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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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16.富運のアヤセ、愛運のロイエス

 イキョウとニコは去っていくワイバーンに眼を向けながら、空を落ちていた。その二人を追うように、アヤセと呼ばれるスーツアーマーを着た者も空を落ちる。


「下は森、遮蔽物が多いのは戦いやすくて良いね」


「――」


 上空に眼を向け、背面の落下地点を見るイキョウ。その腕に抱えられているニコ。二人はまるで動こうとはしない。


 アヤセはこのままでは自分も地面に叩きつけられると判断し、水魔法を展開して衝撃を和らげ始める。何度も何度も水にぶつかり、アーマーの隙間やヘルムのスリットから水が流入しながらも、落下する二人の事を目で捉え続ける。が、それでも動かない。


 この落下の勢いは確実に人体を殺す勢いだ。なのに、動かない二人を、それでもアヤセは油断することなくヘルムの奥にある目でジッと見続けていた。


 どう足掻いてもこの衝撃は人には吸収できないだろう。だというのに、緩やかに勢いを弱めるアヤセの視界では、イキョウが勢いを感じさせないまま木の上に着地する。枝葉の一切を揺らさず、軽業のように静かに木に足を付けた。


 しかしアヤセはそれに動じない。人であろうが無かろうが殺すことには変わりない、殺すなら殺すだけ。故に緩やかに落下をしながらその背に背負った大太刀を引き抜き宙にて叩き切る構えを取る。


 対してイキョウはニコを肩車させた後、それを打ち落とすように牽制でスローイングナイフを投擲する、が、しかし。


「ん?」


 その投擲されたナイフは自らの意思で避けたとしか思えない挙動で、アヤセに掠りもせずに軌道をおかしな方へと曲げて空へと飛び去って行った。


 当たらない事を確信していたとしか思えないアヤセの落下は、そのまま攻撃へ変わりイキョウとニコを目掛けて刀を振り下ろす。


 スレスレを避けるようにイキョウは背後へと飛び退き別の木へと飛び移る。先ほどまで立っていた木は真っ二つに割られ、アヤセは鈍い音を立てながら森の中へと着地した。


 イキョウもアヤセを追って森の中へと足を付ける――と。


「環境破壊も騎士様のお仕事なのかな」


 ――すぐに体を逸らして何かを回避する。


 イキョウが避けたのは、鞭のようにうねる水の刃。その刃はイキョウを狙うというよりは、辺りの木を切って自らに有利なフィールドを作り出す為に振るわれたもの。


 イキョウが回避を行った直後に辺り一面の木はバラバラに切り払われ、この場に一切の遮蔽が無くなる。


 その開けた視界の中で、木片の地面を踏みながら大太刀を構える者がいた。


「あれ、イキョウの知り合い?」


「どーなんだろ……記憶ぐちゃぐちゃになってたり忘れたりしてるから、はっきり違うとは言えないかな」


 二人が暢気に話している間も、アヤセは木片を踏んで近づいていく。


 しかしその動きはピタリと止まり、それに合わせかの如く、誰も居なかったはずの場所に二人の人影が現れる。


 一人は狐耳と毛並みの良い尻尾が特徴のしとやかな女性、もう一人は細く長い金髪をなびかせる流麗な女性騎士。


 騎士姿の鎧を着た二人は、祭服に身を包む女性の後ろに控えた。アヤセは大太刀を収めてピクリとも動かず、ロイエスは手を後ろで組んだままジッと待機する。


「久しいのうイキョウ、そしてアルフローレン」

 

「あぁ……そーね。久しぶり、元気?」


「アーサーと一緒に居た子。久しぶり」


「こんな形で会いとうなかったわ」


 祭服に身を包んだ女性。教皇であるダキュースは紅い隈取が施されている鋭い狐の眼を、更に睨んで鋭くする。盲目だというのに、偽りの瞳はそれでも睨まずには居られない。


 そして、今のアルフローレンの言葉に苛立ちを覚える。自分達はお前のせいで仲間と記憶を失ったというのに、敵であるアルフローレンがアーサー達の事を覚えていて。そして気軽に名を呼んだ事にも。


