09.二等級たち
テモフォーバに呼ばれて、オレ達は中庭の中心へと足を運ぶ。
やっぱりどうしても、周りからは好機と期待の目線を向けられていた。
その視線を浴びながら、オレとソーエンはテモフォーバへと小声で問いかける。
「何? ここで全力出せっての?」
「ははは、そんな事をされたらギルドが半壊しかねないからね。でも、君達は全力を出さなくても問題ない技量は兼ね備えているはずだよ」
「だったらその技量を持ってこの場に居る奴等を蹂躙すれば良いのか」
「蹂躙は困るから控えて欲しいかな。けれどね、君達二人は能力の全てを出さなくても他を圧倒するほどの力を持っているはずだよね。それを持って戦って欲しいんだよ」
「じゃあソーエンと殴り合いでもするかぁ……」
「「死ねぇ!!」」
オレ達二人は同時に拳と蹴りを交わそう――と、したところで、間に立っていたテモフォーバの手によって止められた。流石は大悪魔、制限下におけるオレ達の攻撃を止めることなんて造作もない事のようだ。あと、周りからは呆れ笑いを向けられてる。
「二人共判断が早いね……。でもね、話は最後まで聞いて欲しかったかな。君達二人と手合わせをするのは君達自身じゃないよ。今回お相手をして貰うのは――」
そう言ってテモフォーバが顔を向けたのは――。さっきから突っ立てる、二等級のリーダー達と、ひまわり組の三人だった。その六人は、呆れた顔をしながらオレ達の方を見ている。
「そういやなんでお前等そこに立ってんの? 戦いの邪魔だからどきなよ」
「なんでおめぇって察し悪いときはとことんわりぃんだよ……。どう見たってお前等と戦う相手は俺達だって分かんだろ」
「えぇ……? 七対一でやんの? 皆でソーエンフルボッコにしようぜ」
「六対一対一でもいいぞ。他を退かせてお前をタイマンでぶっ潰す」
「にゃぁ……よくもそんなに次々と言葉が出てくるにゃぁ……。違うにゃ、三対一を二回繰り返すんだにゃ」
「ニルド君の言う通り、六対二をやるにはここは手狭でね。分けて戦って貰いたいんだよ。始めは二等級パーティのリーダー達と、そのあとはティリス君達とね」
「なるほどなぁ……。よし、ソーエン」
「ああ」
「「じゃんけんぽん」」
「切り替えも早ぇんだよなぁ……」
そう言うことなら順番を決めよう。ってことでオレとソーエンはじゃんけんをして、順番を決めることとなった。
* * *
じゃんけんの勝者はオレ。手早く済ませてシートに戻りたいってことで、順番はオレが先に貰った。
観衆が期待の目を向ける中、裏庭に作られたオープンなフィールドではオレと二等級リーダーの三人が相対している。
あっちは武器を構えて、オレは何も構えを作らず……あっちは緊張してて、オレは何時も通りにしてて……。
「なあイキョウ、構えねぇのか?」
何時まで経っても構えないオレに向かって、キンスは緊張しながらも不思議そうな顔を向けてきた。
「お生憎様。残念ながらこれがオレの構えなの」
「だらっとしてるにゃぁ……。というか、せめて武器くらいは構えて欲しいんだにゃぁ……」
「今回は魔法で行かせてもらうよ」
今のオレは素手だ。でも、コレにもちゃんとした意味は在る。シアスタがあんだけ頑張ったんだからな、少しくらいはオレの見せられるものを見せておこう。
「イキョウよ、近接三人を相手に魔法主体か。どういった戦い方をするのか――」
まだ、テモフォーバから開始の宣言はなされて居ない。模擬戦はまだ始まってない。
だってのに、絶影が音もなく瞬時にオレの目前まで距離を詰めてきた。
背から小太刀を引き抜き、片手の居合いとも言うべき斬撃をオレに向けてくる。
「――見せてもらおう」
「勝手に始めんなって」
「我々もお前も、そう言うモノを待つほど正しい武は収めて居ないだろう」
「ご明察」
斬撃をかわし、軽く言葉もかわし、少し退いたところで、本格的に戦闘が始まった。テモフォーバの宣言が一歩遅れてなされたからな。
