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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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17.じゃあやっぱ、オレはもうダメなんだろう

 それはありえない事。体を縛られ、意識を縛られ、座標を縛られている者がしてはいけない事だった。


「……何だこれ……。やっぱ混沌の大量使用はダメだな。人が途切れる」


 イキョウは軽く腕を振って鎖を簡単に払う。それと同時に光の柱は散り、光輪は砕け、白い焔は消え去った。いとも容易く、封印は解かれた。


 この男は動けなかったのではない、動かなかっただけ。


 イキョウはあの焔を混沌で呑んでいた。ただし、威力が高すぎて想像以上に混沌を使用していた。レベルにして約五百五十の力を有するダキュースの攻撃は生易しいモノでは無い。そんな攻撃をイキョウは混沌によって無理矢理防いだ。だから今まで動かなかっただけ。何かのせいで動けなくなったわけではなく、ただ動かなかっただけ。


 そして今、動き出したから、封印は目の前の男を抑え切る事が出来なくて自壊した。


「嘘じゃろ……? あの封印は天使相手でも効いたのじゃぞ……? ここまで無力に散るなぞおかしいじゃろ……」


「この力は何者かを縛るんだろう。じゃあ効かないよ、今のオレって何者でもないもの。自分がなんなのかすら忘れそうだもん」


 イキョウは、ゆっくりと、足音を立てずに歩き出す。その歩みに、ダキュースとロイエスは身を竦ませて反応した。


「止、止まりなさい!! これは命令よ!!」


 イキョウの歩みをロイエスは止めようとした。封印術が解かれても、まだ自分の力が働いていると疑う事は無かった為。


 支配者と被支配者の立場を強制して従わせようとした。


「……お前、オレに命令した?」


「ひっ……!!」


 しかし意味は無かった。目の前の男は帽子に隠れた眼でロイエスを睨む。


 その眼に睨まれただけでロイエスの腰は引けて、思わず震えてしまった。支配したと思ったのに、向けられるべき視線である情熱的な眼は一切向けられない。


 気持ち悪い視線だけだ、おぞましい視線だけが向けられて怯えてしまう。目の前の男は一切支配されてなど居なかったのが恐ろしい、自分の力が効かない事が恐ろしい。


 怯えきって何もできなくなったロイエスからイキョウは視線を外し、瞳は元の位置に戻す。もう興味は無くなったから。


「そこの狐耳。ニコのこと殺そうとしたでしょ」


「な……なんじゃ、今更何じゃ!! 初めからそう言っておろうが!!」


「そっか……。じゃあ生かしてやるよ」


 生かしてやるよ。その言葉は良いものに聞こえる事は無かった。殺さないだけでなんでもすると言われたようなものだった。


 イキョウはようやくその手にダガーを持つ。戦う為に、相手を切るために。


 その行動に反応したのはアヤセだった。誰よりも早く動き出し、イキョウの刃がダキュース法王に向けられないよう近接戦闘をしかける。


 水の爆発力で急接近し、即座に両手に握る大太刀でイキョウへ切りかかる。勢いは衝撃となり、衝撃は激しく金属がぶつかりあう音を生み、その音共に周囲の木片が宙に浮いて飛ばされた。


 超強力な一撃、どんな者でも一刀両断しそうな一撃。その一撃をイキョウは片手のダガーであっさりと止める。しかし避けはしない。


「――ッ!!」


 アヤセは、圧倒的な身体能力と魔法による身体強化、そして水による攻撃の強化から繰り出した一撃をこれほどまでにあっさりと止められるとは思ってもみなかった。だが、焦っている暇など無く、止められたなら次の攻撃を、次も止められたのならその次へ。


 しかし――目の前の男に刃が届かない。防がれ、受け流され、捌かれる。たったダガー一本と右腕一本に、自分の渾身の攻撃が全て軽くあしらわれる。


 そして目の前の男、イキョウはアヤセが展開する<水装束>の探知に一切掛からない。動きも呼吸も振動も、何もかもが読めないから相手の動きを読みきれない。更にやりづらいのが、相手の戦い方に一貫性が見られない故に戦っていて体が混乱する。イキョウのダガーは刀のように握るときもあれば剣を持つように握るときもあるかと思えばダガーを持つ手に変わる、いつの間にか逆手と順手が入れ替わっている、受け流しが思った方向へ刀を滑らせてくれない、防げないはずの体勢や角度でも防いでくる、などなど、戦闘スタイルや体の動かし方に法則性がない。だからアヤセは自らがイキョウとどう戦えば良いかの最適解が見出せない。


