24.空のヒビ 王国での日々
最後の天使は何時来るんだろう。そう思いながら、何気ない日常を過ごしていたオレ達。
ただ少し、何気なくないことが起こっていたりもする。
「まーだ空のヒビ残ってるよ」
「アレは一体なんなのだろうな」
最近空に薄っすらとだけど、白いヒビが浮かんでいた。
どうやらこのヒビは世界中に現れてるらしく、人が多く住まう土地や町に出現しているらしい。
出来始めの頃は皆わーわー騒いでたけど、何の変化も無く数週間が過ぎると、ほとんどの人が気にしなくなっていった。精精学者や研究者が原因究明に動いてるくらいで、市民達はその結果を待ってる程度。
そんな何も変化が無い日常を過ごす間、オレとソーエンは、何故かナトリに色々なところへ連れまわされた。丁度オレ達も暇してたし、小旅行だと思って色んなところを巡ってきたよ。チクマも一緒に。
最初は獣国、次に帝国、森国、王国、法国 えとせとらえとせとら――。本当に色んなところを連れまわされて、色んな面倒毎に巻き込まれてきた。
事件に巻き込まれたり、帝国の開拓作業を手伝ったり、ちょこっとムーに会ってきたり。
なんでそんなに連れ回されるのか分からなかったけど、ナトリとチクマはフィールドワーク好きって言ってたし、そのついででオレ達も同行させられたんだろう。賑やかし要因として。
ムー、メイド見習いさんになってた。キアル推薦で入って、頑張ってお仕事してた。りっぱな子だぁ……偉い子さんだったわぁ。あとバレーノにはタバコ追加で渡しといた。
王国での出来事――な。
* * *
折角来たのだからと王城にオレ達は寄った。オレはあんまし寄りたくなかったけど、それでも寄った。
途中でメイドムーを見かけて声かけて、褒めちぎった後に、王や四騎士と謁見したんだ。
初っ端にソーエンは王から変なダル絡みを受け、めんどくさそうに返事を返していた。ソーエンはよく王城来てるから、王とも会ってたんだろなぁ……。
「久しいなイキョウよ、そちらの二人は始めてみるな……う、む……何ともこう、奇怪というか怪しいというか……」
「あ、そうそう。探してた仲間達全員見つかったのよ、因みにこっちがナトリ、こっちがチクマ」
「ソーエンから話は聞いて居ったが……おぬし等の仲間は……なんとも個性に跳んでおるな」
「阿呆から言葉があったが、一応は我輩からも名乗るとしよう。我輩の名はルナトリック!! この阿呆等の仲間にして深遠のまじゅ――」
「ナトリお前さ、王様の前で礼儀とか無いの? チクマもさ。さっきから立ってないでちゃんと座れよ」
「あぐらを掻いている阿呆にだけは言われたくないのだが?」
「――チクマだ。無用な遠慮は要らん、好きに接しろ」
「一応は謁見なのだがなぁ……まあ良いか、イキョウやソーエンの仲間ならばこういったこともあろうぞ」
堅苦しい空気は無くなり、ってか元から無かったけど、王は気楽に話して、この場を去った。『続きは夜』だそうだ。
そんで四騎士達とも話した訳だけれど……。
「おぉ、おお!! チクマ殿とザレイト殿が並ぶとおっきいでありますね!!」
もー目をキラキラさせながら二人を交互に見てるコロロが可愛くて可愛くて……。
そして――。
「……子供等は……居ないのか……」
そう言ってちょっとシュンとしたザレイトが可愛くて可愛くて……。
チクマはそんなザレイトに、とあるものを手渡すと、二人でガッチリ握手を交わしていた。なんか、家の子達と一緒に作った編みぐるみ、その中でも一番出来の良いロロぐるみを上げたんだとか。
重厚な騎士二人が握手を組み交わす姿は……一試合終えてお互いを称えあうようなみためだった。でも実際は、可愛いものを受け渡しして分かり合ってる握手でした。
