14.体外内マッサージ
受付さん、寝落ちしました。呑み会の途中に寝落ちして今は――。
「イキョウさん……本当に……するんですか……?」
「もちろん。受付さんだって嫌じゃないでしょ? そんな格好してるんだし」
「は、はい……」
夜、オレの自室にて、髪を解いた受付さんはベッドの前でモジモジとしてる。セミロングの金髪がお綺麗なことでぇ……。オレはそんな姿の受付さんと、向かい合って立ってる。
「じゃあ早速……コレより全身マッサージを開始するゥ!!」
ことの経緯をザックリザクザク説明しよう!!
オレは、受付さんを癒したいから、寝落ち後お持ち帰りして、優しく起こした後にお風呂に入らせました!!
今は受付さんがバスタオル一枚だけを身に付けて、でも未だ決心が付かぬ様子を醸し出してる。そんで、ギルドの制服は窓際においてきちんと畳んであるのが受付さんらしい。
「お風呂に入って、酔いが少し覚めたので思い返してみたのですが……私、とんでもないことしてませんか?」
「そんな事無いよ受付さん。ささ、ベッドに横になって」
オレはデリカシーある大人だから大丈夫。なんなら、受付さんが部屋でタオル一枚になるときは、ちゃんと外に出たから。
「流されてる気しか……私って意外と軽いのでしょうか……」
受付さんはタオルをキュッとし、両手で肩を抱えて頬を赤らめながら憂いの含む表情をしてる。むにたわわってしてる。
「オレは受付さんを全力で癒したい。そのためにオレはここに居る。だから任せておくんなまし」
「イキョウさんから邪な感情を一切感じないのは……逆に自信をなくします……」
そういって何故か受付さんは項垂れてしまった。
「でも……イキョウさんって本当は誠実な人なんですね」
「やるべき事へ真摯に向かえるのがオレって男なんで」
そして、安心したような笑みでオレを見て来た。もー、受付さんの表情コロコロ変わってかーわーいーいー。
……ん? 本当は?
「オレのことなんだと思ってたの?」
「内緒です、ふふ」
そう言って、受付さんは柔らかい笑い声を上げながら、大きめのタオルが三枚敷かれたベッドへうつ伏せになった。
そうして、体をごそごそさせながらタオルを背中に被せるように広げる。動作が手馴れているのは、受付さんがよくマッサージ店に行くからだろう。
そんな事を思っていると――。
「お腹、絶対見ないでください」
「え?」
「見ないで下さい」
――顔だけ振り向かせてメチャメチャに怖い笑顔を浮かべてきました。
「へ……へーぃ」
オレはクソほどビビリながら受付さんの言葉に返事をする。そして同時に思う。呑み会のときに受付さんのお腹ネタを心の中だけで使っててよかった、と。口に出してたら殺されてたんじゃねぇの?
怖い、怖いよぉ……。ビビリながら歩いて、オレはアロマ香の蝋燭に火を付ける。それを、部屋の机にそっと乗せた。その足で、机から椅子を持ってきてベッドサイドに座る。と。
「良い香りですね……本格的で、お店みたいです……」
受付さんは香りをゆっくり嗅いで、落ち着いた呼吸をしながらこの匂いを堪能していた。
「受付さんに出来る事は何でもしたいんで、めっちゃ気合入れてます」
「そこまでしていただけると……嬉しいですけど恥ずかしく――」
「じゃ、受付さん。タオル捲るねー」
「――え?」
オレは受付さんの背中に掛かっているタオルを、お尻を隠すだけの状態に畳んで、これから始める事への準備を進める。
「何してイキョウさんタオルの上から……じゃ!?」
驚いた受付さんは、上半身を起こしてオレの方を見ようとした直後、すぐさま体をベッドに戻した。
でっかいお山が潰れてらっしゃる。でも、けれどね、今のオレはそれに何も感じない。オレは今、プロのマッサージャーだ。ただそれだけ、そして受付さんに気持ちよくなってもらいたいだけなんだ。そのためにオレはここに居る。プロマッサージャーに性欲なんて持っての他だァ!!
