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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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08.クラーケンなの! わーーー!

 大陸最西端にある港町。漁業と交易が盛んな町からは、一隻の船がコーマ帝国の港町を目指して就航していた。


 白い大きな帆と木製の巨大な船体、何十のもの砲門が海を向くこの大型の帆船は名をウェシンドと言い、コーマ帝国と主に取引をする交易船だ。


 その帆船のマストに腰を掛け、少女を抱きながら潮風を浴びるものが居た。その者は、帆に風を流して、海に船を走らせる。


「おーいあんちゃんたち!! 風ありがとな!!」


 その男へ、マストのテッペンで見張りをしている船員が声を掛けた。


「良いってことよ」


「ことよー」


 その声へ、帽子の男は少女と共に、風の魔法で勢いを増した潮風を浴びながら言葉を返す。


 この世界では海運業を営む者にとって風魔法と水魔法を使える者の存在はありがたく、船を長時間動かせるほどの魔法使いはただで乗船させるほど、寧ろ頼み込んででも乗船して欲しいほどには重宝されている。


 この交易船を男と少女が尋ねてきたのは明朝、出航前のことだった。


 街には騎士や衛兵、冒険者達が空気を張り詰めさせながらとある二人組みを探し、船員達も出向前の準備で忙しなく動いてたところに、二人がふらりと現れた。


 聞けば大陸間の移動をしたいらしく、港町から出ている船の中でも、一番航海日数が短い船を捜してるとのことだったので、それに丁度該当するこの船に、二人を乗せることにした。


 二人が名を名乗ることは無かったが、そして町に出回ってる指名手配犯と天使の情報にそっくりな二人だったが、まさか騎士や衛兵、冒険者達が眼を見晴らせている町で見回るもの達から一つの声も掛けられず、堂々と姿を現しながら声を掛けてくるような人物が件の二人なわけがないだろう。


 何より二人から悪意めいたモノは一切感じず、二人は仲睦まじそうに手を繋いだり、会話したり、抱っこしてたりしたから、とっても穏やかそうに見えたから。


「いやぁー、今日は船の進みがはえーから風乗ってるなっては思ってたけど、まさかあんちゃんが魔法使ってくれてたなんてな。風魔法使えるなら最初から言ってくれよ」


 見張り台に立つ男が言うように、本日は船の進みがとても良い。予定では五日掛かる航海が、たったの二日で済みそうになるほどだ。


 出航してすぐ、船員達は違和感を覚えた。風や海の調子の割りに、船の乗りが良いと。


 普段と変わらないはずなのに、何が違うのかを探し、周りを見ればいつの間にかあの二人がマストに座っていた。聞けば少し急いでるから風を流していると言われ、そこであの男が魔法を使える事を知った。


 現在マストに座っている二人の下を通る者達は、必ずと言って良いほど声かけや手を振ってくる。その者達へ、少女だけは返事や手の振りを返していた。その少女を抱える男は、片方しかない腕で少女を支えているからか、それとも元から返す気が無いのか、船員達に反応を返すことはしない。


「良い景色を見たかったからここに座って、暇つぶしで前にこの子と船旅をしたときに風魔法使ってる奴居たから真似しようって思っただけ。まさかこんなにありがたがられるとは思わなかった」


「海風と波を表す風魔法と水魔法を使える奴が乗ってくれるだけで縁起もん、船を進ませてくれるならそらもう拝みもん。これが船乗り達の常識なんだぜ。海は何時だって何が起こるかわからねぇ、だから俺達は縁起を担いで、船に祈るんだ。航海の安全をな」


「なるほどね。オレには分かんないや」


「はっはー!! 良いのさ良いのさ、船に祈るのは船乗りだけだ。乗客は俺達を信じてくれりゃ安全に送り届けてやれるってもんよ」


「とりあえず良い感じによろしく。世界が終わるってときに船走らすとか正気の沙汰じゃない気もするけどね」


「そら天使を倒せなかったときの話だろ? 全世界の奴等が血眼になって探してんだ。見つからねぇわけねぇし、倒せねぇわけもねぇ。俺達の国、ニグレイオトヌス国だって最大戦力の豪傑十人集が動いてるって話しでぇ、しかもあっちの大陸じゃキアルロッド様や教皇様、血も涙もねぇ帝国まで動いてるとありゃ天使と裏切り者には同情しかしねぇよ。

