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23.世界の整合性

「そも、この世界は、そして数多の世界は、完全だが、同時に不完全なのだ。

 理は、律は、確かに変わることなく定められている。朽ちぬこと無い正確な歯車が、決して歪むことなく永遠と回って居るのだ。それが世界の完全性だ。

 しかし、その不変の歯車を作った存在が、自ら歪みを与えている。それが世界の不完全性だ。

 世界の過去を辿ると、そこは無だ。完全なる無、光も闇も、何も存在しない虚無。全ては虚ろなる無から始まった。ならば何故そのようなものから数多成る世界が生まれたのか。

 どこぞの哲学者は言っていたな。世界には意思がある、と。しかしそれは哲学などに分類して良いモノではなかった。思考的結論ではなく現実に存在する事実なのだ、世界には、数多の世界には確かにそれぞれの意思が存在している。無の中で生まれた意思達が、それでも願ったのだ。無の中にある無限の意思達が、強く願った。『生まれたい』と。

 その願いを束ねて誕生した存在こそが、所謂神と呼ばれる存在。神は、世界の願いによって生み出された、律と理の制定者なのだ。そうして世界が生み出され、星々が生まれ、生命が誕生した。そうして世界は成った。無限の意思が数多の世界という存在へと成り個を得た。その個の世界に産まれる我々もまた、個を得た。神が世界を生み出し、世界が我々を生み出した。

 ……しかし、世界が個を得たなら、我々が個を得たなら、また神も、個というものを得てしまったのであろう。絶対で不変となっていなければならない存在に、個性が生じてしまったのだ。

 世界は数多に並び立つ。生命もまた、並び立つ。ならば神に並び立つ者は、神の願いを叶える者は、果たしているのであろうか。

 居なかったのだ。ゆえに、神は初めて歯車に歪みを齎した。それが特異点と呼ばれる存在達だ。世界という箱庭を用いて、神は神を作ろうとした。それが神の一つの策。

 もう一つは、個として成長した世界へ試練を与え、その試練を乗り越えさせ、世界ごと神に成らせる策。

 生物としての個を神に成らせるか、世界としての個を神成らせるか。規模は違えど、誰しもがどの世界もが、神に成る可能性を孕んでいるのだよ。

 その中でも特異点とは、生物の個の中でも比較的神に近い者共だ。他より優れた力を持ち、そして生物達からの思いを募らせる存在。現存している世界の中で、最も神に近いのは結晶竜であろう。あやつならば、あるいは神に成れる素質を有している。反対に我輩やナナは遠い。傍観主義の龍とは違い、個としての性質が思いの集約には適して居ない。それこそが、差異を齎した世界故の宿命なのであろうな。誰でも良いから神に成るのではなく、神成るべく素質を持つ者が神に成る。

 生物に素質が与えられたのならば、資格を世界に齎す者が天使である。

 『自らの個が強い生物の内から可能性として生み出される』のが特異点ならば、『生み出されて不変に存在してる世界に外部から可能性を強いる』のが天使なのだよ。

 恒久で永遠に存在し続けるものとして生み出された世界へ変化を。天使による試練に耐えられない世界など、例えどのような特異点が居ようとも神には成れぬのだ。神に成るべき特異点が、神に成るべき世界が、天使如きに敗北を帰すことは絶対にない。それほど神とは、絶対的な存在だ。しかし神は理解出来て居ない。誰もが何もがその身に並ぶことが出来ないと」


「――故にルナトリは、私達の世界を神から隠していたのだ。滅ばぬよう、試練が課されぬよう、神から秘匿していた。私達の世界が微弱故に隠しやすいのは、ただ運が良かったのだろうな」


「……んはぁ? ね、そーだよね。ナトリ隠してたもんな、うんうんそうそう」


「隠し事は誰しもあることだ。ふむ、丁度お代わりが来た」


 オレとソーエンは、注文していた酒を受け取って、二人でまた呑み始める。ついでにタバコも新しく吸い始めちゃう。どぞどぞ、ナトリの語り続けて続けて。


「……その神の傲慢とも呼べる意思が、歪めた律が、混沌を生み出す結果となった。

 混沌を生み出すのは怨嗟。怨嗟も類は違うが、それでも人の負の願いだ。それが着々と蓄積し、長い年月を経て生み出されたのが、かの邪神、ゲゼルギアである。

 生まれたいという世界の思いが生み出したのが神、壊したいという生物の思いが産み落としたのが邪神。しかし弱い、数多の確固たる世界が永劫のときを経て集約させた願いに比べれば、烏合の怨嗟なぞまだ幼い。確かに神に仇成す力ではあるが、蓄積が足りぬ。全盛期の邪神ですら勇者等や結晶竜に負けたのが、その証拠だ。