「受付さんはオイルマッサージすき?」
「動いたら見られちゃう……逃げられない……」
受付さんが余裕を無くしてらっしゃる。これはプロ失格だ。体をリラックスさせるなら、心もリラックスさせなければならない。安心してオレを受け入れて欲しい。
「受付さんの体めっちゃ綺麗だよ。ずっと見てたい」
キメ細かくハリのある肌、艶が良く、ろうそくの明かりだけがぼんやりと照らすこの薄暗い室内でも、このささやかな明かりを吸い込むような柔らかい体。
「は、恥ずかしいので見ないで下さい!!」
「受付さん、オレの眼を見て」
「なんです……か……。イキョウさんの目って何でこう……のらぁっとしてるんですかね……」
受付さんは顔だけをこちらに向けてきて、頬を赤らめながらもどうしてか残念そうな顔をしていた。
うそぉ? 今オレめっちゃ真剣な眼してるんですけど……。ってかのらっとしてる目って何?
「女の人の裸を前にしていい眼じゃないですよ……一切欲望が無い目です……」
「んー……そうなの。今オレめっちゃ受付さんを癒して上げたいの。ただただそれだけを真っ直ぐ思ってるから、安心して受けて欲しいの。オレのことは、受付さんが良く行くお店の店員さんとでも思ってくれれば良いから」
「全員女性の方なんですけど……。…………イキョウさん、えっちな眼はしちゃダメですよ?」
「しないしない」
「…………そんなあっさり……私ってそんなに魅力ないんでしょうか……」
受付さんはお忙しいお人だなぁ。伺うような表情と声を出したと思ったら、今度は項垂れちゃった。枕に顔を付けてモゴモゴ何かつぶやいてる。
「ねね、受付さん。オイルマッサージは好き?」
「え? あ、はい……。好きですがコース料金が高いので……。本当に疲れたときだけ……イキョウさん、絶対いやらしい目で見ないで下さいね」
枕から顔を上げ、横に倒した受付さんは、こっちを見ながら語る途中で念押しをしてきた。本気の、ムッとした顔で。
「見ない見ない。誓って絶対に見ない」
「……誠実なのは嬉しいのですが……嬉しくないです……」
「と言う訳で、じゃーん」
ムッとした顔から変わって、可愛くむくれてる受付さんに対して、オレはとある液体を見せる。
ビーカーに入った、粘性の高い液体。この液体はシュエー系列のお店で幅広く利用されてるねっとりとした液体で、丁度オイル代わりにはなるだろう。
因みに今手に持ってるコレは、現在ナトリに協力してもらって試作中の、香りつきローションでごぜぇます。丁度今朝、試作品の中でも出来が良かったものをナトリから渡された。
試作協力つっても、オレは良い感じに合いそうな香りを選ぶだけ、ナトリはそれを調整して配合してるだけ。それぞれ独立して動いてるから、この渡されたビーカーの香りが厳密にはなにが元になってるのかは知らない。ってか、匂い嗅いでもどれが元の香りになってるのか分からないぞコレ。何の香りなんだ? 尋ねても答えてもらえなかったしなぁ……。
「イキョウさん、それってオイルですか?」
「ん? それに近しいもの。マッサージにも使えるし、多種多様な用途でも使える優秀な液体」
「医療用……? とかでしょうか?」
「そそ、そんな感じ。……受付さん、この匂いどう? 好き?」
オレはビーカーの蓋、コルクを引き抜いて、受付さんの顔に近づける。
これで好評なら、売り物にしても問題ないだろう。受付さんほどの女性が気に入るようなら、それはとっても良い香りのはず。
「……甘くて、ホットミルクのような柔らかな香り……心がほっとするような……。…………?」
受付さんは、先ほどのようにこの液体の香りも嗅ぐ。好評のようだけど、でも不思議そうな、頬を赤らめた顔をして……いや、この人ずっと頬赤らめてるから匂いとは関係ないか。
「どしたの?」
「い、いえ……気のせいでしょう、そうです。気のせいです」
なんでしょう。受付さんは気まずそうな、何かを言い辛そうな顔をしながら足をもぞもぞしてる。心なしか、肩を動かして胸の位置も調節してた。
「そう……? この液体使ってマッサージするけど、良い?」
「……あ、はい? はい。大丈夫ですよ」
よし、受付さんからオーケーが出た。
後はオレが本気を出して受付さんを癒すだけ。さて、ここからは真剣にやらせてもらおう。
確固たる決意をしたオレは、短い未来の間で返せる分を精一杯返すため、手にローションを馴染ませながら施術を始めることにした。
* * *
……私、欲求不満なんでしょうかね。
枕に顔を埋めながら、私は思わずそう考えてしまいます。
頭の後ろからは、イキョウさんが手にあの不思議な液体を馴染ませている音が聞こえてきます。人肌の温度に暖めて、私が冷たくてびっくりしないようにしてくれているのでしょう。そういう細やかな気遣いは、とっても嬉しいです。
ただ……あの液体の香りを嗅いだ際に、どうしてかこう……体の奥底がムズムズっとしてしまいました。一瞬、そう一瞬だけ、少しいやらしい気持ちになってしまった気がします。
でもそれも気のせいでしょう。最近は忙しくて、こう、自分の体を労っていなかったので、少し溜まってるんだと思います。
……少しくらい、手を出しても良いんですよ?
