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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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24.寂れたキミへ

 地に足を付けて歩む二人。


 イキョウにとってこの風景は、道は、見慣れたものだった。この世界に来て初めて通った道、アステル近郊の平原や森、その景色をゆっくりと二人で手を繋いで歩く。


「見てよニコ。あそこの森でさ、オレの大親友が爆発起こしてガランドウル復活の引き金になっちゃったの。…………なんだっけ、何かをしてシアスタを助けて……森の調査をした……ような……」


「ニコ、見てた。キミ、ずっと見てた。大きなふさふさ倒してた」


「ふさふさ……」


「ぴょーんって跳んで、どーんって倒した。こう……こう?」


 ニコは手を繋いだまま両手を万歳したり、片足を挙げたりして、自分が見た動きを真似ようとする。


 その姿に、ニコが話した内容に、イキョウは全く心当たりが無い。イキョウの眼に映るニコは、ただ不思議な動きをしてるニコ、それだけだった。


「あれも、面白い、合ってる。キミ、ずっとわーわーしてた、ニコ、キミのわーわー好き」


「面白い……好き……あぁ、感情か。そいうやそんなのもあったな」


「ニコ、知ってる、教えてあげられる。面白いは、キミと一緒に居ると面白いこと、好きは、キミと一緒に居ること……? ううん、ニコの面白いはキミと一緒に居るからニコが面白くなるの? 好きはキミと一緒に居ることがニコは好きなの?」


「――ごめんね、ニコ。もう感情を言語化できるほど頭に残ってないや。オレのペルソナが壊れてる、本質が理解できない」


「でも、ニコはキミといるとふわふわする。きっとこれが好き、面白い、合ってる。ニコのふわふわはニコのもの。キミのふわふわじゃなくてニコのふわふわ。だから、ニコはキミと居るのが好きで、キミと居ると面白い、色んな事を沢山キミが教えてくれた。

 これが一番好き、笑顔、にこ」


 ニコは手を繋いだまま腕と指を動かし、笑顔を造ってイキョウへと向ける。


「そ……れは……ちゃんと覚えるよ。ニコの笑顔だ、笑顔、笑うことだ。しっかり覚えてる、お前が笑いたいって言ってた事もちゃんと覚えてる。オレの真似をしてたことも…………うけけ……うけけ……けけ……」


「違うよ、うけ……うけけ……うけけけけ……」


 イキョウはだた声を出し、それを正すように、ニコもまた、ただ声を上げる。


 しかし、思い出そうとして思い出せないモノと、真似しようとして真似できない者ならば、僅かと言えど後者の方が正しいと言えよう。


「そんな感じ……だったっけ」


「キミはキミ、ニコはニコ、笑う。にこ」


「そうだな、ニコにはニコの笑顔があるんだもんな。……笑えるようになると良いな」


「良いな、じゃない。キミに見せたい。ニコのキミに、ニコの笑いを見せたい。キミと美味しいもの食べて、面白いことして、好きを好きして、色んな笑い方をいっぱい知りたい」


「――――なんだか、ニコの方が人間らしくなっちまったな。いやぁ、もっと前からオレより人らしかったよ、本当によっぽど、人らしかった。

 良かった、本当に良かった。オレみたいに何者でもない存在じゃなくて、良かった。無から這い出たオレよりも、神から産み出されたニコの方が世界の理に根付いているんだろうな」


「私の主は世界を生み出した、世界は生物を生み出した、生物は心を生み出した。完全なる神が生み出した者達は、それでも差異を獲得して生まれた。世界も人も、差異はある。天使だってそう。同じだった私達にも差異が生じた。時の流れは差異を必ず生み出す。皆、全員、違う。けど、キミは差異が無い」


「だろうね、アルフローレン。比べる者が居なければ差も産まれやしないんだから」


「ニコの違うは、ニコのもの。ニコも私も、どっちもニコで私。そしてどっちも笑いたい。ニコは最初にキミに笑いたいを見せたい。

 違う、要らない。比べる、要らない。にこって笑うのは、キミが良い」


 ニコは差異なんて関係なく、一緒に居るイキョウに笑みを見せたいだけ。見せて――その後は考えてない。ただ、イキョウに最初の笑みを見せたいだけだった。イキョウの笑っている姿が好きだから、自分の好きを相手にも見てもらいたい、たったそれだけの思いだった。