四騎士達とも話をして、じゃあとっととこの城でようと思ってたら…………どこからとも無く現れたニーアに掴まりました。『離さない離さない離さない離さない』とマジな目でブツブツつぶやく姿は……こえぇ……。
そうだよな、『会えねぇなぁ……』とか思ってたけど、よくよく考えてみればオレもアイツもそんな気遣いやらなんやら度外視でぶつかりあう間柄だった。
オレが掴まってたらナターリアも来て、ナトリとチクマの姿を見てきゃっきゃしながらソーエンにわくわく聞いていて、なんかそのまま皆はナターリアに連れて行かれた。オレはね、取り残されたの。
「離さない離さない離さない離さない」
未だにオレに抱きついてくるニーア。そして呪詛を吐くニーア。これには流石のナトリとチクマも引いてたぞ。あのナトリが引くレベルだぞ。コイツやっぱおかしいぞ。
「ニーア?」
「何?」
オレの体に手を回して、ガッチリホールドしてくるニーア。声を掛けると胸に埋めていた顔を上げて、上目遣いで見てくる。
「離れて♡」
「いやよ」
「お前マジ、マジお前!! なんなの!? 見ろよ周り、メイド仲間達びっくりしながらこっち見てんぞ!!」
「見せ付けてるのよ」
「うーん、この最凶イカれメイド。良い? 前にも行ったけどオレの老い先短いの。構うだけ無駄なの」
「子種頂戴」
「はぁ……? ……え、こわぁ……。嫌です。ごめん被ります。えぇ……うーん? えぇ……何コイツマジやべー……」
「私の将来の夢はね、貴方のモノになること。それが叶わないなら、ナターリア様とソーエン様のご子息を育て上げることが私のもう一つの夢。貴方の願いは否定しないわ、叶わなかったら、今の貴方が壊れてしまうから。でも証は欲しいの。だから子種頂戴」
「なんかこのメイドオレの理解度進んでない? やだよ? ってか大丈夫、証なんて残さなくても、全て皆忘れるから」
「忘れる訳無いじゃない。絶対忘れないわ」
「あ、へい……。まあ、そうだな……ニーア、この後暇?」
どうせ、そうなるんだから、少しはニーアに付き合おう。少しくらい、贖罪をしておこう。ニーアの両親は、オレの歩みのせいで死んだも同然だからな。
「それは……ナターリア様に聞いてみないと分からないけれど……どうして?」
「ちょっと二人で遊ばない? 物じゃなくて、思い出を証にでもしてくれよ」
これは方便だった。でも方便で良いんだ。
オレの提案を受けたニーアは……驚いた顔をしながらオレを見て来た。まさか、オレから誘われるとは思っても無かったんだろう。
そしてニーアは自分から押すのは強いけど、人から押されると弱かった。
凛としながらも少し頬を赤らめながら、目を左右に二三度動かして、無言でコクリと頷いた。その後待ち合わせの時間と場所を決めて、ニーアはスタスタと廊下を歩きながら、ナターリアの元へと去って行った。その歩き姿は凛としてたけど、どこかそわそわしてて、浮き足立っているようだった。
――一旦別れて、待ち合わせの場所……と言っても、わざわざどこに行くわけでもなく、その場に残って、壁に凭れながらタバコを吸っていると……。周りで見ていたメイド達数人に詰め寄られた。
やれ――。
「ニーアさんとどういう関係なんですか!?」
だとか。やれ――。
「お願いですから純潔なニーア様をたぶらかさないで下さい!!」
だとか。ニーアとオレの関係に興味があるような、でもオレの評判ってクソほど悪いから、変なことするなとか。まあ、色んな事を言われた。
のへーっとタバコを吸いながらのらりくらりと会話してた。
