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10.なんか、心底どうでもいい

「当たらなきゃ意味ねぇんだよなぁ」


 オレはその場で足を抜き、体を低くして避けた後、後ろに飛び退いて間合いの外に逃げる。


 絶影が速度で押しきるなら、ニルドは力で押し切るタイプのようだ。でもそんな鈍足な剣はオレには当たらない。当たらないから意味はない。


 多分、にゃんにゃんにゃんの強みは対人型よりも、対大型モンスターに発揮されるだろう。巨体にはパワーで対抗する、そんな感じだ。


「当たらなきゃ意味が無いなら、当てるまで剣を振る」


 ニルドはそう言って、剣を構えなおして切っ先をオレに向けてきた。


 この脳筋猫がよ……。どうやって当てるつもりなんだよ。


 ――と、思ってたけど。再度間合いを詰めてきたニルドは、剣を片手に持って、左手を開けたままオレに攻撃をしてきた。


 右手では剣を振り、空いた左手は鋭い爪で切り裂こうとしてくる。同時に、オレの体に爪を付き立てて掴んでこようともする。


 コイツ……パワー一辺倒かと思ってたけど意外と技巧派だったわぁ。手法はゴリ押しに近いけど、戦い方のスタイルにテクニックが乗せられている。


 戦い方は剣を与えられた獣のようでもあり、獣の力を帯びた戦士にも思える。振り回す剣も爪も、力強く、そして卓越に操っている。


 でも当たらねぇんだわ。


 オレはニルドの攻撃を避けている最中に、手を地面に一瞬だけ付ける。これは魔法を使うため。そしてその魔法は――。


「<フリーズジェイル>」


 上級の氷魔法、<フリーズジェイル>。元は設置系の罠魔法で、設置場所に相手が触れると一時的な凍結を起こして行動を不能にする魔法。


 ただ、近接戦においては直接仕掛けてこういった使い方も出来る。普通、こんな使い方する奴居ないけどな。だって直接戦った方が何倍も良いし、そもそも接近戦になった時点で設置する隙なんてないし。


 ただ、オレの目があれば設置する隙なんて簡単に見つけられる。だから、戦ってる最中だってのに、ニルドの足元にコレを設置できた。


 そして、その魔法に掛かったニルドはというと――。


 気合の入った顔をしながら、剣を振り上げた体勢で氷漬けになりました。


「…………え? 精剛、それ大丈夫なの? ニルドさん生きてるんだよね?」


「いやぁ……そう聞かれましても……」


 ゲームでは即死効果なんて無かったし、なんならニルドの気配はまだ生きてるし、だったら生きてんじゃね?


「聞かれましてもじゃねぇんだよなぁ……。大丈夫だ、フリーズジェイルは相手を強固に押さえ込む魔法であって仕留める魔法じゃねぇ」


 キンスは困り顔をしながらも、質問してきた冒険者に軽い説明をしてくれる。


「なぁんだ、よか――」


「え!? それ上級魔法ですよね!?」


 なんか魔法使いっぽい女の子が声上げた。


「そうだよ? 偶然使えちゃったの」


「上級魔法が使えるなんてすご……えぇ……その言い分はおかしいですよ……」


 キラキラしてた女の子は、途端にバカを見る目でオレを見てくる。ってか、この場に居る、魔法使い系統の奴等や、この魔法が上級って知ってるやつらからはアホを見る目でオレを見てくる。


「んだお前等!? こちとら近接戦闘メインのレンジャーだぞ!! 上級魔法使えるの凄いでしょ、褒めろやァ!!」


「イキョウってすげぇ奴なんだろうけどなぁ……どうしてこう……お前って凄く見せてくれないの? 普段の所業や佇まいのせいでバカが先行しちまうんだけど……素直に尊敬させてくれよ!!」


 クソ冒険者共は、皆が同意を示すように首をうんうんと頷かせてくる。


 …………コイツ等ハッ倒してやろうか?