「イキョウよ、はようその天使をワッチに渡せい。お主が殺せぬのならワッチが殺してやる。貴様はやるべきことだけをやるのじゃ、決して間違うことのないようにな」


「んー……断るね。オレ達急いでるから邪魔だけはしないでよ」


 イキョウが淡々と答える言葉、その他人行儀な口調にダキュースは違和感を覚える。しかしそんな違和感はここには必要ない。必要なのは天使を殺すこと、ただそれだけ。


「急いでるとはなんじゃ、その天使を処刑する場所でも選んでおるのか? そんな訳ないじゃろう、貴様、何をしようとしているのじゃ」


「この子を人にしようとしてるだけだよ」


 イキョウの返答にダキュースは呆れた溜息を返す。


「お主バカじゃの……。ソーキスを生み出せたのは起こり得ない奇跡が何故か起きたからじゃ。じゃというのにそんなホイホイ奇跡を起こされて堪るか、奇跡の価値が薄れるわ」


「へー……なんでそんな奇跡が起きたのかなぁ、また起きて欲しいな。ってか、ソーキスの事知ってるんだ。じゃあオレの知り合いか」


「起こされて堪るかと言っておろうが、ワッチが見つけた奇跡の未来にこれ以上変な奇跡を齎すでない。未来はワッチが見たとおり、アルフローレンが死んだ未来へと修正する。

 ――――抵抗するなら掛かってくるがよいわっぱ、ワッチがお主の代わりにアルフローレンを殺してやる」


 ダキュースは正しき定めに戻す為に、荘厳の風格を見せ付ける。手には黄金と白の扇を広げ、太陽に照らすが如く掲げると、周囲には青い焔の球がいくつも精製された。


 同時に、ロイエスとアヤセも武器を構える。ロイエスは曲剣、シャムシールを。アヤセは変わらず大太刀を。


「こっちはまだ腕治ってないってのになぁ。ねえニコ、このまま乗りっぱなしでいい? それとも降りる?」


「キミと一緒が良い。乗りっぱなし」


「そっか。じゃあ良いよ、あんまり動かないようにするけど、一応落ちないようにしっかり掴っててね」


 イキョウは、動かせばすぐに血が滲む隻腕を動かし、スローイングナイフを四本、指の間に構える。


「ロイエス、アヤセよ。あやつは殺しても死なぬ、じゃから殺す気で行け。ワッチは封印術で動きを止める」


「ハッ!!」


「御意」


 二人は短く応え、ダキュースはそれをもって掲げていた扇を振り下ろす。それと同時にロイエスとアヤセは走り出し、追従するように焔の球もイキョウ達目掛けて動き始めた。


 イキョウは攻撃の意思を前に、応戦するため少しだけ動き出す。指に挟んでいたスローイングナイフを全てアヤセへと投擲する――が、やはり当たらない。ならばと今度はロイエスへと投擲すると、そっちは剣で直接弾いて防いだ。


「両方って訳じゃないのね。個人のバフか何かかな」


「かなー」


「<縮地>」


 イキョウとニコが話しているのも束の間、アヤセは鎧に水を纏いながら急接近をしてきた。


 それと同時に青の焔もイキョウへと到達する。焔は熱を感じず、木片すら燃やすことも無く、焼きたい者だけを焼く炎。故にアヤセにその火は燃え移らない。


 アヤセが鎧に水を纏っているのは焔を防ぐためでは無い、それが彼女の戦い方だからだ。水魔法を攻撃に、移動に、回避に、全てに使う。冨運の冨とは金を持っているということでは無い、常人に比べ圧倒的な魔力を保有していることから付けられた名だ。


 故にアヤセは水魔法で大太刀を強化して振るう、焔はイキョウとニコだけを焼く為に降り注ぐ。刀は振られ、炎は爆散するように爆ぜた。


 青い煙の中、アヤセは自らの身の周囲に展開していた極小の水、霧にすらならない水の粒子で辺りを探る、自らの目よりも信頼できる水で探す。降った刀に手ごたえは無い、焼けた香りもしない。だからイキョウとアルフローレンはまだ無傷。


 しかし水の探知に掛からない。木片の上を歩く音もしない。


(――何処へ行った)


「何をしておるアヤセ!! まだ目の前に居るじゃろ!!」


 煙の中で、ダキュースの声が聞こえてくる。教皇であるダキュースが言うならそうである。しかし自分の探知には掛からない。どちらの意見で動くかといえば――どちらでもなかった。嫌な予感という、戦いの本能に従ってアヤセは飛び退く。足元で水を爆発させ、その勢いで全力をもって飛び退いた。


「何故焼けて居ないのじゃ!! ええいもう封印術式<焔楔ほむらくさび>!!」


 ダキュースは眼、以外の感知と大陸に張った結界の探知で常にイキョウとニコの居場所を把握してる。しかしどの探知でも二人は以前変わらずそこに居た。


 燃えて居ない原因は分からない。しかしそれでも布石として、撃った攻撃を封印術式へと転用する。


 巻き起こっていた青い煙が次々と形を作り、大量の楔となってイキョウとニコへ降り注ごうとした。本来ならばそうなるはずだった。だがおかしい、煙は動いて晴れていくが、それは内側に集まっているため。楔を形作る訳ではなく、何かに吸い寄せられるように動いている。