イキョウさん…………ダメですよ?
私から何もする気はないですけど……もしイキョウさんから何かされたら……抵抗できないので、受け入れてしまいますよ? 私今逃げられないので、詰め寄られたら成すすべなく受け入れるしかないですからね?
……私、イキョウさんのこと好きなのでしょうか……。いえ、そんなはずはないです。イキョウさんは年下ですし、のほほーんとしてます。可愛い年下の男の子です。
私がこんなことを思ってしまうのは、この年齢になっても禄に恋愛経験がない初心なせいと、何よりどうしてもイキョウさんにあの夢の人の事を重ねてしまうからです。似ても似つかないのに。
でもでも……。イキョウさんって、適当な様でいつも真面目に質問に答えてくれなくて少し秘密主義と言いますか……それに、どこかほっとけないようなところもあって……。
情け無い様で実は頼りがいがある、でもほっとけない。秘密も多い。なのに一緒に居て安心しますし、楽しいです。
心がほっとして、同時についつい見てしまってきゅんとしてしまうような、意外と魅力的な男の方なのかもしれません。……イキョウさん、可愛い男の子かと思っていたら、実は男、だったのかもしれません……。
何故だか無性にイキョウさんの顔を見たくなって、そーっと、顔を動かすと。
「……」
イキョウさんが真面目な顔をしてました。いつも情けなくヌルっとしてる目が、しっかりと伏目がちになって私の体を観察してます。どこか暗いような、でも真剣な眼で、表情で、私を見てきます。
…………ちょっと、カッコイイかも、です……。イキョウさんのあんな顔、初めて見ました。ギャップが……普段との差が……。
その面持ちには、一切邪なものが乗ってなくて嬉しいのですが……そんな顔をされながら見られると……。
「……あれ? どしたの受付さん」
少しモジモジしていると、イキョウさんがいつものほにゃにゃぁってした気の抜けた表情に戻って私の事を見てきました。
「いえ、その……なんでも……」
ああ……勿体無い……。さっきのイキョウさんの顔、かっこよかったのに……。
でもこっちのイキョウさんも良いです。お話しするときに、ちゃんと眼を見て私の方を向いて話しかけてくれるのは、好感度高いです。イキョウさんって、人に気に入られるのが上手なんですよね……。細やかな所作というか、言動、声色、行動の端々が計算されつくしたように心に入り込んできます。ですが、イキョウさんのことですから無意識に行っているのでしょう。イキョウさんは、そんな打算的に人に取り入るような人ではないので。
イキョウさんは天性の愛嬌持ちです。やっぱり可愛い男の子です。商店街のご婦人方々を初めとした、年上の方たちから人気が高いのも頷けます。
年上……私も、イキョウさんより年上なんですよね……。
「受付さん、始めるね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
その声と共に、私の体にイキョウさんの手が触れてきます。
どんな顔をして触れているのか見てみたくて、またこっそりと顔を向けると――。真剣な顔をしてくれてました。このイキョウさん……ずるいですよ。
あっ……でも気持ち良い……。ニュルニュルした手が、私の凝っている場所を的確に責めて来ます……。
「あふぅー……」
力加減も触り方も、ほんっとうに絶妙です。私の人生で今が一番気持ち良いと言っても過言ではありません。なので思わず緩んだ声がでてしまいました。
ちょっと恥ずかしいですが、こんなだらしない声を上げても、イキョウさんは特に何も言ってきません。どうやら今の彼はプロのエステティシャンのようです。私の出した声を当たり前かのように聞き流してくれました。
ですが、手付きは本物です。『のようです』ではなく『です』です。イキョウさんはプロです、とっても気持ち良いです。最高です。
今のイキョウさんはどれなんですか? 男の子ですか? 男ですか? エステティシャンですか?