「オレの方が困ってるんですけど。あとアイツのどこが純情なんだよ……ドロドロじゃねぇか……」
「騎士団の皆さんから貴方の評判は聞いてます。ニーアさんが貴方のような方をお認めになるわけがありません、絶対あなたが変なこと吹き込んでたぶらかしてるんです!!」
「あの、それで、ニーアさんとどういう関係で!?」
「メイドさん達も十人十色の乙女心を持ってるんだなぁ……良いなぁ、心……。ちょっと待ってね」
メイド達からやんややんや言われるけど、今オレはニーアの為に服装を変えたい。もしここで、カッコイイオレのままで居たらニーアの異常な恋心に薪をくべてしまうことになる。
だから可愛いオレになろう。気合も入れる、今日はフニャら無い。
姿を変えるためにバンダナを解いて髪を下ろす。そしてその場で装備をスーツに着替える。メイド達の目の前で装備変えたって大丈夫だ。何か聞かれたら魔道具って言えば良い。
降ろした髪。前髪は目に掛かるし、長髪はちょっとぼさぼさだ。だからそれを整えようとすると――。メイド達がぽーっとしながらオレを見てきていた。
「何? どしたの?」
「え、えぇ……? 貴方って、イキョウさん、ですよね?」
「当たり前じゃん。え、なに?」
「「「……」」」
皆もじもじしてらっしゃる……。この状態のオレは、ラリルレ曰くかわいいらしいからな。可愛いって罪だな……。
「仕事戻りな? ニーアに見つかったら怒られちゃうんじゃないの? ニーア来ちゃうよ、怒られちゃうよ」
「いえ、その……あぁ……ニーアさんずるい……」
「私も知ってれば……」
そうしてメイド達はトボトボしながら去っていた。オレ、可愛くてごめんね。
廊下を行きかうメイド達にも目や言葉を向けられながら待ち――――ニーアが戻って来た。
「あら? 貴方がバンダナを取ってる姿、初めて見たわ」
「あれ? そうだっけ……そうだったかぁ。どう? 今のオレ可愛いでしょ」
「私はちゃんと、貴方がいつもかっこよくて、いつも愛おしいって分かっているわ」
コイツマジでなんなん? 凛としてて反応の差異が分からないんだけど?
「……でも、オシャレな貴方も……良い……」
そう言って、今度は目を伏せながら頬を赤らめてきた。
多分コイツ……オレに押されないように凛としようとしてて、でもそれ今限界を迎えたんだろう。だってオレ、可愛いもん。
あと……あのな? 柱の影で泣きながらこっち見てる騎士団長なんなの? こそーっとこっち見ながら、『良かったねぇ……』って顔しながら泣いてんだけど?
「なあニーア。ちょっとおっきな声で、『プライバシーの侵害です』って言って」
「……? 分かったわ。プライバシーの侵害です!!」
ニーアのちょっと大きめな声、それを聞いた騎士団長は、ショックを受けた様子で柱の影で倒れると、直後に何か閃いた顔をして、わざわざ雷を纏わせながら高速で接近してきた。
「いやー、偶然だね二人共。今から何処か行くのかい? 丁度俺も暇してたから一緒に言って良いかな? ちゃんと距離は取るから、離れた場所から見てていいかい?」
「お前本格的にバカになってんじゃねぇの? 見守ることも大事だけど、見守らないことも大事なんだぞ。お前過保護すぎて、その内娘に嫌われんぞ」
「うぐぅ!! …………ニーア、イキョウと二人きりが良い?」
「えっと、その……キアル様が一緒なのも良いのですが…………その……今日は二人きりで……」
ニーアはてれてれとしながら、キアルにそう言った。するとあの親バカ騎士団長は――。
「ふっ……。城への帰りは何時になっても良いからね」
そう言って、雷を纏わせて、この場に残像を残す勢いで去って行った。