「オレは……ニコが笑えるならそれで良いよ。それだけで良いんだ。長く続く時の中で、お前がいつか笑ってくれればそれで良い。オレの仲間達なら、お前に絶対笑みを届けてくれる、だから任せるよ。もう、オレは何も教えられなくて、教えられる時間なんて無いから」


 淡々と、淡々と、話す。言葉に感情は薄れ、声色に色は付けられず、口調だけがせめて残っているだけだ。


「ニコ、キミに沢山教えて貰った。ニコも教えたい、教えて上げられる。また、二人で色んなトコ歩いて二人で美味しいもの食べて、二人ですやすやする?」


「とても素敵な提案ありがと。でも……オレはもう無理かな。ニコの事は仲間達に託すよ、ニコはニコなりに皆と色んな景色見て、皆と美味しいもの食べて、皆とにこにこしてくれるなら、それだけでオレは良いんだ。それで……良いんだ」


 イキョウは立ち止まり、繋いだままの手で人差し指と中指を使いニコの口角を上げる。


「にこ?」


「素敵な笑顔。これだけは本当に忘れたくない。本当にありがとう、ニコ」


「ありがとうされた。どうして?」


「理由なんて無いよ。ニコが居てくれるだけで、オレは何度だってありがとうって言えるんだ」


「ニコ、キミからありがとうされた。嬉しい。ニコも言う、イキョウ、ありがとう」


「どういたしまして。――そっか、ニコはもう、自分でありがとうって言えるようになったんだ」


「ニコもどーいたしまして。

 おはよう、こんにちは、こんばんは、おやすみなさい、ありがとう、またね、ばいばい。キミから沢山教えて貰った。言葉って楽しい、面白い。お喋りするのも聞くのも好き。キミも好き、ありがとう」


 まだまだぎこちないニコの喋りは、しかし人のように段々と近付いて来ている。ゆっくりと、遅い歩みで確実に、イキョウから教わった事をしっかりと体現していた。


「またありがとうだ。こちらこそどういたしまして」


「どーいたしまして、にこ」


 二人は腰を折ってお辞儀をし、また歩き始める。アステルへ続く道を、手を繋いで――ニコは少し、眠たげな眼をしながら――。


 * * *


 穏やかな風の中、二人は歩く。アステルへ続く道を、ゆっくりと、のんびりと。


 二人の前方にはアステルを囲む防壁がある。あと幾分か歩けば、辿り着くことだろう。


 しかし、穏やかな風とは裏腹に、アステルの防壁には大勢の人が集まっていた。衛兵、冒険者、町民、町の皆が、ひしめくように集まっていた。向ける眼は、イキョウとアルフローレンを見るように、ただ見るように、敵意なんて向けず、ただ見るように。


 その遠くの群衆を、二人は意に介さずにのらりくらりと歩いて街道を進む。手を繋いで、言葉を交わして、ゆっくり歩く。


 しかし――。


「くふふ」


 ――その歩みは、宙からひらりと舞い降りた者によって防がれた。


 跳んできたのかも、落ちて来たのかも分からない身のこなしで、現れた女性は二人の前に立つ。


「――ナナさんじゃん」


「ぬ・け・が・け」


「いやぁ……何がよ」


「皆会いたがってる、でーも、私が一番最初」


「はぁ……」


 言葉を交わす、ただ普通に交わしただけ。――だが、その直後に鳴り響いたのは、けたたましい金属音だった。


 離れた町にすら届く強烈な音は、二人の姿に遅れて響く。イキョウは片手にダガーを持ち、ナナは刀の柄に手を添えて。アステルの者達からすれば、二人の立ち姿が変わる瞬間すら見ることも適わず、気が付けば二人の立ち姿が変わり、遅れて謎の金属音が響いただけにしか認識できなかった。


