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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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15.わーきゃー、覚えた

 帝国内にあるとある街のワイバーン便発着場。そこでは、特徴の無い顔をした騎手が一人、客を待ちながらワイバーンを撫でてコンディションを整えていた。


 その男の下へ、空から急に二人の人が振ってくる。少女と、その少女を抱えて音もなく地面に着地した男を見て、『どこから……』と思い空を見ると、一頭の軍用装備をしたワイバーンが飛び去っていく姿を目撃して『そこから……?』と困惑した目を空へ向け続けた。


「悪い、急なんだけどアステルまで送って貰って良い?」


「え……あ、ああ。大丈夫ですよ、お代は先払いとなりますが――」


 騎手が話す間、男は少女を降ろして何処からともなく白金貨を取り出すと、釣りは要らないと言って渡してきた。よく見れば、手は少し歪な形をしており、隻腕も腕としては動いているが何処か変な印象を受ける。しかし服や手袋には血が付いておらず、寧ろ新品のように綺麗に整っていた。


「あの、お客様……どこか怪我を?」


「してるけどしてない。あ、そうそう、ゴンドラの中でちょっと手術的なことするけど良い?」


「いえダメですけど……」


 イマイチ要領を得ない返答を貰った騎手は、目の前の男を訝しんで観察する。この騎手の名はキシウ。騎手でありながらその正体は帝国軍所属のスパイだ。その実力はマクグリスが認めるほど。その実力を持って、目の前の男に悟られないようよーく観察する。


 見て、観て、視て――――そしてようやく理解できた。寧ろ何故一目見ただけで気付けなかったと疑問を持ってしまうほどに、見れば分かるはずなのに分かれなかった。


 そして愕然とする。その特徴の無い顔が、蒼白になるほどに。


「お前……イキョウ……か?」


 報告に聞いた姿、報告と一切違わない姿。だというのに、周りの者達は気付かない。あのキシウでさえ、よく観察することでしか気付けなかった。


 キシウは思い出す。イキョウは嘲笑の仮面でもあり、そして昔に隠密において自分が敗北をきした相手だという事を。


「そうだけど? 久しぶり、元気?」


 だが違う。目の前の男はイキョウであってイキョウではない。あの騒がしさが無い、軽薄さが無い。そして左腕も――。


 キシウは迷う。今すぐ自分はこの男を通報するべきか、それとも、少しくらい言葉を交わして、何で世界を敵に回すようなバカな行為をしているかを聞いてみるか。


 その迷いの中で、ふと思う。イキョウが居るならば……その横に居る少女は……。考えに従って目を向ける。恐らく、イキョウがヴェールとなってこの子の正体も隠してたんだろう、イキョウを見抜いたから、おのずと分かってしまうんだろう。キシウの思いは思考に乗り、そして少女の正体さえも見抜く。


「アル……フローレン……」


 今ここに、世界を揺るがしている天使が居た。どうどうと、二人は姿を現してここに居た。


「そう、アルフローレン。でも、ニコ。にこ」


「ニ……コ……?」


「ニコはニコ、ニコのイキョウ」


 ニコは自分の名を名乗った後に、イキョウを見て名を告げる。


「え……ぇ……? 何だ急に……」


「あなたは?」


 キシウは問いかけられる。そしてこの問いかけの意味を考える。ただし、逆らうという選択しはない。


「キ、キシウ……だ」


「キシウ。始めまして、にこ」


「じゃあ騎手さん、アステルまで宜しくな」


「よろしくな」


 自らの身に何をされるか分からず混乱しているキシウの横を、二人は通ってゴンドラの中へと入っていこうとする。


 もちろんキシウはワイバーン便を飛ばす気はない。何か適当に理由をつけて中で待機してもらい、見回りの衛兵に伝えるつもりだった。


 ただし、少し寂しさを覚える。今のイキョウは静かで他人行儀だ、まるでキシウの事を覚えていないかのように。


(アイツは今や世界の敵だ。誰とも馴れ合う気はないんだろう)


 今のイキョウは過去のイキョウではない。その分別をもって、自分も衛兵へ通報する決意を固めたキシウは――


「……あ? キシウ……? あ、キシウじゃん、やっほ。お前顔に特徴無いから気付くの時間掛かったぞおい」


 不意に、歩き出そうとしたキシウの背後から聞きなれた声が聞こえてきた。その声はキシウが知っている声で、へらへらして軽薄そうな人と成りを良く表してるイキョウらしい声だ。知っている、いつものイキョウの声だった。


(……お前はやっぱそういう奴だよな!!)