気持ちよさでじんわりと体が熱を帯びて、ぽわぽわぁっとし始めた頭は、それでも今のイキョウさんが何者であるかを考えてしまいます。
男の方だったら……私、裸になってません。絶対、男の子かエステティシャンです。だから私もイキョウさんの手や視線を嫌とも思わず受け入れてるんです。私、そんなに軽い女ではありません。
「受付さん、息吸って……吐いて」
イキョウさんから言われて息を吸い、そして吐くと。それに合わせて背骨周辺をグイっと押しながらニュルルって絞り上げるように、腰の付け根から首元辺りまで指が滑りました。……すっごい気持ち良い……。
イキョウさんは私の体の動きが、内側まで見えているような手付きで私をほぐしてくれます。指示された通りに呼吸をしただけで、合わせて私を気持ちよくしてくれます。
今は、イキョウさんに全部任せれば、私はそれだけで気持ちよくなれそうです。彼の言葉は、声は、手は、私の頭に入り込んでくるように内側に響き渡ってきます。
私はそれを受け入れ、気持ちよさに任せながら言われた事をすれば言いだけ。そう思わせてきます。
イキョウさんは凄いですね、多才ですね。こんな隠れた技をお持ちだったなんて思ってもみませんでした。女性冒険者の皆さんにも今度教えて……ダメです。このイキョウさんは、私が独り占めしてしまいたいです。
「受付さん、何か余計なこと考えてるでしょ。今はこのマッサージだけに集中して。考える事はこの場のことだけにして」
「は、はい……」
イキョウさんの甘く優しい声が、私の頭に入り込んで思考を縛ってきます。こんなに気持ち良いのに、そのような声でそう言われてしまうと、私の頭はぼーっとなって、ついついイキョウさんの声と言葉、そして手に集中してしまいます。
気持ち良い。イキョウさんに任せていれば、気持ち良い。まるで催眠術を掛けられている様に、ぼーっとしながらイキョウさんの全てを受け入れてしまいます。
少し瞼に力が入らないながらも、それでもイキョウさんの方を見ると――。
――優しくにこって笑ってくれました。かっこよくて可愛い……愛おしささえ感じるその顔は、何処かで見たような……。その顔を見ていると、思わず夢中になってしまいまそうで、顔を枕に戻すと……。
そこで私は気付きました。私が今嗅いでいるこの香りは、イキョウさんの匂いです。男の方の香りです、深くて好きで、でも夢中になって疼くような香りです。
枕に顔を埋めてしまうと、この香りが脳にしみこんできます。今の私は、嗅覚、聴覚、触覚がイキョウさんに包まれて支配されています。危ないです、これは危ない。
部屋にアロマの香りが漂っていて助かりました。この匂いに逃げれば、イキョウさんの香りに夢中にならずに済みます。…………もうちょっとだけは、匂いを嗅いでみましょう。いつでもアロマの香りには逃げられるんですから、危なくなったら逃げれば良いだけの話です。
先ほどから、イキョウさんは腰周りを重点的にほぐしてくれています。座り仕事をしていると……肩もですが……腰にも来るんですよね……そこも気持ち良いんですよね……。
「……っふッ」
……あら? 今変な声が出てしまった様な……。少しくすぐったいので、思わず笑ってしまったのでしょうか……?