「……ナナさん、今、ニコのこと殺そうとしたでしょ」


「キミが防ぐ事を知ってた。だから、殺そうとだなんてしてないわよ。

 確かめただけ。キミが守ろうとしてる者を、まだ守れるのかくらいは知りたかっただけ」


「知ってどうするのさ。戦うための確認? 天使を殺すのにオレが邪魔になるか知りたかったの? あのナナさんが『世界を守る為に敵であるオレ達を倒す』なんて正義めいた原理で動くとは思えない」


「くふふ……今のキミ、とってもつまらない、面白くない、面白い事言ってくれない、笑わせてくれない。あのときばいばいしたのは正しかったわ。

 私は世界なんてどうでも良いの。けれど、けれどね、今のバカは何も成せない事は分かる、あんたに任せてもどうにも成らない事なんて知ってる。

 私ね、風来坊なの。つまらないところに居たくないのよ」


「そうですかい」


「楽しいところにはずっと居たいの。リーちゃんやヤイナ、ルナトリック、チクマ、シアスタちゃん、双子ちゃん、ソーキスちゃん、弟子、ロロちゃん、皆、風が流れてるのよ。楽しい風が吹いて吹いて、私を楽しませてくれる。じゃあ、風来坊の元リーダーとして流れる風を大切にしたいの。――淀んでしまった風は、何処にも流れず死んだ風になるわ。あんたも、あのおバカも、旋風を一番巻き起こしていたのに、凪ぎ始めている。

 何も巻き起こせない、けれど、どうにかまた流れようと足掻いてる」


「珍しいね、ナナさんがこんなに喋るのって」


「おバカだったキミとお話しするのが楽しかったから、また楽しくなりたくてお話しようとしてるの。それでも楽しい返しは全然返ってこない。

 最期まであんたが面白かったなら、皆巻き込まれながら呆れて笑って送ったでしょうね。死に行く者を笑って送るなんて非常識なこと、キミだったら出来た。でも、もうつまらない。何でも出来る癖に何も出来ないバカは、何も出来ないくせに何でも出来る男になってしまいそう。……私、初めて。悲しくて刀を振るうなんて」


「悲……しい。ごめんね、ナナさん……」


 笑みに悲哀が潜むナナの顔を見て、イキョウは謝罪をする。が、そのイキョウの言葉すら、ナナは物悲しかった。返答のつまらなさが、ただただ物がなしい。


「――良いわ、気にしないで。せめて、キミの欠片が少しでも残ってる内にあんたを殺してあげる。私の事も殺して良いわよ。それくらいは、元リーダーとして付き添ってあげる。

 最後の殺し合い、しましょ?」


 ナナの言葉に嘘偽りは無い。本当に、イキョウを殺す気で、自分も殺される気だった。


「そんなことしなくて良いよ、仲間同士で殺し合いなんてしたくない。

 ……お願いがあるんだけどさ、この子の事引き取ってもらえないかな。オレももう、限界が近いみたいで……やる事はちゃんとやるからさ……」


 イキョウはニコを撫でながら言葉を紡ぐ。うつらうつらとして、眼をクシクシと擦り、眠そうに、でも一生懸命起きようとしているニコの頭を、優しく撫でて、ナナに縋る。


「くふふ、残ったキミからお願いされたら断れないじゃない。

 殺し合いでもなく、生き死にでもなく、私に『勝った』ら約束は果たすわよ。『負け』た私なら、キミの言うこと何でもきいちゃう」


「そっか……。

 ニコ、ちょっとだけおやすみする?」


「する……すぐおはようする、少しだけすやすや……キミと居たい、お話したい……少しだけ……すやすや」


 クシクシと眼を擦るニコの呟いた姿に、イキョウは顔を向けて眼を向けて、ちゃんとしっかり言葉を交わす。


「うん、おやすみなさい」


「おやすみなさい――」


 ナナの返答を聞いたイキョウは、眠たげなニコを影に入れておやすみなさいをした。そしてすぐに、ナナへと向き合う。


「ナナさん、この子は笑いたいって言ったんだ」


「ふーん」


「天使なんて知らないよ。オレはただ、この子に生きて欲しい、その為に色々な方法を探してきて、あと少しで何かが見つかりそうなんだ」


「そーなの」


「ナナさんに勝てるかどうかは分からない。でも、この子だけは頼む――本当に……頼む」


「へー……。とってもつまらない、キミらしくない言葉。らしくないのに、残ったキミが精一杯話してる。

 ――――本当に、もう、限界なのね」


 ナナは、狩人装束を纏ったイキョウの帽子に隠れた眼を、感じ取る。感情の乗らないバグったような虚空の眼を。闇が暗く鈍って闇の中に虚ろな黒が滲んでいる瞳、はたして生物の瞳と称して良いのか定かではなくなった瞳は、それでもナナをちゃんと見つめる。ナナをちゃんと見れている。