 キシウは帽子の鍔をぎゅっと握った後に、表情と心を整えて二人へ振り向く。


「久しぶりだな、イキョウ」


「いやマジで久しぶり。奥さんと娘さん元気?」


「お前があんな事件起こしたショックで一週間は寝込んだぞ。どうしてくれるんだ」


「いやぁ……それはホントにごめん。んでさ、通報しに行くの? だったらワイバーン便だけ貸してよ。こっちで勝手に飛ばすから」


「お前気付いて……いや、流石に気付くか。さすがは嘲笑の仮面、俺に唯一勝った男だ。ある意味感服するよ」


「そっちも今のオレ達を見破ったんだからやっぱお前凄い奴だよ、ホントにさ」


「キシウ、イキョウと知り合い?」


「あ、ああ、えっと……」


 旧知の仲だったイキョウとの会話に、ニコが入ってくる。キシウから見たらニコは恐れの対象であり、この世界の異物だ。そんな存在から話しかけられてキシウは困惑する。


「知り合いだよ知り合い。ま、キシウも中で一緒に話そうぜ」


 そう言ってイキョウはワイバーン達の下へと歩き出そうとする。


「お前、何する気だ?」


「自動運転にしようと思ってな。へいへいワイバーン」


 イキョウは腑抜けた声でワイバーンに声を掛ける。


 ワイバーンは頭が良い、そしてこの声には聞き覚えがある。『まーたあの空も飛べない軟弱者が来たぜ。夢でも見せてやるか。やれやれ、また背中に乗せてやるよ』と言いたげな目を、二頭のワイバーンが揃ってイキョウへと目を向けた。


 そんなワイバーン二頭へ、イキョウは声を掛ける。


「アステルまで送れ」


「「…………ガゥ」」


 ワイバーンは思った。こいつ誰だよ、と。全然雰囲気の違う、でも聞いたことのある声の主は、舐めた眼で見て良い者では無かった。この者に従う、いや、服従をしなければいけないと、本能で感じてすぐさま頷く。一刻も早く、目の前の存在がこちらへ牙を向かないようにするために素直に言う事を聞く。


「あ。アステル、分かる?」


「「ガゥ」」


「そっかそっか。じゃあお願いね」


「「グルゥ」」


「なんだこれ……イキョウお前、ワイバーン達に何したんだ」


「お願いしただけ」


「よろしくおねがいします」


「「ぐるぅ」」


 ニコはペコリと頭を下げ、キシウが困惑を示し、こうして騎手の居ないワイバーン便は飛び立つ運びとなった。


 * * *


「……まさかワイバーンがあんなに素直に言う事を聞くなんてな……というか、何をしてるんだお前」


 ワイバーン二頭が自主的に慎重で丁寧な空の旅を提供している最中、イキョウとニコの対面に座ったキシウは目の前の男の奇妙な行動に苦言を呈する。


「いやさぁ、右腕の中身結構ぐちゃぐちゃなのよ」


 そう言いながらイキョウは右腕を回したり肘や手を握って開いてを繰り返す。


「ごめんニコ、肘ら辺思いっきり押してもらって良い?」


「押す、ぎゅー、ぎゅー」


「そうそう」


「ぐちゃぐちゃって……えぇ……?」


「だから動かして骨とか筋肉とかしかるべき位置に戻してるって訳。人体ボトルシップみたいなもんよ」


「…………えぇ」


 キシウは『何故それで戻せるんだ……』と疑問を持つ。


「ほら見てよキシウ、腕蛇みたいに曲げられるぜ」


「やめろ痛い痛い痛い!! 見てるだけで痛い!! お前の神経どうなってんだ!?」


「……あ、変に動かしたらまた分離した」


「いやもう……何がだ? いや言わなくて良い。お前バカだろ」


「キシウが居るから気使って切開しないようにしてんだよ、良いのか? ここで手術すっぞ」


「やめてくれ……本当にそれだけは止めてくれ……。大事なゴンドラが血で汚れるのだけは勘弁だ……」


 キシウは色々思う事がある、様々な何でという疑問が色々発生する。でもそれも『まぁ……イキョウだもんな……』と思うと不思議と納得できた。目の前の男は何をしてもおかしくない男ではある。


