13.――見つけたのじゃ
法国にある聖城。その王室にて、法王でもあり宗教神でもあるダキュースは、天蓋の奥で耳を小刻みに動かす。
「――見つけたのじゃ」
その言葉に、天蓋の前で待機していた忠臣達はすぐさま反応し、次なる言葉を無言で求めた。
ダキュースは何を見つけたのか。それは、各国の合意を得てこの大陸全土に張り巡らせた、たった二人を見つけるための大結界に掛かった反応だ。歪なる混沌を孕んだ男と、人ならざる在りかたをしている少女を、ダキュースはようやく捕らえた。
「位置を知らせる、連合騎士団に通達せい。
ワッチもでるのじゃ、法王の右腕、法王の左腕、付いて参れ」
「ハッ!!」
「御意」
ダキュースは待機していた者達に命令を出す。
そして、法王の双腕と呼ばれる、長く薄い金色の髪の女性<恋運のロイエス>と全身スーツのようなアーマーを身に着けた女性<冨運のアヤセ>はダキュースの言葉にしかと返事を返し、立ち上がる。
* * *
ダキュースによって二人の居場所は突き止められた。
各国はその情報を待っていたと言わんばかりに動き出す。
クライエン王国では王とキアルが、街を見下ろしながら言葉を交わしていた。
「まったく……。ちょっと前に一緒に酒呑んだ仲だってのに、急に世界の敵になっちゃうんだからイキョウはホント良くわかんないよ」
「……。余はこの国の王。お前は余に仕える国の守護者だ。そこは違えるでないぞ」
「そんなこと分かってますよ。アイツは死ぬまでアルフローレンを絶対に守るでしょう、あのバカを殺さなきゃ絶対に刃はアルフローレンに届きやしないんです。今度は殺す気で戦うんじゃなくて殺すために戦いますよ。……でもまぁ、話し合いで解決できたら……って思っちゃうんですからやってられないよ」
「今の余は王である、この国の為に切り捨てなければならぬものは切り捨てる。であれば余に仕える貴様も切り捨てい」
「りょーかいですよ。流石に甘い考えで救いたい者全部救えるなんて思ってませんからね、どっかのバカと違って。……因みにギルとしてはどうなの?」
「……国を救ってもらった恩を仇で返すのは……いささか心が痛むの……」
「だよねー。いっそのこと、イキョウが極悪人だったらどれほど良かったことやら」
「それにの……我が娘の思い人の親友を殺すとなると……」
「あー……ねぇ……娘問題は分かるよギル……。俺なんて娘の思い人を直接よ……」
「「嫌われたらやだな……どーにか話し合いで解決しないかなぁ……」」
父親として項垂れる二人。しかし、王と騎士の心にある『イキョウとアルフローレンを殺す』という意思には変わりは無い。第一に優先すべきはこの国の未来なのだから。
* * *
コーマ帝国では、皇帝執務室でハインツ、ダグラス、マクグリス、ゲールが顔を付き合わせていた。
「ゲール、例の研究は――」
「ようやく終わりましたわい。復元、並びに試運転も済んでおる。古代兵器<覇導砲>はいつでもどこでも撃てますわい」
ゲールが古くから着手していた研究。それは、総魔の領域で発見され城に持ち帰られた巨大な砲。
その存在はどの文献にも乗っておらず、口伝すら存在しない兵器は、状態から見て遥か昔に作られた兵器だということしか分からなかった。それをゲールは一から解明し、そしてついに修復を完了させるまでに至った。
そんな事が可能なのは、開発のスペシャリストであるゲールだけだ。加えて、総魔の領域と帝国内の不穏分子問題が同時期に片付き、研究に没頭する時間が増えたことも起因している。
「本当かい!? よし、これでようやくアイツに仕返しできる。早く撃ってしまおう、そして殺してしまおう。素晴らしいね、憎きあのバカと天使を殺したとあれば帝国の地位は他国を大きく追い抜くよ。私の国の未来は今まで以上に磐石となる。
ダキュース殿に連絡してあのクソバカの詳細な位置を教えて貰って。ダグラス達は一応現場に急行、私はゲールと一緒にこの城からあのクソバカに<覇導砲>ぶっぱなすから。巻き込まれないよう気をつけてね」
「了解ですよハインツさま。失敗したときは任せてください、俺達だって前に不意打ちでコテンパンにされた事忘れてませんから」
「こほ……関わりたくねぇ……どっかで死んどけよ」
覇導砲は、事前にゲールが部下達に命令して城の背後にそびえる山へ移動させていた。そこへ向かう為に、ハインツは浮き足立って執務室を出て行き、ゲールはその背後に付いて歩いていく。
「マクグリス、今回はアレやるぜアレ。絶対不可避の連携攻撃だ」
「こは……はぁ……。お前と手を組まされるハメになんのもあのバカのせいか。死ねよ、天使も死ね」
ダグラスとマクグリスは、皇帝の命に従い動き出す。もちろん、二人を始末するために。
* * *
「のらり、くらり、のらのらり」
「のらのら~。ってしてたいけど、そろそろ急ごうか。次の町にはワイバーン便の発着場があるらしいから、そこからは空の旅だ」
コーマ帝国の領土内にある火山地帯。一部の活火山からマグマの紅い輝きと煙が見える岩肌の平原を、二人はゆっくりと歩いていた。
「空の旅、タラウィムの翼と一緒?」
「あー……うん。そうそう、それと一緒」
「イキョウ、あれ、煙。温泉と同じ、もくもく。マグマ、お鍋と一緒、ぐつぐつ」
「お、良いね。それは本当に合ってるよ。ニコも段々言葉を覚えてきたなぁ」
「キミが教えてくれた。にこ」
二人は歩く。ニコはまるで観光をしているかのように、ゆっくり、しっかり、周りの景色を目に写して。イキョウは景色をニコに見せてあげたくて。
* * *
岩肌の平原を歩くイキョウとニコ。その二人の姿を、遠く空から見ている者たちが居た。
「こちらダグラス。ようやく眼で見える距離まで近付きましたぜ」
ダグラス、マクグリス、および帝国軍のワイバーン部隊は双眼鏡越しに遠く二人の姿をその眼で捉える。
ダグラスは片手で双眼鏡を、もう片方の手には水晶を持っていた。その水晶から、ハインツの声が聞こえてくる。
「しっかりと実況してね。あのクソバカが死ぬ姿を見れない分、ダグラスの報告で楽しませてもらうからさ」
「りょーかいです。そっちの準備は万全ですかい? 一回発射すると魔力の再充填に三日は掛かるらしいじゃないですか」
「わーっはっは!! ワシを誰だと思ってるんじゃい!! 外すわけ無かろう、ましてや避けられることなどありえんわ!!」
「だってさ。再度確認するけど、君達覇導砲の射線には入ってないよね」
「もちろんですよ、吹っ飛ばされたら誰が報告するってんですか」
「よしよし、じゃあもう殺っちゃおうか。覇導砲、用意!!」
皇帝の号令を最後に、通信は切れた。否、切れたというよりは覇導砲に込められた魔力の渦があまりにも強力で、水晶の通信効果に影響を及ぼした故に切れてしまったと言う方が正しい。
「これじゃぁ……実況できないじゃないですかい……」
ダグラスやマクグリスは冷や汗を垂らしながら体に鳥肌を立たせる。帝国城からは遠く離れているというのに、そちらの方向から莫大な魔力の存在感を感じてしまった為。




