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37.ああ、久しぶり。元気?

「ふ、ふん!! 別に助かっただなんて思ってないんだからね!!」


「イキョウ……おめぇ……本当にありがとう……っ!!」


「よくやりましたクソガキ。褒めて遣わします」


 炎を止めることに夢中になっていた者達は、急に現れ問題を解決したイキョウへ、感謝と信頼の眼差しを向けていた。言葉の三分の二は素直な感謝ではなかったが、それでも感謝の気持ちを向けていた。


「良いよ、気にしないで。シアスタとセイメアに頼まれただけだから」


 その感情が乗ってない言葉と共に、イキョウは周りに一瞥もくれることなく、辺りの写し身を蹴散らし始めた。その姿は無双、並び立つ者など誰も居ない、孤独の強さで写し身達を簡単に切り飛ばし魔法で制圧していく。


 その姿を、煌く眼で観る者が居る。それは、ひまわり組のリーダー、ティリスだった。


「か……かっこいいときのあのひとだぁ……」


「キョー……またおかしくなってる」


「え? なんですか今のクソガキ。いつものバカさが無かったんですけど」


 冒険者が、衛兵が、周りの者達が手を止めて見る光景は――。


 イキョウが飛び、翻り、回転し、武器や敵の間をすり抜けながら、次々と写し身を消滅させていく姿だった。写し身さえもその姿を見て、視て、イキョウへと戦いの対象を変える。


 途中、空から一体の写し身が降ってきて、イキョウへと輝く剣を向けたが――。


「信念が無いデクなお前にだけは絶対に負けないから。これでお相子、もう休め。アーサーの紛い物が」


 ――それすらも、冷たい瞳の前に切り伏せられた。


 瞬く間に辺り一帯の写し身を駆逐したイキョウは、周りに何も目を向けて居ないイキョウは、飛んでシアスタとセイメアの下へ戻ると――。


「これで大丈夫だろうから。だから泣かないでくれ」


 ――目に影を落としながら、その眼で何も見ないようにタバコだけを見て火をつける。


 泣き止んでいたセイメアは、その姿に嬉しさを覚えて、今度は静かに嬉し泣きをする。シアスタはセイメアと抱き合いながら、良かったと言って泣く。その姿を見て、イキョウはバンダナを普段通りに被りなおした。


 周りの者たちも、『やっぱなんとかなったなぁ』って思いながら、歓喜の声を上げて喜び合っている。しかし、誰もこの男を英雄視する者は居ない。『なんかどうにかなっちゃった』ってしか思って居ない。どうしてか、英雄的行為をしたイキョウを、英雄のように見る事が出来ない。


 何の脈絡も無く現れ、ガハガハ笑ったあと、急に問題をパッパと解決して、あっさり戻って来たこの男に、英雄的なかっこよさなど微塵も感じなかった。


 ただし、皆が思っている事はある。『イキョウに任せれば、この戦いもどうにかなるかもしれない』と言う事を。


「じゃ、オレそろそろ行くから」


 そんな皆に、イキョウは軽く挨拶を言い放った。


「おう!! 行って来い精剛!!」


「世界を頼んだぜ!!」


「あんな天使、やっちゃってください!!」


 男が、女が、冒険者が、衛兵が、そんな軽いイキョウを送り出す。いつものフニャフニャしてて、素直に尊敬させてくれないイキョウのことを。


 取り残された者達は、口々に言う。


「どうしてだろうね……前にも思ったけど、また衝動買いした本が駄作だった気分になってしまっているよ……。こう、もうちょっと……あの男はこう、ズバっとキメるセリフとか印象に残る活躍の仕方を……こう……ねぇ……? おや? マール?サンカ?」


「あわあわ……イキョウさん……かっこいい……」


「同士……かっこいい……」


「うぅぅ!! よかっだ、よかっだです!! 皆生きてますセイメアさん!!」


「はい……本当に……、よかった……です……!!」


 様々な苦言を、そして一部の羨望の眼差しを、全てを見ず、イキョウはこの場から飛び去った。


 * * *


「まっ、たく、もう!! おじさん疲れてきちゃった――よ!! あら、イキョウじゃん」


「んぁ? ああ、久しぶり。元気?」


 キアルロッドが交戦をする最中、宙を舞うイキョウと目が会い、言葉を交わす。それに反応したイキョウは――キアルロッドを尻目に、また宙を飛んだ。


「え!? ちょっと、手伝ってくれるんじゃないの!? おじさんだいぶ苦戦してるんだけど!!」


「ほぁ……? んまぁ、がんばー」


 なんとも適当な返しをしながら、イキョウはタバコを咥えて飛び去っていく。その姿を、キアルロッドは背後から見送った。


(ユーステラテスやオルセプスほどの熱意や殺意が感じられないな……。仲間が揃ったから、お前が必死に戦う必要は無いのかい? それとも――いや、なんとも……やっぱりわかんないなぁ、イキョウは。殺す気はあるのに、殺そうとしてるのに、殺したいって思ってるお前はなんなんだ? 思考が分かっても、意味が分からないよ。お前は出会ったときから、ずっと分からないままだよ)