イキョウさんは変な事を一切してません。それに、私もマッサージを受けた際の気持ちよさしか感じていません。だったらあの声は、くすぐったさから出てしまった声なのでしょうか……。
…………待ってください。私ダメです、マッサージを受けているだけなのに、全然興奮してないのに、お胸もお股も収まったはずなのに、何故だかお腹がじんわりしています。少し濡れてます。
「イ、イキョウさん……。その……」
「あれ……早い。なんでだ?」
私が、枕に埋めてイキョウさんの香りを嗅ぎながらモゴモゴと話すと、どうしてか不思議そうな声が聞こえてきました。
何が早いのでしょうか……。ですが、そのような事は気にしていられません。私も早くおトイレに行って、拭きたいです。イキョウさんにバレてしまわない内に、こっそり隠したいです。
「あの、イキョウさん。一旦お手洗いに……」
「え? ああ、大丈夫だよ受付さん。全部オレに任せてくれれば良いから」
イキョウさんは手を止めずにそう言いますが……ソレはマッサージに関係ない事なので、任せられません。ダメです。
「……はい……っふっ」
……なのに……。イキョウさんからそう言われてしまうと……抗えません。思わず任せてしまいたくなります……。
タオルで隠れてますし、見られないから大丈夫ですよね。もし垂れてしまっても、オイル使ってるからごまかせますしね。大丈夫です、イキョウさんに任せてしまって、大丈夫です。
でも、なんで、どうして、さっきからこの声は出てしまうのでしょうか。マッサージの気持ちよさでも、アレの気持ちよさでもない変な声……。初めての声です。無意識に出て、何の声か分からない声。
あまりにこのマッサージが気持ちよすぎて出てしまっているのでしょうか……? でもそうですよねぇ、こんなに気持ち良いマッサージは初めてですからぁ……。
ゆっくりと、丁寧に、じんわりと。イキョウさんは私の腰周りをほぐしてくれます。そして腰周りがぽかぽかしてくると、時たま背中側を全体的になぞって、首や肩周りに血を巡らす様に手をなぞらせます。最高です……。
でもどうしてか、気持ちよさとは別のぽかぽかが脳と下腹部に集まります。血流が良くなったからでしょうか……? ただそのせいで、じんわりと溢れてくるので、こっそりと腰を動かしてタオルにこすり付けて――。
「……あっ♡」
――違います。今の声は違います。拭こうとしたら少し先が当たってしまっただけです。これはマッサージ、そう言ったものではありません。
でも今の声は流石に艶が出てしまいました。少し……そう、少しだけいやらしい声でした。そんなのイキョウさんに聞かれてしまったら……。
大丈夫でしょうか? 彼は男の子ですけど、でも年頃の男の子ですよ? 手を出されてしまうかも……。
そう思ってちらりとイキョウさんの方を見ると――。未だ真剣覚めやらぬ顔をしながら、集中して私の背中に眼を向けていました……。良かったです、聞かれて無かったようです……。イキョウさんが人のお話を聞かないことが幸いしました。あの艶っぽい声を聞かれなくて本当に良かったです。私、いやらしくなんてないですからね。
* * *
(今の声、そして視界の端に映る受付さんのポヤッとした表情。思ったより早いんだよな……。そんなに受付さん溜まってたのか。早いけど、早いんだけど、心身ともに解したいからな、あともう少ししたら心も気持ちよくしてあげよう)
* * *
イキョウさんのニュルニュルしてる手は……好きです。ずっと触れていて欲しいです。いえ、ニュルニュルしてて無くても、マッサージをしてなくても、ずっと触れてて欲しいです。触れてもらってるだけで心がぽかぽかして、満たされた気持ちになります。
男の人の手って、ずるいですよね。もし私に彼氏が居たなら、ずっと繋いで居たいですもん。
ですが……イキョウさんは男の子。そしてエステティシャン。男の手ではないんですよ私。違いますからね?
でもでも……少しくらいは事故で触っても良いですよ? イキョウさん。ちょっとくらいなら、私許しちゃいますから。
…………マッサージは気持ち良いんです。本当に気持ちよくて、筋肉が解されているときの感覚で頭がぽーっとするんです。なのにどうしてか……お胸とか……お腹よりもっと下とか……が……ピンってしちゃってるんです。一切そっち方面の気持ち良さなんてないのに、ただマッサージされてるだけなのに、少しばかり主張しちゃってるんです。
私自身も性的な興奮なんて一切感じてないのに……。こっそり治めてしまいましょうか……? 今のイキョウさんは一生懸命真剣なので、少し位はもぞもぞしても気付かないはずです。
幸い、敷かれているタオルは丁度良い柔らかさなので、ゆっくりこっそり動いていれば、その内いつかは……。
何考えてるんですか!? ダメですよ!? 人前で致すなんて、ダメに決まってるじゃないですか!! ぽやっとしてて思わずやってしまいそうになりましたけど、冷静に考えてみればとんでもない事をしようとしてました!!
