14.かしてよ
「イキョウ、つんつん」
「…………」
ニコはイキョウをつつく。しかし、イキョウからの反応が一切無い。負傷した右手をダラリと垂らし、砕けた右手で亀裂の入った銃を持ったまま、ただただ立っているだけだった。
イキョウが呑んだ混沌は、奥底の何も無いイキョウだけがその虚無を持って支配している。世界のバグとも言えるその力は、到底人が操れるものでは無い。
イキョウがイキョウだけの混沌を使う際に何を消費しているのか。イキョウが人ならざる力を放った代償に、何を消耗したのか。
「キミの混沌はキミだけの混沌。ようやく分かれた、何度も視て知れた。怨嗟の声すら無い混沌、神殺しを望まない混沌、負の願いすらない混沌」
ニコは、天使は、本来の混沌というものを嫌う。混沌とは怨嗟、全てを壊そうとする力、そんな力に繁栄は無く、進化も無く、滅びヘと誘う破滅の力。そんな力は、神を生み出そうとする審判を否定するような力だ。
壊すだけを目的とした力は何も生み出さない。混沌は、神成る目的の妨げにしかならない。
だが、イキョウの混沌は違う。混沌にあるはずの怨嗟さえ無い、本当に何も無い力だった。何も無い虚無で相手を呑む力だった。それが、怨嗟の声すら呑み込むイキョウの混沌の本質だった。何も無い故に、怨嗟の声すら何も響かない。
「キミの力はキミだけのもの。特別なキミ、何にも成れないキミ、それでもニコに色んな事を教えてくれるキミ、ニコのイキョウ。戻るまで私が戦うね」
ニコは動かないイキョウの前に立つ。
イキョウは混沌を急激に使用した反動により、残り少ない上辺の人間性を消費して内部がぐちゃぐちゃに混ざっている。パソコンがロードや再起動を行うように、必死に残った少ない人間性を掻き集めてかすかに人である自分を揺り起こそうとしている。
イキョウは動けない訳では無い、動かないだけ。話せないわけでは無い、話さないだけ。人が止まってしまったからツンツンされても反応を返さない、言葉が止まってしまったから話しかけられても返答をしない。ここに居るのはただ生きてるだけの人形のようなものだった。
そのイキョウの前に立つニコ。その二人の前方に、影が降って現れる。
「おーおー健気だねぇ。バカに助けられた天使が、今度は何でか動かねぇバカを助けるってか。
今のアルフローレンからは何の力も感じねぇ。人間達はてめぇをここまで追い詰めたんだぜ。天使が突きつけてきた審判とか言うやつクリアしてやっから潔く死にやがれ」
ダグラスは背に携えていた大剣を片手に持ってアルフローレンへ刃先を向ける。
「こほ……先に待つ神も殺す。偉そうにしてるだけのヤツが一番嫌いなんだよ、死ねようぜぇ」
マクグリスは暗殺刀の小太刀を二本、逆手に持って構えた。
「私は視喪のアルフローレン、審判の抗いを見届ける者。審判の果てに、生者か私、朽ちることを是とする者。……でもニコ笑いたい、これ、なに?」
「『なに』が何を言いてぇのかわっかんねぇよ!!」
ニコが持った疑問。その答えが帰って来る事は無いまま、戦いは開始された。
豪快に走り出すダグラス。その背に一瞬触れ、隠れるようにマクグリスは姿勢を低くして、二人は接近を始めた。
このままいけばダグラスがニコに刃を振るうだろう。
「<魂の防壁>」
ニコは両手に弱弱しい力の盾を作り出す。円状に広がる波紋の盾で、ダグラスたちの攻撃を防ごうとしていた。しかしその力はあまりにも弱弱しい。ダグラスの重い一撃で割れてしまうようにしか見えないほどに、弱弱しい。
確実に殺せる。そう確信したダグラスは、両の手に込めていた力を更に込め、アルフローレンを一刀両断しようと大剣を掲げる。
豪快な走りと重い一撃の勢いが合わされば、地にクレーターを作るほどの強力な力がその叩き潰す剣には乗っていることだろう。
