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13.宵、酔い、良い

「ロトサラ。君の普段の仕事ぶりには感心しています。町の皆からも、とても評判が良く、私も安心して貴方の事を見ていられます。ですが……私の教育が足りなかったようですね。また滝行をしながらお勉強会でもしますか? 元暴れ狂う己が、暴れていたお前にまた常識と礼儀を叩き込んでやる、やりますよ」


「ひえぇ……勘弁してください……。もう嫌です……」


 オレ、始めてみるよ。サイコキーマが牙を剥き出しにして狼の威嚇をしながら口調が崩れる所。アイツもなんだかんだ言って、まだ野性味が残ってるんだなぁ……。


 そこ、どんな関係性なの?


「ローザちゃん!! 子作りする予定無いって言って下さい!! それで私の発言は全部取り消しになりますから!!」


「なるわけないですよ? そもそもその発言をしたことが間違いなので、再度似たような言動を繰り返すのは重ねた愚考ですよ?」


「サイコ!! 怖い!! 止めて、修行と勉学の日々はもう嫌です!!」


「ローザはん。あのおばかな悪魔の言葉は聞き流しておくんなまし。あとでわっち達からきつーく絞るゆえに」


「そうだよローザ君、気にしなくて良いからね? 私もしっかりとロトサラには言い聞かせておくから!!」


 大悪魔達は混沌とし始めたなぁ。サイコキーマは怖い笑顔してるし、秘書は喚いてるし、シュエーはしとやかに穏やかに優しく言葉を投げかけるし、テモフォーバは珍しく焦りながら席を立って一生懸命受付さんに気を使っている。


 そんな様子を、オレとソーエンはタバコを吸いながら見てる。大悪魔にも個性ってのは、やっぱりあるんだなぁ、って思いながら。


 そして、渦中に居る受付さんは、顔を真っ赤にしながら、何かを聞きたそうにオレとソーエンをチラチラ見て来た。


「どしたの受付さん」


「あの……。夜ですし、少しアダルトなお話をしても……?」


 受付さんは、伺うようにしながらそう言ってくる。


 おや珍しい。受付さんと呑んでるときって、下ネタの話題が出てこないからそう言う手合いの話は嫌いなのかなぁって思って、オレも出さないようにしてたのに。


「秘書含めて悪魔共全員それとなく傾聴しろ。受付さんの珍しいお言葉で在るぞ」


「そうされるとお話しし辛いのですが……」


「おいバカ。普段下世話な話をしない者が、騒がしい場の乗りに合わせて言い出そうとしているというのに何故場を整える」


「ソーエン、ちんちん」


「お前……」


「「きゃっきゃ」」


 オレは下ネタ好きだよ? そしてソーエンも男の子マインドの持ち主だから嫌いなわけ無いじゃん。


 だから、小学生並のマインドの持ち主であるオレ達は、その言葉だけでキャッキャできる。ジョッキを片手に両手を挙げながら二人できゃっきゃ出来る。


 ソーエンは絶対に自分から言わないけど、言われれば反応するさ。オレ達下ネタ大好きさ。


「「きゃっきゃのきゃ」」


「ローザはん、今のうちでありんすぇ。この場は言いたい事、話したい事を、お酒に乗せて言える場所。明日には流れて忘れる一時でありんす」


「シュエーさん……ありがとうございます。…………イキョウさん、ソーエンさん。もし、もしですよ? 私のお友達から聞かれたのですが……この年でそういった経験が無いのは……おかしいですか?」


「「きゃっきゃのきゃのきゃ……ん?」」


 オレとソーエンで男の子式キャッキャをしてたら、なんか受付さんから聞かれた。


 友達の話? レイラの事か? 確かにアイツ男っ気なさそうだもんなぁ……。受付さんは大人な女性だし、そんな事があるはずないからな。もしかしたら逆に、受付さんはあまりに経験豊富すぎて、逆的な逆の話で、処女の方が喜ばれますか? って聞いてきたのかもしれない。


 オレは性経験豊富だ。そしてこの目があるから、皆を楽しませてあげられることが可能だ。


 ソーエンもソーエンで、何でも屋時代に女を利用して情報を収集してたから、そういった経験がない訳じゃない。一々薬を飲む必要はあったけど。ってか、アイツの体って至る所が女を、引いては人を喜ばせる作りをしてる。それゆえに、なんならオレよりタチが悪いほどえげつない。


 オレもソーエンも、望む望まないは除外して、性経験は豊富だ。


 きっと、美人でモテモテで、色々な男を虜にしてきた受付さんと、対等に話せるはずだろう。そして、もしも受付さんが言った友達ってのがレイラのことなら、この質問には真摯に答えて今後の教訓としてもらおう。


