30.好きにさせて
死神ちゃんと別れて、短い時を過ごして、やる事はやった。出来る事もした。ヤることもやった。
この数日間、どれだけ考えてもオレの中で答えは出なかった。でも、時間というモノは過ぎ去っていく。
そしてついに、ナトリから連絡を貰った。協議が終了して、あとは決戦の準備をするだけまで事は進んだらしい。ってか、オレ今回何もしてない。ただずっとアステルで考え事しながら平和な日々を過ごしてただけだ。
皆に任せっきりだよ。でも、今回ばかりはその方が良かったのかも。あの子の事をこれだけ考えたんだ、考えられたんだ。未だごちゃごちゃしてて答えは出ないけど、それでもよく分かったよ。オレはあの子に同情してるんだ。人になってみたいって願ってるのに、それを願いと理解することなく天使として消えるあの子に、オレは同情してしまってるんだ。
最後の天使は、今までで一番厄介な相手らしい。これまで殺してきた天使たちより厄介だ。物凄く厄介だ。なんて……厄介な奴になっちまったんだろうな。人を知らないままで居れば、ただ傍観して居れば良かったのに、誰のせいであんな風になっちまったんだろうな。誰のせいであの子は人に興味を持っちまったんだろうな。
だから、あの子が死ぬときにもし手を振ったなら、それはオレのせいなんだろうな。
* * *
アステル、王国、両間に存在する大平原。そこには、多くの国から集められた騎士や兵士、猛者、冒険者、戦士、術師、剣士、獣使、影の者エトセトラエトセトラ――。
色んな奴等が居るよ。そいつ等が大連団による半円の陣形を組んで遠く前方にそびえるモノに眼を向けている。白と黒が織り成す、巨大な花のつぼみを見ている。
でもオレは、周りに居る五十万から成る戦う者達に一切の感心が向かない。誰だって良い、どうだって良い。
この場にはレベルが三十以上の者達が集まってるんだとか。上はキアルレベルから、下は一兵士まで、無駄な戦力にならないやつ等を集めたらしい。
それもこれも仲間達から聞いた話だ。この場の事は全部仲間達が教えてくれた、オレは何もして居ない。ただ目の前の天使のことだけを考えていたオレは、この大連団の編成や作戦立案に関して何も関与して居ない。
やってくれたのは全部、仲間達だ。
「ありがとな、皆」
オレは、背後で緊張している奴等を他所に、横に並んでいる仲間達へと声を掛ける。
仮面部隊七人並びにロロとカフスは、この大連団の先頭に並んで立っている。まるで、オレ達がこの場の最高戦力だと見せ付けんばかりに。
「阿呆よ、気にするでない。此度まで貴様は少し働きすぎていた、多少の休息は権利とも言えるであろう」
「んふふ~、ルナちゃんとクマちゃん凄かったんだよ。いーっぱいの王様達にね、ずばっずばってお話してね、おーたちまわり? してたの!!」
「――混乱していて話が纏まらなかったのでな。申し訳無いが、当初から立てていた我々の計画を多少は押させてもらった」
「くふふ、まるで前々から知ってたみたーい。不思議だねー、どーしてだろーねー?」
「ナトナトなんでありえるっス。頭良すぎて未来予知でもしてるんじゃないっスか? ってかてかパイセン聞いて、ソーパイセン会議よりナタナタちゃん優先して――」
「黙ってろ駄メイド、今する話しではない。それより……なんだお前その面は、気色が悪い」
真横に並んでるソーエンは、オレへとひっどい事を言ってくる。仮面をしてるから、この仮面を侮辱してるわけじゃない。その奥にあるオレの顔を見て言ってきてる。
背後の緊張している奴等と違って、オレの周りは何時も通りだ。緊張なんて一切見せずに、何時も通りの雰囲気でここに居る。
「ほぁー……? オレどんな顔してんのよ」
「穏やかで、たおやかで、そして酷く悩んでいる。中身と面を合わせろ、不協和音が気色悪い」
穏やか、たおやか。前にナナさんからも言われた言葉だ。だったらオレは、あの子を見送りたいのだろうか。
