24.路地裏で見たものとは
「ここか!!」
たどり着いた場所は居住区の路地裏。その路地裏を上から見降ろすと、人が一人居るだけで触手ヤロウの姿は確認できなかった。
どこかに隠れてるんだろうと思い、屋根から飛び降りて人影に尋ねる。
「そこのお嬢ちゃん、ここら辺で変な触手が生えてるやつを見なかったか?」
暗くて顔が見えないけど、髪の長さから言って女の子だろう。
ずいぶんボディラインの出る服を着てるな。
「ちがうよおにーさん」「あれがしょくしゅやろー」
双子は女の子を指差したまま失礼なことを言う。
触手ないじゃん。普通の女の子っぽい見た目してんじゃん。
「こら、女の子が野郎とか汚い言葉を使うんじゃありません。お嬢ちゃんもごめんね、へんなこと言って。ここは危険だから速く逃げな」
女の子に向かって触手ヤロウは失礼だろ。
言われた女の子も怒って、無言でこっちに向かって歩いて来てるし。
アメあげて許されんのはシアスタくらいだから、ちゃんと謝るか。
「って、あれ? カフス?」
女の子が近づいてきたおかげでようやく顔が分かった。
「なんでお前裸なの?」
おまけに何も着てない。
「ダメです!!見ちゃダメです!! ヘンタイ!!スケベ!!ロリコン!!」
シアスタがオレの顔を覆おうと必死に手を伸ばすけど、オレはロリコンじゃない。こんなのに反応するわけ無いだろ。
シアスタの視界妨害を華麗に避けてカフスのことを見る。
「んん? カフス透けてね?」
カフスが大分近づいてきて分かったけど、透けてるってより半透明って感じだった。
「イメチェンした?」
ドラゴンの感性とか分からないけど、裸で透けるのが流行ってるのかもな。
「おにーさん」「はなしをきいて」「あれが」「しょくしゅやろー」
ヒュプノシスボイスを使ってオレの耳に直接双子が語りかけてくる。
「んなバカな……<生命感知>」
双子の勘違いだと思い、隠れている容疑者を探すために<生命感知>を使って辺りを確認する。ここまで近づけば察知されて逃げられても見失うことは無い。
でも、犯人を探し出すどころか<生命感知>はここに居るオレ達しか反応を示さなかった。そう、オレ達だけ。つまり目の前のカフスからは何の反応も無い。
「理由は分からんけど、お前カフスじゃないな」
考え直すと全裸で透けてるカフスとかありえるわけ無いじゃん。この世界ならありえるかもーって思うとかオレはバカか。バカだったわ。
「お前ら降ろすぞ。ここでやつを仕留める」
戦闘体勢へ入るために急いで三人を落とすように降ろして両手を開ける。
対して触手ヤロウは、こちらに近づいて来るだけで何もしてこない。
「早く捕まえないとカフスの風評被害がヤバイことになる。恨むなよ偽カフス。捕まえたら余すとこなく売ってやるからな!! <ロープバインド>!!」
全裸の擬態少女を縛って売るためにロープを飛ばす。
避けられた場合の策も考えてあるから絶対に逃がしはしないぞ。この逃走が専売特許のオレから逃げられると思うなよ。
次の動作を見極める為に目を光らせていたオレ……だったけど……予想とは裏腹に、偽カフスは避けるどころかモーションを一切起さずに、無抵抗のままロープに当たる。
「拍子抜けだな」
「あっさりでしたね」
あれだけオレを怒らせたやつがこんなあっさり捕まるなんて。――と思ったのも束の間、当たったロープは巻きつかずに地に落ちた。
「まさかレジストか!? だったら――」
縄が巻きつかないなら殺してしまおうと思い、スローイングナイフを取り出す。カフスの姿でも容赦はしない。
オレがナイフを投げようとすると、今まで動かなかった偽カフスが急に動き出した。体が溶けたかと思うとこちらに触手を伸ばして攻撃をして来る。
「ひゃっ!!」
避けても子供達に当たる可能性がある。ここはスローイングナイフからダガーに切り替えて迎撃をし、全て切り落とす。