「おかしくないんじゃない? 男は皆……いやぁ、一部の例外を除いて、皆処女って聞いたときはテンション上がるよ。でもなぁ……実際行為に及ぶとただただめんどくさいってのも男の共通認識ではあるんだよなぁ……。オレ個人としてはどっちでも良いよ、処女だろうが処女じゃなかろうが、結局皆飛ばせるから」


「俺はそもそも現実の女に興味はない、処女非処女以前の問題だ。――が、そういえば、直近でやったゲームのヒロインが……くどくどふむふむ」


 このバカ……なんか独りで勝手に熱入って、独りでぶつぶつ文句を言い始めたぞおい。


「イキョウ君、ソーエン君の言ったげーむ? とやらはどういったものなんだい?」


「気にしないでテモフォーバ。それより受付さん、大丈夫。オレだったら怖がらせずに皆気持ち良くして上げられるからさ……結論、処女がいやならオレの元に来い、気持ちよくしてやる。ってことで」


「最低です」


 …………おや? 受付さんは今、一瞬えげつないほど冷たい顔をしてオレの事を見てこなかったか?


 でも、クピクピお酒呑んでるしなぁ……気のせいか? でもまるで、そのお酒の呑み方は、酔いのブーストが欲しいから呑んでいるようだぞ? 具体的には、受付さんが、酔いたくて呑んでるからお酒クピクピしてるようにしか見えない。お酒の力を借りて、言いたい事を言おうとしてるようにしか見えない。


「くどくどふむふむ」


「ソーエンの呟きが止まりませんね……。イキョウ、どうにかしてください」


「それはオレですらどうにも出来ないから一頻り呪詛吐かせて。そんで、受付さん。さっき『最低です』って言わなかった?」


「イキョウさんは色町大好きですもんね、いやらしいこと好きですもんね」


「えぇ……? 受付さん?」


「ローザはん、色付いた夜の街を否定しなさんでおくんなまし。お客様は、欲望を夜の闇に添えて帰る、一時の夢でありんすゆえ」


「違うんです、男の人がえっちなのは仕方の無い事だと思います。でも、それとコレとは違うんです!!」


「それはどれで、コレは何なの?」


「イキョウはん、お黙り」


「あ……へい……」


「わっちも悪魔でありんすが夜の長として、長い間子供達の声を聞いてきたゆえ。愛と欲、切っても切り離せぬこの二つを、全て愛した人に向けて欲しい、感情を全て向けて欲しい。そういうことでありんすよね?」


「はい……。男の人がえっちなら、私が全部満たしてあげるので他は見てほしくないんです……。他の人は良いんです、でも、好きになった人が求めるなら、どんなえっちなことでもするので、絶対に私以外を求めて欲しくないんです。私が好き!!ってなったら、好き!!で返して欲しいんです」


 ……受付さんさぁ……。貴方様のようなえちえちな人を彼女にした男が他を見る余裕あると思う? 絶対にぞっこんだよ、寧ろこっちが捨てられたくないって思うくらいには、受付さんはえちえちなお人だよ。


 でも異性経験豊富であろう受付さんが、そんな純真な言葉を一生懸命言うなんて……もしかして、昔に彼氏を寝取られたのか……? もしかして、受付さんの悲しい過去ってそう言う案件のお話……?


「男の人の好き!!は欲深いでありんすえ、どこまでも求められるでありんす。ローザはん、知らない訳はござらんしょ?」


「私知らないですもん……!! お胸でもお股でも、どこでも気持ちよくしてあげますから!!」


「……? ローザはん、もしかして……」


 オレを挟んで、シュエーと受付さんが言葉を交わしてる。


 でもなぁ……オレを挟まないでくれます? ちょっとあまりにもコメントし辛いし、シュエーから黙っててっても言われたもんで、余計な口を挟まないように、話を聞かないようにしてるよ。具体的には、真向かいのソーエンの呪詛を意識的に聞いて、二人の言葉が耳に入らないようにしてるよ。


 なんなら、テモフォーバとサイコキーマも気まずくなったのか、オレと同じ事して二人の会話を聞かないようにしてる。


 秘書? アイツはサイコキーマに怒られてから、青い顔をして酒をひたすらに呑んでるよ。他の言葉に一切耳を貸してない。


「イキョウはんイキョウはん」


 オレがソーエンの呪詛に耳を傾けていると、シュエーから袖をおしとやかに引かれた。


 そして、耳打ちをされる。


「ローザはん、かあいらしい女子おなごかもしりんせん」


「…………は? んなわけないっしょ。受付さん、絶対えげつない絶技で搾り取ってくるって。そういうお人だって。こっちがもう無理って言っても朝まで絞りとってくるドエロイ人だって」