「キンスよ。ニルドは我々が回収しておく。存分に戦え」


「お、おお。悪いな絶影、ありがてぇ」


 オレの目の前では、絶影がニルド氷漬けバージョンを押して、戦いの場を整えていた。


 築地のマグロの如く滑り押されているニルドを横に、キンスは真剣な顔をしながらオレへと手甲を向けてくる。


「イキョウ。お前の戦闘スタイル、初めて見たぜ。……つっても、エモノは使ってねぇし、動きも手を抜いてるなんて事は分かってる。俺なんてさっきの二人に比べりゃレベルだって技術だって低い。だけどよ、遠慮なんてしてくれんなよな」


 そう語るキンスの顔は、戦士の顔だった。戦いを楽しむようにも、戦ってくれるオレに感謝してるようにも思える、なんだか頼りがいのあってカッコイイヒーローの顔だ。


 お前って、良い奴でもあり真っ直ぐな奴なんだな。何にもなれない歪んだオレとは正反対だ。


「……そんだけ言うならちょっとは本気を出してやるよ。お前は良い奴なんだろう。だからここで否定しておく、オレはそんなにお前が思うほど良い奴じゃねぇんだ。」


 消えたオレの記憶は、この男をどう見てたんだろうか。でも、多分、そんな遠くない未来に、オレの選択を邪魔してくるだろう。だって、コイツ良い奴だから。だから、絶対に立ちはだからないようにしなければいけない。


 立ちはだかって、でもオレを止められず、その行いを悔いてしまうような男を、ここで選択肢から除外させる。


「せ、精剛の目据わってるの初めて見たぜ……」


「こえぇ……ってより暗ぇな……」


「不気味です……ね」


「イキョウその目……ありがとな。お前、ずっと独りだったんだな」


「御託は良いからさっさと来い。どんな手で負けても文句なんて言わせねぇからな」


 キンスは何かに気付いた後、優しい笑みをしてオレを見てくる。それは、オレの言葉を聞いた後でも変わらなかった。


 何に対してのありがとうなんだろう。そんなの分からないし、分からなくて良い。


「本気で行かせて貰うぜ。<ハードスキン><アイアンスキン><マジックアーマー>――」


 オレの目の前では、キンスが次々と自身にバフを掛けて行く。コイツは近接職でもタンク役を務める立ち位置に居るんだろう。


 パッと見ただけでは何が変わったのかは分からない。でも、しっかりと眼を向けると、肌の質感に硬質さが増していることが見て取れる。


 アレは今のオレの初級や中級の魔法では一切ダメージが通らないだろう。それくらいには堅い相手だ。


 だったら上級魔法でぶっ飛ばすか。そんな事はしない。そんな大味な戦い方なんてしない。オレの本領はそこにはない。


 準備を終えたキンスは、銃機関車のような勢いと重厚感を醸し出しながらオレへと向かってくる。でもな、オレの眼を持ってすればお前の防御は意味を成さないんだよ。


 アレは皮膚で出来たまごう事なき強固な鎧だ。だったら、内面にダメージを通せばいい、中を破壊すれば良い。


 オレとキンスが相対しそうになった、その――直前。


「――すまぬキンス。ここは私達に預けてくれ」


「くふふ、バカなバカは、本当に大バカになっちゃったのかな?」


 影から急に人が現れて、オレの喉下には刃が、キンスの突進は髑髏の鎧が、それぞれ動きを止めるために阻んでいた。


「どしたのナナさん、チクマ。邪魔しちゃだめでしょ」


「キミ、断ち切ろうとしたね。人の体、壊そうとした。人の関わり、壊そうとした、あの眼をした」


「――そう寂しい眼をするな。私とルナトリに任せてくれ、お前はお前のままで居てくれ」


 二人は何を言ってるのだろうか。オレは何を言われているのだろうか。


 分かんない、分かれない。でも、多分、恐らく、もしかしたら、今オレが取ろうとした行為は間違いだったのだろうか。どうなんだろう、そうなんだろう。この二人が、仲間が止めるなら、間違いなんだろう。


 多分、オレはもうダメなんだろう。


 オレの事情は二の次だ。オレの規準は仲間に在る。だったら、これは間違いなんだ。


「ど……どうしたんだチクマ……急に……。ってか、悪いけど放してくれねぇか?」


 急に戦いを止められたキンスは、チクマに上半身を抱え込まれながら言葉を発する。


 その声を持って、チクマは短く謝ると、優しくキンスの体を開放した。


 周りを見れば、皆はポーカンとしている。


 そりゃそうだ。急に戦いを止められて、なんなら急にこの二人が影から現れて、現状が何も理解出来て居ないだろう。


 オレの壊れた視界では、家のシートの奴等が移る。セイメアはヤイナに目隠しをされて、家の子達やラリルレはソーエンが抱え込んで、オレの事を見ないようにしていた。ナトリは左手に杖を持ちながら座って、弱弱しい右手で紅茶を優雅に嗜んでいる。