(天使っつー割りにこんなあっさりか) そんなあっけない思いと共にダグラスは剣を轟と振り下ろした。
振り下ろされた剣は天使を叩ききる。はずだった。縦に一刀両断する。はずだった。
――しかし直前、滑り込んできた何者かの腕にその剣はめり込む。
「……んだてめぇ……急に動くんじゃねぇよ」
「……」
ダグラスが見下ろす男。そいつは、グズグズになった隻腕を上げ、大剣を腕にめりこませながらその一撃を防いでいた。イキョウは羽織ったコートのおかげで腕は切れて居ない。元からグズグズだった腕が衝撃で更にぐちゃぐちゃになっただけ。
ただし、この男は何も喋らない。防いだ後も何もしない。ただここに、先ほどと変わらず立っているだけだった。
(なんだよあのバカ、死ねよ)
イキョウが防いだと同時にマクグリスはダグラスの背後から身を翻して飛び出していた。しかし、その姿は人の目には映らず、影さえ地面に映らない。マクグリスは完全に透明化し、気配を消していた。この状態のマクグリスを捕捉できるものなど居ない。
完全に姿を消したマクグリスは、手に持った小太刀を躊躇無くアルフローレンに付きたてようとする。
「なッ……!?」
しかしその刃は防がれる。透明化した刃は、突如動き出したイキョウの掌に刺さり、そのまま握りこまれて止められた。いくら動かそうとしてもびくともしないだろうと瞬時に悟ったマクグリスは、その小太刀を捨てて一旦飛び退く。追撃を警戒し、相手の間合いから離れる事を優先したため。
だが、イキョウはまたもや動かない。攻撃を防いだ後に、何をしようともしてこない。
「ニコのイキョウ、守ろうとしたら守ってくれた。これ、ありがと?」
「――――――――違うよ、こっちがありがとうなんだよ」
ようやく、イキョウが喋りだした。残り少ない人間性を掻き集め終わり、ようやく動き出した。
「こんなこと後何度も出来ることじゃないよ。奥義真似したら代償まで付いてきやがった。まぁ、後先考えなくても老い先は短いから良いか」
イキョウは話しながら掌に刺さった刀をマフラー越しに口に咥えて引き抜く。そして口から手に小太刀を移して、地面へと投げ捨てた。
その姿は、ダグラスとマクグリスの眼には戦いを始める者の姿には映って居ない。闘志も覇気も一切感じられず、敵意が自分達へ向けられることすらなかった。
「おいおいてめぇ、またおちょくってんのか? ずーっとヘラヘラナヨナヨしやがってよ、前に不意打ちで俺達に勝ったからって調子乗ってんじゃねぇぞ」
「んー……はい。ひさしぶり、元気?」
イライラと怒りを燻らせるダグラスへの返答は、ふざけたものだった。それが、余計に腹立たしくてダグラスを切れさせる。
「マクグリス聞こえてっかァ!! いつでも殺せるアルフローレンは後だ、まず邪魔なコイツぶっ殺すぞ!!」
ダグラスは透明化したマクグリスが何処に居るかなど分からない。故に大声を出して辺りに怒りの声をぶちまけた。その声に一つの咳が返事する。
了の返事が聞こえたダグラスはすぐさま剣を暴力的に降り始めた。
怒りと殺意を剣に乗せ、目の前のヘラヘラした態度の男を叩ききる為に、二度、三度、四度、五度、何回でも剣を降る。完全に透明化したマクグリスだって背後から接近し、静かな殺意を目の前の男にぶつけようとしていた。
――だというのに当たらない。一回も攻撃が掠りもしない。宙に飛び、体を捻り、身を翻して怒涛の攻撃を軽業のように避ける。
「オレ達次の町目指してんだよ」
「だから、なんだ、よ!! ヒラヒラ避けやがって鬱陶しい!! マクグリスサボってんじゃねぇぞ!!」
「黙れ脳筋、ダメだコイツ、透明化が効かない。察知や探知系の能力を使っているようだ」
ダグラスは傷がつかないイキョウを見て、マクグリスがサボってるものだと思っていた。しかし現実は違う、全てかわされていた。マクグリスは意味の無い透明化を解除して、その分の魔力を体に流す。