「性の経験を積めばそうなるでありんしょうが……今は……」


 シュエーがありえない事を言って来たから、オレはこしょこしょと声を出して会話をする。


 受付さんが処女な訳無いだろ。あの大人感溢れるお美しい女性は、絶対むちむちのドエロイ肉体使って搾り取ってくるって。


「私……どうして彼氏出来ないんでしょう……」


 そんで、なんか受付さんはお酒を呑みながらしょんぼりしてらっしゃる……。


「どしたの受付さん? ストレス?」


「ある意味ではストレスです……。もう良いんでしょうかね……誰でも良いので慰めて……あ、でもダメです……始めての人は誰でもよくありません……」


「ローザはん……お若く美しいのに、奇異な苦労を……。……わっちの営む店に、大衆向けの揉み解しがあるでありんす。従業員も皆女性ゆえ、もしご利用の際はわっちに一声――」


「肩こりが酷いので頻繁に利用させていただいてます……。最近はミュイラスさんのお店も併用して、心身ともに安らぎを得てます……お独りライフ充実ですよ……」


「あら……まぁ……」


「何? 受付さん肩こり酷いの? オレが揉んであげようか?」


 受付さんがなんでここまでしょんぼりしてるのかは、オレには分からない。でも、肩こりの原因なら分かる。だって……そりゃそんな堅苦しい制服を着てるのに、そんな立派なお山も持って居ちゃ、肩もこるでしょ。


 ヤイナ曰く、でかいと肩周りに負担が掛かるらしい。だからオレも頼まれたらマッサージしてるし、ヤイナもだらしねぇ声出しながら気持ち良さそうにしてる。なんならアイツは家の子たちにも揉ませてる。その情景だけ見ると、気持ちよくて声を上げてるただのおっさん。


 ただ、ヤイナに連れられてセイメアもマッサージした……けど……でっかいけど前に肩を揉んだらすっごい小さな声で静謐な声が漏れ出てから、それ以降揉んでない。本人も恥ずかしそうに口を押さえて顔を真っ赤にしてたし、ヤイナはそれを見て『あたしが全部ケアするっス。恥を掻かせないために感情殺すっス』って真顔で言って来た。あの時のヤイナは、自分の感情を押し殺して真摯にセイメアの肩こりを慮って、そう言ってきたんだ。そうしないと、歯止めが効かなくなるといわんばかりに、全力で感情を押し殺してオレに真顔でそう言ってきた。


 そんな事をしでかしたオレのマッサージテクニックは、結局この眼に起因する。オレの眼を持ってすれば、見ようと思えば凝ってる場所だってすぐに分かるし、どうやったら気持ちよくなるかなんてすぐに分かる。


 だから、受付さんの肩が凝ってるなら、それを揉み解すなんて造作も無い事なんだよ。…………セイメアみたいな反応をされると、ちょっと困りますけども……。


「ふむふむくどくど」


「ソーエン君……ずっと何か言ってるよ……」


「どう? 受付さん。日頃のお礼も兼ねてしっかり揉み解してあげるから。お望みなら、全身マッサージもするよ? 首から肩、背骨付近、足の付け根から先まで。許可してもらえるならデコルテや脇、腹部からお尻まで」


「どこもマッサージされたら気持ち良いところです……。イキョウさんはそう言って、お上手に女の子を誘ってるんですか?」


 受付さんは、ニコニコしながら、酔った雰囲気でオレに問いかけてくる。ただ、その笑った眼の瞳は……笑ってなかった。顔や雰囲気はのほほんとした柔らかさを醸し出してるのに、瞳だけが鋭かった。


「違います、断じて違います。魅力溢れる受付さんからしたら戯言にしか思えないだろうけど、もしオレが女の子を誘うときは、オレの大人な魅力を溢れさせてきちんと誘惑します」


「ならぁ、安心ですね~。ふにゃーっとしたイキョウさんですものね~」


 オレの言葉を聞いた受付さんは、朗らかにしながら、やと瞳もやわらかーいものになってくれた。何が安心なんだろうか……すんません、オレの魅力は受付さんには叶わないんで、そこら辺は理解しかねます。


「イキョウさん、お肩のマッサージをお願いしてもいいですか? 色んなお店を巡った私としては、イキョウさんのテクニックも気になります」


 受付さんは自慢げにそう言ってくるけど……。ホント、大きいと大変なんですね……色んな店を巡るほど、苦労してなさるんですね……。その中でもシュエーの営む店が一押しのようだ。頻繁に利用してるって言ってたし……。