「待てロイエス!!何かがおかしいのじゃ!! ワッチの術式が発動せん!!」


 細い金髪の女性、ロイエスは封印の成功を確信してイキョウとニコへ掛かろうとしたところを、ダッキュに止められる。


「ならば外側から狙撃します。<甘い口付け>」


 ロイエスは唇に指を当て、離し、投げキッスの動きを取ると、本当にハートが投げられ煙の中へと飛んで行った。


 巻き起こるであろう戦いは、その一手を持って一旦観察へと変わる。


「……また要らない男が増えました」


 戦いから見へ、その間に、ロイエスの美麗で冷静な顔は、詰まらないものを見るように煙へと向けられる。


 ロイエスは冷めた目で見ていた。アヤセは隙の無い目を向けていた。ダキュースは様子を見るように感知を続けていた。


 何が起きてるのか、何が起こるのか、何が起こったのか、それは分からない。だが、煙が全て消えた後には――ただイキョウが変わらずそこに立っているだけだった。特に何も起きているわけでは無い。


 その姿を見て、ロイエスは『当たり前ですね』と、心の中で呟く。


「ダキュース様、私の力で虜にしました。安心安全無抵抗の愛の奴隷ですのでもう心配はありません」


 ロイエスは愛運、愛の力に秀でている。それは、彼女が高レベルのハーフサキュバスだからだ。人を魅了し操り、手中に収めるなどロイエスほどの力に長けたサキュバスならば造作もない事。


「なんじゃ、思ったよりあっさりじゃの……。まあ、こやつは淫国作る未来があったりワッチの尻尾や耳を弄る助平じゃからな……。

 これよりイキョウに一時の封印を施す。ロイエスは動かぬよう命令を、アヤセは万が一に備えておけ」


 ダキュースの命令に、二人は短く返事を返す。


「まったく、手間を掛けさせおってからに……。アルフローレンよ、此度の試練はワッチが引導を渡す。大人しく滅びに身を窶すが良い」


「ニコ、ここで終わり?」


「もっと早く終わるはずじゃったんじゃよ、天使風情が。<六柱束鎖ろくちゅうそくざ>」


 ダキュースが手を叩くと、イキョウの周囲に六つの光の柱が現れ、そこから伸びる鎖が体に巻きつく。


「<三位包輪さんみほうりん><座天境個ざてんきょうこ>」


 更に、巨大な三重の光の輪で包囲し、更にその外側を囲うように白い焔が等間隔で円状に配置される。


 今使った力は、体を縛り、意識を縛り、座標を縛る、それ全て封印術。その中でも上位の強力な、とても一個人、人を捕らえるものとして使いはしないものばかり。


 目の前の光景を見て、ロイエスは美麗な顔に少しの困惑が滲み出る。あまりにも過剰に力を振るっているのではないかと思えて。


「ダキュース様……ここまでするほどの相手なのですか……?」


「ワッチとしてはここまでしてもまだ足りぬとさえ感じるのじゃよ。寧ろなぜこんなにもあっさり縛られてるのかが理解できんわ」


 ダキュースは思う。封印してから動かない事は当然だが、封印する前、もっと言えば戦いが始まってから、何故あの場から動かないかが分からない。


「ま、バカじゃからの、何考えてるのか分かる訳無いの」


「どうしますダキュース様、ここから私が天使を狙撃しましょうか? あのような幼子程度の存在なら私の魔法でも倒せます」


 ロイエスは上位の風魔法を使用する事が出来る。自分の魔法で始末をするかと提案するが――。


「いや、ワッチの手で確実に滅ぼす。

 アルフローレンよ、せめてもの情けじゃ。イキョウに言い残す言葉はあるか?」


 ダキュースは、ロイエスは、アヤセは、確信していた。すぐさま決着は付くと。


 それは当然のことだった。戦いが始まったときから禄に動かない、そして今は封印術によって動けない相手を前に何を恐れようか。


 ロイエスとアヤセの二人は自分の実力を理解している強者だ。その二人はダキュースの封印術がいかに強力なものか知っている。故に目の前の男に抵抗する手段は無い事を確信している。ダキュース自身も、自らの封印術は天使にさえ有効だったことを知っている。誰であろうと逃れる術は無いことを知っている。


 だからこそ、三人は思ってしまう。簡単だった、と。世界の敵であるアルフローレンからは力というものを感じない、そんなアルフローレンに手助けしている者はもはや指先さえ動かすことが叶わない。


 ある意味では拍子抜けとも思える現状で、三人は目の前の存在達を見る。それでもダキュースは確実な殺意をアルフローレンへと向けていた。大切な世界を絶対に守る為に。


 三人は同じ目を向ける。これで決着、終わりだと。


 何もしない、何も出来ない男はもう動くことは無い。強力な封印術を施された男はもうなにも出来ない。だから後は弱ったアルフローレンを倒すだけだった。そう思って勝利を確信している。


「いいのこすことば?」


「それはね、ニコには必要ない言葉だよ」


「「――!?」」


 急に、喋った。あの封印の中で、平然とした声が聞こえた。今まで一切動く事をしなかった男が、急に話し始めた。

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