「セコい力使いやがって!! 小ざかしいてめぇにはお似合いだなァ!!」
ダグラスは力の剣を、マクグリスは技の小太刀を振るい、しかし当たらない。一切の攻撃が当たらない。
「チィッ!! マクグリス、俺にマーキングは!!」
「もう済んでいる」
「だったら今すぐアレやりやがれってんだ!!」
「俺に指図するな脳筋、腹が立つ」
「丁度良いからさ、お前等が乗ってきたワイバーン借りて良い?」
「緊迫感のねぇヤロウだな!! 始めるぞマクグリス!!」
ダグラスとマクグリスが口論する最中、イキョウは戦いの意思を見せないまま、日常会話をするように話しかけてくる。
そんな腑抜けた態度を切る為に、ダグラスは剣を振り続ける。しかしマクグリスは素早い剣技の中、空いた手で小さく指を鳴らすといった、攻撃にはなら無い行動を一度だけ行った。
イキョウの眼前ではダグラスが剣を横薙ぎに、背後ではマクグリスが小太刀を鋭く振るおうとしていた。しかし、小さな指鳴らしが音を立てた直後――二人の位置が入れ替わった。
イキョウの眼前ではマクグリスが小太刀を鋭く振るおうとし、背後ではダグラスが剣を横薙ぎに。
これが二人の連携攻撃。本来はマクグリスが透明化した状態で行う攻撃ではあるが、どちらにしろこの攻撃を捌ききれるものなど居ない。
生物は、体の大きさや動き、武器の間合いから攻撃を予測し、防御や回避を行う。相手がどう動いたらこの角度でこの間合いでこの速さで攻撃を行うと、瞬間瞬間に判断して、それに応じた体の動きを反射的に行う。戦いの中で観察し、動きを目で見て、次の相手の動きを予測する事が戦いの中では行われる。
その予測を利用したものがフェイントと呼ばれる行為であり、今二人が行った行為は戦いの中で相手の意表を最大限に付く戦術だった。
一瞬にして大柄な男と小柄な男、力の剣と技の刀、長い大剣と短い小太刀が全て入れ替わる。
普通の者なら予測が途切れ、意表を付かれて一撃を貰ってしまうだろう。不意に予測が狂わされてしまうことだろう。
ダグラスとマクグリスも確信があった。この戦術はモンスターや騎士、野盗、何者であろうとかわされた事は一度たりとも無い。
故に確実な一撃は必ず当たるものだと思っていた。
しかし――。
「ねぇ、借りて良い?」
――振った剣は軽くあしらわれるように簡単にかわされた。
あまりにも確実に当たると思い込んでいたため、剣が空を切った一瞬の間に、二人は何が起きたのかが理解できずに頭が真っ白になる。
この戦術を前に、確かに一度で仕留め切れないモンスターは居た。総魔の領域の変異種などは、初手では決めきれずに、しかし何度もこの位置入れ替えを駆使することで一方的になぶり殺せていた。単純だか確かな戦術だからこそ、強力なモンスター相手でも通用していた。だが、初手でかわされたことなど一度も無い。
この戦術が効かない相手とは、何も考えずに目だけで攻撃を全て見切ることが可能な者だけだ。しかしそんな命知らずで不可能な戦法が出来るものなど居ない。どれだけ眼がよくて回避が得意な者であろうと限界はある、戦いの経験や慣れで無意識で反射的な予測をしてしまう。
しかしイキョウは違った、何も考えて居ない男は、いつも目で見て全ての攻撃を回避している。そんな男にフェイントや刃を向けただけの当たらない脅しなど通じるはずが無い。
「ッ――まだまだぁぁあああ!!」
思考が止まっていた、逆に不意を付かれてしまった二人は、それでも再度掛かっていこうとする。一度目を外したから二度目も外すわけでは無い。機を見て再度今の技を使うつもりだ。
マクグリスは今度はイキョウにもマーキングをつけようとする。この位置入れ替えの本領は、相手も巻き込んだ立ち位置のシャッフルだ。それさえ出来れば――。
(――クソッ、マジで当たりやがらねぇ。どうなってんだコイツ!!)
