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22.二人の魔術師

 ダッキュ達と分かれ、町を歩き、適当にふらふらしていると――。


 ナトリとチクマのコンビと出合った。最近この二人は忙しそうにしてて、日中に顔を合わせることは稀だったから、日が高いうちに会えると嬉しい。


 だったらこうするしかないってコトで、今は四人揃って店で酒を呑んでいる。


 ナトリの奢りということで、ちょっとお高めのお店。地下に構えるこの隠れ家的ムーディな大人向けのお店、そこの魔法証明とランタンだけが明かりを齎す仄暗い個室。そこでオレ達はちょっと大人チックな雰囲気を醸し出して酒を呑んでいた。


「うぅ~ん、ソーエン、くぅん、お酒がそこはかとなく良い感じに美味しいねぇ?」


「ああ。それなりに程よく美味い」


 隣並んで座っているオレとソーエンは、ワイングラスを手に持ち、酒をクルクル回しながら二人でムーディな空気を出していた。


 しかし、しかしだ……やっぱ酒はグビグビ呑みたい。


 だから一旦グラスをテーブルに置き、注文しておいたジョッキを二人で豪快に呑んだ後、また落ち着いた雰囲気を出してワイングラスを手に取る。


「――ワイングラスがもはや飾りではないか。一切飲んで居ないだろう」


「くっくっく、止めろ阿呆共、奇怪な風景をみせるでない……くっくっく――!!」


 対面に座るナトリとチクマは、真に優雅にグラスを持ちながら、二人してそう言ってくる。


 チクマはヘルムの口部分が開閉できるようになっているらしく、そこから酒を呑んでいた。なんともロールプレイに律儀な奴だなぁ……。


「だってさ……二人共ワイン優雅に呑んでるんだもん。真似したいじゃん、年上の大人な余裕真似したいじゃん」


「俺達の中で、お前等は唯一頼れる大人だ、尊敬もしている。その呑み方を参考にしても良いだろう」


「――二人からそう言われると……嬉しいねぇ、聞いたルナトリ、僕達尊敬されてるんだって」


「くっくっく……ほう? そうであったのか。我輩としては疑いの余地すらなく、貴様等二人は年齢性別経歴関係無しに、等しく数多を無頼としてるとばかり思っておったのである」


「――ルナトリの意表を付けるんだから、僕は二人を尊敬しちゃうよ」


「いやな? オレ達だって別に誰彼舐め腐ってるわけじゃないんよ。確かに年齢とかで無条件に尊敬しないけど、無条件じゃないから二人は尊敬できるわけ」


「そうだ。チクマは年上として俺達を叱ってくれる、ナトリは知らないコトを教えてくれる。お前等は親や教師とは違う、が、俺達なりに甘えられる上の奴等なのだ」


 兄貴分と言えば良いのか、そんな感じの、仲間内で無条件に頼れる上の奴等なんだ。仲間、それがどれだけ大切な事か、そしてオレ達よりも年上なのは、この二人しか――そう、無条件で頼れる年上は二人しか居ない。


 いや、ナナさんは……ちょっと……。あの人一番頼れるけど一番頼れない、自由奔放な風来坊的な不思議人だから、絶対的な評価できないんで……。


「――もぅ、二人共かわいいなぁ」


 チクマは慈しむような、しかし哀愁が何処かにあるような声を出した後、ナトリのほうを見て、二人で軽く頷いていた。決心を改めるような、より強固なものにするような、そんな感じのやり取りだった。


「どしたの?」


「――ううん、気にしなくて良いよ。それより二人共何か頼む? お酒空いちゃってるし料理も注文した分は来ちゃったから、何か頼もうよ」


「オレエールジョッキでお代わりー!!」


「俺もだ。料理は二人のチョイスに任せる」


「何故ワインに一切手をつけないのであろうな、くっくっく……」


 オレ達はお代わりを、そして二人は追加の酒を、おまけにいくつかの料理を二人に選別してもらって、呼び寄せた店員に注文を通した。


「……ナトリお前……本当に香り高い物好きだよな……」


 この仮面、注文したものが全部、スパイスの効いてるものや香ばしいものばっかりだ。匂いの強いものではない、臭いものでもない、香りが高い物が好きなんだ。


「癖のようなものだ。我輩は各地に飛びまわることが多くてな、土地によっては舌に合わない料理が出てくることもある。だが、大抵のモノはスパイスや調味料をかければ食せるものが殆どだ。一度は土地の味をしり、その後我輩の好みに染め上げる。その過程は中々に面白いものである」