「キアルもバカになっちまったなぁ……でも良いバカだから何とも言いずれぇ……」
「ねぇ……何処行くの? ご飯? お店? それとも……」
「適当に町回ろうぜ。夜の予定は決めてあるから、それまで二人で楽しもう」
「……うん。エスコート、して?」
「任せい」
こうしてオレとニーアは、二人で町を色々回った。食べて、飲んで、町見て回って小物見て、二人でアクセサリーやらバカっぽい変なアイテム付け合ったりして、ベンチで休んで、話して、たっぷりと二人の時間を楽しんだ。
――――。
――。
そして夜。オレはいつもの服装に着替えて、とある店、街の中でひっそりと佇んでいる、知る人ぞ知る店の前に立っていた。
「……ここって」
オレの腕に腕を絡めて、ぎゅうっとしながら体を寄せているニーアは、その店の質素な外観を見ると、何かを察したような言葉を言った。
「いやな? 王が言ってたんよ。『また夜に』って。だから呑むんだろうなぁって思ってたら、ソーエンに魔道具で呑む場所教えて貰って、ここに来た訳」
そう言った途端……ニーアが珍しく、女の子満載の顔で『むー』っと頬を膨らませていた。
「えぇ、ダメ? お酒呑もうよぉ、今日のニーアめっちゃ良い感じだから一緒に飲みたいわ。……ほんとにダメ?」
「……貴方って、ずるいわよね。そうやって、ダメなトコ見せてくすぐるもの。貴方にお願いされたら断れないわ。……でも、お店に入る前に……」
ニーアは仕方が無いなぁって顔をした後に、オレに手をちょいちょいとしてきた。だから、オレも腰を軽く屈めて顔を近づけると――。
「かぷっ!!」
また耳噛まれた……。
「ほんとニーアは耳噛むの好きなぁ」
「……ふふ」
しかも割りと可愛い笑顔で、何も言わずに一人で笑ってた。
多分こうなったのも、オレが今日一日をニーアと共に過ごしたからだろう。ニーアは、楽しくて、幸せだったから、今はとっても落ち着いていて、普通の女の子のようになっているのだろう。
そんなニーアはオレの腕に手を絡めたままだ。だからそのまま店の中へ入ると――――四騎士、そして仲間達、ナターリア、王が皆で酒を呑んでいた。
バーのカウンターやテーブルで、それぞれ酒を交わしながらグラスやジョッキを持って、しかし店に入ってきたオレ達に目を向けている。
そんな中……キアルがテーブルを立ってこちらにズンズン近付いてきた。
「……イキョウ、二人の夜はここじゃないでしょ?」
「どこじゃないの?」
顔はにこやかだけど、物凄い凄みを持たせながら、顔をめっちゃ近づけて来たんだ。
「良いんですキアル様。私、今日という一日がすっごく楽しかったですから」
「…………あぁ……おじさん涙が……その言葉だけでイキョウを許せるね……」
「オレは何を許されたんだ……」
この場では、テーブルにはザレイトとチクマとコロロ、王とナトリとスターフとキアル、カウンターにはソーエンとナターリアが居たんだ。
キアルはほろりと泣きながらテーブルに戻って、ニーアはオレに小さな笑みを浮かべながらキアルの後に付いていって――――だったらオレはと、ソーエンとナターリアの元に向かう。
横目に映るのは、酔ったコロロがチクマとザレイトのヘルムをぺしぺし叩きながら笑ってる姿だ。うーん、可愛い。あの姿は直接関わるよりも、傍観をしていたい。
そう思いながら、オレはカウンターに座る。
「ようやく来たか」
「イキョウさんイキョウさん、どうでした? ニーアと楽しい一日を過ごせましたか?」
「それはニーアから聞いてくれー。あぁ、えっと、この店何がおすすめ――」
「どうぞ、こちらを」
無愛想ソーエンとワクワクナターリアの言葉を聞きながら、カウンター越しにマスターに話しかけたら……何も注文してないのに酒が出てきた……。グラスとジョッキ、両方出された……。