――出来る訳も無い。攻撃を当てられない相手に手が触れることなどありえなかった。
「借りて良い? ねえ」
何度も何度も位置の入れ替えを行い不意を付いてくる二人の攻撃を、イキョウはヒラヒラと避けながら言葉を発する。
「てめぇさっきから気持ち悪ぃんだよ!! 戦ってんだから話しかけんなバカ!!」
「そっちが勝手にやってることでしょ。誰があんた等と戦いますなんて同意したんだよ」
「こほ……。話に成らないな、コイツから戦う意思感じねぇ。避けるだけで反撃すらしてこねぇ」
「できねぇんだろうよ、腕があんなんだからよォ!!」
イキョウの右腕は回避する度にブラブラと揺れ動いていて、体からぶら下がってるだけの物にしか見えない。たまに動いても指先だけがピクリと動くだけ。
ダグラスはその腕を、負傷している上に自分の一撃とマクグリスの刃を受けたから動かせないほど壊れていると思っている。というか、人として動いてはいけない領域の壊れ方をしている。腕や手に間接を感じず、うねるように揺れ動いていた。
「でさ、借りて良い? ワイバーン」
(腕……腕か。そこならマーキングを狙いやすい)
マクグリスは狙いどころを定める。攻撃だけをしていたときには狙い目になりえなかったボロボロの腕は、マーキングをつけるには十分の対象だった。
故にそれを狙って、空いた手を伸ばす。が。
動かないと思って狙った手は、蛇のようにうねって眼前まで迫ってくる。もやは人の動きではなかった。動くと思って居なかった。その手はマクグリスの不意を付いて、顔面を潰すように握りこむ。
「ぐぁぁああああああああああ!!」
頭蓋を潰される痛みを感じながら、マクグリスの体は持ち上げられて振り回された。
「ガッ――――!!」
イキョウは手に握ったマクグリスを振り回し、ダグラスの剣へとぶち当てる。幸いなのは、ダグラスもイキョウの腕が動いたことに不意を付かれて剣を振ることへ全力を注げなかったことだろう。そのおかげで、マクグリスの胴体にはダグラスの剣がめりこむだけで終わり、断裂されずに済んだ。
「てめッ――!! 人質のつもりか!!」
ダグラスは叫ぶ。このままマクグリスを人質に、卑怯な交渉をされるものだと思って。
だが違った。イキョウは握っていたマクグリスを離して、地面に落とす。落とされたマクグリスは、肋骨と内臓の負傷により動く事が出来ず、傷口を抑えながら血を吐いて呻くだけだった。その身の下に、血が流れ落ちて溜まりを作る。
「これ死んじゃうよ。お前のせいで死んじゃうよ? ワイバーン貸してよ」
「ハッ、ワイバーン貸したら治しますよってか? 帝国軍人は総魔の領域で鍛えられてんだよ、死を恐れる軟弱な奴なんて何処にもいやしねぇ」
「こほ……ゴホォ!! ……ダグラス……コイツ殺せ……うぜぇから殺せ……」
「オレは殺そうとしてない、あんたが間違って殺そうとしただけ。オレは話を聞いて欲しいから動きを止めただけ。もちろんあんたもね」
そう言うと、先ほどまでぴくぴくと動いてなかったイキョウの指が、はっきりと動いた。手を軽く上げ、人差し指を軽く曲げる。
それだけで――。
「ァ……?」
ダグラスの鎧に亀裂が走り、その亀裂に沿うように体にも大量の切り傷が生まれた。
その傷は体の機能に損傷を与えて、ダグラスを地面へと倒れこませる。
「て……めぇ、今、一瞬で、何、しやがった……」
ダグラスは地面に伏したまま、息も絶え絶えにイキョウを睨む。自らの体に傷を付けられたというのに、自分が何をされたのかが理解できなかった。