 キアルロッドは敵の猛攻を捌きながら心で声を出す。そんな余裕ができるほど、目の前の敵達には慣れていた。レベルの開きがあろうとも、それでもなれていた。


「まったく。分かんないなら、イキョウの真似でもしてみようかね」


 戦いの最中、キアルロッドは辺りに電撃を展開しながら、自らが好きに動ける時間を作った。レベル的には数段格上の相手だというのに、それを上回るような牽制をして、キアルロッドは鎧の隙間から、シュガーボックスを取り出す。そして、一本のタバコを口に咥えると、電撃と共に火を灯した。


「これでちっとは、早くアルフローレンのところに行けるかな。――どきな、過去の英霊達。俺は迷ってないのに迷ってるとか言う、何考えてんのか全く分からない男のところに行かなきゃいけないんでね。ちと不味そうだ」


 * * *


 さっき、オレに声を掛けてきた奴は誰だったんだろう。でも、なんか強そうだったから一々介入する必要も無いだろう。


 オレは二度死に、戦場を駆け、そしてまたアルフローレンの下へと戻って来た。ソーエンとナナさんが相手をしているというのに、無傷でこの場に君臨しているアルフローレンの下へ。


 ついでに仮面の修理もして装備。これで万全!! 花弁に足を乗せ、そして周りを見ると――。


「んだよソーエン、随分とまあ満身創痍じゃんかよ」


 ――息を切らしながら、全身から血を垂れ流し、ずたずたになったソーエンの立ち姿が眼に映った。


 オレの到着と同時に花弁へと降り立ったソーエンに、並んで立っているソーエンに、本当は言いたい事がある。お前、よくも奥義でオレを殺しやがったな、と。でも、それより何より、オレには気に掛かった事がある。


 ソーエンがこれだけ疲弊しているというのに、同じくオレに並んで立っているナナさんは、一切の消耗を見せて居ないことだ。


「なにナナさん。オレの大親友が奮闘してたってのにサボってたの?」


「くふふ、ちがーう。一の斬撃を返されるなら二を、二を返されるなら三を、三なら四を――。そうしてたら詰まらなくなっちゃった。ただ返されるだけ、ただただ還って来るだけ」


 うーん……オレにはナナさんが何を言いたいのかが分からない。返って来るってなに? アルフローレンは相手の攻撃を反射できるってでも言いたいのか?


「そうではない」


 あぁ、ありがとソーエン。そうなんだぁ……。


「技を真似て繰り出すことが出来る」


 そうなんだぁ……。ソーエンは話が早くて助かるなぁ。


 ついでに、ソーエンの眼を見て分かったよ。二度目にオレを殺したのは、ソーエンの奥義じゃなくてアルフローレンが真似して繰り出した技だったんだね、ソーエン。


 ズタボロのソーエンは、それでも死なずにオレに眼と言葉で解説をしてくる。


 対してナナさんはというと――。


「だからね、詰まらないから、切っちゃった」


 マイペースに、くふふと笑いを浮かべて、オレにそう言ってくる。浮世離れした笑みを浮かべ、刀を納めて組んだ腕に、胸を乗せながら、面白い事のように言って来る。


「ねー……。何を?」


「アルフローレンを」


「はぁ……?」


 直後、オレの足元、そして、アルフローレンの全身に、白み掛った線と残光が走る。


 気が付けば、オレ達三人が足をつけている花弁は、重力に従うようにふわりと落下を始めていた。


「おっかしいなぁ……。なぁソーエン、お前はズタボロになるまで戦ってアルフローレンを倒そうとしてたんだろ? そんで、オレが到着するまでアルフローレンはパッと見無傷だったから、ここから策を練って苦労して倒す流れじゃないのか? もう倒せるフェーズまで後一歩じゃない?」


「ナナと居ると、己が凡人と思えて安心する」


 ソーエンは落下しながら、血を宙に漂わせて小さく笑う。うーん、この仲間大好き野郎、このタイミングでも仲間への有り難さを発揮してやがる。――と、思った直後、フードの奥に隠れる瞳が、笑みから真剣なものへとすぐさま移り変わった。


