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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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05.どう、だって、どーでも

 村の朝は早い。起きたらまず、畑の様子を確認して害獣に荒らされて居ないかを確認する必要があった。


 それは村長も同じで、本日は娘のルボロと共に、自分の畑を、そして村の畑を確認して、その眼で村の平穏を確認する。


「良いかい? ルボロ。ウキヨ君は超が付くほどの優良物件だ。落とすに値するし、私も息子として迎え入れたい。だからね、こう、今日は朝から家に呼んで酒盛りをするから酔っ払ったところを、こう……ね? 既成事実ゲットだ」


「急に起こされて畑の見回りさせられたと思ったら……今度は何? ぱぱ。娘にしていい話じゃないと思うよ?」


「ウキヨ君、欲しくないかい?」


「…………ぱぱ。私の部屋、来ちゃダメだからね……?」


「はっはっは!! コレは将来が楽しみ……おや? なんだろう」


 話の途中、村長は村のとある異変に気付く。


 簡易的な木の柵に囲まれた村。外から伸びる村への道、その道には普段なら見ることの無い、馬と騎士の行列が出来ていた。


 何事かと思い、村の代表である村長は足早に駆けて行き、息を切らしながらその列へと急いで向かう。


 税の徴収は、時期的にまだ先のはず。それに、コレほどまでの人数の騎士が村に訪れるなどただ事ではなかった。


 息を切らして走った村長、並びにルボロは、ゼイゼイと呼吸をしながらも騎士の下へ赴き、事情を尋ねる。


「これは一体……何事でしょうか」


「事情は後だ。村長を呼んで来い」


 鋼の甲冑に身を包んだ騎士は、馬上から高圧的に、ピリついた空気を放ちながら言葉を言い放った。


 焦りにも似た威圧感を放つ騎士達の言葉に村長はすぐさま名乗りをあげ、自らがこの村の長だと主張する。もし騎士達の空気を遮って事情を聞こうものなら、その時は叩ききられてしまうとしか思えなかったから。


 騎士達は村長である人物を確認すると、すぐさま村人全員を集めろと命令をした。村長は元より、騎士様に逆らう気などない。しかし、このときは逆らってはいけないと重く認識するほどに騎士達の間に漂う空気は殺伐としていた。


 その為、すぐさま娘と別れて、共に村人達に集まるようにと知らせる。朝餉を作っていたもの、畑を見ていた者、まだ寝ている者、寝ぼけ眼の子供、この村に居る全ての者達は、騎士の様子に肝を冷やしながら村長宅前の広場へ召集させられた。


 空き家に居なかった、とある二人を除いて。


「これで全部か」


「い、いえ……あの……。村の警邏を担当している者が二人ほど……」


「今すぐ呼んで来い」


「この時間だと……その……二人は村を離れて散歩、じゃなかった、村周辺の見回りをしているので。あと少ししたら帰ってきます。村の様子を見れば、おのずとここに来るかと……」


「…………チッ、これだから田舎は愚鈍で面倒だ。まあ良い。貴様等、当然だろうが世界的犯罪者の手配書は目を通しているだろう?」


 苛立ち交じりの騎士の言葉に、村人は皆無言で必死に首を縦に振る。


「世界の崩壊を招く神、そして天使。そのような存在を逃がすバカが居てたまるか!! ふざけるなくそが!! そもそも世界を壊す神など神ではない!! 数多の国に治療を施すダキュース教の宗教神ダキュース皇帝や、救いの手を差し伸べるカフス=スノーケア様の方がこの世界にとっての神である方がまだ良い!! そしてぇ!! この国で神と崇められるべきは我等が国、大陸最大国、ニグレイオトヌス国の国祖、アバラガクラ=ニグレイオトヌス様だろうがァ!!」


「お、おっしゃるとおりで……」


「下々のものである貴様等では知らないだろうな。宗教神であるダキュースは一月前に我等が連合へ言ったのだ、天使を殺さなければこの世界の寿命はあと五週しかないと。無知な農民では分からないだろうから教えてやる、この世界は残り七日で滅ぶのだぞ」


