23.やさしさ
「イキョウ殿……? 何を言って――え、魂を千切る……復活……?」
「貴方……もしかしてユーステラテスのときも――」
「あれ……これ言っちゃダメだったような……誰かと約束を……。カフスと……だな。またオレは約束守れなかったのか。今の話はなかった事にしておいてよ、じゃあね」
「ま――」
コロロとニーアにはまだまだ聞きたい事があった、まだまだ理解できないことが沢山あった。しかし、イキョウを見ていた視界は黒に染まり、何も映らなくなる。唐突に、勝手に、イキョウに一方的に染められる。男とは話を聞かないまま、聞かせてくれないまま、一方的に切り上げてきた。
「眠らせるだけなら体も逆らわないだろう。ゆっくりおやすみ」
その声を最後に、二人は昏倒するように地面へと倒れこんだ。まだ何も、解決して居ないというのに。
* * *
「ニーアの……泣いてる声……」
倒れていたキアルロッドは、限界の体を起こして立ち上がる。
まだはっきりとしない意識の中ぼやぼやとした力の無い目をし、力無い立ち姿で、砕けた槍の刃を持って立ち上がる。
その目には、ニーアが涙の跡を付けて倒れている姿と、それを見下ろすように立っている男が映る。
ニーアが泣かない未来を望んだ男は、手に持った槍に電撃を流す。全てが無意識の行動だった。ただニーアのために立ち上がっただけの、朦朧とした意識の男だった。
その力ない足に蒼雷が流れ、全身に蒼雷が走り、瞳孔の開ききった目は、ニーアを泣かせた者を捉える。
一瞬だった。体に残っている力全てを振り絞り、一瞬でニーアを泣かせた者へと接近した。
「まだやるの?」
その声に、キアルは答えられない。意識など、禄に無いのだから。
蒼雷の刃は弧を描いて振るわれる。ただ、結局、それはかわされるだけの攻撃だった。
「あんたも眠り――」
次なる攻撃。また、蒼雷の刃は弧を描いて振るわれる――が、その高速の一振りは、同時に二振りへとなった。あまりの速さに二回振ったように見えたのでは無い、本当に、一振りが同時に二振りへと変わったのだ。
「へぇ」
その攻撃は――――――――イキョウの頬に一線の傷をつける。
「居るもんなんだね、ナナさんの領域に少しだけでも踏み込める人って」
イキョウは言葉と共に膝蹴りを浴びせ、キアルロッドの体は限界を迎えて倒れこむ。本来ならば踏み越えてはいけない領域を超えて、人体は耐えることなど出来なくなって。
「ちょっとだけ治療してあげるよ。機会があったらナナさんの相手してあげて」
そう言ってイキョウはスローイングナイフを取り出すと、キアルロッドの体に目を向けて治療をし始めた。
「んん……おはよ」
「あれおはよ、ニコ。ちょっと待っててね、応急処置が済んだらすぐに出発するから」
* * *
カフスが住居とする時計塔。その地下にある無骨な部屋で、カフスは自らの体を結晶で包んでいた。壁や天井にもその結晶は走り、ある種の祭壇のような雰囲気を醸し出している。
「結晶竜よ、そろそろ」
その部屋に居る二人の男、その片方は結晶の中で目を閉じているカフスへと声を掛ける。
『ん、分かった』
眼は閉じていて、そして口など動いて居ないにも関わらず、カフスはルナトリックの声に言葉を返す。そして、その身は結晶を透過して内から出でた。
その光景を、ルナトリックの横で立っていたチクマは見て、声を出す。
「――コレが世界を繋ぎ止めるマテリアルの片方か。混沌と言い結晶と言い、私にはまだまだ理解できない知識の虚だな」
「ん、物質が集まり固まるのも一つの結晶の形。思いが集まり形造るのも一つの結晶。
龍は世界を見る、私も見て来た。これは私が見て来た全ての者達が皆等しく望んでた思いの結晶。『明日を望む』ささやかな思いが寄り集まったもの」
カフスは言葉を口にしながら、愛おしそうに結晶を優しく撫でる。
「くはは。この結晶は明日を望む、そして混沌は明日を羨む。どちらも人の心が生み出す感情の力が揺り起こし、その根源にあるものこそ魂なのだよ。人を人たらしめる魂のエネルギーこそ、人の身に備わった最上の力とも言えよう」
「――もっと時間が残されていれば、ルナトリに教授をして貰いたかったのだがな……」
「くっくっく、あの世があるのならば、そこで貴様に教示をしてやるのもやぶさかでは無い。昔のように、我輩と共にあの世を巡りながら二人で師弟となろうではないか。――が、この世にて猶予はありはしないのである。阿呆がアステルに到着したならば、そのときは神に見えることとなるのだからな」