 その瞳は、共に落下しているオレへと向けられ、そして言葉を告げられる。


「お前は手を出すな、俺が殺す」


「だってさナナさん。んで、どーしてアルフローレン切れたの?」


「一が二、二が三、突き詰めればそれは無限。でも真似事の詰まらない無限に、私の刀は満足しない。満たされない無限なんて、滑稽じゃない。詰まらないなら、詰ませてあげれば良いの」


「いやぁ……よく分かんない……」


 ナナさんの話を聞きながら、オレ達三人は体勢を整えて地へと着地する。


 切り離された花弁は塵と化しながらも、アルフローレンは切断によってズレた体を項垂れさせながら再生し始めていた。その姿に、痛みや苦しみ、悔しさなどは見て取れない。ただ単純に、再生するから再生してるだけ、と言った様相しか見て取れない。


 ただ、だけ、それだけ。その姿が、そうなるからそうしているってだけの姿が……似てるんだ。『それ』が『そうなること』に、『これ』が『こうなること』に、その間に理由なんて求めず、そうなるからそうなるって事しか知らないお前は、やっぱりそうなんだよ。


 だったらそのまま死んでくれ。その間の理由を知らず、このままお前は、どうか死んでくれ。死ぬから死ぬ、それだけを知ったまま、死の意味も知らずに死んでくれ。


「ソーエン、今回はオレに止め――」


「断る」


 ソーエンはオレが全てを言い終わる前に、全てを察して、全てを否定してきた。


 そんな心配すんなよソーエン。オレはオレの事を一番分かってて、それでも一番知らないオレは、だからオレを知れてるんだ。オレよりをオレを知っていて、一番理解してくれているお前が心配するような事は、絶対に起きないから大丈夫。


 背後から聞こえてくる戦乱の声、戦闘の音、そんな音よりも、このオレの声を聞いてくれ、ソーエン。


「有象無象の声を聞いて居ないお前が、唯一傾けるべきは仲間の、そして俺の言葉だ。お前がアルフローレンを殺そうとするならば、俺がお前を殺す」


 ソーエンは血反吐を吐きながら、体から血を垂れ流しながら、それでもオレへ静かに力強く言ってくる。


「くふふ、ねーぇ、バカ共。喧嘩するなら私もまぁぜぇて♡」


「あ、ナナさんはアルフローレンと戦ってて」


「削げるモノは全て削いでおけ」


「こーんな詰まらない事、虚しいこと、寂しいこと。理由が無ければ終わらせてるわよぉ。はい」


 ナナさんはぶー垂れながらも刀を一瞬だけ抜き、そしてまた鞘に戻す。そうしてオレ達へと笑みを向けてくると――。


「早い者勝ちの出たとこ勝負ね? おバカ達、よーいどん」


 ――一瞬にしてアルフローレンの巨大な体躯を切り刻み、内に有った核を、そして核を抱えた、オレの知ってる死神ちゃんの姿を露にさせた。そのせいか、そのおかげか、周囲の写し身達はオレ達に狙いを定めてこちらに向かおうとしている。アルフローレンが倒される事を阻止したいんだろう。


 瓦礫のように崩れ去るアルフローレンの肉体、そして、その崩壊の中眠るように核を抱えている死神ちゃん。それを壊すのは、殺すのは、オレがするって決めたんだ。


「「ッ!!」」


 オレは知っている、ソーエンが邪魔してくる事を。ソーエンは知っている、オレが邪魔してくる事を。だからお互いにアルフローレンの核を横目に捉えながらも武器を構えて相対する。


 核を壊す事を目的にしながらも、オレ達二人は核よりも優先して相手に武器を構えた。


 しかし、惜しかったかな。オレは核を壊すことを、死神ちゃんを殺すことを優先していた。ソーエンは、オレに死神ちゃんを殺させない事を優先していた。だから、オレは一手遅れて、ソーエンの銃撃を肩と足に浴びたんだ。


 * * *


 ヤイナは見ていた。倒した英雄の写し身が消える中、周囲の者達が崩れ始めたアルフローレンを目に勝利を渇望する者達を。


 チクマは見ていた。イキョウと、仮面を付けたソーエンが互いに争いを始めた姿を。


 ルナトリックは見ていた。龍達を殺し、血を空に流しながら、これから起こるであろう事の顛末を。


 ラリルレは見ていた。二人が譲れないもののために喧嘩をしている姿を。


 そして――この世界の者達は思っていた。『この戦い、仮面部隊が居れば勝てる』と。

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