 なんか……やっぱ良いな。仲間達は皆オレの事を分かってくれてる。間違ったらちゃんと止めてくれる、周りを守ってくれる。


 そんな状況になってるから、やっぱりオレは間違ったんだ。また間違ったんだ。


 オレは後何回間違うのだろう。でも、最期はちゃんとするから、ちゃんと出来たら褒めてくれよ、〇〇。頑張るからさ、まだちゃんと頑張るから、オレが眠るときくらいは、お前の声を聞かせてくれよ。


「キミの匂い、穏やか、たおやか。元の眼に戻ったね、でも、悲しい姿だね」


「…………イキョウ、悪かったな。俺何かの為に、普段見せねぇお前を出させちまって。……あの時感じたお前が、本当のお前だったんだんだな」


 チクマのホールドから開放されたキンスは、優しく感謝するような顔で、救うような声色で、そう言ってくる。


「良く分からんけど、そうならそうなんじゃない? 悪ぃテモフォーバ!! オレの番ここで終了!! 勝ったのはキンスだ、オレが負けだ!!」


 オレはこの戦いの審判であり、全てを取り仕切るテモフォーバへと声を掛ける。みんなは、キンスやテモフォーバ含めてこの場の皆はギョッとした顔をする。


 オレは勝ち負けなんてどうでも良い。この戦いの勝敗が何かを齎すわけじゃない。


 そして、仲間が止めたってことはオレは間違ったんだ。オレが間違ったんなら、それはオレの負けだ。日常を謳歌しようとしてるのに、その日常にそぐえなかったオレの負けだ。誰に負けたんでもない、オレがオレに負けたんだ。だったら結局、コレはオレの負けだ。


「いやはや凄いね……。イキョウ君が絡むと、全ての事象に予想外しか起きないよ、順位は無いけど番狂わせとしか良いようが無いね。……うん、でも、それも良いのかも知れない。この結果が、とてもイキョウ君らしいね」


「ですねギルマス。イキョウは確かにすげぇ奴ですぜ。でも、やっぱ、イキョウはイキョウなんです。強いとか謎が多いとか関係なく、コイツはコイツで居ようとしてくれてるんですよ」


「となると、ソーエン君の番も同じだろうね」


 キンスとテモフォーバは、二人で笑い合いながら言葉を交わしている。


 そして、観衆に向き直ると――。


「ギルド職員、そして冒険者、アステルの隣人達。イキョウ君はイキョウ君、ソーエン君はソーエン君だよ。二人は変わらず二人なんだ」


「だからよ、皆。俺達も俺達通り接しようじゃねぇか。強さとか力じゃねぇ、二人が今まで通りに居てくれるなら、俺達も今まで通りにしようじゃねか。その方が楽しいってもんだろ」


 ――二人はその言葉を周りに聞かせる。


 その声を聞いた奴等は、皆理解したような顔と、安心した笑顔を浮かべて同意する声を往々に出している。


 コイツ等、何を理解したんだろうな。そしてなんで安心してるんだろうな。


 いやぁ、探らずとも分かるよ、コイツ等人の表情を見れば分かる。


 理解に関しては、キンスやテモフォーバの言葉で、オレ達が特別な待遇や接し方を変えて欲しいような人間じゃないから何時も通りに接して良いって事を理解したんだろう。


 安心については、オレ達は例え強かろうが凄いやつだろうが、今まで通りいつも面白可笑しく関わって良いんだ、ってことに安心したんだろう。


 記憶を無くす前のオレだったら、それをありがたがるかもしれない。だって、持ち上げられるなんてガラじゃないから。


 でもな、今のオレからすると、お前等って割とどうでも良いんだよ。接してくるならそれで良いし、接してこないならそれで良い。結局、お前等って他人なんだよ。サンカとピウを除いて、他の冒険者は等しくどうでも良い。思い出も記憶も、それに纏わる感情が消えたオレからすれば、別にここにいる冒険者なんてどうなったって良い。


 ただ、この思考は日常で出して良い思考じゃない。どうでも良いとかどうでも良くないとか、死んでも良いとか殺しても変わらないだとか、そんなこと考えちゃいけないんだ。そうなんだ、そうだったはずだ……。


