29.恋を理解できず、色だけを楽しむ
少しだけ……夢を見た。全てが終わって、皆が忘れて、オレが居なくなる夢。それはとっても心地が良かった。多分、死期が近いから、オレが望む夢を見たんだろう。
でも、もしかしたら違う理由かも知れない。しれない。
オレは、自宅に帰った後、共有スペースのソファで昼寝をしていた。でもそれも終わって眼が覚める、眼を開いて光景を瞳に写す。夜になる前の、薄暗い天井とそして――。
「あ……お、お、おはようございます……あっ、あっ、こんばんは、でしょうか」
横になったままのオレを、ミュイラスが覗き込んでくるすがたを。
後頭部には薄くも柔いふとももの感触が確かに在る。見上げれば程よい大きさの女性的な胸と、ミュイラスが優しく微笑む顔が見える。
オレがシュエーの店から出ると、ミュイラスも追いかけるようにして付いてきてくれたんだ。そしてちゃんと、オレが起きるまでここに居てくれてたんだ。ありがとうミュイラス。
「……ミュイラス、お前の幸せは見つかったか?」
オレは夢を見た。それはミュイラスが居てくれたおかげだったのかもしれない。
「え、えっと、ま、ま、まだはっきりと……は。でで、ででも……お仕事、楽しいです……それ、それと、イキョウさんの、寝顔見るの、良いなぁって……。イ、イ、イキョウさん、穏やかに眠ってて、もしかして、夢、見たんですか?」
「見たよ……久々に見た。
ミュイラス、多分オレって人として死んでみたいのかも。あの人がオレに人を望んで、そしてオレは死にたくて、だからオレは人として死ぬのが、一番良いのかも知れない」
「そ、それ、良い、事ですね。イキョウさん、の、全てのイキョウさんの、納得できる、幸せ、夢、見つかったんですね」
ミュイラスは、微笑みながらオレの頭を撫でてくれる。
普通だったら、こんな事を言ったらおかしいと思われるだろう。でも、ミュイラスは祝福してくれる。多分この言葉を聞いて、ミュイラスだけが祝福してくれる。
「……なあ、ミュイラス。次に戦う天使さ、どこかオレと似てるんだ。
感情を知りたくて、それを真似て、生に憧れてるのに、でも死ぬことを厭わないんだよ。オレはそいつを殺さなきゃいけないんだ。それで良いのかな、何か間違ってるのかな」
オレの中には色々とごちゃごちゃしてる考えがある。でも、その考えに答えや間違いを見出す事が出来ない。
オレは周りに居る奴等を守る為に使命をこなす。それは絶対だ。本当は、死神ちゃんと出会った夜に、あっちのオレが即断したように是が非でも何をしてでもあの場で殺す事が、何よりの最善策だっただろう。あそこで殺しておけば、殺した結果だけが生まれ、その後に悩む事は無かっただろうから。
でも、過ぎたることを過ぎる前に悩めるほど、オレは賢さと時間があまりにも足りないから。
「わ、たし――」
オレの言葉を聞いたミュイラスは、オレの頭を撫でながら、もう一方の手でオレの片手を握ってくる。
「ずっと、じ、自分が正しいって思ってました。でも変わってます、で、でも、以前の私を間違いだとは、お、お、思ってないです。前、今、どちらも自分で、変わっても昔の私も自分で、昔の、両親が喧嘩していた自分も、確かに私です。あの頃の私は、今の私を否定しません。良かったね、楽しいね、って、言ってくれます。わ、わ、私、その良かったね、を、大切にしたい、です」
「そっか。過去の自分が、今の自分を認めてくれてるんだ。ミュイラス、良かったね」
「は、はい……」
ミュイラスは、柔らかく微笑みながら、そしてオレの胸に手を添えてくる。
「イ、イキョウさんは……昔の自分が、今の自分の考えを、を、否定、し、しますか?」
「今も昔も共に否定し合ってるし、してないけどしてるよ。また、矛盾だ。オレは生きたいし死にたい。あの子は殺す、でもそれで良いのか、そうしないといけないから良い。アルフローレンを殺したなら、オレはその事実を抱いて責任を持ってオレの死で贖罪をする。簡単にざっとまとめるとこんな感じ。何考えてるのか訳分かんないよね」
「イキョウさん、らしいですよ」
ミュイラスが言う、らしい。それが、一番オレに染み渡る。オレって言う不確かな存在を見て尚、そう言ってくれるから、誰が言うよりもミュイラスの『らしい』が、一番オレに良く似合う。
