36.あいよ、任せな
「こんな短時間で虚無の暗闇に来るとかある? 空飛ばされと思ったら今度は<ラストリゾート>の流れ弾で頭吹き飛んだんですけど……アーサーに殺されて飛ばされた挙句親友の奥義に殺されて二回死んだんだけど。死神ちゃんは……居ないよなぁ……」
* * *
アステル陣営は、遠く向こうで激しい戦いが行われていることを把握しながらも、自らの戦いに手一杯で目の前にしか眼を向ける事が出来なかった。
「くッ、これは、まずい、ね!!」
「えとえと、劣勢気味になってきてます!! 私の盾にも凹みが……!!」
「しゃぁねえ!! モヒカ、フロー!! 一旦アレやって回復入れるぞ!!」
段々と劣勢に陥るアステル陣営。その中心で、皆の体力を回復させるため平和の旗印は光の旗を掲げる。この場での一つの生命線が、この平和の旗印のスキルだった。広範囲に及ぶ回復とバフ、それにより周囲の者達は消耗した体力を取り戻し、また戦うことができる。
しかし、その間平和の旗印が戦いに参加する事は出来なくなる為、攻撃、盾、ともに数が減る事となる。
「ンンンンゥ<金剛旋風ゥ>!!」
傷ついたグスタフが大槌で写し身を吹き飛ばす中――。
「サンカさん、魔力は!!」「まだ有るが……集中力が切れてきたんだ。すまないシアスタ、発動が若干送れる……」「はぁ、はぁ……<風切りの太刀>」「せ、せ、セイメアさん、無理、だめです。わ、わ私カバーするので、息整えてください」
他のものも体力と共に消耗が始まってる中――。
「ピウ!! レレイラ!! 援護!!」
「「了解」」
アステル冒険者最大戦力である、ひまわり組が、そして大悪魔四人が、この乱戦の中でも一際に戦いを続けている。その中でも特に責任感の強いティリスは、逐一周りの様子を見、すぐに指示を飛ばし、危険な者達が居たらすぐカバーに入っていた。
しかも、あることに気付いていた。この場に居る写し身達、その中でも強者中の強者と思われる者達が、段々と自分達や大悪魔達の方へ集中し始めていることに。
その事実から導き出した策をテモフォーバへ伝える為、ティリスは息を切らしながら名を呼ぶ。
「ギルマス!!」
「うん。そうしよう、私達だけでひきつけようか」
ティリスが、そして、阿吽の呼吸ですぐさま理解しテモフォーバが同意した作戦は、強者を引き付けている自分達がこの場を離脱することで、他の者達に掛かっている負担を減らすと言うものだった。
しかし、それではテモフォーバ達の手数は格段に落ちる。現状を捨てて周りからの援護やバックアップも無しに戦い、その結果、先に待ち受けるのは死だろう。それでも、死ぬまで足掻けば、このまま戦うよりもより多くの時間が稼げるだろう。
離脱するタイミングは、平和の旗印達による回復が切れたタイミング。全員の体制がある程度たて直り、そして自分達も可能な限り最大限に回復してから――。
――死を覚悟する者も居れば、死が待ち受けている者だって居るだろう。
乱戦の中、セイメアは息を切らし、体全体で呼吸をしながら体力の回復を待っていた。
「ミュ、ミュイラス……さん」
「しゃ、しゃべらないで。か、回復に、しゅ集中しててください」
セイメアは息を切らしながら、珠のような汗を額や体に滴らせてミュイラスへと言葉を掛ける。それを守るように、ミュイラスは普段と比べて凛としながらレイピアを振るっていた。
セイメアの周囲には彼女を守ろうとする者が他にも居る。サンカとシアスタはセイメアを挟むように立ち、炎と氷を相手に放つ。マールとシーカはその魔法に合わせるようにして敵を撃破していた。
まだまだ周りはもっと仲間がいる。冒険者が、衛兵が、その周りには更にもっともっと。皆が乱れて敵と交戦をしている。そんな最中――。
「あれ……なに……?」
――一人の冒険者が声を上げた者が見た光景、それは……写し身の一人、荘厳な魔法使いのような姿をした者が天に杖を掲げ、その上部に太陽のような炎を浮かばせている姿だった。
その者はかつて他の世界で、滅却の獄炎・アバラータと称された、炎さえも焼き尽くす魔術師であった。
まるで、この場に居る写し身達ごと焼き払おうとせんばかりのその無慈悲な劫火。それを見た者達は皆、顔を青ざめさせると――。
「あのあの、サンカ、あれってなんですか!!」
「ちょ、超級魔法……<バーニングフレア>……し、しかもケタが違う……。皆、逃げて!! 蒸発するっ!!」
「はぁ!? ヤベーぞ!! この声聞こえてる奴全員撤退しろ!!」
「なんだってんだ……んだアレ!? 逃げる隙ねぇよ!! 誰か魔法で壁――」
「いみねぇって!! ってか何処に逃げれば良いんだよあんなの!!」
刃を交えてる者が、援護していた者が、総じて声を出し、逃げ出そうとする。が、戦っている写し身達が手を休めることはない。逃げたところで後ろから切られる。
写し身達を捨て駒に使うような戦術、それが出来てしまうのは、敵達が皆、命を持たぬ写し身だったからだ。