 はっはー!! たらればでクヨクヨしたって明日は来る、世界は続く、飯や着る物が必要になる。そんトキのために俺達船乗りは物資を運ぶのよ」


「良く言えば前向き、悪く言えば能天気だね」


「前向かなきゃ船は正しく進めねぇ、天気は晴れてる方が良い。船乗りにとっちゃ今のはどっちも褒め言葉だ。あんちゃんも騎士様達や冒険者の野郎共信じてどっしり腰据えてた方が良いぜ、そのマストから落ちないようにな。な? 譲ちゃん」


 見張り台の男はそう言うと、手を振りながら少女に声を掛ける。対して少女もその声に反応して、見上げながら手を振り替えした後、両手で口角を上げて笑顔を作った。


「お人形さんみてぇな子でぇ」


「人形、褒め言葉?」


「そらそうよ。ちっせくて綺麗で可愛いって褒めてんだ」


「褒められた、ありがと。にこ」


「俺も真似してみっかね、にこぉ。あんちゃんもやらんかい?」


 見張り台の男は少女の真似をして口角を上げながら、何気なくマストの男に話しかける。


「御生憎様、この子を抑えてて手が空いてないもんでね」


「キミ、にこ」


 膝に座る少女は、男の言葉を聞くとマフラー越しに指を顔に当てて、自分の笑顔をさせてあげようとした。


「そこね……鼻。鼻の穴が伸びちゃってる」


「鼻の穴、にこ?」


「どっちかっていうとふがって感じ」


「にこー」


「可愛い可愛い」


「はっはー!! お前さん等仲睦まじいねぇ、べったべたで視てるこっちがむず痒くなっちまう。新婚さんか? それともまだ恋人同士か?」


「んー……オレ達の関係ってなんでしょね。別に恋仲って訳じゃないよ、一緒に居たいから一緒に居るだけ」


「キミと同じ。一緒に居たいから居る」


 男はのらりくらりと、少女はしっかりと、言葉を返した。


「そりゃもう恋仲なんじゃねぇのか……? 若ぇ奴等は進んでるな……。俺がまだ若かった頃はよぉ――」


「昔話も良いけどさ、ちょっとアレ見てアレ」


「――お? どうした」


 見張り台に立つ船員が身の上話をしようとしたとき、その話は遮られた。話を遮った主は座ったままの方向、船の後方ではなく首を横に向けて顎でそちらを指していたため、船員もそれに応じて目を向ける。……が、特に海の様子に何か変わりがある訳では無かった。だが一応と、持っていた単眼鏡を右目に付け、海の様子、波の様子、水平線、全てを見るが、特に何も無い。


「なんにもねぇけど……なんか見つけたのか?」


「見つけたってか、あの遠くの海の色が若干変わってるからさ。水中深くになんかすげぇでけぇの居るっぽいけど大丈夫かなって」


「はぁ? んなわけ……」


 船員は男に言われた言葉に半信半疑になりながらも、もう一度単眼鏡で海を舐めるように見る。眉を潜め、じっくり、じっくりと――。


 ここらの海域は航路に選ばれるくらいには一定の安全は確保されている。ただ、あくまで一定の、だ。必ず沈没したり行方不明になったりせず、気候がそれほど荒れ狂う訳では無いという程度の安全。海に絶対的な安全はない、沿岸部における相対的な安全しかない。


 故にこの船にも砲門や戦闘員、悪天候に対する備え、遭難時における蓄えなど、緊急時における事前の準備がなされていた。


 船員達だってノウノウと積荷や人を運んで居る訳では無い。経験と知恵でこの船を動かして、海を見て、風を読んで、波を読んでいる。


 見張り台の男だって海に慣れている。船乗りである自分が、一般人に出し抜かれるほど目は曇っちゃいないと思いながら、単眼鏡を付けては外し、何度も何度も海を見て――そうしている内に、ようやく船員が気付けるほどに、海の様子がほんの些細だが変わった。だが、事前に言われていなければ、船乗りであろうと気づけないほどの些細な変化だ。