「悩むくらいなら家に帰れ、というか何を悩んでいる」
「いや……な。うん……よくオレさ、死んだら死神ちゃんに会うって言ってたろ?」
「ああ」
「死神ちゃんさ……アルフローレンだった。死神のお仕事してて、天使の使命背負ってて、そしてでも、オレだった」
「…………おいナトリ、今すぐコイツを家に送り返せ」
ソーエンは、オレの言葉で死神ちゃんがどういう存在かをすぐさま理解した。そして、何故かすぐにナトリへと声を飛ばした。
「大丈夫。ちゃんと殺すから」
「お前の大丈夫という言葉ほど――」
「喚くでない馬鹿よ。此度の戦い、我輩等の誰かが欠ければそれで敗北は決する。それでも良いならばこの阿呆と共に、我輩も家で紅茶を嗜むとしよう」
「……チッ」
ソーエンはナトリの言葉に反論が出来ず、舌打ちをして『仕方ない』と言葉を語らず返す。随分あっさり引いた気がするけど……仲間達の命が掛かってるもんな。でもそれ以外にも何かありそう――。
「――ルナトリに居なくなられるのが一番の損失だ」
「くはは、そうであろう。ならばこそ、阿呆もここで戦うしかないのだよ」
チクマの言う、ナトリがいなくなられては困る理由。それは――この大連団の戦闘方式に理由がある。
この戦い、ナトリとダキュースが手を組んで、一つの生命線を作り上げているらしい。ナトリの開発した魔法、魔道具、薬の利用とダキュースの助力により、死に掛けの者を遠隔で、遠く後方に控えてる野戦病院に転送するんだとか。ただし、死ぬ覚悟が出来ない奴等達は、の話だ。
そんなものオレ達には必要ないから、他は他でやってくれって事で、完全に他人事だ。
細かい指示とか作戦とか、他の奴等が何を何処まで知ってるとか知らない。オレはナトリから言われた『貴様の好きに動け』と、だったら目の前の相手に集中してればいい。
「ねぇルナトリック? アルフローレンちゃんは自分の力使って戦力召喚するんでしょー? このまま待ってるのー? まーだ? もう行って良いの?」
「あやつが花開くまで待て。あの状態、蕾の姿では攻撃が通らん」
「じゃあ皆動かないんだ。だったら好きにさせてもらうよ <隠密>」
「あ、まっ!! ……っスー……パイセン居なくなっちゃったっス」
オレは言われてるから、だから好きに動く。
漆黒の二刀、サンザシャとベーラティを携えて、オレはアルフローレンにゆっくり近づいていく。遠くはなれた君を、最後まで近くで見ていたくて。
* * *
「今のキョーちゃん……とってもやさしんぼで、さみしんぼさんだよ……」
「最近パイセンおかしいっス。ぜーったい何か隠してるっス」
「どーかしらね、くふふ。一人ぼっちでお留守番してたから拗ねちゃってるの……かーもね」
イキョウの行く末を知らない者達はその姿を考える。
「奴の止めは俺が指す」
イキョウの全てを知る者は、自分が責任を負おうとする。
「くはは、止めなぞ誰でも良いのだよ、そう、誰でもな。人であろうが」
「――あるいは、神であろうとな」
チクマとルナトリックの二人はただ、見送るように言葉をつぶやく。
仮面をつけている者達だけが、イキョウの事を考えている。それほどに、仮面部隊には心の中に余裕があった。イキョウの事を知る者達は皆、多少なりとも心に余裕と言う者があった。
アステル陣営には冒険者や衛兵が、その中にはセイメアやシアスタ達、先頭には四大悪魔だって居る。
他の陣営にも、イキョウの見知った者達が居る。
しかし――それ以外は。皆が緊張の面持ちで、鋭い息を吐きながら、目の前の敵を見ている。世界の命運を背負い、崩壊を食い止めるための武器を、震わせながら握っていた。
皆が皆、世界の命運を背負わされて、体の芯から震えるほどに緊張と重責を負っている。必ず勝たなければという強い意思を持って、世界を守る為にここに立っている。
絶対に負けられない戦いは、世界の敵を前にする事で、より重いモノだと理解させられた。