「……あんた、忠実な騎士のようだからきっと倒してもまた立ち上がるんだろうね。面倒なタイプだ」


「――」


 イキョウの言葉にアヤセは返さない。


 しかし、イキョウから言われた通り、自分はそのタイプだと大太刀を降りながら思う。四肢がもがれようと、どんなに絶望しようと、自分はダキュースを守るためにこの刀を振るうことをやめないだろう。手が無いなら足で刀を振るい、足が無いなら口で、刀を持てなくなったら血を吹きかけてでも教皇を守る決意が在る。


「『アヤセ』、二十四歳、女」


「――」


 剣戟が鳴り響く真っ只中に、淡々とした声が聞こえてくる。


(だからなんだ)


 全く脈絡の無い言葉を、アヤセは無視して刀を振り続ける。


「その生まれは東国の名家、大名に仕えた家の名。でも戦争で家君は死に、家族も死に、自分は偶然生き残った。お父さんから教えて貰った刀の降り方は上手に出来てるかな? こんなオレ相手に、上手に降れてるかな?」


「――だまれ」


 たった今イキョウから言われた言葉は全て本当のことだった。全て真実で、正しい自分の過去だった。嫌な言葉の数々が、少しずつだが確実に心を揺さぶってくる。


「独りになって、家宝の刀を手に独りで生きて、『アヤセ』を忘れたくなくて自分の名前にして、でも独りじゃ限界があって、死にそうになって、家族や周りからいっぱい褒められてた顔にも傷が付いちゃって、それが悲しくて、思い出を失っていくようで、顔を隠して、声も隠して、もう何も失いたくないから鎧の中に引きこもって」


「――――煩い!! 黙れって言ってるだろ!!」


 全部、全部本当のことだった。自分が一番言われたくないことを穿り返されて、見ず知らずの男に無理矢理記憶を荒らされて、アヤセは怒号を浴びせながら力任せに刀を振るう。


「教会に拾われて温かい暮らしが続いても、隠したものを表に出せず、そんな自分でも皆が優しくしてくれたから恩返しがしたくて、一生懸命頑張って、聖騎士になって、もっと頑張って強くなって、恩返しがしたくて教皇の左腕になってからも頑張って……。でも本当は昔みたいに『リンちゃん』って呼んで欲しいよな。家族が呼んでくれた名前を、呼んで欲しいよな」


「――――なんなんだよお前は!! 勝手に人の心を読むな!! 死ね!!」


 アヤセが振るう刀に、もう技は乗っていなかった。ただただ力任せに振るい、相手を拒絶して早く殺したいだけの刃、武器から凶器に変わっていた。


「じゃあ、まずは大切な思い出の品から壊していこうか。段々と失う思い出で、お前の心を壊してやろう。立ち上がる者は、立ち上がる物を無くせば良い」


 そう言ってイキョウはアヤセの降っている刀に眼を向ける。邪魔をする者が居るなら、それを排除するためにイキョウは動こうとする。これが本来のイキョウのやり方だ、どれだけ下種な手段を用いても、最終的な勝ちを求める男のやり方だ。それでも以前までの人で在れたイキョウなら、仲間達が側に居たイキョウなら、こんなことは表立ってしなかった。