 深い水中から巨大な影が、巨大ゆえにゆっくりと見え、しかし確実に船へ近づいて来る。波を立てずに、静かに、海の中を鋭く近づいて来る。


「不味い――!!」


 船員の男は影の正体は見て居ない。しかし、影の動きとその巨大さに似合わない静けさから、何が近付いてきたかをすぐさま理解する。


 焦り顔の船員はすぐさま行動を起こし、木槌で鐘を大きく鳴らす。そしてその鐘の音に負けないくらいの大声で――。


「野郎共、北東にクラーケンの影だ!! さっさと砲に弾込めやがれェ!!」


 ――影の正体であるモンスターの名前を告げる。


 甲板で作業をしていた船員達は、鐘の音とその声を聞いて、青ざめた顔と焦り声を同時に出す。が、困惑している時間は無いとすぐに行動を始めた。


 甲板から船内に伝令を、操舵以外の全ての仕事を止め戦闘体勢へ。乗船していた数人の商人すら、事の重大さに大砲の装填へ手を貸すほどに、船全体が慌しく動き始めた。


「感謝するぜあんちゃん、まさかこんな早くクラ公見つけられるなんてな」


「クラ公?」


「くらこー」


「クラーケンのことよ。奴等頭が良いからよ、船にうめぇもん積んであるって知ってやがんだ。図体がデケー分船程度の量じゃたりねーが味は求めてきやがる、海の中で飯食って船はデザートみてぇなもんよ。アイツ等に沈められた船は数知れねぇ。だがよ、頭が良いから慎重でもあるのよな。

 あいつ等は賢いし強ぇ、けどよ、人間様にはもっと賢い知恵ってもんがある。倒せなくても思いっきり驚かせてやりゃぁ撃退は可能だ。驚かせる暇があるなら、の話だけどよ。だから感謝してるぜ、あんちゃん」


「はいよ。それで驚かせる手段って何」


「対クラ公用爆振砲弾だ、水んなかで爆ぜた後に水柱とすんげぇ振動を起こしてクラ公をビビらせちまえばアイツ等は逃げていく。――野郎共!! 砲の準備は良いかァ!!」


「万全に決まってんだろタコ!! 撃てる距離まで近付いたらさっさと教えろ!!」


 見張り台の男の下へ、甲板からの声が次々と上がる。


「すげぇぜ、万全の状態でクラ公相手に出来るとかそうそうあるもんじゃねぇぞ。こらぁクラ公に一泡拭かせられるかもしれねぇな」


「くらこー、あわあわするの? お風呂?」


「はっはー!! ちげぇちげぇ、いっつも俺達が航海でビビらされてる分仕返しできるかもってことよ。討伐できりゃぁ良いんだろうがよ、それが叶わねぇから思いっきりビビらせてやんのさ。