 ――――やっぱり、ズレてるよ。このオレは、もうダメなのかもしれない。人を模したメッキは、もう精精剥がれ落ちてないだけの薄氷なのかもしれない。


 周りからは歓声にも似た、オレ達をオレ達そのままとして、変わらず関わるような声が聞こえてくる。


『また酒呑もうぜ』とか『今度もバカ話聞かせてくれよ』とか『いつもみたいに自分の失敗談話すから笑い飛ばしてバカにしてくれ』とか。


 また、今度も、いつもみたいに。それってなんだよ、全然分からねぇよ、オレが何時お前等とそんな話したんだよ。


 そんな疑問は思う。でも、そのことに関して後悔とが罪悪感とか一切無い。記憶を失った事を、別に悪い事なんて思ってない。


 だから、周りからの声がただただ知らないコトを言ってくる雑音にしか聞こえなくて……。オレは片手で顔を覆いながら薄気味悪く……笑ってるんだろうなぁ。だって、自分で自分に呆れてるから、どうもで良い事って本当にどうも良いってしか思えないバカな奴なんだよオレって。人を模して勝手に動く表情だとしてもコレくらいは察する。


 多分、ここに居る奴らって、本当に良い奴等なんだろう。本当に、一緒に居て楽しくて心地良かった奴等なんだろう。


 だったら、それを忘れて。そして最期が近いからと再認識しようとしないオレが悪いんだろう。だって、オレっていっつも間違うから、どっちが悪いって話なら、オレが悪いって事はちゃんとわかるよ。


「うけけけ、ホンット、ダメな奴だな、オレって。ダメ人間……いや、ダメ、だけだな。人なんてもんじゃないや」


 盛り上がった観衆には、オレの声は聞こえないだろう。ささやかな独りの声なんて、聞こえやしないだろう。届かないだろう。ヤイナ、だからお前は冷めちまったんだな。この、自分とは違う世界に住む温かいやつらに、失望して。


 でもな、多分、コイツ等って助けを求めればちゃんと助けてくれるんだ。オレ達日陰者が、察してくれって気持ちで小さくつぶやいて助けを求め、届かないって嘆くのはお門違いなんだよ。


 …………日陰者同士、お前を察して助けられたこと。本当に良かったって思うよ。


「――イキョウよ、貴様……体裁が崩壊し始め……」


「つまんねーな。どーでも良いやつ等から声かけられたってなんとも思わないわ、ドーデモ良いから好きに接してくれよ、一々オレに言ってくるなよ声かけなきゃできねぇのかよ恩着せがましい。帰るわ」


 オレはそうつぶやいて、無関心の呆けをしながらタバコを口に咥え、歩き出す。


 オレは良く呆けてるって言われる。でもな、それって周りがどうでも良いから無関心になってるせいなんだよ。別に、オレは人生を謳歌しなければならないだけで、オレの奥底では人生なんてどうとも思っては居ない。だから極論、あの人との約束が無ければ、オレは周りのどうでもいいことは、本当にどうでも良いんだよ。