触手の数は多く、スピードは速い。でも強度はそれ程無いから、難なく切り伏せることが可能だった。
「お前たちは下がってろ。危ない」
何か変だ、切った感触がおかしい。触手というより粘液を切ってる手ごたえだ。
「でも――」
「下がってろ」
「シアスタ」「こっち」
駄々を捏ねるシアスタを双子が引っ張っていく。
コイツはだめだ。危険だ、危険すぎる。何を考えてるんだこの触手ヤロウは。
「お前!!」
あいつは考えられないことをしやがった。
何が何でも止めいといけない。
「ロリに触手は創作の中だけにしとけよ!! リアルでやったらただの犯罪だぞ!!」
「ロリじゃないですよ!!」
後ろからシアスタの怒っている声が聞こえてくる。
シアスタよ、そこらへんの定義は人によって変わるんだ。お前がロリと思うかではない、周りがお前をロリかと思うかが重要なんだ。オレは子供っぽかったら全てロリだ。だから子供っぽいやつに興味は無い。
触手は全部オレを目がけて伸びてきていた、が、一歩間違えば成人向けのシチュエーションになってたぞ。それは――オレも含めて、な。
「覚悟しとけ」
ふしだらな触手ヤロウへ、怒りと闘志を向けて睨む。
偽カフスはもういなく、目の前にあるのは球体とそこから伸びる触手だけ。
「ん? 何か見覚えが……」
あの球体、ワイバーンの卵くらいの大きさじゃん。しかも透けててガラスっぽいな。
「おにーさん」「あれから」「おにーさんの」「まりょくかんじる」
離れた位置に居る双子は、ヒュプノシスボイスを使ってオレに報告をして来る。
ワイバーンの卵くらいの球体で、ガラスっぽくて、オレの魔力を持っている。
うーん、この条件に該当するものが一件だけあるな。
「オレ達が持ってきた水晶じゃん」
暗くていまいち色までは分からない。だけどもう、心の中に確信はある。ていうかそれしか考えられない。
「なんで水晶が動いてんだよ!!」
言葉と同時に、オレは両手でスローイングナイフを投げる。しかしその全てが触手に止められた。いや、止められるってより埋まるって表現した方が正しいか。
奴の種族は何だ? 粘液を切ったような感覚や不思議なスローイングナイフの防ぎ方、それに身体の形が一定じゃない。
てっきりタコとかイカみたいな海生生物で、触手生えてる系のモンスターかと思ってたけど違うのか?
「お前の目的はなんだ!!」
水晶からの返事は無い。
思わず質問しちゃったけど、あの水晶って言葉話せるのか?
いやもういい。考えるのはやめだ。あの水晶にはオレとソーエンの魔力が入ってる。なら危険なことに変わりない。今すぐ壊す。
さっきの<ロープバインド>が不発だった原因は、ロープに宿ったMPを吸収して無効化したんだろう。だから魔法は使えない。頼れるのは物理攻撃だけだ。
相手は触手を水晶の周りにうごめかせている。守りに入っているんだろう。
オレが切り落とした触手は、すでに再生を終えて元通りになっていた。
「――ッ」
息を短く吐いて真っ直ぐ突っ込む。
ように見せかけて<壁走り>を使い、三次元の動きをしながら距離を詰める。
あの水晶に意表をつけるような思考があるのかは分からないけど、オレは正面から突っ込むような戦闘スタイルではないからこうするしかない。
触手はオレを襲ってくるかと思った。……けど、急に全部水晶に集まったかと思うと突然その触手が伸びて水晶を空高くに押し上げた。
「汚ねぇ!!逃げんのかよ!! そういうことするのはオレのほうだぞ!!」
触手はいくら切っても再生するから攻撃するなら水晶の方だ。
オレは上空に押し上げられた水晶を追って<壁走り>で駆け上がる。
しかし、オレが追いつく前に触手が大きく撓って水晶を遠くへ投げた。
あっちは町の外。このまま逃げる気か!!