「……っ、ふっ。……んっ」
お胸は見られないようにしてますし、あそこはタオルが掛かってて見えないんです。無理に治める必要なんてないんです。それに今は、イキョウさんのマッサージの気持ちよさを受け入れて、そしてそのことだけを考えて居れば良いんです。興奮もしてないのに、快楽を高めて治める必要なんてないんです。
「……はぁ……ふっ」
今だって、イキョウさんは一生懸命背筋を解してくれてますし、腰をギュギュッってしてくれます。マッサージのじんわりとした気持ち良さだけが私の頭に流れ込んできてるんです。全身がリラックスしています。そこに一切の変なモノは含まれて居ません。
疲れを癒す為に湯船に浸かったときのような、一仕事終えた後に伸びをしてじんわりするときのような、そんな心地良い気持ち良さが私の体を温めてくれてるんです。全身が緩んでリラックスしてるんです。
血流が良くなったせいで私の体も元気になってるだけでしょう。そのおかけで分泌物が体外に流れ出てるだけです。性的な興奮なんて一切して――。
「ふっ――――????」
――ませ……ん……。
…………あれ? 腰を押されてるだけなのに、今一瞬、頭が真っ白になったような……。
脳がじんわりと熱を帯びて腰が少し跳ねた後、その熱は私の体に染みこんで行きます。
なんでしょうか今の感覚……。私の知らない、不思議な快楽です……。
「よしよしまずは一回目。受付さんは気にしなくて良いからね。全部オレに任せて」
頭がじんわりとしていると、イキョウさんの手が優しく触れてきて、撫でてくれます。困惑をする隙も無く、安心させられてしまいます。
あの不思議な快楽と、イキョウさんの手……とっても満たされて、私の全てがほっとしてしまいます。呑み込まれてしまったかのように、イキョウさんに全てを任せてしまいます。
体の奥底から溢れた熱は、ジワリと私に汗と、液を滲ませます。
肌には薄っすらと汗を帯びながら、タオルの下ではこっそりと滴らせながら、それでも私の体は脱力して動かせず、満足感と従属感を得ながらベッドに沈んでいます。
呼吸はいつの間にか深くなってしまっていて、そのせいでイキョウさんの香りが私の頭に入り込んできます。全てがイキョウさんに満たされるこの感覚……すっごく気持ち良いです……。
「受付さん、その呼吸を続けて。ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて、全身を脱力させてて。それだけしてれば良いからさ」
「…………はぃ」
それだけで良いんですね。私はそれだけしてれば、気持ち良くなれるんですね。イキョウさんから指示されたなら、従います。
ゆっくりと深く呼吸をして、イキョウさんにされることだけに集中して、触れられた所に意識を向けて…………私、満たされてます。今が幸せです。
余計な事は何も考えず、全てを任せてイキョウさんを感じていれば良い。それだけで満たされてしまう。
「――――んっ」
脇の下をなぞられただけで、またあの不思議な快楽が脳にしみこみます。頭がじわっとして、白くなります。この快感は一体なんなのでしょうか……。
「ごめんね、タオル少し捲りたいんだけど、良い?」
イキョウさんは、優しく伺うような声で私に言ってきます。待ってください、この快楽がまだ頭に残ってるんです。でも、イキョウさんにそんな事を聞かれてしまっては……。
「……だいじなトコ……みちゃダメですよ……」
快楽が冷めやらず、呂律が回ってくれない口で、私は答えます。
……もう、答えなんて決まってます。全て任せてしまいます。だから私は捲って良いって答えます。
「見ないから安心して。意外とお尻の、特に付け根はね、腰の凝りと関係してるから解すだけだよ」
そう言って、イキョウさんはタオルを少しだけ捲って、私の恥ずかしいところが露らにならないようなさじ加減で折ってくれました。
でも……お尻の割れ目が始まるところは見えてるんですよね……。そこを直接グリグリされてます……。少し捲ったらもうそこは、そしてもうちょっと捲られてしまっては……全部見えてしまいます。
「くす、ぐったいですけどっ、気持ち、良い」
イキョウさんはお尻の付け根や、お肉を、グリグリぎゅってしてします。すっごく気持ち良いです、そこを解されたのは初めてですが、確かに気持ち良いです……っ!!