「ほぇー」


「――ただ、ルナトリは不変というものを嫌っていてな。確かに合う調味料を発見したとして、毎回それを用いることは少なかった。探求と発見の繰り返し、それが魔術に限らず食にも適応されていたのだ」


「ふむ、ナトリらしい……ふむ?」


「あ? なに、チクマとナトリってリアルで交流あったの?」


 今語ったチクマの口ぶり、それは直接目で見て来た光景を語っているようだった。


「――そうだな、ルナトリも明かした事だ。私も教えてやるとしよう」


 そう言ってチクマは、椅子に座りなおして、厳かに腕を組みながら口を開こうとした。ただ、その……多分チクマ、今ロールプレイというか、格好をつけている感じがする。今まで明かしてこなかったのも、かっこよく決められる絶好の機会を待っていただけのような気がする。


「――私はロンドン魔術師塔の一員、葬骨の魔術師、魔術師コードはF。ルナトリとは塔を共に、魔術を探求していた」


「おまたせしました」


「――あ、どうも」


 チクマが格好つけていたのも束の間、個室の扉が開けられて、店員が酒を持って来た。それを扉に近いチクマが丁寧に受け取って、テーブルに並べて、また厳かに座りなおす。


「……ああ、うん……なるほど、そだったんだ……」


「――そうだ」


 しかもチクマはちょっとワクワクしながら、質問を待ってらっしゃる。いけ、ソーエン。先に質問して良いよ。


「魔術師塔とはなんだ。そもそもナトリのような奴が組織に所属していたのか」


「――ほう、気になるか。ならば仕方が無い、教えてしんぜよう。魔術師塔とは、世界各地にある魔術師教会の活動拠点となる場所であると同時に、学び舎の役割も果たす建物の総称だ。そこで私は魔術師の素養を持つ者達を保護し、導き手として教員をやっていた。

 ルナトリはいささか特殊な地位にいてな、独断で動く事が許されている、半ば所属しているだけの存在だった」


「ほぁ……。因みにナトリってそこで何してたん?」


「主に魔術の深遠の探求、並びに解明である。塔の力なぞ借りずとも我輩は元よりそれを行っていた。が、独立や敵対なぞする必要性が無かった故身を置いていたのである」


「なーる。何でそんな居候と教員がこんな仲良いの? ダメな子ほど可愛いって奴?」


「――ルナトリは私の生徒でもなければ居候などでもないぞ、イキョウよ。二百年もの間、彼を超える魔術師が存在せず、今も現れて居ない。それ故に、協会がルナトリに頭を下げて残ってもらっていたのだ。その知識や術が、他へ渡らぬようにな」


「ふむ…………。ふむ? ナトリ、お前何歳なんだ」


「二百はとうに超えているが?」


「「えッ!? …………まあ、ナトリだもんな……」」


 一瞬、そう一瞬だけ驚いたけど、よくよく考えてみれば、コイツなら年齢が異常でもおかしくない。何でも出来そうな奴だし、寿命延ばすくらい訳無いだろ。寧ろ出来ない方が違和感だわ。


 ……あぁ……今みんなの気持ちがちょっとわかった気がする。『まあ、イキョウとソーエンだもんなぁ……』って、こんな気持ちだったのか……。


「「うぇーい」」


 細かい事は良いや。オレとソーエンはお互いに考える事を放棄して、二人で乾杯して酒を流し込む。


 その姿を、ナトリは大層ご満悦層にしながら笑っていた。そしてチクマはと言うと――。


「――ん゛ん゛。ん、ん゛ん゛」


 腕を組みながら露骨に咳払いをして、もっと聞いてくれてってアピールしてきた。話したいんだろなぁ……知ってもらいたいんだろなぁ……魔術師としての自分を。


「チクマってなんだっけ、接骨の魔術師なんでしょ?」


「体治療が上手そうだ」


「ふははははははははははははははははは――!!」


 ナトリ、一旦ダウン!!