 邪神と特異点のぶつかり合い、特にこの世界での、だ。ならばそれは、全世界において比することすら出来ない戦いと言えよう。神という存在が居なければ、最高峰のぶつかり合いではあった。が、しかし、それすらも神が存る故に、上を見れば茶番劇のようなものであるがな。

 我輩は元の世界では神に抗う術を、秘匿にしか見出せなかった。ナナが居ようとも、我輩が居ようとも、限界は見えていた。しかしこの世界に来てようやくピースが揃った。

 神を殺せる手段は揃った。理と律を制定した神を殺そうとも、世界は何の問題も無く回り続ける。意思を持つ神を殺せば、ようやく不変の世界が成り立つ。不変だからこそ、深遠がある。変動する世界にある探求に深遠なぞ無い、言うなれば法則性の無い底なし沼だ。そのようなモノに我輩は興味など無い」


 オレとソーエンがお互いに煙でわっかを作ってぶつけ合っていると、ふとナトリの言葉が止まった。安心してナトリ、いつまでも語って良いよ。どんなにお前の話が長くても、オレ達はここに居るからさ。ちゃーんと聞いてるからさ、うん。


「…………世界の秘匿、神殺し。世界が無ければ探求するものが消える、神が介入すれば不変が変となる。深遠にまみえる者として、それらは確かに必要なことだったのであろうな。

 ただ、だが、どうにも我輩も捨てたはずだが確かに人で、自らが望んでいた歩みに、狂いが生じてしまったのだ。

 我輩の弟子が愛した欠陥品を、その欠陥品が親友と呼ぶ欠落者を、そのような二人が大切にしてる仲間達を、我輩は残してしまいたくなったのだ。探求を捨ててでも、貴様等二人に、バカらしく生きていて欲しくなったのだ」


「ソーエン四連わっかやめ……はぁ? ナトリ今ソーエンらしくをバカらしくって言ったの? ほとんど聞いてなかったけど、最後は分かりやすい例えで〆てくれたじゃーん。うけけけけけ!!」


「ふっ、何を勘違いしているイキョウ。俺は話をほとんど聞いていなかったから本当に何を言っているのか分からん。反論をするから解説しろバカ」


「うけけぇ……無理です。オレもちょっと解説できるほどは聞いてなかったんで……」


「――それで良いのだ、二人よ。ルナトリの独り言を、二人にぶつけられただけで、私はそれを聞けただけで、もう満足だ」


「そうなの? ナトリも満足したの? でももっと酒呑んで日頃の鬱憤吐き出しな? 全然何上戸になっちゃっても良いから呑みな?」


「丁度俺の空いたジョッキがある。たまにはお前もグラスで優雅ではなく、ジョッキで豪快に呑め。イキョウ、氷だ」


「<アイスボール>連鎖!! そんで<ローウォーター>で水割り仕様!!」


 ソーエンが空いたジョッキをオレに向けてきたから、そこに大量の氷を入れてやる。しかもさっきボトルで頼んでおいた酒を入れながら同時に水で割って、完成した美味しいお酒をソーエンはナトリに差し出す。


「不束者ではありますが」


「粗茶だ」


 二人でそう言った瞬間、ナトリはまた大笑いを浮かべて腹を抱えていた。ナトリが笑ってくれて、オレ達は嬉しいよ。


「――――して、特異点の理解は出来たのであるか?」


「んー? 何となく。なんか凄いやつ等、的な? ナナさんとかナトリがそのグループにカテゴライズされてるなら、人間としてのぶっ壊れ的なサムシングでしょ?」


「まあ、ある意味ではブレイクスルーに近しいのであるな」


「ふむ……。もしや、俺の顔も、横のバカのバカ加減も、その特異点と言うものに含まれているのか。この顔も横のバカさ加減も、仕組まれた結果生み出されたのか」


 ソーエンちょっと怒ってる。こんな顔にされたのが仕組まれたことなんだとしたら、何か原因があるなら、その仕組みや原因を作った結果人道を歩むことができなくなった事に怒りを覚えてる。面倒な事を押し付けやがって、って感じなんだろう。