「は、はぁ……」


 村長は抜けた声を出し、村人達もピンと来て居ない顔をする。


 こんな田舎の、村しか知らない者達では世界などスケールが大きすぎて、神や天使のせいで国や世界が滅ぶといわれるよりも、害獣によって村が滅ぼされる方が遥かに想像しやすい。まだそう説明されれば、事の重大さがすぐに理解できただろう。お互いにお互いの思考が理解できないのが、騎士と村人の差だった。


「なんだその気の抜けた返事は。この世界が滅ぶということは、我が国が滅ぶのだぞ!! 何たる国辱か、何たる国辱だ!! 痴れ者がノウノウと生きていることが何より腹立たしい!! 故に殺す、凄惨な殺し方をしてやる。村人共、手を頭の後ろに組んでそこに並べ。一切の抵抗はするな」


 苛立ちに満ちた騎士の言葉に、抵抗する村人など誰一人としていなかった。子供すら泣き声を上げようと思えない、張り詰めた空気が冷たく辺りに漂う。


 この場で逆らう者は居らず、逆らう道理もなく、村人はこの村に世界の敵が居る訳が無いと思いながら騎士達のフェイスチェック、ボディチェックを受けていた。


 日常の朝にこんな空気を入れ込んだのは誰か、騎士達がここまで緊迫してる理由は何か、世界を脅かす原因は何か。元を辿れば、その原因を作った者など一人しか居ない。この世界で生きている者達は皆、たった一人のせいで、調和を崩されていた。


 故にこの世界で誰が悪いかと問われれば皆、一人の名しか上げないだろう。


 神は元より世界を壊す敵、天使はその神に仕える元々の敵、しかしこの世界に生きる者の中からまさか裏切り者が出るとは思わなかっただろう。


 世界の敵を生かそうとする者が、まさか内に居て世界に生きる者達を裏切ってまで世界の崩壊に加担するとは思ってなかった。


 敵が敵として悪と存在するよりも、裏切って内から出でた悪の方が、よっぽど邪悪と思える。


 だから皆、正しい事をしていた。


「うむ……手配書通りのアホ面は居ないな……。次は村全体の調査だ、倉庫や家内、地下室、畑、ありとあらゆる所を探せ――もう時間は残されていないない。必要ならば焼け」


 騎士達だって、世界を守るために正しい事をしている。


「ま、待ってください!! それでは私達の生活が――!!」


 皆、世界を守る為に、国を守る為に、家族を守る為に、守りたいものを守る為に、正しい事をしていた。


 だったら間違っているのは誰だ。


「どしたん、こんな朝っぱらから」


「人、沢山。にこ」


 緊迫する空気の中に、二人の人影がふらりふらりと現れる。


 その二人は、今さっき村に戻り、村の中に漂う異様な空気感を無視したままこの広場に登場をした。


 騎士は、村人は、そんな緊張感が無い二人に注目する。


「……村長、コイツ等はなんだ」


「は、はい……。先ほど説明した……」


「ふむ、村の警護担当か」


 詳しく聞かずとも、騎士達は理解する。足りない二人が帰ってきたのだと。


 片や隻腕の男、片や儚げな少女。その二人を取り囲むように、十名の騎士が壁を作って逃げ場を無くす。


「騎士サマたちお仕事ご苦労さん。はいはいどいてどいて、村長に言わなきゃいけない事あんだから」


「なんとも緊張感の無い奴だ。貴様、今すぐその帽子とマフラーを取って素顔を見せろ」


「なになに急に……何ても思わないよ。手配書の男と、一緒に居る少女を探しに来たんでしょ?」


 騎士達は目の前に居る男の態度に苛立ちを覚える。緊張がなく、緩く、穏やかな口調は、事態の重さを一遍たりとも理解しているようには思えなかった。だというのに、騎士達の目的を理解しており、しかし協力の姿勢など微塵も感じられない。