「……ところでイキョウ、その子――」


「ニコ、にこ」


「あ、ああ……ニコ、を、どうするつもりなんだ。お前本当に世界滅ぼす気じゃないだろうな」


「んなことする訳ねぇだろ。ただオレはニコを人にしてやりたいだけ。肉体的にも、精神的にもな」


「だけ……って……。天使を人にするということか……? 種族を変えるようなものじゃないか、到底できっこないだろ……。お前……世界を滅ぼすと言っているようなものだぞ」


「情報強者のキシウでも知らない感じ?」


「流石に……知ってるわけが無い。そもそも俺の持っている情報は人や国に関する情報がほとんどで、魔法や生物に関する学術的なものは専門外だ。というか、天使の事に関しては情報が何もなさ過ぎる。寧ろ天使の事は天使に聞いたほうが早いだろう」


「ニコ、人になる方法知らない。私は視る者、見届ける者、何かに成る役割は無い。でもニコ、笑ってみたい。うけ、うけけ、うけけけけ」


「ああ、いや、うん……。とりあえずイキョウの真似はしないほうが良いと思うぞ……」


 無表情に『うけけ』というアルフローレンを見て、キシウは拍子が抜ける。天使が思ったほど天使らしくなくて。


「……いっそのこと神に頼んでみてはどうだ。人が存在するか分からない答えを模索するよりも、存在する神に頼むほうが確実性はあるだろう」


「あぁ? クソ神にぃ? 世界ぶっ壊そうとしてるイカれヤロウだぞ」


「俺から見ればイキョウも似たようなことしてるからな……」


「因みにどう? アルフローレン。神にお願いしたらニコを人に成らせてくれそう?」


「私の主、別なる神を作り出すことが目的、それ以外どうでも良い。神を作り出すのに私を人にする必要性が無い、意義が存在しない。だから無理」


「ほーらやっぱりクソ神だよ。他人の意見聞かずに自分のやりたい事だけやるとかバカなんじゃねぇの? トークもできねぇコミュ障ヤロウがよ」


「お前ボロカスに言うなぁ……。何か神を作るとか不穏なワードが聞こえてきた気がしたが、今は一旦置いておこう。

 もし仮に、必要性を感じる条件を提示すればニコを人にしてくれるんじゃないか?」


「それは……分かんない」


「キシウお前天才論破得意マンか……? その発想はなかったぞ。神殺しばっかり考えてて神を利用することは思いつかなかったわ」


「何か神を殺すとかもっと不穏なワードが聞こえてきたするが……うん、今は一旦置いておこう」


 キシウの発言を受けたイキョウは、肩を回しながら指をうねり動かして考える。ニコも、イキョウの真似をして、肩を小さく回し、手をグーパーしながら考え始めた。


「酒上げる代わりにニコのこと人にしてくれねーかなぁ……」


「くれねえかなぁ」


「お前……突き抜けたバカだろ……。ねぇ、ニコちゃん、神様ってどんな感じのお方なの?」


 キシウはニコへと優しく問いかける。まるでただの子供に話しかけるように。


「私の主、静かなお方。前に声を聞いたの、二十年くらい前、その前は二百年くらい、その前は千年前。たまにしか、声聞いてない。ジッと神域に座して、遠い遠い暗闇に目を向けてる。何も見る気が起きなくて、世界に関心がなくて、神が生まれるのをずっと待ってる。だから私が代わりに視てる、世界を、人を、魂を。