「わ、私よりも、アルフローレンさんは、イキョウさんで、で、でも、それって、だからイキョウさんの静かなここが、ごちゃごちゃしてしまうので……」
そう言ってミュイラスは、オレの心臓に手を重ねてきた。補足綺麗な指で、柔らかい掌で、優しく、そっと。
「い、今のイキョウさん、昔のイキョウさん、は、未来のイキョウさんでは……ないと、思います。む。む、昔の私は今の私を思い描けず、でで、でも、良かったねって言ってくれたように、今のイキョウさんが、未来のイキョウさんを、よ、良かったねって言ってくれるように、すれば良いのかなって……お、思います」
「そっか……。そうなれれば良いな。オレ、間違ってばかりだから、良いなって思えるようになりたいな」
「あ、あ、でも、その、イキョウさんなら、間違っても合っていても、どちらも自分を自分でまた否定、し、しそうなので、それも『らしい』、です」
「ミュイラス……ありがと」
その言葉が、何よりもオレを分かってくれている。だからオレは、それがありがたい。
だから、故に、オレは顔を上げながらミュイラスの顔に手を添えて引き、ミュイラスはオレの顔に手を添え、お互いの額を合わせて笑い合う。
日常のオレでも、あっちのオレでもない。オレを全てひっくるめて理解し言葉を投げかけてくれるミュイラスが、ありがたくて仕方が無い。
こんな会話が出来て成り立っているのも、ミュイラスだからだろう。『誰が』っていう会話ではない。ミュイラスとの会話でしか、この言葉の紡ぎは生まれなかっただろう。
「イ、イキョウ、さん」
ミュイラスは額をつけたまま、オレへと名前を呼んでくる。
顔が近く、口が近く、眼が近く、鼻先が触れ合う距離で、お互いの息を感じながら、言葉を交わす。
「み、短い先が良かったねって言える未来を、どうかお幸せに」
「続く先で、いつかお前が本当の幸せを見つけたなら、そのときは末永い幸せを」
オレ達は、オレ達の言葉を互い投げかけ、そして微笑み合う。そこには、お互いにしか分かり得ない手向けを添えて。
それ以上の言葉は要らない。必要ない。言葉は要らないから、唇を重ねあう。愛や恋ではない、互いの幸せを願ったキスを、オレ達にしか出来ないキスを、交わして二人で笑い合う。これは多分、送別と惜別のキスでもあるんだろう。
唇を離したところで、今ここで別れ終わる訳じゃない。唇を重ね続けたところで、お互いを求め手放したくない訳じゃない。ただ、お互いに花束を贈るように、キスをしただけだ。愛、恋、ではなく、ミュイラスからは『おめでとう』と、オレからは『幸せが見つかると良いね』と、交わしあっただけだ。
離したところで、重ね続けたところで、オレ達の送り合いたい『言葉』はもう交わせた。だったら今度は『言葉など』を交わせたい。って、ミュイラスも思ったんだろう。
「……お昼寝、して、夜、寝られません、か?」
ミュイラスは、気恥ずかしそうに、でも、どこか期待するようにオレへと問いかけてくる。
その言葉に欲はない。ただ、オレと居たいからそう言ってくれる。愛、欲、執着ではなく、まだ一緒に居たいから、一緒に居るなら夜を過ごしたいから、そう言ってくる。
存在を感じたいんだ。存在を感じていたいだけなんだ。
「寝れないよ。昼寝しすぎちゃった。
悪いけどさ、オレの夜に付き合ってもらっても良い? ここは皆が使う場所だからさ、オレの部屋に行って、二人だけでゆっくりしようよ」
「は、はい……。あ、で、でも……その……その前に、お、お風呂……」
「一緒に入る?」
「…………はぃ……」
オレは、顔を真っ赤にしたミュイラスの手を引いて、二人でお風呂へと向かった。さすがに皆が使うスペースではしないよ。だからあくまで、二人で仲良くお風呂に入るだけ。そのあとは、部屋でゆっくりお互いの存在を感じるだけ。
* * *
「みゅぅ……みゅっ……!! みゅゅっ♡」
「何その可愛い喘ぎ声……ぐりぐりー」
「みゅあっ♡!!」
* * *
夜がふける前。ベッドの上では、ミュイラスは疲れてしまったのか、艶かしい寝息を上げながら時たま体をぴくぴくさせながら寝ている。