 騎士達は思う。この男は舐めているのか、と。


「理解しているのならばさっさと素顔を見せろ」


「別に良いよ? 丁度オレ達も村を出ようと思ってたし」


 変に噛み合わない会話。それを聞いて、村人が、騎士達が、ウキヨの言葉に違和感を覚える。顔を見せることと村を出る事が、どうなるんだ、と。


「でもその前に。

 村長さん、村周辺の害獣は全部殺しといたから当分は安心して良いよ、一宿一飯の恩って奴だ」


「ありがたいけど……どうしたんだいウキヨ君、急に――」


「村を荒らした獣達は、それ故に命を奪われました。そんなこと当然だ。人にとって悪い事を、獣達はやったんだから」


 ウキヨは場の空気などにそぐう事はなく、のらりくらりと話し、一歩二歩と歩く。


「だったら手配書の男だって殺されて当然だ、悪い事をしてるんだから。それが正義、悪を断罪することこそ正義」


 誰もが何もを理解できず、一人語るウキヨは、一人の騎士の前に立った。目の前に立たれた騎士は、携えた剣を抜こうとはしない。この男から、敵意や悪意ような感情は伺えなかったから。


「皆が正しいよ、その手配書の男が間違ってるよ。正義の為なら死もやむなし。けど、オレは殺さないよ、だって、オレに正義なんて無くて、線引きも分からないから。そんなオレがどうでもいい皆を殺したら、この子の生に必要のないケチが付いちゃう」


 語るウキヨは、口に撒いたマフラーを下げ、顔の半分をあらわにした。


「でもさ、そいつだって頑張ったんだぜ。お前等が到底倒せないような天使とずっと戦ってきたんだ。なのに最後を逃しただけでこんなに責められるっておかしいよな」


 露になったウキヨの口は、まだ語る。


 眼前に立たれた騎士は、一人思う。ふと、思ってしまう。そういえば、この男からは敵意や悪意は感じないとは思っていたが、それ以外も希薄すぎる、と。


 何かに気付きそうな騎士。その眼前に立つ男は、ゆっくりと帽子を取り、そして素顔をあらわにした。


「頑張ったんだから――少しくらい見逃してよ」


 そう語る表情に、顔は無く、ただ死んだ目が、どこか遠くを見つめるようにぼやけていた。


 村人達はぎょっとする。その顔は手配書の男の顔そっくりで、しかし似つかず、しかし本当にそっくりな顔をしていて。故にざわつきと混乱が起こる。


 騎士達は見つけた。一月もの間、ずっと睨むように見つめていた紙に描かれていた、世界の敵を――ようやく見つけた。ならば必然的に、隣に居る少女は天使アルフローレン。


「貴様――」


 十名の騎士は皆、瞬時に飛びかかろうとした。ニコへ、ウキヨへ。絶対に逃がさず、ここで確実に討ち取り、悪と天使を殺して世界を守る為。


 踏み出そうとした足は二人を殺すため。剣を引き抜こうとした腕は二人を殺すため。血走った眼は二人を殺すため。


 一秒も経たずして目の前の男と戦う――はずだった。


 しかし騎士達は、力なく地面に膝を付け、剣を握ろうとしていた手は垂れ下がり、四肢に無力感を漂わせながら、気付けば男を見上げていた。


「は……?」


 その状態に一番困惑をしていたのは、他でもない騎士達自身だった。自らの身に何が起きているのかが全く分からない。


 その光景を見た村人達は皆、小さな悲鳴を静かに上げた。


「こんな手負いのオレに勝てないようじゃ、天使にも勝てないよ」


 帽子を被りなおしたウキヨは、口調だけは優しそうな雰囲気を醸し出しながら、最初から向けていなかった眼を騎士達に向けず     何処に向けているかすらも分からず、間を抜けて村長達の下へと足を進めた。