「――神殺し。すぐそこまで迫っているのだな……果たして私に混沌が制御できるのか。ただの人が神へ対抗する、その唯一の手段を」
「調整は終えた。使えば二度は無いこの愚かな力、一度だけでも扱うことが出来たならそれだけで上々であろう。そしてその一度は、神を殺すために行使するのである、二度目は無くても良い。
――神が同格の存在を生み出そうとし、それでも果たせず失敗した生命がドラゴンの起源である。故に結晶竜はその力を神に振るう事が出来る、そして我輩等は混沌をこの身に宿し、神へ抗うのだ。対抗する戦力として不足はなかろう」
「最後に、私の魂と神の存在を使って壊れかけた世界を元に戻す。イキョウとソーエンが成すはずだったことを、私達が引き受ける。
付いて行って良い?」
話す最中、唐突にカフスに問われたチクマとルナトリックは、その質問の意図が分からなかった。そのため、二人で顔を見合わせる。
「――付いて行くとは……何にだ」
「あの世があるなら、二人に付いて行って良い? 四人で一緒に巡りたい」
「――……。四人?」
「ルナトリック、チクマ、私、神。四人」
カフスが放ったその言葉に、チクマは面を喰らった反応をする。骨の顔なため表情を造る事は出来ないが、ヘルムの奥に光る眼が、そう語っていた。そしてルナトリックは、シルクハットを片手でツマミながら溜息を吐く。
「好きにするが良い。もっとも、貴様や神の存在が欠片でも残っていたらの話であるがな」
「ん、好きにする」
世界の運命に抗おうとしている三人は、たった三人で密約を交わし、その意思を誰に知られることも無く地下室を去った。
* * *
「ラリルレさん!! ロロさん!! 聞いてください!!」
「きーて」「きーて」「びょーん」「ぱっちん」
「聞くよぉーたっくさん聞くよぉー」
「どうしたのだ」
<インフィニ・ティー>が活動の拠点としている宿屋。そこでは、シアスタと双子、ロロを頭に乗せたラリルレが各々紅茶を嗜みながら会話をしていた。因みにロロは、双子から触手を引っ張られて尚ジッとして一切動かない。
「昨日リリムさんとリリスさんと一緒にお野菜買いに行ったらまたイキョウさんのこと聞かれました!! 私知りませんから、おバカなイキョウさんなんて知りませんどーでもいいです!! ぷんぷんです!!」
「「ぷんぷんです」」
シアスタと双子は揃って腕を組み、剥れた顔をしてそっぽを向く。
「そっかぁ~。本当にキョーちゃんのことどーでもいいの?」
「……………………。シュン、です……」
「「しゅんです……」」
ラリルレの問いに、三人はシュン……となって答える。
三人は、イキョウが世界の命運を掛けた戦いでまさか天使側に付き、世界を裏切った日の夜は泣き腫らして泣いて泣いて三人でずっと泣くほど悲しんでいた。
何故イキョウがそんな行動を取ったのかは分からないけど、それでも何か一言言って欲しかった。仲間なんだから、事情くらい話して欲しかった。そんな思いが三人を『ぷんぷん』させる。そして同時に、イキョウのことはどーでも良くなれなくてでも何も話してくれなかったから『しゅん……』となる。
「……。最近、皆がちょっとだけバラバラになった気がします……。
ソーエンさんはイキョウさんが居ないから静かですし――なでなでとかお出かけに付き合ってはくれますけど、なんだかちょっと静かですし……。ルナトリックさんとチクマさんは色んなとこにお出かけしてますし――なでなでとかお勉強とか教えてくれますけど、お出かけ優先しますし……。ヤイナさんは一人になると冷たい雰囲気を出しますし――なでなでとむぎゅーってしてくれますけど、ひえひえな感じになりますし……。セイメアさんは筆が止まってしまって……なでなでと読み聞かせはしてくれるんですけど、書いてる小説のお話をしてくれなくなりました。ナナさんは……変わらないですね。なでなでしてくれて一緒にお風呂入ってくれて『くふふ』って笑ってます。ソーキスさんも『ふへー』ってしてます、お風呂一緒に入ろうとしてきたときは思わず魔法使ってしまいました」
シアスタの話を聞いて、ラリルレは優しい笑みを浮かべた。
「我には変わったようには思えぬが。ほとんど普段通りではないか」
「んふふ~、そーなんだよ、ロロちゃん。『ほとんど』なの。皆優しいからいつもどーりにしようってしてて、でも皆キョーちゃんが居ないから寂しいの。