 ニコ、偉い? にこ」


「偉いぞー二コ。そんな働かされてんならクソ神に有給でも貰って良いくらいには偉いぞー」


「にこぉ」


「二百年やら神やら魂やら……途方もない話だな……。因みに二十年前と二百年前、千年前はなんて言ってたのかな?」


「二十年前、『からの器か、生きて居ない、程遠い塵以下の存在、じきに消える。アルフローレン、視る必要は無い』 二百年前、『世界共には過ぎたる願いだった――』 千年前、『天使達よ、ゲゼルギアと混沌を始末しろ』だった」


「さすがは神だ、何を言っているのかが理解できない」


「オレも一緒。でも分かることがある、コイツ禄でもねぇぞ、絶対碌な奴じゃない。今回ばかりは規準無しにぶっ殺す」


「あぁ……うん。うん。……ダメだな、交換条件で提示できるようなものが思いつかん」


「キシウ、考えてくれてる」


「ねー。なんでお前そんな親身になってくれんの?」


「え……あ……いや……。なんというか……お前を知っているからか、それともアルフローレンがこんなちっちゃい子だからかな……とにかく、力を貸したくなってしまったんだよ。

 それにアレかな、俺って隠密は得意だけど戦闘はそこまでだから、お前等と戦って倒すっていう選択肢が生まれない分、話し合いでどうにかできないかなとも思ってしまうのかもしれない。

 …………実のところ、俺も良く分かってないんだ。なんで世界の裏切り者と天使と顔つき合わせて話してんだろな」


 そう言って、キシウは特徴の無い顔でクシャッと笑う。


「でもきっと、あのまま、声をかけられないままお前がこのゴンドラに乗ったら、俺は通報していたよ。……だが、お前のマヌケな声聞いたら止めてしまった。お前はズルイよ、イキョウ。人垂らしの才能あるぞ」


「は? 今お前オレのことマヌケっつったか?」


「ははは!! そーゆーとこだよそーゆーとこ。だからお前は面白いんだ」


「はは、ははは、ははは」


「ははは!! ははは……はは、は。……だってのに。

 ……何でお前こんなことしてんだよ……今回ばかりは流石に無理だろ……ッ」


 笑っていたキシウは、次第に空笑いになり、呆れ笑いになり、最後は眉間をつまみながら顔を落とした。


「どしたのキシウ、情緒不安定? 外の空気吸う?」


「神や天使なんて存在情報にない、天使を人にする方法なんて絶対にありやしない、知らないコトを可能にするなんて難題どころじゃないんだ、不可能なんだよ。だってのにお前はこの子に手を貸して、世界を天秤に掛けてまで不可能を可能にする方法を追い求めて、結局何が先にある、この子が世界の為に死ぬ未来しかないんだって。お前もこの子も、成そうとしてる事が重過ぎる、実現するわけが無い。

 ……俺ってなんでマクグリス隊長から信頼されてるか分かるか?」


「なんすか急に、誰かも知らんし理由も知らんわ」


「仕事を忠実にこなすからじゃないんだ、優秀な手腕を認められてるわけじゃないんだ。失敗するときの匂いってのを感じるからなんだよ。だから俺は今までお前以外で仕事を失敗したことがない。失敗しそうなら手を引いて、確実に成功するまで期を窺うようにしてたからな」


「それ裏方の鉄則よな。賭けに出て失敗するよりも、じっくりねぶるように待って確実な成功をもぎ取ることが大事だもん」


「嘲笑の仮面なだけはあるな、そうだ、そうなんだよ。…………今のお前達からは失敗する匂いしか感じない、その失敗に辿り着いたとき、どっちが滅ぶ、世界か? ニコちゃんか? でもどっちかは滅ばなければならないんだ。だったら俺は、家族が居る世界が残って欲しい。この子が死んでも家族に生きて欲しい。知らなきゃ良かったよ、アルフローレンがニコちゃんで、ニコちゃんはこんな子供みたいで……家の子達みたいじゃないか……。

 僭越ながらアドバイスをさせてもらうよ、イキョウ。お前の先には失敗しか待って居ない、だったらこの子は早いうちに殺しておいたほうが良いぞ。どんな囮や人質でも、知れば知るほど殺し辛くなってしまうんだからな」