「一瞬じゃないよ。ずっと切ってたよ。あんたの体がようやく切られたことに気付いただけ。どう? 面白いでしょ、オレの目ってこんな事もできちゃうんだ」
「ごほ……なんだこのバカ……何が面白いんだ……死ねよ」
「あんたらが滑稽だから面白いってことなんじゃない? 戦い戦いって言ってたけど、オレとあんたらじゃ勝負にすらならないから。一方的に張り切るあんたらが面白かったのかもしれない」
「こほ、目の話しじゃ……ねぇのかよ」
「……ダメだ、話、繋がんねぇ、言ってる、意味がわからねぇ……コイツ、ぶっ壊れてんじゃ、ねぇ、か?」
「ようやく会話が出来るね。次の町まででいいからワイバーン貸してよ」
「ッざけんな、ボケ。死んだって、てめぇに、貸すもんかよ」
「あぁ、このままだとそっちの奴死んじまうよな」
「こほ……は? いや、ま、まて、何する――」
脈絡もなく動き始めたイキョウは何を考えてるのか、マクグリスの側にしゃがみこむと、大きく開いた傷口に手を入れて体内を弄りだした。
「――――――――ァァァァァぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
マクグリスは拷問には慣れている。しかし流石に、体内をかき回される拷問はされた事が無い。喉が裂けるほどの絶叫を辺りに響かせ、声を上げるたびに体に痛みが走るが、それすら忘れたくて声を出す。
その姿が、ダグラスは恐ろしかった。もちろん、いつも静かで冷酷なマクグリスが我を忘れるような大声を出している姿もそうだが、何より平気で人の体に手を入れて弄繰り回し、ただひたすらに平然としている男が恐ろしい。やっている事が恐ろしいのではない、何を考えているのかが分からない気持ち悪さと不気味さが恐ろしい。
何故ここまでして殺そうとし無いのかが分からない。生かそうとしているのかが分からない。その生かし方が義務的で、生きていれさえいれば良いとしか思って居ないのが気持ち悪い。肉塊にしても生きてすれさえいれば良いとしか思って居ないようで。人はそこまで、生死に無感情にはなれないのだから。
その恐れるダグラスの前で、マクグリスは骨を弄られ、内臓を掴まれ、損傷部位を繋げ合わせて最後に傷口を縫合をされる。ただしその処置は死なないだけの、体への負担や痛みを無視した一方的な治療だった。
「これで応急処置は完了。後は教会で治療と<浄化>の魔法使ってもらって。で、話戻すけど、あんたらが邪魔するせいでオレ達は道草を食うハメになったわけ。でもワイバーン貸してくれたらそのロスもペイできるから、貸してくれれば万々歳」
イキョウは、荒い息を吐いて横たわるマクグリスの側から立ち、言葉を発する。
「道草って、てめぇ……俺達はてめぇ等を殺しに、来たんだぜ。分かってんのかチクショウ」
「あんたら程度に殺される訳ないでしょ。勝手に張り切るのは良いけど自分の実力考えてくれ」
「やっぱ……てめぇ、うぜぇよ……きもちわりぃ、気に入らねぇ……」
「別にそれで良いよ、誰とでも分かり合おうだなんて思ってないから。もう良いでしょ、ワイバーン貸してよ」
「ケッ……。勝手にしやがれ、どうせてめぇみてぇな筋の通ってないガキに出来ることなんざありゃしねぇよ、人として終わってる気持ち悪ぃクソガキが」
血を流すダグラスの意識は、段々と遠のいていく。それは敗北、自分が負けたということ。実力の差は理解した、目の前の男の気持ち悪さを知った、しかしそれでもぶっ殺したいという気持ちは変わらない。負けても尚、殺してやりたいという思いは募るばかりで消えやしない。