「ってなわけで、ウキヨの正体は全世界指名手配犯のイキョウって男でした。こっちの子は天使、アルフローレン。どう? 村長。こんなオレ達でも永住させたい?」


「は……はは……」


 村長は両手で頭を掻く。その身から滲み出る混乱の様子は、目の前の騎士達が瞬きする間も無く倒れたことによるものでは無い。


 この一週間、彼を見て来て、悪い事をするような人間には見えなかった。ニコを見て、儚げな少女だとしか思わなかった。だというのに、その正体は禄でもない者達だった。


「私達は騙されていたのか……。こんなやつ等を、村に一週間も置いていたのか……」


「どうかな村長。ニコは人にしか見えなかった?」


「……素直で良い子にしか見えなかったよ。君も、良い人にしか見えなかった」


「だってよニコ、やったね。いえーい」


「いえーい」


 自嘲気味に笑う村長の前で、二人は仲良く手を合わせていた。


 それがまたなんとも腹立たしい。村人全員を騙して、ノウノウと生きていた二人が腹立たしい。騙せた事がそんなに嬉しかったのか、手を叩き合うほど嬉しかったのか。


「村長、にこ」


「――ふッざけるな!! 何が可笑しい!!」


 怒りに身を任せ、堰を切ったように怒号を上げる村長。見れば、村人達も皆、ウキヨとニコ――イキョウとアルフローレンに殺さんばかりの眼を向けていた。世界を脅かす二人が、自分達を騙していたと知って。騙してこの村に住み着いていたと知って。


 しかし、件の二人はその目や声に一切怯えることは無い。驚くことすらしない。そんな情動など持ち合わせていなかった。


「この村で、椅子、造った。テーブル、造った。お野菜、作った」


「ありがとな、村長。この子に良い経験をさせてあげられたよ。害獣駆除なんてお礼にならないくらい、色んな体験ができた」


「なんだコイツ等……話と感情が噛み合わない……」


 村長は、村人は、怒りの裏にゾッとした気持ちを抱く。こちらは怒りで会話をしているというのに、あちらの感情がそれに対応した言葉や態度に成らない。それが怖かった。言葉と感情の受け答えが成り立って居ない、どこかズレていて、噛み合わない気持ち悪さを心の何処かに感じてしまう。この二人は何処かイカレてる、と、思ってしまう。


 ただし、そのおかげで、気持ち悪い恐怖のおかげで、幾分か村長は理性を取り戻した。取り戻さざるを得なかった。


「……ん? 害獣……駆除……? そう、いえば……さっき……」


「んぁ、一宿一飯の恩で村の周りにいる害獣駆除しといた」


「はは……大悪党の君が、態々そんな事をするなんてね……何が目的だ。もしや、私達を懐柔して何か良からぬことを企んでるんじゃないだろうね。……その天使に、喰わせるとか」


「いんや? 別に。言ってるじゃん、一宿一飯の恩って。ん? 七宿おすそ分けの恩になるのか? ま、良いや。オレはオレなりにやれる事をしただけだから」


「悪党の君が言う『だけ』に見合うほど私達は何もしてないよ。言え、もう正体も分かってるんだから目的を正直に言え」


「ん~……。あ、はいコレ。狩ったモンスターの中でも高く売れる部位は回収しといたから村の足しにして」


 絶望的に会話が噛み合わない男は、どこからともなく袋を取り出し、ドサドサとその場に置いていく。


「……なんだいコレ。金になるモノを渡すから従えとでも言うのかい? それとも逃亡に協力しろとでも?」


「いや別に……。じゃ、バイバイ村長達。オレ達先急ぐから。そこの騎士達は放置しとけばその内立てるようになるから」


「ばいばい、村長たち」


「いや……え?」


「ニコ、ばいばいってのは別れを告げる言葉なんだ。でも、また会いたいときは『またね』って、お別れするんだよ」


「……またね、村長たち」


 人の話を聞かない二人は、困惑する村人達を置いて二人だけで突き進むイキョウとニコは、二人だけの会話劇を繰り広げながら、村から去ろうとする。


 何がしたかったのか、何を言いたかったのか、村人達は納得できない。理解できない。同じ姿をして、同じ言葉を話す二人の事が、全く理解出来なかった。


 そんな村長達を置いて二人は道を歩いていく。たった二人で、他のことなど意に介さずに、歩き去ろうとしている。


「まっ……待ってくれ!! 君達は何が目的だったんだ!! 何をしたい、何をしようとした、何故モンスターの駆除をした、何故この袋を置いていく!! 意味が分からない、大悪党の君と世界を滅ぼす天使が何故この村に来て何でモンスター退治をして、どうして私達に何もしないまま去っていく!!」


