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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第八章―お前等の敵は誰だ 異世界―
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02.空の心

 とある土地に在る、とある村。人口は少ないながらものどかな空気が流れるその村は、簡素な家々と、生活の為に広がる畑しか存在していなかった。そんな畑で、桑を振り下ろすものが居る。


「きこりは木を切るへいへいほー」


 適当な歌と共に振り下ろされる鍬は、畑の土へと刺さり、そして種を植えるに適した柔らかさへと耕された。


 片腕、隻腕の男。その男が身に着けている衣服は、畑を耕すような姿をしていなかった。皮製の黒いコートを羽織り、頭には烏が羽を休めているようにも見えるツバの粗い三角帽を被っている。その帽子の下の顔には緑のマフラーが巻きつけられており、硬さを少し感じさせる茶髪は後ろで一つに束ねられている。


 その男は闇夜の狩人のような、畑には似つかわしくない狩る者の服装を身に纏っている。が、左腕は無く、何も通されて居ない袖は、体の動きに合わせて自由に揺られていた。


「へいへいほ、へいへいほ」


 そんな男の傍らには、無表情で体をふらふらとさせながら鍬を振るう少女が居る。


 こちらもまた、畑を耕すような姿はしていなかった。ゴシックなドレスに身を包み、長くふわふわとした黒髪を体の動きとともに揺らす。


 二人共畑には似合わない服装で、畑に鍬を入れていた。そんな二人と共に、並んで同じく鍬を振る村人のおじさんは、苦笑いをしながら二人に言葉を告げる。


「きこりじゃないんだけどね……。いやぁ、ごめんねウキヨ君、ニコちゃん、畑のお手伝いなんてお願いしちゃって」


「コイツもやりたいって言ってたし、暇してたから別に良いよ。害獣も現れてないし、別にどこかで見張る必要もないしなぁ。それにさ、モンスター駆除するよりも野菜作る方が大切なことでしょ」


 村人からウキヨと呼ばれた男と、ニコと呼ばれた少女。この二人は、この村で生まれ育った村民ではない。


 一週間前、村が害獣の群れに脅かされいたところにふらりと現れ、宿泊のお礼としてその群れを一夜にして討伐し、村人達から感謝をされて空き家を一軒間借りしている。という、村人の中では新参中の新参者であり、今は村の警護と引き換えに食料を分けてもらって日々を生活していた。


「よりも……って……言うには結構なことなんだけどねぇ。ウキヨ君がしてくれた事には皆感謝してるよ、畑は僕達が生きる為に欠かせないものだから、害獣に荒らされちゃったら食い扶持がなくなってしまう。あの日、ウキヨ君が守ってくれて、今も守ってくれてるこの畑は、君が居てくれるから今日も野菜たちが育ってくれるんだ。本当だったらお礼や報酬にお金でも渡した方が良いんだろうけど……本当に野菜をおすそ分けするだけで良いのかい?」


「オレはモンスターを殺せる。でも、野菜は作れない。お互いに出来ることのギブ&テイクしてるだけだから、それで十分だよ。あと村長に言っておいて、会うたび会うたび金渡そうとしてくんのやめろって」


「それ受け取ってしかるべき報酬なんだけどねぇ……。害獣の駆除だけでも、冒険者や駆除業者、組合に頼むだけでお金が掛るっていうのに、その上常駐してもらってるんだから……。おすそ分けだけで村一つを警護してくれるなんて普通はありえないんだよ。それも、君みたいな凄腕が常駐してくれるんだ、他の村から羨まれちゃうよ。ははは!!」