 オレはタバコを咥えて、のほほんとしながらヒトの間を歩く。


 煙を深く吸い、表情のない煙だけを吐き出しながら。


 ただし、どうでも良くない者達にはちゃんと眼を……気配を向けてるよ。オレの後を付いて来てくれてる、チクマとナナさんにはね。


「くふふ。キミ、もうダメだね。壊れ始めちゃってる。行く末なんて、恐れられないね」


「――……」


 ナナさんは不敵に笑いながら、チクマは黙りこくったまま。それでも二人はオレに付いて来てくれる。


 他人の群れを歩いて、オレはようやく自分の居て良い場所へとは戻れた。戻ってこれた。でも、ここのシートも早々に去らないとな。さっさとギルドから抜け出そう。


「くはは。阿呆よ、なんと何時ものような呆けた顔だ、が。いつも以上に呆けておるな」


 小さい組がソーエンに、セイメアがヤイナに、抱き締められている中、ナトリはオレへとそう言ってくる。


「んー、かもね」


「キョーパイセン……どうしちゃったんスか。最近おかしいっスよ、そんな簡単におかしくなるようなパイセンじゃなかったはずっス」


 ヤイナはな……オレの未来を知らない。話したくない、知られたくない。どうか、お前は……頼むよ、オレはお前が本当に大事なんだ。オレの掛替えのない存在なんだ。


 だから、お前には何も知らずに幸せに成って欲しい。お前の幸せを、送って欲しい。


「はずかもしれないし、そうじゃないかもしれない。オレってこんな奴だよ。矛盾ばっかの、なーんも一貫性が無くて、誰にも理解されないオレだけが知ってるオレなんだ」


「んふふ~。キョーちゃん、かもかもしれしれだね!! 私もかわゆいを見るとあっちもこっちもになっちゃうの、分かるよぉ、ゆーじゅー不断になっちゃうよぉ」


 ソーエンに抱き締められて顔を埋めながらも、ラリルレはそう言ってくれる。


 ――――なんでこう、ラリルレはいっつもオレを……。


「……キョーちゃん。またぎゅーってしよ?」


 ……ラリルレは本当に、なんなんだろうね。あの人と同じくらい、オレを照らしてくれる。いつも自分の光で、歪んだオレを導いてくれる。それも無意識に。


 とっても優しくて、温かくて、オレもソーエンもヤイナも、大好きな存在だ。おかしなオレ達が惹きつけられる位なんだもの。


「……イキョウさん」


「何? シアスタ」


 自分の過去の行いの意味を実感していると、またもやソーエンに抱えられた仲間、シアスタから声を掛けられた。


「……先ほどの戦い、氷魔法を使ってましたよね? もしかして……」


「流石にお前もあんだけ頑張ったんだしな。少しくらいはヒントでも出してやろうって思ってなぁ」


「なるほどです……そですか……。……イキョウさん、アレ、無理です、私では再現できません。良く考えてみてください、あの戦い方はイキョウさんだから出来ることです。私にイキョウさんのような動体視力はありません」


「……無慈悲ぃー……」


「ですが……。……!!」


 ソーエンから離れたシアスタは、ピャッと跳んで、今度は突っ立ってるオレの足に引っ付いてきた。


「んだよ急に……」


「……」


「え? 無言? マジで何?」


 オレの言葉にシアスタは答えない。ただ、オレの足に引っ付いて、全力で抱きついてくる。


 そしてこの姿を、双子とソーキス、ロロが見て来た。


「何さ」


「おにーさんのまりょくおいしい」「おいしいからすーき♡」


「だからー、ボクはそれで良いー。カレーもあればもっと良いー」


「これからも我の為にカレーを作れ」


 うーん、ここのマイペース不変組。何があろうとオレの価値観が変わらないコイツ等が、いろんな意味で何よりも安心するかもしれない。普通の価値観とか関係無しにただオレを求めてくるコイツ等が、一番オレの事を真正面から受け止めてるわコレ。


「なんスかこれ。パイセンにコメントする時間なんスか? メア――」


「私……も、嬉しくて……感謝してて……皆さんに出会えたことが……。毎日が、楽しい……です」


「――メアメアちゃんが自分から言葉を……あっ……。あたし、涙が……」


 ヤイナの胸に抱き締められたまま、セイメアは本心からそう言ってくれる。


 オレとしては、セイメアと同じ時間を過ごすだけで癒されるよ。コーヒーを淹れてくれて、朝の稽古を一緒に出来て、その静謐な声をいつも聞かせてくれて……ヤイナと一緒に居てくれて。


 皆、家の皆は本当に一緒に居れて良かった。楽しい、楽しかった。皆が居てくれたから、本当に日常を謳歌できた。


「――……ルナトリ」


「ああ。結晶龍と、そして我々だ。……お前もまだ若いというのに、済まぬな」


「――気にするな、私とルナトリの仲だろう」


 なんだろな。チクマとナトリは、二人で言葉を交わし、そしてお互いにだけ分かるように返事をし合っている。


 でも、それはオレとソーエンも良くする事だから、他者から分からなくて当然なんだよな。仲が良い者同士で分かり合えてればそれで良いんだ。


「もくもく……このお菓子美味しいわね」


 そんで、ナナさんに至ってはいつの間にか行儀良く正座して御菓子摘んで紅茶嗜んでた。


 オレの周りを見ながら、そんでそれを面白がってる風にしながら、自分勝手にマイペースにしている。ただ流れを見るように、オレを観るように、看るように。いつも分からないあのリーダ意は、何かを楽しむように、そして見送るようにオレとその周りを見ている。


 ――――あの人、本当に不思議な……おかしいヒトだ。オレとは別の方向に狂ってる。オレはこの眼を持ってすれば何だって理解できる。それは頭で理解してるだけ、心で納得なんて出来やしない。だから一々自分の中で納得行く思考を組まなければならない。それが出来ないときは、それで良いならそれで良いで終わらせる。オレ自身にオレの価値観はない。