オレはその姿を、窓の縁に腰掛けながらタバコを吸ってみている。身に着けている服は、下とバンダナだけ。上半身裸で、ミュイラスの様子を見ていた。
ミュイラスの声可愛かったなぁ……。ミュイラスは初めてだったから、ゆっくり時間をかけて穏やかな仲良し良しをした。繋がったまま動かずに体を重ねて横になったり、繋がったまま色んなところを弄くりあったり、ゆーっくり動かして、よわーい気持ち良さをじっくり感じあったりした。
でも結局、この眼があればどうとでも出来るから、後半からは乱れ淫らに仲良し良しをしたよ。
オレもこの後は少し酒を呑んだら寝よう。
吸い終ったタバコを机の灰皿に押し付け、オレは部屋の扉を開ける。そして、廊下を歩き、階段を下り、見慣れた食堂まで降りると――不意に、玄関前に人の気配を感じた。そしてそれと同時に、ノックする音が聞こえてくる。
どうしたんだどうあの二人。こんな夜更けに尋ねて来るなんて。
そう思いながら玄関の鍵を開けて、ノックした者へ顔を見せる。
「どしたん? シュエー、受付さん」
シュエーは笠を手に持ち、薄手で肩や足が露になってるドレスを身に纏っていて、その上に半脱ぎのコートを羽織っている。
受付さんは制服だけど、何かを隠すようにモジモジしてる。あと、赤い耳をしながら顔を手で覆って隠してる。
二人共美人でセクシーだけど、今日は何かちょっと扇情的な雰囲気を感じる。シュエーはさることながら、何時も通りのはずの受付さんまでそう思ってしまう。まだミュイラスとした熱が残ってるのか?
「イキョウはんから色めいた香りが……夜はもう終わりでありんすか?」
「えぇ……? いやぁ、これから酒呑んで寝よっかなぁって思ってたから終わりじゃないんじゃない?」
「でしたら、ご一緒しても?」
「良いよ? 三人で酒呑もうぜ~」
なんだ、二人共オレと晩酌しに来たのか。だったら一緒に呑むのは当然で必然だろ。
オレは二人を共有スペースに通し、灯りを灯して酒を提供する。たまにはこっちで酒を呑むのも悪くはないだろう。
テーブルには酒とツマミを、そしてオレの両脇には――何故だかシュエーと受付さんが並んで座ってる。他にもソファがあるのに、何故か三人並んで座ってる。
「イ、イキョウさん……何時まで上を……」
「あ、ごめんなさい受付さん。流石に上裸は失礼だよな」
親しき仲にも礼儀はあるんだ。だからオレは装備欄から服と外套を選んで装備する。
「あらまぁ……不思議なお力」
「まどーぐまどーぐ。受付さん、もう無礼じゃないよ、礼儀あるよ、服着たよ」
オレの言葉に反応した受付さんは、そーっと手を顔から避けて、恐る恐るこちらを見ると……ほっとしたような表情になった。でもまだどうしてか顔が赤い。あとさっきからモジモジしてる。
というか……この二人、さっきからめっちゃ良い匂いする。何かムーディで大人な感じの色っぽい香りがしてる気がする。
そしてシュエーは、そっとオレの太ももに手を乗せながら、体を凭れさせてきた。そして背を伸ばして、左耳をくすぐるように声を掛けてくる。
「イキョウはんなら、この時間でも起きてると思いんした。わっち等、お話して、身支度して、貴方様にどんな夜を届けようかをたーっぷり考えてきんした」
うーーーん、この欲をくすぐるような艶めかしい囁き。シュエーやる気満々じゃんかよ。でもダメだよシュエー、そういうことは二人きりになってからしよう。じゃないと受付さんに怒られてしまうでありんす。
「先客、ミュイラスはん?」
この夜の蝶。オレが何を言ったわけでもないのに、誰と何をしたのか分かってらっしゃる……。
「っすねー……」
「わっち等、もう無理?」
猫なで声のような、甘えるような、くすぐるような、そんな声でシュエーは囁いて、オレの足に手を滑らせてくる。
「いや全然いけます。でも待ってシュエー、あと、今ダメ。怒られちゃう」
「ミュイラスはんに?」
「受付はんに」
オレがそう答えたら、シュエーはくすくすと小さな囁き笑いをしてオレの耳を軽く舐めた。それと共に手を、キメの細かく、柔らかな指と掌を、しっとりとオレのオレに重ねてくる。
「ご心配なさらず。ローザはんも、わっちと同じでありんすゆえ」