 だというのにこんなことを躊躇いも無くしてしまえるのは、もう、限界が近いのだろう。壊れ行く人間性を繋ぎとめることで精一杯なのだろう。


 だが、そんな事を知らないアヤセはイキョウの事情など関係ない。故に、怒り任せの一刀が壊される運命にあることも知らずに振るおうとする。


「なんじゃそれぇぇええええええ!! させぬわ<絶界>!!」


 振るおうとしていたアヤセの大太刀は、それを壊そうとしていたイキョウのダガーは、しかしダキュースの手によって交差することなく弾かれた。


 ダキュースの声と共に現れたのは、二人を区切るようにして現れた透明の壁。その壁に二人の武器は弾かれる。それは、今のイキョウのでさえも。


「アヤセお主無口だと思うてたがそんな事情あったならワッチに言え!! <連練狐火れんれんきつねび>!!」


 ダキュースの言葉と共に直線状に展開された青い火は、次々とイキョウとニコを狙って怒涛の連弾を浴びせる。


「それにお主、イキョウ!! いや、何をしでかすか分からない愚か者!! 貴様ついに人の心を忘れたか!! 忘れたのであろうな、あのような所業を平気で出来るお主なぞ、結局破綻者だったんじゃ!! 少しでも絆されたワッチがバカじゃった!!」


 ダキュースは怒涛の火を浴びせてイキョウとアルフローレンへ連撃を続ける。


 火は火を生み、煙と炎を巻き起こす。


「忘れるとか忘れないとかじゃないんだ、元々オレはこんなもんだよ」


 しかしそれさえも、イキョウの静かな言葉と共に切り開かれた。炎が割れ、煙が開かれる。


「リンちゃん、きっと、お前は、生真面目で、まともな奴なんだろう、でもね、オレの邪魔したなら、そんなの関係ないよ」


「させぬと言っておろう!! <絶界>!!」


「邪魔」


 またもや張られた透明な壁は、イキョウがダガーで裂いたことによって破られる。イキョウはこの壁を一度見た。二度はない。


「く、来るな!! 気持ち悪い!! お前なんて死んでしまえ!!」


「死にたいのに生きてしまったから今ここにオレは居るんだよ。さよなら、リンちゃんの思い出達」


 イキョウはアヤセの、リンの心を折ろうとした。折ろうとしてその刃を振るおうとした。しかしその刃が届く前に、曲剣の刃が割って入る。


「ッ――ゥッ!! 引いてくださいアヤセ!!」


 曲剣を差し込んだ者は、愛運のロイエスだった。未だに震える手で曲剣を握り、イキョウの刃を押さえ込んでいる。


「ロ……ロイエス……」


「私より貴方のほうが機動力があります!! 無理矢理にでもダキュース様を連れて撤退して!! こんな男、敵対するべきではなかった、戦うべきではなかった!! 人が相手して良い存在じゃない!! ――――私、分かりました、感じたんです、この男、心が無い!! 恋心も何もかも、人として持っているはずの心を何も持ってない!!」


「今はギリギリ持ってるよ、残った上辺を一生懸命掻き集めてるからね」


「ぐゥ!!」


 イキョウは鍔迫り合いの体勢から蹴りを繰り出し、ロイエスの脇腹へ蹴りを当てる。重さを感じさせない軽い蹴りは、ロイエスの体を飛ばす事は無かったが、その代わりに内臓が狂うほどの強烈な痛みを与えて、地に膝を付かせた。


「頼むよ、これ以上邪魔しないでくれ」


「ロイエス、アヤセ!! 今からおぬし等二人を飛ばす!! 逃げい!! <万象転――」


 ダキュースは、今のイキョウ相手に二人は歯が立たないと判断し転移魔法によって戦線を離脱させようとする。しかし――。


「あんたにも言ってんだよ」


 イキョウは手に持ったダガーを投擲し、ダキュースの肩へと刃を刺して転移魔法の発動を中断させる。


「そんでさ、リンちゃん。お前頭に血が上って周り見えなかったろ、だからそうなる」


「なにを――!?」


 アヤセは一瞬、何を言われているのかが分からなかった。しかし、体を動かそうとしても動かせないことに気付く。


 何をされたのかが分からない。<水装束>の探知には今まで何も引っかからなかった――否、引っかかってはいたが、微細な反応過ぎて気付けなかっただけ。頭に血が上っていた事を指摘され、ようやく探知に意識を向けると――――微細な糸が自分の体を縛るように撒きついている事をようやく理解した。何処からでも伸びている糸は、構え姿のアヤセの体を一切動けなくする。