「お、貸してくれるんだ。ありがと」
遠のく意識の中捨て台詞を吐いたと言うのに、相手からはズレた感謝が帰ってきた。それがまたムカついて気持ち悪くて、やっぱりぶっ殺したいと思いながら意識を手放した。
コレにて戦いは終幕。地面には切り刻まれたダグラスと、体内を弄繰り回されたマクグリスの二人が横たわり、静かな岩肌の平原へと戻る。ニコはイキョウのほうへとトテトテ小走りに近付き、イキョウも上空で待機しているワイバーンを地面に降ろそうとしていた。
しかし、静かな平原に、一つの声が響く。その声は、ダグラスの鎧から零れ落ちた一つの水晶からだった。
「こちらハインツだよ。すまないねダグラス、発射の余波で全員気絶しててさァ!! で、どう? あのバカ死んだ? そりゃ死ぬよね、あんな強力なエネルギーで、しかも反動で砲台ごと消滅するくらいのものぶっぱなしたんだもん!!」
「わーっはっは!! 折角復元したというのに塵一つ残って無いわい!! 古代の先人は恐ろしい物を生み出したのう!!」
「あ、もしもし。お前等か、あんなもんを家のニコに向けやがったの」
イキョウが水晶を手に取り返答をしたところ、急にあちら側の騒がしい声達がぴたりとやんだ。
「…………。こちらハインツ、そちらダグラスだよね?」
「始めましてクソ共、こちらイキョウだ。砲台ぶっ壊されたくらいで帳消しになるだなんて思うなよ、後でそっち向かうから覚悟しておけ。あと空でわちゃわちゃしてるワイバーン部隊全員下がらせろ、邪魔だ」
イキョウの言ったワイバーン部隊は、古代兵器を凌ぎ、ダグラスとマクグリスを倒したイキョウを見て恐怖と混乱が巻き起こっていた。
ワイバーンですら混乱して、騎士達の言う事を聞こうとはしない。その場で旋回してどうすれば良いのか分からなくなるほど混乱している。
「…………あ……古代兵器って自壊したんじゃなくて君が壊したんだ……。あの、本当に申し訳ない。試運転しようとしたら偶然着弾地に君達が居てしまった。本当に申し訳ない、謝るからどうかこちらには来ないでくれ。あとその水晶ダグラスに返して」
「どっちが何か知らないけど、二人共倒れてるから返せない。そして行くから待ってろ」
「あ……負けたんだ……。はい、了解しました。出来るだけゆっくりで良いから時間かけてきてください」
「逃げるなよ」
「…………はい」
意気消沈した声を最後に、通話は終わる。
その終了を持って、側に来たニコはイキョウへと声を掛けた。
「キミ、怒ってる?」
「怒ってないよ。ただ、ニコが危険に晒されたのが嫌だなぁって、今後こんなこと無いようにしないとなぁって思ったの。それよりニコはどう? あんなことされたんだから仕返しする?」
「仕返し、より、キミと空の旅したい。キミと一緒は何でも楽しい」
「そっかぁ……じゃあいいや、あいつ等のところ寄らずにそのままアステル目指しちゃおう」
「目指しちゃおう。……少し眠い」
「良いよ、ゆっくりおやすみ」
その後イキョウは、乗り手であり主を失って混乱しているワイバーンを二頭、眼で『降りて来い』と命令して地面に下ろし、片方は倒れている二人を軍人達の下めで運ばせる命令をだし、もう片方にニコと乗り込んで次の街を目指した。
ハインツとゲールは、何時来るかも分からない恐ろしい存在に怯え続け、城で絶望した顔で震えながら来ない恐怖をずっと待ち続ける事となった。