「――もー、仕方ないなぁ、もう一回だけ言っちゃおうかな。――私は、葬骨の魔術師だ」


 チクマは渋くて深く、でも嬉しそうな声を出した後、しっかりと渋く深く低い声を出してそう言ってきた。


「そう……こつ……?」


「――私は教員としての顔のほかに、もう一つの顔がある。裏切り者、魔術犯罪者、術に失敗し人ととして居られなくなった者、それらを狩るのが私の成すべきことだった。ゆえに骨にして葬る、葬骨の魔術師なのだよ」


「お前さ、毎回性格とやってることのギャップがえげつないんだよ。ハートフルとゴアどっちも好きな様に、人を育てる事と人を殺める事同時にやんなや」


「――魔術は時に人の世を狂わす。総じて狂わそうとするのは悪意を持つ者達だ。私は悪意を持つ者を排除し平和を守る、そして、人ならざる者になってしまったものには、せめて人の手で最期を手向ける。だが骨となり死すれば皆同じ、『生きていた』者達となる。骨葬と葬送、総じて葬骨。周りが優しいと評する私の思いとは、同時に私のエゴでもあるのだよ」


「立派ではないか。やはり俺はお前を尊敬する。それをエゴと言い切り、そして周りの評価ではなく自らの思いで確固たる意思にしている。烏合になんと言われようとも、決してぶれない自分の軸が、お前にはあるのだな」


「なんか良く分からんけど……変にくさしてごめん」


「――感謝するソーエン。そして謝るなイキョウ。私の話を真っ向から聞き、正直な言葉を述べるからこその二人なのだ」


「こやつは優しすぎる。優しすぎるからこそ、殺しを葬りと呼び、誰であろうと、それが悪人であろうと狂人であろうと、慈悲を持って葬る。

 人の命を奪う行為を尊びのある言葉に言い換え自己の精神を防衛しているわけではなく、心からの慈悲で葬るのだ。ある意味では、狂い、とも呼べるのであるな」


「狂ってても何でも良いじゃん。ソレがチクマの優しさなんだろ? 優しい狂い方なら、それはつまり優しいってことじゃん」


「チクマなりの、曲がらない優しさ。それでいいではないか」


 オレとソーエンがそう言うと、ナトリは愉快そうな含み笑いを、チクマは喜びの篭った小さな笑いを、それぞれあらわにした。


「でも何でチクマとナトリが仲良いの? 接点全然見えないんだけど」


 笑ってた二人、その二人に質問した途端、急にチクマの動きが止まった。聞きたくない事を聞かれてしまったような感じで。


「――…………。……。いや、話そう。

 昔、まだ私が教員として未熟だった頃、生徒達の指導に悩みがあってな……。その際に未熟な私は何を思ったのか、魔術師最高峰と評される人物に相談すれば良いと考えて……」


「今もそうだが、貴様はどこか抜けているのである。当時の我輩は興味の向く物、そして者、それら以外には関心を向けることなど決してなかった」


「それは今もじゃありませんことわの?」


「――そんなルナトリに会いに行ったら、案の定軽くあしらわれた。当然だ、未熟な魔術師が許可も取らずに会いに行って良い相手ではない。ただ、当時の私は……そんなルナトリに激しく食い下がってな……あろう事か決闘まで申し込んだ」


「チクマ先生は熱血でアグレッシブだねー」


「――結果は目に見えてる。私は惨敗を帰した。葬る者としてそれなりの力を持っていると思っていたが、ルナトリは次元が違いすぎた。だから今度は手を変え品を変え、ありとあらゆる手段を持ってルナトリの頭脳に教えを請おうとした」