「貴様等のバカさは置いておくが――」


「俺までバカと言ったか?」


「――貴様等は特異点ですらないのだよ」


「……そうか」


 ナトリの返事を聞いて、ソーエンは納得した様で、怒りなんて何処へやらだった。原因があるなら怒りをぶつけるけど、無いならぶつける必要は無いようだ。


「阿呆は生物としては欠陥品の破綻者、馬鹿は生物の枠を超越した倫理の欠落者。似て非なる者達だが、故に異なる交差をしている。世界のシステムでは決して生まれることの無い者達が貴様等なのだ。法則から逸脱した落とし子とも言える」


「ふむ、世界システムが想定していなかった挙動によって生まれたということか」


「ほぁ……? バグがあるはず無い世界で、それでもバグって産まれたのがオレ達ってこと? んげー激レアじゃん」


「そうであるが……貴様等実は、我輩の話を全てしっかりと聞いていたのではないか?」


「「ないない」」


「そうであるか」


「――どっちとも取れるのが二人なんだよね……おバカだけどバカではないんだもん……」


「まあ、貴様等であるからな。どちらでもよい。

 ついでだ、貴様等の逸脱性、それも話しておこう。

 阿呆よ、貴様の産まれの話だ。貴様は虚無から世界に生れ落ちたとき、死に生きていたのである。声を上げず、呼吸をせず、心臓が鼓動をせず、しかし目を動かし、周りを見ていた。そうして周りを見ることにより、人の動きを模倣したのだ」


「えぇ……なにそれこわぁ……。そこでくびり殺しとけよそんなん忌み子じゃん……。ん? ってか何でナトリはオレが生まれ知ってんの?」


「貴様の血筋の者から相談を受けてな、親戚が身ごもった子がなにやらおかしいと。その為個人的に我輩が少し介入をしていたのだ」


「へぇ~、そーなんだぁ。そーゆーこともあるもんなんだなぁ」


「イキョウ、お代わりが来たぞ」


「「うぇーい」」


「くっくっく、ホンに愉快な者共だ」


「――あの時のイキョウは……不気味だった。まるで生き人形を見ているようだった。しかしルナトリは喜々としてモルモットにしようとするし、貴様の両親や健蔵は『とんびフェニックス!!』とか言って喜んでいて……おかしいのは私なのではないかと思わされた……」


「色々と愉快な者共であったな、あやつ等は。――して、貴様は元々魂が無く、意思も無く、死のうが生きようがどちらでも良い、『生きる』という生物の根源にある願いを持たずに、そして生物を生物足らしめるモノを何も持たずに生まれてきたのである。何も持たず、どの生物よりも劣った存在が貴様だったのだ」


「らしいぞ、劣ったバカ」


「バカだなソーエン、バカだから劣ってるに決まってんだろバーカ」


「「……ッ!!」」


 オレ達は椅子に座りながら取っ組み合いの喧嘩をする。


「しかし、貴様は魂すらも模倣した。自ら擬似的な魂を作り上げたのだ。おかしい、貴様こそが全ておかしい。貴様を生物として呼ぶにはあまりに破綻している。一応は人の身を持ち、人の形を模しているからこそ人を真似るが、もし貴様が人の身と言う枷を無くしたならば、何者でも模倣し何者にも成れたであろう。だが、真似るだけで自ら進化は出来ない。どれだけ真似ても元を越すことが出来ない。コレもまた、『進化』という生物の枠から逸脱している。だからこそやはり、貴様は破綻しているのだよ。

 『進化』は神が我々生物に与えた、神成る手段。しかしその『進化』をする事が出来ず、神さえ予期しえなかった生物の粗悪品。何故そのような存在が急に世界に産み落とされたのか、恐らく原因は何も無いのだ。何も無い貴様だからこそ、何も無く産まれて来たのだ。……いや、あるいは――」


「――話聞いてるのかな……とりあえず喧嘩は止めなさい」


「「チッ!! チクマに免じてここまでにしておいてやる」」


「くはは。良い良い、それで良いのだ。そのままバカで居続けてくれたまえよ。

 馬鹿よ、貴様は身の上を知りたくないか?」


 ナトリは優しい口調でオレ達に、そしてソーエンに、声を掛けてきた。


「――ふむ? ふむ、知れるのならば知っておこう。このようなクソみたいな顔になった原因があるのならば聞いておきたい」


「そうであるかそうであるか、ならば話すとしよう。

 そこの阿呆が『進化』を持たぬなら、貴様は『進化』の極致なのだよ。阿呆の中身は何も無いように、貴様の外見は全て兼ね備えている。

 外見の極み。だが外見に限らず、何であろうと『進化』の極致へ達するには、どの世界が幾星霜の時を経ようとも、決して到達することは出来ない。『進化』は緩やかだが確実に進む、それは我輩が語らずとも歴史が証明してるのである。