 しかし、ナナさんは何も理解してない、そして自分の中で無理矢理思考を組んだりはしない。あの人はおかしいくせに、自分の価値観を持って物事を判断している。そしてそれは巡り巡って絶対に好転するという、天性の才を持った人物だ。その結果に運は絡まない、ありとあらゆる全てにおいて絶対的な才が、ナナさんという人外をナナさんたる絶対的な存在へと押し上げているんだ。


 もしも、ナナさんが全てのモノに関して興味を示したなら、あの人はその全ての道を歩めるだろう。幸いしたのは、あの人は自分の興味が向いたものにしか手を出さないから、今は全ての道を歩まずに留まっているって事だ。今はあくまで、刀の才が逸脱してるってだけで済んでる。


「もくもく……。……? なぁーに? 私をずっと負かす、おバカさん」


「何でもないよ。ナナさんが一番すげぇって思ってただけ」


「パイセンほんとおバカ……。一番おかしいのも一番凄いのも、ナナナちゃんさんじゃないんスよ……」


「ヤイナ、御菓子食べる?」


「っスね。あーん」


 ヤイナはセイメアを抱き締めながら口を空けて、ナナさんからあーんをしてもらっていた。


 もう、良いだろう。仲間達とは言葉を交わした、そしてこんな周りの奴等がいたから、ありがたさを再確認できた。模擬戦もオレの負けで終わった、なんならシアスタの為には成らなかった。


 ここに残る意味はあるかって聞かれると、もう無いだろう。オレが呼ばれた理由を、一応はこなしたんだから。負けたけどね。でも終わったなら、ここから早々に離れよう、特に居る意味なんて見つからない。残る意味も無い。


 だから、オレは引っ付いてるシアスタを優しく剥がして、シレーっとこの場を去ろうとした――ところで。


「おいバカ。何処に行く気だ」


 ソーエンからの声で呼び止められた。


 お前、せっかく仲間の素晴らしさを再認識できて良い感じに去れると思ったのに、なんで止めてくれるわけ?


「はぁぁぁああ? オレの番終わったのにオレが去っちゃいけない理由なんてあるんですか? 一々お前にバカって言われながら呼び止められる謂れはないんですけど?」


 だから、オレは腹が立って中指をそれとなく主張させながら、慎ましやかに言葉を選んで厳かに反論させていただく。


「二等級共を相手に負けを宣言した挙句去るとは、とんだ腰抜けだな。恥ずかしくなり穴にでも縋りたくなったのならばそう言え。お前の汚点は俺がしっかり返し、その上で入る穴を掘ってやる。お前向けの墓穴をだがな」


「うけけ!! ソーエンお前バカじゃねぇの? 墓穴に入らずんば誇示を得ずって言う言葉があるだろ? 失敗して尚、その教訓を生かすことによって更なる高みへと至れるんだよこのバーカ!!」


「「「……?」」」


 おやおや、オレの言葉で仲間達は頭にハテナを浮かべていらっしゃる。


 一瞬の間を置いて、ナトリだけは爆笑を始めたけど、それ以外はダメだな。語彙力、そしてことわざ力が成ってない。故事成語くらいちゃんと覚えておけっての。


「とことん度し難いバカだな、故に」


「だから」


「「負けっぱなしは無しだ」」


 ソーエンの言いたい事は分かったよ。オレはここを去らない。ちゃんと残って、勝利を収めてやる。


 流石親友、流石ソーエン。お前が居るだけで、それだけで全部楽しくなるぜ。それだけでここに居る理由になるぜ。


 * * *


「…………え? 私意味分からないんですけど。ヤイナさん、今の会話で『故に』『だから』ってどうやって繋がるんですか?」


「あたしもちょっと……。パイセン達の頭の中ってマジマジのマジで訳分かないっス……」


「分かろうとすれば分からないかもしれない。分からないままでも分からないかもしれない。絶対に分かれないから、あのバカ共は二人で一緒なの」


「ナナちゃん、かもかもしれしれなのだね!!」


「かもかもー」「しれしれー」「「ロロー」」


「……かもかもしれしれ」


「ふへへー、なのー」


「――ルナトリよ、体は大丈夫なのか……?」


「くはは……不味いのである……が、これを笑わずして他の何を愉悦するのである……か!!」


「視界が……。あ、でも、イキョウさんの心情を……小説……主人公の描写……を……」


「メアメアちゃんはとっても難しいモノに手を出しちゃったすねぇ……。出来る限りはあたしも協力するっス」

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