「それが意外にも愉快でな、贈り物から、果ては一人スプラッターミュージカルプレゼンテーションを始め、本当にありとあらゆる手段を用いてきたのだ。あまりに愚かで、初めて我輩は弟子を取ったのである。我輩が取った弟子はただ二人、その内の一人が、この熱い魂を持った男だ」


「――いや、もう……今となっては若気の至りだよ……」


「ふむ、では二人は師弟なのか」


「だった、が適切な表現である。こやつを弟子として扱ったのはたったの一年、我輩直々に全ての職務を止めさせ、我輩の探求に随行させた」


「――その甲斐あって随分と僕はレベルアップできたよ……色んなコトして、色んなところ行って、何度も何度も死に掛けたけどね……」


「死すればそれまで、死なず付いてくるのならばどこまでも。こやつが望んだ実力を身につけるために有した年月が一年である。他ならは三日と持たずに死んでいたであろうな」


「チクマ凄すぎない? 実力をつけるの一年ってのも短いし、ナトリが言った他の百二十倍生き延びたじゃん」


「――生徒達の為に必死だったからね……」


「その思いだけでこなし切ったのだから凄いとしか言い様がないが……」


「――でもおかげさまで教師や魔術師としての実力は飛躍的に上がったし、ルナトリにも認められて暇があれば研究やフィールドワークを一緒にするようになったんだ。弟子の頃は辛かったけど、対等になってからは楽しかったなぁ……」


「もしかして最近忙しいそうなのも、その研究やフィールドワークとかをしてるからなのか?」


「――そんな感じかな」


 なるほどなぁ。二人共魔術師だから、魔術師なりの異世界の探求でもしてるんだろうな。


「――でも……じゃなくて、ん゛ん゛。だが、私が弟子として、そして魔術師として、ルナトリと共にしているときですら、精精含み笑いをする程度だった。大笑いを聞いたのは、二人の事を知ってからだったな。やはり貴様等は凄い、常人では到底出来ない諸行を成し遂げる」


「いやぁ」


「照れる」


 オレもソーエンも、チクマに褒められて照れながら、タバコを口に咥える。視界の端ではナトリが噴出していた。


「ナトリ。お前のもう一人の弟子とはどのような奴だ」


 ふと、ソーエンはタバコに火をつけながらナトリに何気ない質問をした。


「……くはは」


 その質問を受けたナトリは、笑っていたのに、違う笑いで、笑った。その様子を、チクマはナトリの出方を見るように伺っている。


 なんでしょ、魔術師なりに、もしかして秘匿事項スレスレの話題だったりするのかも。


「阿呆、そして馬鹿。特異点という存在を、知っているか」


「うーん……どっかで聞いたような……」


「聞いた気がする程度だ。結局知らん」


「ならば説明しよう。特異点とは、種族が有する能力からかけ離れた力を持った者達の総称である。我輩然り、ナナ然り、雷槍の騎士然り、勇者然り、結晶竜然り。その発生機序を辿れば、根源は神成る存在へと辿り着くことを目的としてるのだろうな」


「おわぁ。待ってナトリ、ストップストップ。色々飛びすぎ。何も分かんない」


「酔ったかナトリ、水でも頼むか」


「くっくっく、酔ってなど居ない。貴様等が理解できずとも、我輩は語るだけだ。……ふむ、いや、語るだけなのだから、酔っているとも言えような」


「あらぁ、ナトリ酔っちゃったの。珍しい」


「帰りは俺達に任せろ。泥酔してても家まで連れ帰る」


「ふははははは!! そうだ、それでこそ貴様等なのだ!! チクマ、傑作であるな!!」


「――そうだな。だからこそルナトリは、この二人を気に入ってるのだからな」


「ふはは!! 我輩の頭脳でも理解が及ばぬ、それが堪らなく愉快だ!! ふはははは――はは、ふぅ……。さて、語るとしよう」


「急に冷静になんねー。存分に語っちゃってー、オレ達もちゃんと聞くからぁ、タバコうめぇ……」


「語るは華だ、己の世界に溺れた語りほど楽しいものは無い。好きにしろ。タバコ美味い……」

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