 記憶は魂に宿り、人を形作る。人では無いイキョウは、それでも記憶を魂に宿らせ人をかたどって居た。ならば、記憶が消えた先には何が待っているのか――。


「キミが残っている内に始めましょう。私は復活なんていうつまらない事しないから、お好きに掛かってきなさい。たった一度きりの命は、たった一度のために使うものでしょう?」


「オレは違うね、使える手段は何だって使う。こんな命に使える回数があるなら存分に使ってやるよ。でも、絶対にナナさんを死なせない。だからさ、一度きりはここで使わせない」


「くふふ、今のキミ、ちょっと面白い。まだ面白く在ってね

 ――腕、大丈夫?」


 ナナの言う大丈夫。それは、心配する言葉では無い。『片腕が無くても戦えるのか』という確認の言葉だった。


 イキョウの片腕の欠損は、遠目に居るアステルの住人達からは認識出来ない。否、そもそもイキョウが片腕を欠損している可能性すら考えて居ないからこそ、皆の頭には当然のように五体満足のイキョウの姿が思い描かれている。


 しかし、相対するナナは、そしてソーエンは、元より知っている。アルフローレンとの戦いでイキョウが片腕を失っていることを。しかし、知らずともたった一目見れば二人はすぐさま理解しただろう。


 そしてイキョウもナナの事を理解している。今の言葉は、ただの確認だということをだ。


「ナナさん相手に片腕は厳しいよ」


「私もそんなキミに勝っても楽しくない。だからね――墓守ちゃん」


 ナナが呼んだ存在。漆黒の鎧を纏う(から)の騎士、墓守。その者はナナの影から現れ、イキョウの前に姿を現す。そしてその手には、生々しい人の片腕が持たれていた。


「墓守、久しぶり。ナナさんの影に居たんだ」


(セイメア殿の稽古相手として遣わされていた。……主よ)


 傍から見れば無言で歩いているように見える墓守は、その手に持った腕をイキョウへと差し出す。


「何これ」


「ソーキスちゃんの体を使って、ルナトリックが調整したキミの腕よ。

 あのおじいちゃんが言うには、キミの体はソーキスちゃんの体と……どなー? れしぴえんと? とにかくくっつけられるんですって。でも思い通りに動かすには時間が掛かるらしいから、そこを墓守ちゃんで補おうってわーけ」


(失礼する)


 ナナの言葉に合わせて、墓守はイキョウの影へと潜り込む。


 ――その行為に、イキョウは特に反応を示さなかった――。


 墓守が影へと潜った直後。イキョウの左肩から腕が生え、そして狩装束のようなコートの右腕部分が漆黒の鎧が纏われ、五体満足のような風体に変化する。


 この一連の現象にすらイキョウは興奮も感嘆も疑問の声も上げることなく、ただ生えた左腕の感触を確かめるように手を握っては開くを数度繰り返しただけだった。


「調子はどうかしら?」


「感触は鈍い、でも動かすだけならちゃんと動く。ただ――なんだろう、ズレる。左腕だけの方がよっぽど人間らしくて、操り人形の一部に人体が使われてるみたい」


「相変わらず良く分からない例えするわねー、キミ。けれどその腕って、ルナトリックが丹精込めて人だったキミを思い描いて作ったものだから、今のキミとはズレるのでしょうね」


「あぁ……そーゆーこと。……今のオレのことなんてアイツは知ってるだろうに、何でわざわざ……」


「さぁ? あのおじいちゃんの事はおじいちゃんに直接聞くのが一番。だ・か・ら――」


 ナナは刀の柄に手を添えた。その意味を、イキョウが知らないわけも無く――。

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