キョーちゃんだけじゃないよ、シアスタちゃんだって、リリムちゃんだって、リリスちゃんだって、ロロちゃんだって、誰か一人でも居なくなったら皆かなしいよーってなっちゃうもん。皆が皆を特別だって思ってるから、一人でも居なくなっちゃうと悲しくなっちゃうの。私も寂しいもん、キョーちゃんとぎゅーってしたいもん」
そう語るラリルレを、シアスタはキョトンと見る。双子はロロの触手を首に巻きながらソーエンの真似をして満足気にしている。
「でもラリルレさんが一番変わらない気がします。一番普段通りです」
双子がソーエンの真似をしてご満悦にしている横で、シアスタはラリルレに言葉を投げかける。
「……。きっとね、キョーちゃんすっごく頑張ってるの。ずっとね、昔から頑張り屋さんで、ずーっとずーっと、何かを頑張ってるの。何を頑張ってるのか聞いても教えてくれないし、ホントに知ってるのってソーちゃんだけなんだと思うんだ。ルナちゃんもね、クマちゃんもね、ヤイヤイちゃんもね、ナナちゃんもね、きっと、ちゃんとは分からなくて、キョーちゃんの事をちゃんと知ってるのはソーちゃんだけで、ソーちゃんの事をちゃんと知ってるのもキョーちゃんだけなの。二人は、二人だけにしか分からない仲良しの形があると思うんだ。きっと、二人とも頑張ってるの。
そのソーちゃんが前に言ってくれたんだ、私が悲しんだら、その分自分が悲しむって。それってね、きっと裏返しで、ソーちゃんは私に悲しんで欲しくないと思うんだ。私もソーちゃんにえんえんして欲しくないの。だからきっと、キョーちゃんも私に悲しんで欲しくないと思うの」
「そうか」「そうか」「わたしたちも」「かなしいのいや」
「んふふ~。そーなの、一人が悲しくなっちゃうと、皆が悲しくなっちゃうの。だからね、何時も通りで居ようって、私は決めたんだ」
「部屋で我を抱くときの力普段より強かった気がするが?」
ロロはふと、思い浮かべる。ラリルレと二人きりになったとき、ラリルレの『ぎゅぅ』っとする力が強かった事を。
「ロロさん!! そーゆーのはデリカシーがないって言うんですよ!!」
「ロロー」「さいてー」
「……ラリルレは普段通りだったぞ」
「ロロさん……!!」
「ロロー」「えらいえらい」
「偉い偉い……か。…………。ラリルレよ、偉い偉い」
「……んふふ~。ローロちゃん」
ラリルレは、頭に乗せていたロロを抱え、ぎゅっと抱き締める。
「――――きっとね、二人は頑張り屋さんで寂しんぼさんで、一生懸命皆を悲しませないようにしてるの。ソーちゃんもね、キョーちゃんを一人ぼっちにしないようにしてると思うの……。キョーちゃんとソーちゃんって内緒話多いから、その内緒は、皆を思ってるからやさしー内緒だから、お話してくれなくて良いの。キョーちゃんとソーちゃんが内緒にするお話をね、私の我侭で聞きだそうとしたほうがね、二人は悲しんじゃうの。
それでも私達は皆信じあってるの。だから絶対に、私もキョーちゃんとソーちゃんを悲しませない。二人が泣かなくて良いように、私も泣かないようにする」
そう語るラリルレの手はぎゅっと握られていて、腕もぎゅっと力が入り、ロロは瓢箪のような形になる。
「ラリルレさん……。私も皆の事信じてます、おバカな事をしてるイキョウさんだってちゃんと信じてます。大丈夫です、イキョウさんとソーエンさんが揃うと大抵の事はどうにかなっちゃいそうって思えるので絶対大丈夫です!! あのお二人なら喧嘩しながら世界だって救っちゃいそうですもん!!」
「うん……。そーだよね……キョーちゃんもソーちゃんもきっと……だいじょーぶ――」
励ますようなシアスタの言葉に、ラリルレは呟いた後息を大きく吸ってまた腕に力を込める。
「――うん!! だいじょーぶ!! 私泣かないもん、皆で一緒に笑いたいもん!!」
「私だって泣きませんから!! 大人なシアスタはもう泣きむシアスタになりません!! イキョウさんが帰ってきたらオトナな態度で文句言ってやります!!」
「「おー!!」」
「ロロー」「むにょーってなってるー」「わたしたちだと」「ならないのにー」「「むー」」
「何のことだ」
宿屋の食堂には、普段と変わらないような雰囲気が流れていた。
* * *
アステルの町を取り囲んでいる外壁。そこに、コートの裾とマフラーを風に靡かせる男が立って町の外を見下ろしていた。
「ふへー」
そしてその男の肩には、ソーキスが跨って乗っている。
跨られている男の名はソーエン。憮然とした態度でひたすらに町の外を見ている姿は、何者かが近づいて来る様子を待ち受けているようだった。