「アドバイスありがとよ。

 でも前に思ったんだ、この子が死ぬくらいならオレが代わりになれれば良いのにって。さっきさ、自分達の立ち位置を変えて戦う二人組みと戦ったような気がするんだよ。段々、何かが見えてきそうなんだ」


「お前の話を聞いても、俺には何も見えないよ。変わらない、同じだ。失敗する匂いを感じ取ってしまうんだ」


「きっと大丈夫。オレの仲間が言ったんだ。果ての未来にオレの願いを叶えてやるって。だからきっと、オレが失敗したってアイツがどうにかしてくれるよ」


「なんだその曖昧な言葉……。どうにかって……何も聞いて無いのか?」


「聞いてないよ? だってアイツは聞いたところで絶対に話さないもの。ずっと一生懸命に、オレの為にずっとずっとがんばってくれてるんだ、だったらオレだって信用するさ。アイツは本当に良い奴だから」


 その言葉を聞いて、キシウは呆れたような溜息を一つつく。


「お前はそうだった、バカだった。…………まあ、良いさ。バカなりに頑張ってみろ、俺が勝手に匂いを感じてるだけで、バカなお前にしか見つけられない方法ってのがあるのかもしれないからな」


 キシウはイキョウの仲間の言葉を信じては居なかった。見ず知らずの者が放った曖昧な言葉など、誰が信用できようか。そしてイキョウの言葉も信用しては居なかった。ただ、バカなりの方法で、どうにかできてしまうのかもしれないな、と思っただけ。


 しかしそれでも。


「ニコちゃん、私は帝国の隠れ刃が隠密部隊の一人だ。国の為に何人も人を殺して、家族のために平和な国を望んでいる。だから、君が世界のため、国のため、家族のために死ぬのなら、私はそれを是としよう。死ぬときに恨むなら是非君の死を願った私を恨んでくれ。そしてどうか、恨んでも良いから世界のために死んでくれ」


 言うべき事は言う。子供のように見えるからなんてのは関係ない。世界を揺るがした天使を相手に、キシウは言い放つ。


「アルフローレンは生者と私、どちらかが滅ぶことを是としてる。私が滅んでも、それは役割だから恨みは生まれない。……でも、ニコ、笑いたい。笑ってみたい。これ、なに?」


「…………イキョウ、この子の事なんて救わずに、アルフローレンのまま殺してやったほうが良かっただろう。この子にも、お前自身にも、残酷な事をしてるじゃないか」


「本当はそのはずだったんだよ。だってのにオレが変に関わっちまったからなぁ……」


「イキョウとお話してみたかった。お話したら色んな事が知れた。あれは、面白い、合ってる。ニコのイキョウとお話するの、好き、これも合ってる」


「そして今ではちゃくちゃくと色んな事を覚えてくれてるから嬉しくなっちゃうわけよ。な、ニコ」


「にこ」


「人を知らぬままか、人を知ってか、どちらが良かったのだろうな」


「どっちでもないさ。ニコは人を知って、そして生きる。そのためだったらオレはなんだってする」


「そう……か」


 キシウは思う。『だからお前は自分自身に残酷なことをしてるんだ』と。叶わない夢を追い続けて、そして失敗するのは、誰にだって残酷なことだろう。


 そうしてやがて、キシウは思う。これ以上、二人と関わってはいけないと。これ以上二人の事を見て、知って、関わってしまっては、自分が立ち直れなくなってしまいそうだったから。


 失敗したときのイキョウの姿を、死んでしまうニコの姿を、見てしまってはきっと自分は悲しんでしまうから。


 もしキシウがイキョウの立場に居たとして、世界のためには貴方の妻や娘が死ぬ必要があると言われて、そしたらイキョウのように足掻くだろう。可能性を求めて。しかしその手段がなかったら、自分は大切な者を追うように死を選らぶ。それが人間である証であり業でもあるのだから。


