38.一枚上手
「ってーなぁこのやろう!!」
オレは肩と足から血を飛び散らせながら、空でソーエンにダガーを振るう。
「痛いならば休んでろこのバカが」
対してソーエンは、全身から血を散らしながら、オレのダガーに弾丸を当てて弾いてきた。しかもたった一発の弾丸で、反射を利用し、二刀を同時に弾きやがった。
やっぱコイツとはそんな簡単に決着なんて付きやしない。オレがお前と戦いなれてるように、お前もオレと戦い慣れてんだからな。
慣れてる。慣れてるなら、今放たれた弾丸をオレが利用しないわけが無い。オレのダガーを弾いた弾丸、それを、ダガーが弾かれた瞬間に角度を弄ってあのバカに返す――けど、こんなのもう何度もやったことだから、今更当たりゃしない。一瞬の攻防は、もう何度も繰り返した当たり前の攻防なんだよ。
「今更お前が死のうと何も言わん。ただ、それ以上お前を苦しめるな、お前を殺そうとするな。そんな奴、俺が殺してやる」
「誰がオレを苦しめて殺そうとしてるってんだよ!!」
「お前自身だ、気付けバカがァ!!」
オレの言葉には、言葉に弾丸を添えて返ってくる。ソーエンが放ってくる。
「今の剥離し始めたお前が奴を殺してみろ!! もはや残った人の薄氷すら壊れて消える!! 人として死にたいと思ったお前が、人を捨てるなど苦しみ以外の何モノでもない!!」
ソーエン、お前……その事を言ってないのに、理解してくれてるのか……。ありがとう親友。やっぱり、お前がオレの親友で、本当に良かったよ。
「お前は元の世界の、そして今の仲間達を守りたい。今のオレも守りたい。――ナターリアも、だ。いっぱい増えたね」
お前が分かるように、オレだって分かるさ。
「今は俺の話をする場では無い。お前をどう止めるかの時間だ」
「そう心配するなって、ソーエン。大丈夫、言っただろ? 最期には皆オレを忘れる、皆、皆」
「話を聞けこのバカが、誰が今ここで皆の話をした!! お前の話をしてるんだ!!」
言葉と攻撃。それを交わしたオレとソーエンは、互いに地面へと着地し、そして銃とダガーがぶつかり合う。
「見てみろよソーエン。周りの皆が『なんで仮面部隊同士で戦ってるんだ……?』て顔してる」
「知らん」
「墓守なんて、古の縁に決別を付けられたっぽいぜ。アステルの皆なんていつもの喧嘩を見るようにオレ達を見て呆れてるよ」
「知らん」
「じゃあさ、シアスタやリリム、リリス、セイメアがさ、皆『まーたオレ達喧嘩してる』って視線をこっちに飛ばしてるぜ」
「知……らないわけないだろう」
「仲間達がさ、皆『またやってる~』って見てきてる」
「……ッ」
「だからさ、さっさと終わらせようぜ」
「皆皆、皆、今はお前の話をしてるって言ってるだろうがこのバカがァ!!」
ソーエンは珍しく怒気を露にしてオレに本気で怒ってくる。仮面の奥で怒りの表情をむき出しにして、オレを殺す気満々のように。
「ありがと、親友」
ただ、ただ、ただ……この言葉には、そんな顔を向けなかった。
全てを込めたこの言葉に、怒りを向けるわけが無いんだ、この親友は。本当にお前は仲間思いで、甘い奴で、すっごく優しい奴だから。
銃とダガーの鍔迫り合いをしていたオレは、ふっと力を抜いて後方に飛び退くと、ソーエンのほんの一瞬だけ緩んだ隙に、そっと罠を仕込む。
「多分、これが一番の間違いなんだろう、お前に任せておけば良かったんだろう。だって、いっつも間違ってばかりのオレだから。<ロープバインド>」
オレは、ソーエンへと縄を飛ばす。
こんなロープなんて、ソーエンだったら数秒も経たずに解除するさ。オレの拘束に悠長に時間を使っては、オレとソーエンの戦跡が五分五分になることなんてありえないから。だから必然だ。
それでも、親友はジッとしたまま、そのロープの拘束を解こうとはしない。
「……間違ってばかりなのは『オレ』、ではない。俺達だ」
「それはご尤も」
「そしてこれからも、間違いは続く。俺も、そしてお前も。――――行け、バカが。もう好きにしろ」