「ふらりふらりと立ち寄った。空家借りる時にお礼にモンスター狩るって約束した。おすそ分けしてもらったからそれで返す。オレには出来ない事をしてもらったから、オレが出来ることで返した。それだけ」


 イキョウの言葉は、それが当たり前と語るような口調だった。もう、イキョウの眼は村人には向いていなくて、ニコと二人で会話をしながら歩いていく。


 住むところがあった村を、平穏な日々を過ごした村を、穏やかな人々が居た村を、緩やかな生活をした村を、意に介さずに、歩みを進めていく。


「……よくもまぁ、オレとソーエンはアステルに居ついたもんだよ。こんなオレとソーエンが、さ」


「ウキヨ、次は何処行く?」


「ん? あ、もうイキョウで良いよ。次は何処行こうかなぁ。アステルに向かいながらふらりふらりとって感じで。遠く離れた土地から、始まりの町にふらふらーっと」


「イキョウ、イキョウ。イキョウ、ニコ、一緒にふらりふらり、ふらふらーっと」


 村人達は、変な会話を遠くに聞かされながら、人とはズレた気持ちの悪い二人が去っていくのを見る。


「なんなんだあの二人……意味が……分からない」


 村長はつぶやく。この場の会話を通しても、結局二人の一端すら理解できなかった。目的も、考えも、思いも、何もかもが理解できず、感じ取れず、胸にはモヤモヤとしたスッキリしない気持ち悪さだけが残っていた。


 その気持ち悪いモヤモヤが苛立ちになり、怒り任せにイキョウが置いて行った袋を殴り飛ばそうとする。


 しかし同時に、今まで二人と接して来た思い出が、その手を止めた。


 世界の裏切り者であるイキョウは、世界を滅ぼすアルフローレンは、ウキヨでニコで、村に滞在してて、害獣を討伐してくれて、村人達と気さくに接してて、強いのにその強さで周りを威圧したり圧制したりしなくて、緩く穏やかな空気を纏っていて、村人達のお願いを聞いてくれて、『にこ』ってしていて。


「――なんなんだよもう!! 悪党なら悪党らしくしてくれよ!!」


 村長は、袋を殴ろうとした手を地面に叩きつけて、胸の内にあるもやもやをどうにかすっきりさせようとした。しかし、殴って起こることは、手に痛みが走ることのみ。モヤモヤが決して晴れる事はなかった。


「ぱ、ぱぱ……手に、血……」


 村長の手の縁に滲む血を、握った指が食い込んで滲む血を、ルボロは眼にして言葉を発する。


「……アイツ等なんて知らなければ良かった。ウキヨ君とニコ君を知らなければ良かった……。犯罪者と天使のままの方がよっぽど良かったよ…………あんな二人が死んで、世界が救われても……素直に喜べないじゃないか……。…………またね、って言われたんだ……」


 そう語る村長の言葉に、反論する村人は誰一人としていなかった。


「ウキヨさん……ニコちゃん……」


 ルボロは、その眼で去る二人の背中を見る。その眼には、二人と過した日々の―― * * * 特に語る事もないよ、この村の物語にイベントもプロローグもモノローグもない。終わりだよ。オレからしたら村人達に関わるこれまでもこれからもどうだって良い。死んだって別に何も感じない。誰一人名前すら覚えてない、顔ももう忘れた奴等の村なんてどうだって良いよ。七日間住んでも、誰一人としてどうでも良いって思うんだからどうでも良い。ニコが居なかったら、ずっと詰まらない村だった。なんの価値も無いただの人の群れだった。だからオレはバイバイで良いんだ。


 ……ソーエン……。お前が居てくれたら、この旅路ももっと楽しかったんだろうな。お前がこの世界に来てからずっと、側にいてくれたからオレは楽しかったんだろうな。こんな風に、お前の事を考えてたら、あんな村のことなんてもう、頭の、片隅で、埃被っちまったよ。

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