「普通……普通……」


「おや? どうしたんだい?」


「……いんや、なんでも。ま、要らん要らん、金はそこそこあるから良いよ」


「ははは、困ったらいつでも言ってよ。皆、君にもっと恩返しがしたいんだ」


「ウキヨ、にこ」


 ニコと呼ばれる少女は、鍬を手で挟みながら、指を使って表情を造る。


「へいへーい。上手上手」


「おじさん、にこ」


「あはは、ニコちゃんのそれ可愛いねぇ。おじさんも真似しちゃおうかな。にこぉ」


「にこぉ」


 おじさんはほうれい線に乗せた指で口角を上げ、優しそうな目を穏やかに笑わせる。対してニコは、口角だけを持ち上げ、透き通る色の無い表情に笑みを乗せた。


 そんなニコを、顔の隠れたウキヨは、死んだ目で暗く優しく見つめるのだった。


 * * *


 穏やかな村には、穏やかな空気が流れる。


 午前の仕事を終えた村人達は、皆が一休みの為に家に戻ったり、畑の傍らに座り弁当を広げる。


 午前中にしていたお手伝いの約束を終えたウキヨとニコは、おじさんに別れを告げて、二人で村の道端に在るテーブルと椅子に着きながら、バスケットを広げていた。


 のどかな平地、そこに延びる土の道。その横に在る簡素な長テーブルと椅子は、ウキヨがニコと二人で日曜大工した。少し歪な形をしていて、それでも二人はこれを使う。


「鍬、へいへいほ。へいへいほ」


 ウキヨの対面に座るニコは、開かれたバスケットには手を付けず、椅子に座りながら単調な声と動きでさきほどの畑仕事の真似をしていた。


「そそ、へいへいほだぞー」


「テーブル、ギコギコ。椅子、トントン」


「ニコお前モノを覚える天才かぁ? 上手い上手い、上手上手」


「にこ」


「完璧ー」


 ウキヨは帽子とマフラーの下で隠れた顔、影に隠れる死んだ目を向けながら、ニコを褒める。


「これ、ニコとウキヨで造ったテーブル。これ、ニコとウキヨで造った椅子」


 ニコと呼ばれる少女は何を感じているのか、何を思っているのか、無表情のまま指を指し、淡々と言葉を告げる。


「これ、ニコとウキヨで造ったサンドイッチ」


 そうして指が向いたのは、バスケットの中に入ってる、見た目は美味しそうなサンドイッチだった。


 香ばしく焼けたパンや出来立てのような柔らかいパン、煌くような瑞々しい野菜、燻製の香りが漂う肉、具材を彩るソース。眼では、コレは美味しいものだと確信に至らせるほどの美しいサンドイッチだ。


「ザッツライト。そんで、美味いかどうかもオレ達次第だ」


 ニコの言葉に答えたウキヨは、虚空から二つのカップを取り出し、テーブルに置いてから片腕でそのカップに紅茶を注ぐ。今はもう、カップを持ちながら紅茶を注ぐことなど出来なかったから。


「おれたち次第は、美味しい?」


「それを決めるのがオレ達次第なんだぜ、ニコ」


 ウキヨは片手でウキヨへと紅茶を渡す。それを受け取り、二人はバスケットの中からサンドイッチを取り出した。


 そしてそれを、ニコは小さな口へ、ウキヨは顔を捩じらせてマフラーを下げ、露になった口へ、二人は運ぶ。


 二度三度、二人は咀嚼し、サンドイッチがどのような味なのかを確かめる。


 二人で、ウキヨがニコの手を取って、パンを切り、切ったパンの一部を焼き、おすそ分けしてもらった野菜をスライスし、二人であれもこれもと入れたソースを挟んだ。それは、どんな味がするのだろう。どんなサンドイッチに、成れたのだろう。


「お店で食べたご飯、舌に染みた。ウキヨのカレー、舌にぴりぴりした。知った、感じた。アレが味。キミとニコで造るご飯、いつも舌が。

 無」


「……ふっ……ニコ……。何時も通り味しねーなこれ」


「むみむしゅー。何も感じない。にこ」


 ニコは、口をもくもくとさせながら、手に持ったサンドイッチを目の前に敷かれたハンカチに置いて、両の指を口角に当てる。


「おっかしいなぁ……今度こそ味するもん作ったつもりだったんだけどなぁ……ダメだこりゃ。そもそもオレって既製品使ってばっかだったもん、一から美味しいを作るとか無理」