お店では、肩、背中、腰、足、腕と言った、辛いところを解される事はあっても、お尻の筋肉を解されたことなんてないですし、自分でお願いしたこともありません……!! でもすっごく気持ち良いです、それほど凝ってるってことなんでしょうか……!!
「こんなに凝ってるって……意外とこの世界じゃ知られて無いのか。後でシュエーに教えておこう」
「あっ……待って、イキョウさん……!! そこ、良いので……ダメッ!!」
イキョウさんは一生懸命解してくれようと、グニグニ弄ってきます。でも、そのせいであそこもくぱくぱしてしまうので……ッ!!
「きちゃ……う……ッ!!!!」
――――っ、――――!?!! !? ――――!!
いつもより簡単に、そして深い快楽が、私の体や脳に巡ります……!! 気持ち良いところは全然弄ってないのに、遊んでないのに、直接触ってないのに、いつもより強く深い快楽が脳を支配して……っっっ!!
腰や肩が跳ねて、私は顔を枕に押し付けながらその快楽を抑えるように必死に、でも気持ち良過ぎて眼に涙を浮かべながら、浸りたくて、でも早く抑えたい――――!!
「――ん、ふっぅ……ふっ……あっ、…………あ♡ んっ♡」
……っ……ぁ……、……。
――一頻り快楽が体を巡り、収まりました。満たされながら、果てました。過ぎ去ったはずです、収まったはずです、でも余韻が深く残っていて、呼吸をしてるだけなのに、自然と艶やかな声がもれ出てしまいます。少しでも体を動かせば、タオルに肌が擦れただけでまた果ててしまいそうです。
激しい快楽でした。そのはずなのに、体が未だ震えているというのに、乱れる事は無くなぜか心がすっごく満たされています。体も、震えてはいても力は入らず、リラックスしています。
なんですかこの感覚。癒しと絶頂が、脳と体を同時に支配しているようで、理解できません。理解できないまま、脳がもっとその快楽を欲しています。
「やっぱ早いんだよなぁ……。オレの眼に狂いが生じる訳無いし、このローション、何かあるな」
いきょうしゃんはなにかいってますけどむり……!!
顔を起こせないから匂いが入ってくる――
「はぁ――――ッ♡」
――においだけでわたしダメッ!!
「まぁ、いっかな。手順が早まっただけだし。ごめんね受付さん。そのままじゃ辛いでしょ」
「――ッ。はぁぁぁ――――――――はぁぁ――――」
また果ててしまい、深い呼吸で体を震わせていると、イキョウさんが私の体を仰向けにしてくれました……。
それを、私はぼーっとしながら力なく受け入れることしか出来ません。
ベッドに押し付けられてた胸が開放され、呼吸が楽になりました。匂いからも開放されました。ぼーっとしながら、私は呼吸をします。深く深く呼吸をします。
汗ばんで、熱を帯びた体は、仰向けになったことで熱さが抜けて行きます……。何か忘れてるような……でもダメです、ぼーっとして考えられません。
「ふっ♡ はぁー、はぁー……」
ふわふわした頭で、それでも眼を動かしてイキョウさんを見ると、彼は優しい笑顔を向けてくれました。
「……コレで良いんだろうか。でもオレってこんなことしかお返しできないから、許してね」
「こ、んな、こと?」
「なんでもないよ。受付さんが気持ちよくなってくれて、オレは嬉しいよ。…………もっとまともな奴だったら、他のことも思いつけたんだろうな、アーサー」
イキョウさんは憂うような表情をして、伏せた眼で遠くを見ています。
普段見せるようなことが無いイキョウさんの表情……愛おしい、たまらなく愛おしくて……心から愛が溢れそうになってしまいます。余韻に浸りながらも、視線だけで求めてしまいます。
「……ま、こんな奴だからね、オレって。……。……。……タオル、増やそうか」
彼は、イキョウさんは、伏せた眼の視線を動かさないままそう言うと、私の腰の下に二枚のタオルを敷いてくれました。
そのタオルは外套の裏から取り出したようにして、そして私の体の下に片手を添えて、あっさりと持ち上げて、タオルを敷きました。
力強くて……私をあんなに簡単に持ち上げて……。あんな力で抱き締められたら……私……。
「続けよっか。バスタオル掛ける? それとも、このまま?」
「いきょう、さんに……おまかせします……」
「そっか。じゃあ、最低限隠すところは隠しておこう。その方が受付さんも恥ずかしく無いだろうからね」
そう言って、イキョウさんは私のお胸とお股にハンドタオルを被せてくれます……。被せて……被せて……?