 そこに限りはない、無限に進化を続けるのが生物であり、そこに有限があってはならない。しかし貴様は無限であるはずの中で有限へと至り人の極致に達してしまった。急に達してしまった故に他の生物は貴様に対応できず、結果として貴様は常人とは違った歩みを強いられた。

 急に極致へと至らされた原因……それは、そこの阿呆にある」


「「……?」」


「突然中身が無い者が生み出されたならば、世界の意思は整合性を取ろうと、全てを兼ね備える外見を生み出す。世界の整合性は、世界故にそれで保たれる。無限の空に対応する為、無限を無理に有限化した殻を生み出した。不思議に思うであろうが、世界の意思による整合性とはそう言うものなのだよ」


「えッ、ソーエンの顔ってオレのせいなの!? え、えぇー……それはマジでごめん……」


 ソーエンが今まで苦労してたのって、オレのせいだったらしい。だから頭を下げて、しっかり謝る。


「いや……ふッ……ははは。いや良い、そうか、そうだったのか」


 頭を下げたら、ソーエンが珍しく素直に笑ってた。原因知って、頭おかしくなったかこいつ?


 そう思って頭を上げると、ソーエンはフードの中に手を入れて、顔を優しくなぞっていた。痒いのかな?


「そうか……この顔になったのは、イキョウが原因だったのか。イキョウが生み出されたから、俺もまた生み出された。神の意思や烏合の遺伝子進化でもなく、こいつが居たからこうなった。それは……悪くない。クソみたいな原因があるよりもよっぽどマシだ。何かしらの使命を押し付けられたのでもなければ、何の運命も背負って居ない。ただただコイツが居るからこうなっただけ。……ははは、それは良い、良い……くははははっ……!」


 ソーエンが上機嫌になってらっしゃる。フードの奥で、普通の楽しそうな笑みを素直に浮かべてる。こんな顔するのはマジで珍しい。年相応の、素直な笑い顔だ。


「どーするソーエン。侘びとして腕の一本くらいへし折らしてやっても良いぞ?」


「いや、くッははっ、今は良い、何かしら別件があれば別の理由でへし折るが。だが今は良い――」


「――何かあればへし折るんだぁ……」


「……顔の原因に納得がいった。しかもその原因は、思ったよりもふざけてて、そして思ったよりも良いものだった。だったらそれで良い。親友のせいでこうなったのだから、案外悪いモノでもないのかもしれんな」


「そう? それなら良かった。オレお前の顔好きだし、お前も顔を好きになってくれるなら嬉しいわ」


 そうやって前向きになって、いつかは顔を晒せれば良いな。


「――イキョウは出合ったころからソーエンの顔を好きと言っていたのだろう? よく怒られることが無かったな」


「このバカは俺の顔を見ても何も変わらず、だが真っ直ぐ好きと言ってくれた。ある意味では認められたようなものだな。あの頃の俺はすれていたが、それでも心に響くものはあった」


「そだったの? 昔のお前言葉クッソ少なかったから分かれなかったわ。まあでも、やっぱ好きだわぁ。だってかっけーじゃん」


「ふっ、そう褒めるな」


「馬鹿も阿呆の言葉だけは素直に受け取るのであるな。それもまた、異常な者達故の相互理解というものであろう」


「……ところでさソーエン。オレ達って元は何の話してたんだっけ……?」


「ふむ……。忘れる程度のことだ、どうでも良いだろう」


「――どうでも良くはない。ルナトリの二人目の弟子について尋ね、語りが始まったのだろう?」


「「……あぁ。そうだったそうだった。……でも別に良いか。話し聞きすぎて疲れた」」


「まあ、我輩も話しすぎたのである。此度はこれまで、後は貴様等と面白おかしく会話をするとしよう」


「マジ? じゃあさじゃあさ、聞いてくれよ二人共。今日さ、コイツと昼飯食ってたんだけどそん時にさ――」


「先に言葉をつぶさせて貰う。あれはお前が悪い」


「いや絶対お前じゃん。フォーク八又にしたお前が悪いじゃん」


「スプーンを平らにしたのはお前だろう」


「――えぇ……何がどうなったらそうなるの……」


「ふははははは!! やはり理解できん!!」


 ムーディな店の中。オレとソーエンは静かに語り合いながら、淑やかにお互いに暴言を思いっきり飛ばして二人にどちらが悪いかを問うこととなった。


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