「これ借りてくね」


 そしてイキョウは、動くことの出来ないアヤセの手から大太刀を抜き取って持ち去り、ゆっくりと歩き出す。


「返せ!! それは私のだ!! お前が触れるな!!」


「だいじょーぶ。お前が大切にしてる者をお前の大切にしてる物で傷つけるだけ、邪魔したから、相応の思いをしてもらうだけ」


「下種!! 卑怯者!! お前なんて生きてる価値もない!! 天使諸共くたばれ!!」


 また頭に血が上ったアヤセは、力任せに糸の拘束を引きちぎろうとする。ただの糸なのだから、水の魔法で切れば良い。なんて思考へ辿り着けないほど冷静さを失い、ただ本能だけで怒りに震えてしまっているのは、イキョウがそうさせたから。完全に術中にハマって抜け出せなくなっていた。


 騒ぐアヤセを背に、イキョウはダキュースへとゆっくり歩いていく。


「イキョウお主……見下げ果てた者になってしまったの……」


 近づいて来るイキョウへ、ダキュースは肩に刺さったダガーを引き抜き地面へ投げ捨てながら言葉を投げかけた。


「誰よりも劣ってるオレなんて最初から下にしかいないよ。……ってか、さっきからあんた、オレを知ってるような口ぶりだけど、誰?」


「誰って……ダキュースじゃよ……。……そぅか……復活の代償でワッチまで忘れられてしまったのか……。忘れられるというのは、存外、悲しいものじゃの……そうか、“御主等”も、こんな気持ちで……」


「そうですか、それはご愁傷様です。やっぱあんた知らないや」


 イキョウは大太刀を片手に、他人行儀に近づいて来る。その姿に、ダキュースの胸はチクリと痛んだ。しかし、目の前の男は最後に死ぬ者だ、果てに死ぬ者だ。縁を失うことなど初めからわかっていたこと。ならば今ここで忘れられていようが関係は無い。ダキュースが今やるべき事は天使アルフローレンを滅ぼすこと。


「敵に回してはこれほど厄介とはの、おぬしが居るせいでアルフローレンへ刃が届かないでは無いか」


「オレが居る限りニコは傷付けさせないよ」


「じゃからお主を無力化する。幻術<思い鏡>」


 ダキュースの声と共に、辺りには淡い紫の霧が表れ、辺り一帯を包み込む。


 この術は、霧が対象の思い描いた人々、景色を写し、惑わせ、戦うことも忘れて幻術に没頭させる。見せる幻覚は、願いか、幸せか、欲望か、それは人によって変わるが、人であればこの霧に望んだ景色を見る。


「イキョウが沢山、沢山一緒、ずっと一緒、わーい」


 その霧の中をダキュースは歩き、イキョウに悠々と近付く。見れば、イキョウの上でニコが手をあちらこちらに伸ばしながら無表情に手を振っていた。


「天使にも掛かるか……人にしか効かぬと思ってたわぃ」


「――じゃあやっぱ、オレはもうダメなんだろう」


「のじゃぁ!?」


 イキョウは手に持っていた大太刀を落として、ダキュースの顔面を掴んだ。


「なぜお主動ける、というかさっきから急に動くな虫みたいで気持ち悪いいたたたたたたのじゃああああああああああああああああ!! 割れる、頭割れる!!」


「そろそろ終わりにしようか。あんた、転移魔法使ってたよな。あれでアステルまで送ってよ。邪魔したなら邪魔した分の時間返せ」


「いいいいいやあああああああじゃあああああああ痛い痛い痛い!!」


「脳天からと股下から、どっちから大太刀差し込まれるのが良い? 大丈夫、刺して良い場所通すから」


「嫌じゃ嫌じゃ!! ワッチ串刺しになりとうない!! <転移><転移><転移>!!」


 ダキュースは痛みから逃れようと転移魔法を発動させようとするが、何故か発動しない。


「ええいもう分かった、お主ごと飛ばすからはよう離さんかい!!」


「転移したら離してやるよ」


「痛みのせいで転移座標狂うわ!! 繊細な魔法なのじゃから術者も繊細に扱えぃ!!」


「早くしろ」


「はーーーーッ!! ワッチ諸共道連れじゃくたばれ!! <万象転移>!!」


 三人は霧の中から同時に姿を消した。


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