 よしよし、引き付けて引き付けて――あ?」


 見張り台で水中の影に眼を向けていた男は、何かに気付いて声を上げる。


 船へ接近する影、水中に潜む影。その影が、大きく広がる。まるで、水中に黒い何かが広がったように。


「クソッ!! 野郎墨吐きやがった!! イカの癖に学習してやがる!!」


 水中の影は、その動きに合わせるように断続的に墨を吐いて、姿を捉えさせまいとばかりに船へと接近していた。


「くらこー賢い」


「そう? イカよりオレの方が賢いけど?」


「キミ、偉い偉い。なでなで、好き、なでなで、する」


「いやべたべたしてんなあんちゃん達……」


「おいタコ!! アレどう狙うってんだ!!とりあえずバカスカ撃った方良いんじゃねぇか!?」


「良い訳ねぇだろが!! 弾に限りがあんだろがぁ!! 一旦牽制で一陣撃つぞ!! 砲撃開始!!」


 イレギュラーの事態であれど、見張り台の男の声と共に、装填された弾が砲門から発射される。


 船体が揺れる程の衝撃と轟音を上げた一斉射撃は、対クラーケン用爆振砲弾を海に放ち、衝撃を持って撃退をしようとする……が。


「ダメだ!! クラ公の野郎潜りやがった!! 本格的に学習してやがる!! 相手はタダのクラ公じゃねぇ、歴戦のクラ公だ!! ただ撃つだけじゃ意味ねぇぞ!!」


 見張り台の男の言葉で、船員達は皆青ざめる。クラーケンを相手にして頼れる武装と言ったらあの砲弾しかない。それが意味を成さなければ、この船は終わりだ。もし船体に張り付かれれば、その時は成す術など一つも無い。クラーケンは撃退する手段はあっても、倒す手段など持ち合わせては居ない。


 純粋な力比べになったそのときは、どう足掻いてもクラーケンに勝てる手段などこの船には無いのだから。


 今やそのクラーケンは海中に潜り海にひそんだ。人の目では捕らえる事が出来ず、海にあるのは撹乱の為の墨の影だけ。


 砲撃による波と墨による海の眩みは、クラーケンの姿を隠す。そして、クラーケン自体も海へ深く潜ったため、見張り台、甲板、舷窓から捕捉する事が出来ない。


「やべーぞ!! 下に潜り込まれたら打つ手がねぇ!!」


「可能な限り砲門を下げろ!! 装填が終わったら一斉射撃だ!!」


「んなことしたら船バラバラになっちまうよ!!」


 甲板や船内からはあれやこれやとどうするべきかの怒号が飛び交う。


「あんちゃん、もっと船の速度あげれねぇか!? クラ公をぶっちぎる速さでよ!!」


「今はもう無理。この風が精一杯」


「ああもうどうすりゃ良いってんだ、討伐なんて無理だぜチクショウ!! おい野郎共!! 船長なんて言ってやがる!!」


「あんだけの積荷投げる時間ねぇから火薬樽投げてでも撃退しろってよ!! 最悪食われる前に木片に掴れってさ!!」


「船壊されること前程じゃねぇか!?」


「そりゃそうだろ!! クラーケンに勝てるわけねぇんだから!!」


 歴戦のクラーケンを見失った船員達は声を荒げて会話する。討伐することなんてありえなく、船に張り付かれたら沈没することは確定なこの状況で、打開する術など一つとして持ち合わせて居ない。


 マストに座る男が風を起こしているため船が止まる事は無いが、クラーケンに張り付かれれば船は海に縫い付けられることだろう。そして沈むことなど分かりきっていることだ。


 クラーケンの速度は船よりも速い。そして乗船している者達はその姿を見失った。


 だとすれば、起こる事など決まりきっている。


 船ががくんと揺れ、その衝撃の後に動きが止まる。慣性を失った船は固定された積荷や人が大きく揺れ、振り落とされないように近くの支えられるものに掴り、その身が海に落とされないように踏ん張り自らの体を守った。ただし、マストに座っている二人は、ただ何も変わらずに二人で暢気に座り続けている。


「不味いぞ!! 船底に張り付かれた!!」


「四の五の言ってらんねぇって!! 船バラバラになっても良いから砲弾と火薬樽落とせ!! 手が空いてる奴は商人と乗客をボートに――」


「待て!! 攻撃するな、見ろ!!」


 船体に這う触手、伸びる触手、そして海から現れる胴体。


 水面を持ち上げ、大量の水が流れ落ちる中、現れ出でる巨大なクラーケンの胴体、数多の戦場を思わせる古傷だらけの体。その体は、この大型の帆船に引けを取らんばかりの巨大さを、一匹の生き物が誇っていた。そしてその巨体に見合う巨大な触手は船体へ絡みつくものの他に、二本が胴体の両脇に、その手に絡め取る者を見せ付けるように船員達へとかざされていた。


 そんな事をされれば、船員達の目には必然的に映るものがある。……巨大な触手に絡め取られて目を回している、小さな海の民達の姿が。


「わ゛ーーーー!!」


「なのーーーー!!」


「大変だ!! マーメイドとスキュラが捕らえられてる!!」

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