でもあのマスターは凄い。どっちも美味かったし、なんなら酒をツマミに酒呑めるレベルのものを、オレに提供してくれた。それにお礼を言いながら、オレは酒を呑んで、ソーエンとナターリアに話しかけた。
「ナターリアさ、前はマジでごめんな? このバカが手紙の返事を一言で返しまくってて」
「ふふっ、ねー、ソーエン。そうか、です」
「ああ。そうか、だ」
「あらぁ、怒ってない様で何よりぃ。ナターリアホントすげーよな、このバカがここまで心開くなんて、早々無いぞ」
「え!? そうなんですかソーエン!!」
「ああ、まぁ。まあな、そうだろう」
「もー!! イキョウさん聞いてくださいよ!! ソーエン言葉少ないんです!! もっと沢山素直な言葉聞きたいんです!! 翻訳してください!!」
「任せな。ナターリアと居るのは楽しくて心地が良い、俺を正面から受け入れ、対等に接してくれる。仲間とは違い、知人とも違い、友人として俺の中に居る。それがただ素直に嬉しい」
「きゃー!! もー、もーもー!! ソーエン良いんですよー、そんなこと言われちゃったら私、友友冥利に付きますよぉ!!」
「俺は何も言って居ないが」
「ソーエン。イキョウさんが言った事を自分の口でちゃんと言って下さい」
「ふむ……?」
「言って下さい」
「……むぅ」
なんかソーエンがナターリアに詰められてる。ナターリア、酔ってるなぁ……テンションが高い。
ソーエンはソーエンで言おうかどうか迷ってる。二人はカウンターのほうを向いてたけど、オレはカウンターに肘を置きながら反対を向いて、全体を見ていた。オレの視界には、スターフが指先に炎を灯し、それについてナトリが何かを言っている姿が映ったけど……火を見て思った。タバコ吸お。
そうしてオレがタバコに火を灯すと、ソーエンもまた、火を灯した。
「……おい、イキョウ。こういった場合はどうすれば良い」
「側にいるからってすぐに親友を参考にしようとしないでくださーい。自分で考えてくださーい」
「チッ、使えん奴だなおま――」
「ソーエン、言って」
「むぅ……」
酔ってるナターリアつっよ。ソーエンにめっちゃ顔近づけて圧している。
「やめろ、近付くな。どうにも牙がうずく」
「やだぁ!! 言ってぇ!!」
しまいにゃ駄々捏ね始めた。酔いナターリアは自分の欲望に忠実で、周りが見えてない様だ。そんなナターリアを前にソーエンはまた困惑をし始めた。
牙が疼くってなんでしょね、サキュバスの図書館で読んだ記憶もあるようなないような。そう思いながら、親友が新しい関係に奮闘している姿を横目に、オレはこの場に目を向ける。せめて忘れないように、最期まで記憶を持っていけるように。
冒険者達の事を忘れたなんて、今のオレにとってはどうでも良かった。でも、記憶を失う前のオレだったら、忘れたくなかったんだろうな。だから、せめて、まだ残ってる記憶は失わないよう、この光景をどうか忘れないようにしておこう。
そうして光景に目を向けていると――――バーの扉が開かれた。また新しい来客が来たようだ。
センター分けの赤い髪、若いくせに威厳を出そうとして蓄えている短く薄い顎鬚の、見覚えしかない騎士。
「ギルー、団長達ー、仕事終わったんで来ました……え、なんですかこの光景……イキョウじゃん!?」
「おひさバレーノ~」
「ひぃぃぃコロロ副団長居るぅ……仮面と禍々しい鎧の人誰ぇ……皇女様もいるじゃん……」
青い顔をしたバレーノは、そのまま救いを求めるかのようにザレイトの影に座り、ほっとした顔と息を露にしていた。
