32.戦いの
戦いが起こり始めようとしてる。
人対写し身が、互いの力をぶつけ合い、世界を賭けた戦いが始まろうとしてる。
カフスはその美しい翼を羽ばたかせ、そして空を舞いながらこの場に居る全ての人へと加護を与えた。
「<結晶の祝福>」
辺りに煌く小さな輝きが降り注ぐ。それは、人々の体に触れると、その体を薄く柔らかく、しかし強固な透明の結晶で覆った。並大抵の魔法や攻撃を通さないその結晶の加護を受けた者達は、皆勇んで戦いへと向かっていく。
そして――刃が、火が、風が、回復が、付与が、矢が、戦場のいたるところで巻き起こり始めた。
騎士と騎士が戦い、兵と兵が戦い、モンスターと人が戦い、死者と生者が戦う。
地上では戦いが。そして空でも戦いが。
ワイバーンに騎乗した騎士達が、空で同じようなような者達を相手する。空のモンスターを使役する者は、その空の戦いに加勢している。
そして更にその上空では――五体のドラゴンと、蒼白のドラゴンが、壮大さをぶつけ合っていた。
* * *
カフスが相手をしてる五体のドラゴン。
黒死龍ゲ・ウル。虹鱗龍ガウラムティチカ=ヲルハーダ。乱雷龍タダツアマ。裂海竜ネルレセット・ヒカガクス。龍王パーラーダ=コゥオゥ。
かつて、他の世界でカフスと同じように特異点であった龍たちは、それでも滅んでしまっていた。
黒死龍ゲ・ウルは、天使達の審判によって人々が死ぬのは自らのせいにすれば良いと『仇』という救いを作り背負い、生きている者達から石を投げつけられながらも、憎しまれる者として人々の心に黒き平穏として残り続けた龍。
虹鱗龍ガウラムティチカ=ヲルハーダは、魔法を統べ、その力でユーステラテス、カランドウルを退けた。その偉大さに人々が崇め、そしてオルセプスに敗れた龍。
乱雷龍タダツアマは、自らが思うがままに暴れ、人々に恐れられながらも、恐れと偉大さを込めて神のように奉られた厄災と天災の龍。ユーステラテス、ギルガゴーレを退け、ガランドウルに敗北を帰した。
裂海竜ネルレセット・ヒカガクスは、海に身を漂わせながら人々と生活を共にし、平穏な暮らしを望んでいた心優しき存在。天使を退ける為振るった爪は海をも裂いた。しかし、フォルカトルに身体中を刺され、海の底で絶命した。
龍王パーラーダ=コゥオゥ。純粋で圧倒的な力を誇り、その硬い鱗は何者の攻撃も通さなかった。五体の天使をその力で退けた。が、ガランドウルに首を一刀両断され、最期はその身を火口へと落とした。
いずれも尊大な力を持つドラゴン達だ。
そのドラゴン達と戦いながら、カフスは問う。
「貴方達、ドラゴン。私も、ドラゴン。同属に会えて嬉しい。他の世界の貴方達、きっと頑張った。だから――」
カフス=スノーケアは、言葉で、そしてより心で、賛辞を送る。同じドラゴン達を称えるように。
「――私も、頑張る」
* * *
遥か上空から降り注ぐ雷や結晶の礫、触れたら死んでしまいそうな黒霧、真空の刃――それら全ては、この平原を覆う光の壁によって地上へは届かなかった。
人を守るのが結晶の加護ならば、この場を守るのは女神の加護。<神還なる聖域>は、どんな遠距離攻撃も通さない。
「まりょくりゅーにゅー」「らりるれがんばれー」
「んふふ~、頑張るよ!! 皆は私が守るもん!!」
「ふへー、お腹空いてくー」
戦いの後方では、微笑みの仮面が杖を地面に付きたてながら、双子とソーキスによる魔力の補充を受けていた。
その周りは、王国兵十数名が盾をガンと構えながら、その女神を守護している。
「我等臨時女神騎士隊、必ずやお守りして見せます!! お前等、ザレイト隊長仕込の盾だ!! 絶対に崩すんじゃねぇぞ!!」
「「「おおおおおおおおお!!」」」
「鬱陶しい奴等だ」
ロロは、ラリルレの頭の上で、周りの喧騒に難を述べながら、万全の準備で辺りを警戒していた。
* * *
王国騎士団は五騎士を筆頭に刃を振るい、着実に写し身の数を減らしていく。