ソーエンの側には、外壁に足を垂らして座るナナと、静かに側に控える巫女服姿のセイメア、そしてそのセイメアに抱きついているヤイナの三人が、ソーエンと同じように街の外へ眼を向けていた。
「ナナー、ふへへー」
「なーに? くふふー」
ソーキスはソーエンの頭の上からナナへと声を掛ける。
「本当におにいさんと殺し合いするのー?」
「すーる♡ こんな機会ないもの。あのおバカが壊れ始めてて、仲間以外に守りたい者が居て、私が敵になれる機会なんて。
――きっと、とってもつまらない殺し合いになるのでしょうねー」
不敵な笑みを浮かべながら本当に退屈そうに語るナナの言葉に、ソーキスは哀れむような眼を景色の彼方に向ける。
「……ねー。多分ー、おにいさん、もうダメなんだろーね。自分が何だか分からなくなってると思うー。色んなことを忘れて、おにいさんが本来の存在に成りかけてるんだー。……昔の、自分が無かったボクみたーい」
「くふふ、似たもの同士。それを知ってるから、ソーキスちゃんはイキョウをおにいさんって呼ぶのね」
「ボクは知ってるよー。リリムとリリスはなんとなーく感じてるよー。異質で歪で何もない人、名前を冠しても個になれない人、だからボク達はイキョウじゃなくておにいさんって呼ぶの。誰でも無くて、それでも何かで在ろうとしてるから、おにいさんって呼びたくなるの。優しい人に成れないのに、それでもボク達には優しくしてくれるから、ボク達のおにいさんなんだ」
「くふふ、優しい子達」
ソーキスの言葉に、ナナは笑みを返す。その笑みは不敵ではなく、優しい表情だった。
「ねーぇ? おバカ二号」
「知らん。あのバカが勝手にやってることだ。俺には関係ない」
「ふへへー。ソーエンがいっちばんあまあまだよー? ボク達に甘くてー、仲間皆に甘くてー、おにいさんにも甘いんだもーん」
「知らん」
「知らなくないもーん。ソーエンは皆が大好きだから、そしておにいさんのことも大好きだから、ずっと頑張ってるもーん。
……ボクにはちゃんと二人のこと分かれないけど……。良いよ、もしもの事が有ったらボクの魂使って。元天使だし、カフスの、ドラゴンの性質を受け継いでるから、きっと二人の力になれるよ」
ソーキスの語る口調は、ソーエンの事を思いやる口調の様で、同時にカフスに似た話し方でもあった。ソーキスはなんとなく、たったなんとなくで感じた二人の思いを案じて――。
「何者でも無かった一人ぼっちのボクが、ソーキスに成れて皆と一緒に居られたんだもん。優しい二人の為に、恩返ししなきゃ」
「もう一度似たような事を言ってみろ。喋る事が出来ないくらい食わせてその口を塞ぐ」
「……ふへへー、やっぱやさしーねー」
ソーキスはソーエンの頭を撫でながら言葉を返す。その行為に、そして今までの言動に、ソーエンは銃を突きつけることなどせずただ受け入れた。
穏やかな風が靡く中、止まった会話は、黙っていた者が口を開いて言葉が始まる。
「――――あたし、バカじゃないんで、なんなら目ざといんで、もう分かってるっスよ。キョーパイセン、死ぬつもりなんスよね。ソーパイセン、付いて行くつもりなんスよね」
「そんな訳が無いだろう。と、あのバカはほざくだろうな」
「ソーパイセンもほざいてるっスよ。……ようやくキョーパイセンの願いが叶うんス、『死にたい』っていうふざけた願がようやく叶うんス……。
約束の人の思いを受け継いで、守りたい者達皆守って、皆が泣かないためならなんでもして――ずっと周りの為だったキョーパイセンが、やっと自分の願いを叶えられるようになったんス。……あのパイセンが『死にたい』だなんて願いに、あたし達を一緒させるはずが無いっス。でもソーパイセンだけは、キョーパイセンの願いに同行できるっス、一緒を許してもらえるし許されなくても勝手に付いて行くっスからね、ソーパイセンは」
「あ、あの……てんちょー?」
「メアメアちゃんにはあたし達の言ってる事が分からなくて良いんス。だって、あたしもパイセン達が考えてる事をちゃんとは理解出来ないっスから。
それが悔しくて、どうして付き合いの長いあたしは仲間はずれにされてるんだろなぁって思ってるだけっス。
……キョーパイセンの願いが叶うなら…………あたし……笑顔で送り出したいっス……。花束なんて要らない。あんな悲しい願いに、せめて笑顔だけでいいから贈らせて欲しいっス」
ヤイナは、背後から抱きついているセイメアの肩に顔を埋め、その表情は誰からも見ることは叶わない。
「くふふ。じゃあ何でヤイナはここに立っているの?