「なんでイキョウも居るの? この怪しい人達と関係あんの?」
「遠い遠い、そっち行くから待ってろ」
バレーノはザレイトの影に隠れこみながら話しかけてきた。だからオレはわざわざジョッキを持って立ち上がり、そちらに移動した。
そうして久々にバレーノに会って話をした。近くに座っていたキアルやスターフから教えてもらえたんだけど、コイツタガが外れてて、訓練の時にも果敢に挑んでくるから成長速度が凄まじいらしい。若い世代の中で一番実力を伸ばしてるんだとか。そりゃ凄いってことで、タバコ五箱くらい渡したらめっちゃお礼言われた。
「マジでありがてぇ……イキョウにタバコ貰ってから俺も吸い始めたんだけど、どれもこれもなんかしっくり来なくてさ……」
なんていわれたから追加で十箱渡した。
「イキョウはどんだけタバコ常備してんだYO……」
「九万八千七百二箱」
「ははは、イキョウは冗談が上手いね~……。冗談じゃないんだろうなぁ……」
そうしてオレは、ザレイトとチクマをぺちぺちして高笑いをしているマイスウィートボイスを聞きながら、今度はこっちのグループに混ざって呑み始めた。
王は酒強そうな見た目してるのに弱くて、ザレイトはくっそ強い酒呑んでて、ニーアは凛としながら麗しく呑んでいて、キアルは何かずっと嬉しそうで、ナトリがオレの酒に変な薬混ぜようとしてて止めて――まあ、賑やかな夜だったよ。これなら忘れることも無いかもな。
賑やかな夜が終わり、次の日はオレとソーエンが騎士団の訓練に参加させられた。ナトリとチクマは『ポイント』? を探すだかなんか言って、その日は別行動を取ったんだ。
練兵場と呼ばれる建物で、日常的な訓練をこなしてる騎士達。その場にオレは赴いて、久々に柄の悪い連中に顔見せをした。
「いやはや、ソーエン殿とナターリア殿は仲睦まじいですなぁ……」
練兵場の隅で仲良く会話をしているソーエンとナターリア、その二人を見て、騎士達は良き良き、みたいな雰囲気を出していた。対してオレには――。
「「「チッ」」」
「ようクソ騎士共、相変わらずガラわりぃじゃんよぉ?」
そろいもそろって訓練の手を止め、一々舌打ちしてきやがった。
因みにニーアはオレの腕に抱きつきながら、頬をむにゅっとしてずーっと上目遣いでオレのこと見上げてきてる。
「ニーア様から離れろこの下郎」
「お前等目が節穴ちゃんなのかな? どう見たってオレが捕まえられてるんですけど?」
「ニーア様にはお付き合いしている男性が居るという噂が流れているんだ。昨日だって、その方……確か、憂いの美男と騒がれているお方と一緒に町を歩いていたとか」
「ほぇ~、ニーア彼氏居たんか。え? なのにオレに抱きついてんの? お前とんだビッチだな」
そう言った途端、キアルとニーアから同時に本気で襲われた。雷と刃が一斉に襲い掛かってきたんだ。
「なにさお前等!? 怖い、なになになになに!?」
「イキョウ……今のは流石に擁護できないZE……」
「うぅぅ……頭痛いのであります……、ですが、訓練しなければ……。あ、これはこれはイキョウ殿、ご丁寧にどうも……」
ニーアとキアルの多才な攻撃を避けながら、オレはコロロに水と糖分を差し入れして、そうしてまた回避を再開した。
「「「えぇ……何であれ避けられんだよ……」」」
「引いてないで助けろ騎士共!! お前等のトップ二人ご乱心してんだぞ!!」
「いや……貴様の回避能力は凄いとは思っていたが……」
「あまりに凄すぎて逆に引く」
「オレが素直に評価される日は来るのかな?」
「……」
「「ッ!!」」
オレが二人からの攻撃を避けていると、そこにザレイトが大盾を展開し差し込んで、二人の動きを止めてくれた。