「くどふむくどふむ」


「ワオ……ン。なるほど、人の恋愛は感情ではなく肉体も大事、と……」


 オレは席を立って、受付さんの背後に立つ。


 そうすると受付さんは、椅子を九十度回転させて背もたれを避けてから、自信有りげに背筋を伸ばして肩をオレに揉ませようとしてきた。


 背後からでも分かる……この人ホントに大きいなぁ……。


「さあイキョウさん、遠慮なく揉んで……わぁ……」


 受付さんは、オレの揉み解しテクを試したいのか、評価するようにそう言ってきたけど……まずは、肩に軽く触れることから始める。


 あのデカイものを前に『揉んで』って言われると錯覚するのは三流。ヤイナを相手にしてきたオレからすれば、そんな勘違いなんて絶対にしない。


 そして、この初手のアプローチはタッチケアだ。ヒトの筋肉ってのは、他者から体を触れられると反射的に筋抵抗を起こす。それがあっては、凝ってる筋肉に効率よくアプローチが出来ない。だからまずは、筋肉に対して外側からの刺激を慣れさせる必要がある。


「イキョウさんの手……触れると……。おっきくて、じんわりして、気持ち良いですね……」


 オレの眼を持ってして、両手で筋に沿ってなぞる様に滑らすように、優しく触れていると、受付さんはリラックスした声色で気持ち良いって言ってくれた。


「それなら良かった。受付さん、頚椎周辺と肩の付け根、ちょっと前側……ってか全体的に凝ってるね。やっぱ仕事で? あとちょっと外れるけど、肩甲骨らへんも揉んで良い?」


「書類仕事なので……。机にお胸を置いても書き仕事なんで肩が……。いぃですよぉ……温かい……安心です……」


 軽く触れただけで、受付さんは心地良さそうで気持ち良さそうな声を出して答えてくる。相当お疲れの様で……。


「イキョウはんお上手でありんすぇ。何処かで良い師に師事を?」


「いんや、ただ見えるからやれるだけ。自己流だよ」


「知れば知るほどイキョウはんは奇異で才の溢れるお人に思えんす。どうでありんすか? お代はお渡しするゆえ、わっちの子供達も癒してくりゃんせん?」


「別に良いよ? お金くれるならマッサージくらい――」


 オレが言葉を発した瞬間……受付さんが怖い笑顔を浮かべた気がした……。顔はこっち向いてないけど、多分してる。あの顔を何度も見て、あの怖い雰囲気を突きつけられたオレなら分かる。今受付さんなんか怒ってる……。


「ちょっとそのお話は遠慮させてもらいます。今のオレは受付さん専属の施術師なんで、引き抜きNGです」


「……ふふふ~」


 ホッ……受付さんのやわらかく酔った笑い声が聞こえてきて、何とか怖さが消え去った。


 惜しそうな顔をしてるシュエーには悪いけど、この場ではその話は断らせてください。あとでこっしょりお話しましょ。


「ふぅ……。やはり語るという行為は俺達のような趣味を持つ者のさがでありの華だ。スッキリした…………おいバカ、お前何してるんだ」


 一頻り呪詛を吐ききって満足したソーエンは、それに夢中になっていた様で、現状の流れを何も理解していなかった。


 コイツ途中の、口を挟み辛いところら辺から語りモードに入ってたもんな……。だからオレは受付さんの肩をマッサージしながら、何でこうなったのかをさっくりと教えてやった。


「成る程。いつも世話になっている、そのバカの手で存分に癒されておけ」


「それなぁ。受付さん、して欲しいことがあったらなんでも言ってよ? オレ達が全身全霊を掛けて何でもするから」


「そぉ……ですねぇ~……」


 あら、受付さんがポヤポヤしてる。酔ってるしマッサージで気持ちよくなってるからお寝むなのかな?


「ぜんしんぜんれいですかぁ……こんなに気持ち良いなら~……全身マッサージ、ホントに良いかもぉ」


「ふむ……どうやら今回はお前をご所望らしいな。俺の出番はないようだ」


「だな。ソーエン、お先に礼を返させて貰うよ」


 丁度良いや。もうオレは先が短いからな。受付さんには本当にお世話になってるし、返せる分は返せるうちに返しておこう。


 全身全霊を持って、受付さんを癒してさしあげる。


 この後、オレは受付さんの肩を揉み解しながら、秘書はサイコキーマからお説教を受けながら、他三人は言葉と酒を交わしながら、それぞれの時間を過ごした。

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