「がはは、んな訳……受付さん?」
シュエーの言葉と共に、受付さんが顔を俯かせながらオレに寄りかかってきた。
「今日……だけ……ですから……。今日だけ……いやらしいこと……してもいいです……よ?」
「えっ――――えっ――――えぇ?」
「わっちもローザはんも、貴方様の空虚なお心を少しだけで良いので埋めて差し上げたいのでありんすぇ。女、という身と心で、少しばかりのご奉仕を……よしなに」
そう言ってシュエーは、色香を溢れさせながら手で優しくまさぐってくる。いやこんなん……元気になっちゃわないはずが無いでしょ。でも――。
「こんなことしちゃってるのって、オレのあの顔見ちゃったから? それとも、虚しい奴だなぁって思ってお情けでしてくれてるの?」
「くすくす、貴方様はそれを望んでは居ないのでありんしょう? わっちはただ、貴方様と夜を共にしたいだけ。良ければ貴方様のものにして欲しいだけ」
さすがシュエー、さすが夜の君主。オレが断るような理由でここにいるのではなく、ただシたいからここにいるって言ってくれた。オレを立ててお互いがシたいって思わせてくる。
「なら良いけど……え、でも……」
オレはちらりと受付さんを見る。この人、どんな理由でオレに体差し出そうとしてくれてんの? 受付さんがそんなことしてくれるほど、オレって何がしたっけ?
「くすくす。ローザはん、あのお話を」
「は、はい……。イキョウさん、違うんですよ? 違うのですけど……」
「へい……?」
受付さんは恥ずかしそうにしながら目で、これからする話で私の事を見ないで下さいっていう、ちょっと不思議な言葉を目で語ってくる。
「……この前、イキョウさんにマッサージをしてもらってから…………その……。ひ、一人じゃ……満足……できなくて……。そ、それに……少しだけ……いやらしい、く、なりやすくなって……イキョウさんの手や顔を見ると……思い出して……」
そう言って、受付さんは足をきゅっとした。あと、制服のお山にぽっちが浮き出てる。
「い、今も、匂いをかいだだけで……あの……頭、ぞわぞわして、ます……。多分、全身があの時のこと、覚えちゃってて……」
「あれまぁ……だったら一人で満足できるように体書き換えてあげないといけないでありんすえ。じゃないと今後が大変なんし」
「くすくす、わっちのまね、お上手」
「私……いやらしくないですからね? なので……そう、そうです。イキョウさんに責任を取ってもらうためにここに来ました」
「なるほどなぁ……そう言うことなら、体がっつり弄らせてもらうから、それで罪滅ぼしってことで」
「はい。……え? 私何されるんですか……?」
「物凄いこと。一人で弄っても満足できるようにする」
「え……あっ……」
受付さんは、その光景を想像したのか、背を丸めて手で足の間を覆って抑えた。全身のむずむずを抑えるように、そして体の興奮を隠すように。
「早速、ここで――」
「ここはダメなんだ、シュエー。皆が使う場所だから。酒持って空き部屋でする」
「イキョウさんのお部屋じゃないんですか……?」
「ミュイラス寝てるからなぁ……起こしたらかわいそう」
「どうしてミュイラスさんが……あっ。……あぁ」
受付さんは何かを察したあと、今度は軽く呆れた目で自分の体を見ていた。
オレとミュイラスが何をしていたのかは理解したんだろう。そして、その光景を想像して体の興奮が高まったことで、呆れてしまったんだろう。受付さん貴方……。
「私……浮気とか絶対許さないタイプなのに……」
しかも何かボソってつぶやいて嘆いていらっしゃる……。
「イキョウはんのこ・こ。もうお元気はんでありんすね」
「シュエーがエロいし、受付さんドエロいこと言うし、そりゃこうなる。じゃ、行こうか二人共」
「よしなに♡」
「うぅ……」
夜はまだ、延長を続けることとなった。
* * *
「わお……何その下着、すけすけのカーテンじゃん、隠して無いじゃん。えっろ……」
「み、見ないで……」
「見せるために二人で選びんしたゆえ、そう隠さずに。それでは豊満なお体がかあいそうでありんす」
「そうそう。特に受付さんのお腹――」
「イキョウさん」
「…………へい……」