 見ていられない二人を、このまま見続けるわけには行かない。


 だからキシウは、騎手なりの敬礼を二人へ向ける。


「……すまないな、イキョウ。この度の運行はここまでが限界だ。ここから先は、二人で歩んでくれ」


「謝る必要なんてないさ。寧ろ、オレ達の正体に気付いてたのにここまで乗せてくれたこと、感謝してるよ」


「ありがと、キシウ」


「本当に……すまないな……」


 キシウはゴーグルを被り、その目をレンズの奥へと隠す。きっとそれは、悔しさとやるせなさを隠したくて。


「良いって良いって。

 じゃあキシウ、ゴンドラ降りろ」


「…………は?」


 その一言で、キシウのゴーグルはスッと上がった。自分が何を言われたのかが分からなくて。


「『は』じゃないんだけど。オレ達今急ぎなの。んで、運賃で白金貨渡したろ? じゃあお前が降りろ、オレとニコは空の旅続けるさ」


「じゃあじゃないんだが? 弊社ではワイバーン便の販売は一切行っておりません。騎手無しでの運行も認めておりません。というか良い感じの別れできそうだったのに何でお前そういうこと平気でするんだ!? そうだった、お前バカだった!!」


「はー!? オレは超論理的思考に基づいて根拠提示しました。情けで一旦下に下ろしてやっからはよ降りろボケ!!」


「情けというか今降りたら確実に死ぬから降ろすのは当然だ!! というかここの下森、王国領土のただの森!! 降りても近くに町ないんだぞ!! もうちょっと飛べば人気ひとけのある場所に出るから!! そこまでは送ってってやる!!」


「ひょー? らー……わー?」


「これは『わーきゃー』か『ぎゃーぎゃー』って言うんだぞ、ニコ」


「わーきゃー、覚えた」


「よし。

 ってか送ってってやるじゃねぇんだって、お前が降りろって言ってんだって!!」


 二人が言い争うなか、不意に外からノックするような音がゴンドラ内に響いた。


「ちょっと待ってろや!! こちとら取り込み中なんだよ!!」


「話し合いが終わるまで待ってくれ――――ん? ノック? ここ空だぞ」


「確かにそうじゃん。不思議なこともあるもんだなぁ……」


 喧嘩していた二人は、一旦言い会いする事をやめて窓の外へと目を向ける。するとそこには、全身スーツのようなアーマーを身に着けた者が、ゴンドラの屋根の縁を掴みながらぶら下がっている姿が見えた。


「なんすかアレ。メタルハーピー?」


「いやどう見たって羽がないだろう。……というか、あの鎧……富運のアヤセだ!!」


「なにそれ? 何の何?」


「教皇お抱えの十二祝福、その中でも双腕と呼ばれるロイエスとアヤセは教皇と国の守護を任され――」


 キシウが言葉を発する最中、アヤセと呼ばれる騎士はゴンドラの扉を引きちぎるように開けてきた。力任せに引きちぎられた扉は地上へと捨てられ、ゴンドラ内には強風が吹き荒れる。


 その風を物ともせず、アヤセは堂々たる立ち姿でゴンドラの内部へと足をつけた。その眼は、イキョウとニコを確実に捉えている。


「こりゃ不味いなぁ……狙いはオレ達のようだしなぁ……しゃーない」


 イキョウは長い間睨み合いを続けることよりも、動く事を選んだ。この場で戦ってはキシウが巻き込まれてしまうと悟って。


 だから即座にニコを抱えると、反対側の扉を蹴破り――。


「じゃあなキシウ、またニコに会えたら優しくしてやってくれ」


「またね、キシウ」


 ――一方的に別れを告げてゴンドラから飛び降り去った。


「待――」


 キシウはせめても最後に言葉をと口を動かすが、それを遮るようにアヤセが即座に目の前を横切り飛び降りていく。


 たった一瞬で取り残されてしまったキシウ。轟々と風が流れ込んでくるゴンドラ内は、たった一瞬で一人になってしまった。


「……急に降って現れたと思ったら、今度は急に降って去ってしまったな……。お前達なりに頑張れよ、イキョウ、ニコ」


 予定よりは少し早めの別れをしたキシウは、軽い身のこなしでゴンドラからワイバーンへと飛び移ると、行き先を変えて帝国に戻ろうとたずなを握った。


 ワイバーン達は心底ホッとした雰囲気を醸し出しながら、よろこんでこの場をすぐ離れるように翼をはためかせて、帝国を目指し空を去って行った。

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