「あわぁ……ザレイトしゅきぃ……」
「……」
そして無言で、ヘルム越しに『二人共そこまでだ』と諌めてくれた。このナイスガイな盾に、オレも国のように守ってもらいたゃぃひ……。
ザレイトの諌めを持ってしても未だに槍とダガーに雷を纏わせてジトっと見てくる父親と娘だったけど、『戦い方そっくりだね』って言ったら、なんか照れ気味に嬉しそうにされた。
その後、何か騎士達からそれぞれ呼び出しされて、一々一人一人に対処してたんだけど、皆から『まあ? 腑抜けた貴様にも、一応はゲライ金融の件で借りがあるからな、困ったときは力を貸してやっても良いのだぞ?』的なツンデレムーブをかまされた。
なんなのこの騎士団。騎士道というプライドが邪魔して素直になれない、でも恩は感じてる、故にツンデレムーブかましてくんだけど。むさい男共からそんなことされても嬉しくねぇんだけど。
そんなガラの悪いツンデレ騎士団達からラブコールを喰らったオレは、キアル提案の元、練兵場や広大な訓練場を使って、オレ対騎士団の追いかけっこをする事になった。
目的は、逃走した犯人の確保を想定した訓練と、あとは基礎体力訓練にユニークなお遊びを加えるためだとか。
オレが勝ったらキアルが酒を奢ってくれるってことで、オレは開始早々に瞬時に逃げて練兵場の屋根の上に避難した。
「なあバレーノ」
「なんだ?」
オレはその屋根の上で、バレーノを連行して二人並んで体育座りをしながらタバコを吸って、タイムリミットを待っていた。
「騎士団のやつ等って皆癖強いな」
「お前ほどじゃないと思うけどな……。あ、そうそう。一応報告しておくけど、ゲライの一味や関係者達は全員更生して、今は犯罪者として贖罪しながら慈善活動や町の治安維持に協力してくれてるよ。まるで生まれ変わったみたいに晴れやかな顔してるぞ。悪徳時代の顧客達にも謝りに行ってちゃんと詫びてるし、なんなら金貸し時代にダメ人間と思ったやつ等の更生にも尽力してるらしい」
「へぇー、それで罪償えると思ってんのかあいつ等」
「いや、まぁ……拭えない罪がある奴らは俺達でしかるべき罰を与えているから……」
「でもねぇ~、あんな悪人達が総じて罪の意識を持つってのはなかなか無い事なんだよ。俺達騎士団が捕らえるよりも、イキョウ達の手で捕らえてくれた方が、悪党には効くのかもしれないね」
「おや、団長じゃないですか」
「ほえ、団長じゃん」
オレとバレーノが屋根の上で話していると、ふらりとキアルがやってきた。
「ねえバレーノ? どうして確保対象が居るのに捕まえてないのかな?」
「あっ……。いえ、捕まえようと機を伺っていただけです!!」
「そっかそっか。じゃあ俺も居るからもう大丈夫だよね?」
「っスーーーー。はい、全力で行きます」
「はっ、お前等程度でオレを捕まえられるわけ――」
「スターフ、ニーア!!」
キアルの一声、それで屋根に二人が飛び乗ってきた。瞬時に包囲網の完成だ。だったらとその包囲にある隙を付いて下に降りたら――今度はザレイトとコロロが指揮する騎士達に包囲された。キアルお前……オレの動きに対応してきてらっしゃる……やっぱり天才だぁ……。
それでもオレは逃げ切った。制限時間いっぱいに使って、騎士団に一杯を食らわせた。舐めんなオレの逃走術を、捕まえられると思うなこのオレを。
王国での慌しい日々。それをオレは、滞在する間に無理くり堪能させられて、否が応でも味わわされた。
お知らせ
主人公が右手と股間の杖で戦う新作を公開しました。
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