も子も――」
「店主さんあんがと。すぐ取ってくるからいつでも調合できるようにお願い」
「適当な仕事をするようなら、それ相応の対処をする」
材料が分かって、なおかつありそうな場所も検討がつく。すぐに向かおう。
オレとソーエンは、別に急いでいる訳じゃないが、材料を手に入れる算段がついたので直ぐに店を出てあの雪山へと向かう。
「ああ、行っちゃたよ。……これで帰ってこなかったら後味悪いね。せめて帰ってこれるように祈っておこうかね」