一体の写し身には二人以上で対応し、個々が全体を見渡しながら互いにカバーをするように戦っていた。
「はは、イキョウと手合わせしてて良かったよ。上には上がいるなら、それを想定すれば良いんだから」
「……それで対応できているのはお前くらいだ」
王国騎士の中で、キアルロッドだけは辺りの写し身達をズバズバと次々切り裂いていく。その姿を横目に、ザレイトは両の盾で敵を押しつぶしながら言葉を投げかけた。
「イキョウを見たあとじゃ、コイツ等全員すっとろいよ。だから殺せるの。……やっぱりイキョウおかしくない?」
「見ろYO、キアル。イキョウだけじゃなくて、イキョウ達、がおかしいんだZE」
「うわぁ……」
スターフに言われてキアルが向けた先。そこでは――。
「くふふ、全員邪魔。つまんなーい」
「死んでんなら成仏しててくださいっスよ。ウザイから」
「――起こして済まぬ。せめて安らかに」
悠々と戦場を散歩のように歩いてただ刀で切り裂いて行く者と、直線状に焼き尽くして道を開ける者、大降りの一刀で周囲を切り伏せる者がいた。
それぞれの歩み方はバラバラだが、それでもこの場の誰よりも写し身を殺しつくしている。二人は慈悲なくゴミを捨てるように殺し、一人は弔いながら殺していた。
そして、それより酷いのは――。
「――」
強者たる写し身にすら感心を寄せずに、空と、時たまこの場に居る敵味方の顔面を踏みつけて、殺すことすら無視する者と。
「――」
ただ歩き、周囲に漂わせた黄金の星々で敵を焼き払い、時には大連団に所属するものをも気にせず殺そうとしている者だった。
「凄いよね……俺の討伐スピードが比べ物にならないもの……」
「……キアル。俺達は気にしなくて良いYO。俺達副団長、お前騎士団長、断腸の思いで見送るZE。だから、行って来い。本気で戦ってくれ」
スターフは理解していた。キアルは、騎士団長として、騎士団を守りながら戦っていることを。それが立場としては当たり前の事ではあるが、今回ばかりは勝手が違う。突出したものがその全力を振るわなければ、決して勝てない事を知っていた。そしてスターフは、キアルが形振り構わず本気を出せば、仮面部隊に匹敵するセンスと実力を兼ね備えている事を知っていた。
「……ダメだよスターフ。俺はニーアのおかげで腐らなかったし、腐らなかったから騎士団長になれたんだ。だってのにこの立場を捨てるって決めてしまったなら、俺は自分が許せない」
「――だったら私が臨時で騎士団長を務めるのであります!! 捨てず、一時預けるのであります!!」
キアルの言葉に応えるように発せられた言葉。その言葉の主は宙から落ちるように現れ、同時に蛇腹剣を二振り、縦横無尽に降りながら着地する。それと共に、雷を纏ったメイドも、その場に現れた。
「キアル殿はニーアが大好き、私もニーアが大好きであります!! ならば、一時的に私がニーアの親になるのであります!! <閃光二式>!!」
「もぅ……あなたがそういうなら、仕方なく私も付き合うわ。キアル様の意思を告いで、騎士達を守ります <雷帝>」
二人は現れ、そして力を振るい目の前の敵を消し去る。
「……私達のことは気にするな。前騎士団長として、皆も王国も世界も守る。私の盾は、かくあるべきだ」
「たまにはおいらにも任せな。友として、信頼してくれてもいいんだぜ」
「…………すまないね……。一応、人類最強として、やれることはやってくるよ。……<雷の疾風>」
背中を押されたキアルロッドは、その身に雷を纏って、落雷を反転させたかのように飛び上がり、そして宙を掛ける。一つは世界の為、もう一つは、戦いの前にイキョウを見て、変な予感がしたため。
飛び上がった雷撃は、アルフローレンを求めて電光を残し去っていく。
「少し残念だな」
「……何がだ? スターフ」
「おいらもキアルに見せようと思ってた技があるんだ。けど、今度にするよ。 <炎帝>」
キアルが飛び去った後には、炎の柱が辺りを紅く照らしていた。