炎を止めようと走り出す者も居る。大悪魔達やひまわり組、そして二等級冒険者達だ。身を挺す、死んでも良い、皆を助けるために、その炎を止めようとする。炎使いのレレイラさえ、否、レレイラこそがあの炎の真髄を理解し、萎縮して恐怖してしまうほどのその炎、それを止める為。
逃げようとする者も居る。その逃走を助けようとする者も居る。乱戦の中で隙を作り、逃げ出す者達を逃がそうとする。
太陽の恵みだってその逃がす側に居た。ミュイラスは走れないセイメアを庇いながら走る。シアスタは周りの冒険者達に手を引かれ、太陽の恵みの名前を呼びながら泣き叫んでいた。
「離してください!! いやだ!!離して!! サンカさん!!マールさん!!シーカさん!!」
「――シアスタ、今までありがと。生きて」
太陽の恵みは、サンカは、この行動が死ぬことだって分かってる。だから、せめて最後は笑顔を向けて、自分達のために泣いてくれるシアスタを見送った。
セイメアは目に涙を溜めながら、ミュイラスへと言葉を告げる。
「私、置いていってください……ミュイラスさん、逃げて……」
「大、丈夫……ですよ。は、初めてのお友達、守りますから……」
ミュイラスは分かっていた。シーカ達が死してもみなを守ろうとしている事を。そして、セイメアはまだ戦いに身を置いた日が浅く、そう簡単に死ぬ覚悟なんて出来ない事を。
二番目に出来たお友達、シーカが一生懸命セイメア達を守ろうとしてるから、そして自分もセイメアを守りたいから、セイメアを置いて一人で逃げることなんて絶対にしない。
ここに残ろうとしているの者達は皆、逃げようとしている者達を守る為にここに居る。ひまわり組は、平和の旗印は、にゃんにゃんにゃんは、絶・漆黒の影は、大悪魔は、その者達全てを守ろうと、写し身達を薙ぎ倒して、必死に魔術の行使を止めようとする。
その光景は、シアスタにとって、死に行く者達を見送るようだった。それが苦しくて、悲しくて、胸が痛くて、大粒の涙を溢れさせながら、手を無理矢理引かれて遠ざけられる。
それが嫌だった。でも止められる手段なんて持ち合わせていなかった。だから、どうしようも無くて、ただ叫ぶ。どうにかして欲しくて、一人の男の名を叫ぶ。
「――助けてください!! イキョウさあああああああん!!」
轟々と燃える炎、逃げる人たちの声、乱戦の騒音、それ等に負けないほどの大きな声で、シアスタは泣き叫んだ。叫んで急に現れるわけが無い、呼んで何処からとも無く現れるはずが無い。それでも、助けて欲しくて、喉が裂けるほどの泣き声を上げた。
その直後――。
「へぶッ!?」
「イキョウさん!?」
――急にイキョウが空から降ってきた。
まるで何処からか飛ばされてきたようなイキョウは、地面に二度三度バウンドして少し転がる――。その姿を、この場に居る者達が見ていた。情けなく登場した、なんかどんなことでも何とかしてくれそうな奴を、足を止めて見ていた。
「その登場の仕方二度目だよ精剛……」
「っるせえ!! んだよチクショウ!! 体も首もポンポン飛ばしやがって!!オレは綿毛じゃねぇんだぞ!! あーもー仮面ぶっ壊れちまったよ!! 修理しなきゃなんねぇじゃん!!」
何かに文句を吐きながら飛び起きたイキョウ。仮面をしておらず、その身に纏う外套の首下には、ぶちまけられたとしか思えないほど大量の赤い液体が付着していた。
「ってかここ何処!! ……アレ、シアスタじゃん」
立ち上がったイキョウは、首に手を添えて繋がってる事を確認しながら、『スン……』と泣き止んでるシアスタに向かう。助けを求めた当の本人は、まさか本当に来てくれるとは思わず、そして急に空から降ってきたものだから、感動や嬉しさと驚愕が入り乱れて思考停止していた。
「シアスタがカチンコチンになってる……まるで氷だな!! ガハハ!! セイメアもカチンコチンじゃん……?」
「イ、イキョウ、さん……」
「キョー……さん」
「「助けてください!!」」
「――何すれば良い」
「切り替え早っ、なんなんだコイツ……」
セイメアはミュイラスに抱えられながら、イキョウへと助けを求めた。その願いを二つ返事で聞いたイキョウは死んだ目で、真剣な緩んだ顔をしながらすぐさまなにをすれば良いのか聞く。
「シーシーさん達が……皆さんが……!!」
セイメアは、まだ事も終わって居ないというのに、イキョウの登場で安心してしまったほっとして思わず涙を流しながら、縋るように言葉を告げた。
イキョウはまだ何も聞いて居ない。何をすれば良いかについての解答を聞いてない。遠くの炎なんて一切見てない。
「あいよ、任せな」
それでも、すぐに言葉を返して、バンダナを深く被り、この場から姿を消した。
「アイツ……相変わらず色々急だな……」「イキョウ居ると緊張感無くすぜ」「あ……本当にどうにかなっちまった」
イキョウが姿を消した直後、遠く向こうの炎が、そして術者が、赤黒い閃光に切り刻まれ、まるで何事も無かったかのように脅威はすぐさま過ぎ去った。
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