弟子には私の刀を見せるために立たせてる。ソーエンはあのおバカがおバカな事をしないように見てる。ソーキスちゃんは哀れな男の歩みを見届けようとしてる。けれど、じゃあ、貴方は? 死に行く者へ贈り物をするためにここに居るの? それなら死んだ後にでもお墓にお供えできるわよ」
「ナナナちゃんさん、生きてる者には生きてる間にしか物も気持ちも贈ることができないっスよ。
あたしがここに居るのは、あたしの憂さをパイセンにぶつける為っス。あたしのパイセン達は二人共、皆に内緒にして色々背負い込んで二人でどうにかしようとするトコロがあるっス。『何で相談してくれないんだ』っていうイライラと、『大事にされてるなぁ……』っていう嬉しさを毎回感じる身にもなってほしいっス。
今回は流石にイライラが勝ってるんで、パイセンに洗いざらい吐いてもらうっス。何で今更死ぬ事を肯定したのか、その理由はなんなのか、何で天使を手助けしているのか……あげればキリが無いくらい疑問ばっかりでイライラモード全開なんスよ」
「だったらぁー、そこのおバカに聞けば良いじゃない。ソーエンは全部分かってる、キミだけは唯一あの子の全てを理解できる。知らないはずが無いものね」
「……知らん」
「そう言うと思ったんス、また内緒にして、二人だけで背負って……。パイセン達甘えたがりの甘えんボーイなのに、本当に必要なときは甘えないのがまーたイライラするっス。あたしを、あたし達仲間を、なんだと思ってるんスか」
「…………。俺達はお前等を本当に大切にしてるんだ。俺にとってはお前等も、イキョウも、皆大切なんだ」
「あー……もぅ……。
ソーパイセンからド直球にそう言われると嬉しさが勝っちゃうのがもぅ……あたしがあたしにイライラする」
ヤイナは呪詛のように言葉を呟くと、相反する気持ちを同時に身に宿し、セイメアのことをぎゅっと抱き締める。それがヤイナにとっての癒しだったから。
「あ、あの……その……」
「良いっスよメアメアちゃん、キョーパイセンの過去が気になるんスよね。教えてあげるっス、きっとパイセンは絶対に話さないから、あたしが話すっス。――メアメアちゃんの書く小説で、パイセンという人を残してあげてくださいっス。
それはそれは滑稽でおバカで、聞く人によっては全く共感できない、愚かで愚か、本当におバカで物悲しい、何も無かった空っぽな人のお話っス」
ヤイナは知っている、イキョウの過去を。そして、イキョウがその過去を語った際に、口調とは裏腹に真の奥底では感情が全く乗っていなかったことを。まるでそれは当時のイキョウを再現しているかのようで、そして、あの頃の日々を本当に心から追い求めているようにも、ヤイナの眼には映ってしまった。
仲間と居る日々では見えないイキョウの一面、わいわい楽しそうにしているイキョウが絶対に見せない風貌、それが、あの話をしたときだけ、見えてしまった。目に映ってしまった。追憶を求める錆びれた男の姿が。
だからヤイナは知っている。自分が『この人の本当の好きになること』はできないということを。
――――ヤイナは語り始める。ぽつり――ぽつりと、イキョウの過去をセイメアに話す。
ヤイナの語りを、ソーエンは止めやしない。……どうせ、近い未来には忘れ去られる出来事だから、止める必要も無く、そしてせめて、やはり、セイメアが書く小説の中で、親友だけでも生きていて欲しかったから。
語り始めたヤイナの話に、セイメアは何を思うのか。始まったイキョウの過去を、セイメアは静かに聴き始める。