「パン、しゅー。野菜ザクザク、ソースどろどろグツグツ。キミと造った、これ、美味しい?」


「ぶっちゃけ美味くはない。でもさ、味ってもんは食において二番目なんだよ。舌よりも心が躍るって事が、飯には重要なんだ」


「こころ……」


 ウキヨの言葉を聞いたニコは、無表情で今朝の事を思い出す。


 二人で今日のお昼ご飯は何にするかを話し合い、二人で決めた昼食を作り始め、二人で一緒にパンや野菜、お肉を切り、二人があれもこれもと試してみたい調味料をフライパンに入れ、二人で具材を挟んだ事を。


「……分からない。今まで、味、知らなかった。味、知っても好き、嫌い、分からない」


「ほむほむ」


「味、視れない。けど。キミと食べる、キミが食べる、ニコも食べる。おれたち次第は、ニコとウキヨが決める。にこ」


「……。じゃあ、それって美味しいんだよ。オレも美味いもん、お前と一緒に作ったご飯を、一緒に食べてるんだから」


「じゃあ、それって美味しい。キミと一緒に造ったご飯を、一緒に食べてるから」


「そそ。オレだけがこの飯を作ったら美味いとは思わないもん。お前と一緒に作ったからこれは美味い。本当に、美味しい」


「ニコ、ご飯要らない。けど、キミと作ったご飯食べたい。美味しい……キミ、今日も美味しいね」


「うけけ、そりゃ当然。お前と一緒に作ったご飯ならいつでも美味いさ」


「うけ、うけけ。うけけ。キミが美味しいならニコも美味しい。ニコも美味しいから、これは美味しい。美味しいって、楽しい?」


「美味しいって思えてるのは、楽しいからだ。楽しいから美味しいんだ。詰まらないときに食う飯なんて、美味くても不味くても味なんてしないからな」


「これ。サンドイッチ、味しない」


「……うけけけけ!! そうだった、これ味ねーんだったわ!!」


 ウキヨは楽しそうに、昔の自分を見るように、しかし今のニコを視て、楽しそうな声を出す。その反論が、嬉しくて。自分の穴を、突っ込まれたようだったから。


「うけ、うけけ。でも、サンドイッチ、ニコとキミで造った味がしないサンドイッチ、二人で造るの、造りたいって思った。二人で切りたいって思った、二人でそーす混ぜ混ぜしたいって思った。キミがニコの手を取って、あれ、良い。良いから、味がしなくても良い。あれ、良いから、ご飯作る時間が面白い」


 無表情で淡々と語るニコは、ウキヨと二人でご飯を造る時間を思い出しながら、良い、面白い、と語る。


「そう思えるんなら大丈夫。面白いは、良いは、『好き』『楽しい』に成れるんだ。『好き』を、『楽しい』を、知らないと、『嫌い』と『詰まらない』を知れないんだよ。この逆もまた然り。でもさ、最初に知るなら、『好き』と『楽しい』を知りたいじゃん。どう? オレとご飯作るの好き? 楽しかった?」


「キミが『好き』で『楽しい』なら、ニコも『好き』で『楽しい』。キミは、ニコが真似したいから」


「真似したい、ってのはさ、その人みたいになって見たいってことなんだ。だったらお前はもう大丈夫。『みたい』っていう意思があるなら、お前はお前になれる」


 その言葉と共に、ウキヨは右手の親指を胸に当てて、へらへらとした眼をニコに向ける。


「だって、オレはお前と一緒に食うご飯だったらなんでも美味ぇもん」


 『だって』という言葉に、前後の繋がりなど無い。文脈など無い。文脈の無い言葉に合わせるように、この男が自信満々に放つ言葉を聞いたニコはテーブルに置いたサンドイッチを手にとって小さな口でかじりつく。


「今日も美味しいね、ウキヨ」


「そりゃそうさ、今日もお前と一緒だからな」


 こうして二人は、紅茶とサンドイッチを、二人で一緒に、味の無い味を味わうように食べた。

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