「聞き訳が良くて助かるよ。じゃあ、行って来るから」
「ああ」
項垂れるように体を沈める、ボロボロのソーエンを横目に、オレは宙へ飛んだ。
見れば、ナナさんは周りの写し身達を相手に退屈そうな顔をしながら刀を振っていた。視線が合えば、不思議な笑顔を返してくれた。もちろん、刀を振りながら、しかし敵には一瞥も暮れずに。
眼を使えば、この戦場に居るこの世界の奴等達が、オレに勝利を委ねるような視線を向けていた。
眼を使えば、ナトリとチクマ、カフスが、不思議な眼を向けていた。
眼を使えば、さっきすれ違った青い稲妻の騎士がこちらに疾走する姿が見えた。
眼を使えば、ヤイナがセイメアを抱き締めている姿が見えた。ラリルレの心配そうな顔が見えた。シアスタの、双子の、不安そうな顔が見えた。
大丈夫だ、ヤイナ、セイメア、ラリルレ、シアスタ、リリム、リリス。お前等は絶対に守るから。その不安な感情を、今終わらせるから。
――眼を使えば――ソーキスが、哀れむような眼を向けていた――。
その姿を見たのは、今まさにアルフローレンの核、死神ちゃんが抱える核に刃を振ろうとしたときだった。
戦場には歓声が聞こえる。止めを刺そうとしたオレへ、確信めいた勝利の声援が聞こえる。
でもさ、どうでも良いやつ等のどうでも良い声なんて、ただ耳に入ってくるだけなんだ。オレが一番気になってしまったのは、ソーキスの眼だ。
「ごめん、ソーキス。オレってやっぱり、間違ってばっかりなんだよ」
仲間である、オレの半身であるソーキスがあの眼を向けるって事は、オレにとっての間違いなんだ。
でも、それでも、オレである死神ちゃんに、ちょっと前に死神ちゃんだったアルフローレンに、オレは止めを刺したいんだ。感情というものを知らないまま、このまま散って欲しいんだ。
思いを、感情を知らないなら、散るときに、苦しむ事は無いだろうから。
あの頃のオレのように、生すら死すら知らないまま、この子は死んだほうが、救われるんだ。
あぁ……この子は、眼前に核を抱えて眠る子は、生の楽しみと苦しみを、死の憧れと虚しさを、知らないまま散っていくんだろう。
この子って、過去のオレなんだ。『生きて皆と一緒に居るのが楽しい』と『生き続けるとあの人と同じになれない』、『死んだらあの人と一緒になれる』と『死んだらもう、皆に会えない』って事を知る前のオレなんだ。
だったら良かった。悔いることも無く望むこともなく死ぬこの子に、死の選別は無いから、このまま殺してあげる事が何よりの最善なんだ。
だから頼むよ。どうか、人の心を知ろうとしたお前を見せないでくれ。
どうかオレに、この子に心を知って欲しいって思わせないでくれ。このまま、殺させてくれ――。
「俺は言った。間違は続く、と」
――刃に混沌を纏い、一閃を持ってこの子を殺そうとした刹那。
下から声が聞こえてきた。
その声の主は、いつ居の間にか自由になった手足を持って、アルフローレンの核に狙いを定めている。
「お前の間違いは、俺が大人しくなったと思い、信頼を持って俺から眼を外した事だ」
そう言いながら銃口を向けるソーエンの眼は、初めから自分がアルフローレンを殺す気の眼だった。
あのバカ、騙しあいでオレより一枚上手を取ったって言うのか――!?
「騙してはいない。お前の言葉で、お前がそいつを殺しても良いと思った。そして、俺の意思が、そいつは俺が殺すと言っている。矛盾だが、これは間違うはずもない俺の本心だ。こんなこと、普段のお前なら分かったはずだ。はずだったのだ。――オーバーリロード――奥義」
ソーエンのやつ、オレを騙したわけじゃない。騙そうとしたわけじゃなく、オレへの思いと自らの思い、二つの本心を持って、その上で己の思いを行使しようとしてる。
アイツの言う通り、普段のオレなら、あのバカの考えが分かったはず。それに気付かなかったのは――。
「<ラストリゾート>」
――アルフローレンに気を取られていたからだ。