「ソーエン、ラリルレ、敵の正体は水晶、東門の方向に逃げた!! 多分町を出る気だ!!」
飛んでいった角度と高さ的に壁を越える気なのは間違いない。そう確信するほど水晶は高く飛んでいった。
オレは落ちながら二人に報告を入れて、そのまま地面に着地をする。
水晶を投げ、路地裏に残された触手はすぐに溶けて水みたいに流れ落ちていた。
「イキョウさん!!」
シアスタと双子がオレに駆け寄ってくる。
「全員無事か?」
「無事です。イキョウさんの方こそ大丈夫ですか?」
「無事無事、全然無事。オレは今から逃げた水晶を追うから、三人は町の中で待機しててくれ」
「まって」「はなしたいこと」「つたえたいこと」「ある」
「私もあります」
三人は話があるようだけど、立ち止まって聞いている余裕は無い。早くしないと逃げられる。
「なら移動しながら聞く。双子はオレに貼り付け。シアスタは抱えていく」
「え゛っ」
「はーい」「やさしくしてね」
双子はオレの背中に付き、オレはシアスタを抱えて水晶の飛んでいった方向に飛ぶ。
「ひっ!! ひう!!」
「それで話ってなんだ」
シアスタは泣いて口を開かないから、双子が先に話し始めた。
「あれ」「いきてないのに」「いきてる」
「……哲学的な話し?」
双子の言っていることがよく分からない。あれか、あらゆる者は生きながら死んでいる的な話か?
「わかんないけど」「いきてないのに」「いきてる」
「うーん、よく分からんけど生きてるなら殺せるからよし。次、シアスタ」
屋根を駆け空を飛び、そのせいでシアスタは怯えているけど、どうか頑張って話してくれ。
「……あ、あの、ですね」
シアスタが口を開く。
偉いぞシアスタ。恐怖に打ち勝ったんだな。
「あの水晶。カフスさんの魔力が入ってます。そのせいで私もあの暗がりでカフスさんと見間違えました」
見た目だけじゃなく中身もカフスだったのか。
「何でカフスの魔力が? あいつが吸われるようなへまをするとは思えないけど」
ギルド経由で渡したときに、触れちゃいけない事は伝えてもらったはずだ。
シアスタが言うなら本当なんだろうけど、カフスの魔力が入っている理由が分からない。
「……予想ですが、カフスさんのお部屋に充満している魔力を吸ったのかも知れません」
「魔力って充満するの?」
「普通は人から漏れ出す魔力は微量で空気に溶けるんですけど、カフスさんほどにもなると強い魔力が漏れ出ていると思うので、部屋の空気を入れ替えていなければ充満してると思います。あくまで予想ですけど」
そんな空気の入れ替えで消えるとか、ホコリみたいな扱いだな。
カフスほどの身分のやつがそんな不清潔な環境で過ごす訳が無いだろ。
…………。
「ちょっと待ってろ。あ、ラリルレ? ちょっとカフスに聞いて欲しいことがあるの」
シアスタの言葉を聞いて嫌な予感がしたオレは、ラリルレにチャットを繋いでカフスに確認したい事があると伝える。
「カフスにさ、部屋の空気を入れ替えるか聞いてくれない?」
「うん? えーっと、分かったよ!! りょーかいだよ!!」
ラリルレがオレの言ったことをカフスに聞いてくれる。
「してないって。そっちの方が洞窟感があっていいみたい」
「そっかぁ、ありがとうラリルレ」
……まさかのところでドラゴンの感性出ちゃったよ。
「はぁ、多分シアスタの説は当たってるわぁ」
今、あの水晶にはオレとソーエン、そしてカフスの魔力が内包されている。しかも大量にな。そんなものが安全であるはずが無い。そしてついでにそんな危ない存在は何かしらの意思を持って動いてやがる。
オレ達もカフスには、薄い布越しもしくは直接触れた者の魔力を吸うとは伝えたけど、触れた魔力を直接吸うとは言ってなかったしなぁ。知らんかったし。布で空気は防げないからな。
布に巻いてあるから安全って言っちゃってたからカフスを責めることは出来ない。でも魔力を吸う水晶を魔力を充満してる部屋に置くのもどうかと思うぞ。
カフスが町を離れていたのも痛手だった。離れている最中に誰にも気づかれずに部屋の魔力を着々と吸ったんだろう。
そして今までは動けなかったけど、ようやく自分で動けるくらいの魔力を確保したから動き出したんだ。目的は知らんけど、絶対碌な事じゃないのは分かる。
そして今後あの水晶が何か問題を起こしたら、事の責任は全てオレ達に来る。
「しょーがないじゃん!! 水晶が生きてるなんて思わないじゃん!! 普通なんかの道具や飾りって思うじゃん!!」
「わっ!! びっくりしました……。急にどうしたんですか?」
「まーたガランドウルの時と一緒だよ!! なんでピンチを自分で作るかな!!」
「じょうちょ」「ふあんてい?」
オレはただ仲間を探したいだけなのにィ!!