待ってください。私今、イキョウさんに全てを見られて――?
「気にしなくて良いよ。オレなんて、すぐに居なくなるから」
「……イキョウ……さん?」
イキョウさん……どうしてそんなに寂しそうな眼をするんですか……? どうしてそんな寂しそうな笑顔をしてるんですか……?
「何処にも……行かないですよね……?」
「どうかな。でも、大丈夫。算段は付けてあるから。皆オレの事を忘れて、悲しむことすら知らないようにするからさ。…………それでもやっぱり、受付さんにはお礼をしておきたいんだ」
私が不安になって尋ねると、イキョウさんはまた、頭を優しく撫でてくれました。この手、この撫で方、まるで、夢の人とそっくりです……。
「受付さん、本当にありがとう。オレを、そして親友を、叱り続けてくれて、ありがとう。こんなバカなオレ達だけど、最期までよろしくね」
私には、イキョウさんの言ってる言葉の意味が分かりません。彼が何を抱えているのか、何を思っているのか、全然検討も付きません。
でも、それでも、分かる事があります。イキョウさんは、きっと、寂しがりな人です。だって、とても悲しそうな目をしていますから。泣きそうなのに、それでも涙を流してないだけの、本当に悲しそうで寂しそうな眼をしてますから。
……今日、この瞬間だけで、イキョウさんの新しい顔をたくさん見れました。この瞬間だけで、イキョウさんがかっこよくて、大人な男で、何かを抱えてるってしれました。……お友達を大切にする、優しい人だって、よく分かりました。
今日だけで、イキョウさんに凄く惹かれてしまいました。いえ、もしかしたら、前から惹かれていたのかもしれません。まだ好きではないです。私の恋は、あの人に向けてますから。
でも、それでも、イキョウさん。少しくらいなら、私を求めてくれても良いですよ? 今の私は、抵抗できませんから。裸ですし、体に力が入りませんし、求められたら抵抗なんて出来ませんよ?
「イキョウさん……」
私は、快楽に酔った蕩けた顔をしながら、イキョウさんに一生懸命手を伸ばします。
することされたら、身を任せてしまいますよ。ということを、察して欲しくて。
「……その手は取れないよ。それに、今のオレは受付さんに気持ちよくなって欲しいだけなんだ。身も心もすっきりして欲しいだけなんだよ」
そう言ってイキョウさんは、私の手に手を被せて、ゆっくりとベッドに降ろさせます。
「わたしのからだ……ダメですか? お胸……だけでも良いですよ? さっきぽだけなら……少しくらいなら、見逃します……抵抗、できませんから」
「オレの快楽なんていいよ。今は受付さんを気持ちよくしてあげる時間だから」
「みゃ……!!」
イキョウさんは言葉と共に、私のデコルテをなぞって来ます。そこっ、マッサージ、気持ち良いんですけど、イキョウさんのは何か違う……!!
「そう困惑しないで受付さん。今受付さんの体は、全身が性感帯になってるだけ。オレはその気持ち良さと、マッサージの気持ち良さの両方を受付さんに味合わせてるだけ。オレにしか出来ない、相反する快楽を同時に押し付けてるだけ。嫌なら言って、すぐ止めてるから」
「むり、むりわかんないです!! じわっとしてぽかぽかしてわかんない!!」
マッサージされてるときの気持ちよさと、性的な快楽の気持ちよさが全部頭に入ってきます!! 分かんない、わかんないよ!!
「嫌じゃないなら良いんだ。お腹もごめんね、押させてもらうよ」
おにゃか、わすれてる、みちゃだめ!!
「ふぐっ、あぁッぁぁ――――ッ!! いきゅぅ!!」
全身が疼いて、脳がジワってして、背筋がゾクゾクして、深く深くイッて。
頭じゅちゃぐちゃにかき乱されて、私――――――――。