よくよく思い返せばサキュバス騒動から始まり、理不尽な怒り、不名誉、増えたパーティメンバーの管理、色町へ行けずに溜まった鬱憤、子供組の面倒、その他日常生活でのストレス。なんでオレがこんな苦労をしなきゃいけないんだ。おかしいだろ。最近嬉しかったことよりも苦労している方が比率が高い。
「あの水晶を持ち帰って来てから不幸しかない。あの水晶が全て悪い。誰だあんな水晶売るとか言ってたバカは」
「水晶の件に関してはイキョウさんの自業自得だと思いますけど……」
「おかしい。自業自得っていうのは、自分に業があり自分に得があるんだろ? オレには今のところ業しかない。得はどこに行ったんだ? 得も水晶に吸われたのか?」
「意味が違いますよ。分かりやすいように言い直します。身から出た錆です」
「オレ体は錆びるほど腐ってはないぞ」
ことわざがこうも応酬するとは翻訳機能恐るべし。どう翻訳してんだよ。
「腐ってるのは性根だけですもんね」
「かっちーん。今のは大分頭に来たぞ。今すぐここから落としてやろうか?」
「そういうところですよ!!」
「どういうところだよ!! 大体最近良い事が全然ない。誰かオレを慰めてくれよ!! もう良いよ、最近は我慢してたけどラリルレに甘えちゃおっかなァ!?」
「……え? 何ですって?」
「おにーさん」「わたしたちがいると」「ふこう?」「めいわく?」
双子の表情は見えないが、不安がってるような声が聞こえてくる。
その声に、オレの心は激しく揺さぶられてしまう。
「……オレは別にどっちでもいい。本気で迷惑なんて思ってたらすぐに家を追い出すか、金を渡して遠くの町に置いてくるかして即効関わらないようにするかもしれないけどな」
最初は選択の余地が無いまま受け入れたけど、ここまで関わったのなら見捨てる方がオレの心の平穏が揺らぐ。
双子はオレの色町行きを邪魔してきたり催眠するって脅してきたりはするけど、別に居なくなって欲しい訳じゃない。
ってか、最近はシアスタやラリルレと仲良さそうだから追い出したらオレが恨まれる。
「おにーさん」「やさしー」
背後からクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「メスガキ共騙しやがったな!! さっきの態度は嘘だったのかよ!!」
あの不安がってた声はどこえやら。今は笑い声しか聞こえない。
最近の不幸とやらかしで荒みに荒んだオレの心は今の一撃で大湿気状態に突入した。
「なにやら楽しそうなことになっているな」
その声で振り向くとソーエンがオレに併走してきた。
いつの間にか近くまで来ていたようだ。
「んふふ~キョーちゃん楽しそう」
ソーエンと逆の方を見ると、飛んでいるカフスに抱えられたラリルレとロロがいた。
カフスは背中から三対の羽を生やして空を飛んでいる。見たこと無い姿だけど今はどうだっていいよ!!
「聞いてくれよ二人とも!! 世界がオレをいじめるんだ!!」
オレの心の平穏、クランメンバーの二人が集合したことにより思わず泣いてみたくなる。この理不尽な世界でオレを支えてくれるのはこの二人しかいないんだ!!
「そんなことより今の状況を教えろ」
心の支えその一がオレの事情をそんなこと扱いしてくる。
「キョーちゃんはそれくらいじゃへこたれない強い子だもん!! 絶対大丈夫だよ!!」
心の支えその二はオレを信じて世界の残酷さをそれくらい扱いしてくる。
「……シアスタ、双子。説明お願い」
二人の言葉で折れた。全て折れた。もう口を開くのもしんどい。
オレの心は支えを失い崩れてしまったので、子供組に路地裏で起きたことと水晶のことについての説明を任せた。