キンスもニルドも、絶影の行動には驚いてたけど、瞬時に頭を切り替えて戦闘の態勢をとる。
とうに接近していた絶影はそのままインファイトをしようと詰めてくるから、周囲に氷の槍を展開して囲んで動きを止める。
けど――コイツ強いな。その氷の槍を小太刀一本で切り飛ばしてまた距離を詰めようとしてくる。
そんで横目には、手甲を構えたキンスと、剣を構えたニルドが同時に迫ってきてるのが見えた。絶影ももう近い。
ここから成されるのは、三人の多重攻撃だ。
キンスは拳を、ニルドは剣を、絶影は小太刀を、振るってオレに浴びせようとしてくる。だったらそれを避けるだけで良い。
「精剛すっご……なんで今の避けれんだよ……」
「アイツ普段ふらふらしてんのにな……わっかんねぇもんだな」
「キンス、ニルド。我々は先に本気を出させてもらう」
観衆の声に交じり合って、絶影が何かを言ってるな。ってか……アイツ等って一人称我々なのかよ……。
絶影の声を聞いた二人は小さく頷くと、それを合図に行動が開始された。
また絶影が距離を詰めてくると、今度は――。
「<絶影>」
凄まじい剣速を持って、斬撃の乱舞を四方八方から放ってくる。その動きは空に残像を残すほど早く、小太刀を振るたびに剣筋と体が増えて行ってるように錯覚させられそうだ。
でも、結局は一つの体と一太刀の攻撃なんだよなぁ。ナナさんほど早くはない。
だったらコレもかわせば良い。
「――ッ!!」
絶影はまだまだ剣速を上げようと、そしてオレに一太刀浴びせようと、してくる。呼吸をする事も忘れてタダひたすらに小太刀を振るう。
多分、これを完全に避けられたことなんて無かったんだろうな。そして、どうしてもオレに当てたいんだろうな。だから必死に、剣を振ることに意識を持っていかれてる。……ってか、こんな速度で武器を振るんだ、全身全霊を向けないとこんな事出来るはずが無い。
使ったら相手を確実に切り刻む必殺の技、それがコイツのスキルなんだろうな。
コイツ等絶対強い。多分、コロロやスターフとかと同レベルくらいには強い。それは分かる。
でもなぁ……相手が悪かったよ。オレが苦手とする相手は堅実に頑強な奴、オレの攻撃が通らない奴だ。絶影は軽装だから簡単に倒せるよ。
振るう一太刀。その一太刀を振るう腕。その軌道上、肘に当たる位置に、地面から氷の柱を強固に作り出すだけで――。ぶつかると同時に絶影の動きは止まった。同時に、腕から嫌な音がして、絶影の右腕が垂れ下がる。
「……<絶影>を完封され、その上反撃までとはな。我々の負け、だ」
周りからは何が起きたのか分からないような声がザワザワ上がってるけど、絶影の右腕を見た途端にみんなが察した。
肩と肘が外れてる、と。
それでも引いた声が余り上がらないのは、荒事に身を置く冒険者だからだろう。元の世界では、脱臼を見ただけで怯えるやつが多かったってのにな。
「お前さ、三対一って言ってんのに一人で突っ込んでくるなよな。チームワーク大事っしょ」
「ふっ……三対一など場を整える建前に過ぎない。我々も、そしてキンスもニルドも、皆がそろって一対一を望んでいるのだ」
そう言いながら絶影は、自分の腕を持ってあっさりと関節を填めて行く。
本来なら対した怪我じゃないから、戦い自体は続行可能だ。でも、コイツはさっき負けって言った。
「自分の力が何処まで通用するのか。それを、我々は試したかった」
どうやらこの手合わせの勝敗は、それぞれの力のプライドにあるらしい。
絶影はそう言ってオレに向きながら下がると、キンスとニルドの下まで戻って、『我々の番は終わった』と言葉を掛けた。
「すっごいにゃぁ……全身がウズウズしてたまらにゃい」
オレと絶影のインファイトを見ていたニルドは、髪を逆立てながら、猫が得物を狙う目をして、静かに興奮しながらオレの事をみてくる。
その姿は戦いに楽しみを求める獣だった。やっぱ猫耳なだけあるわ。
「キンス、いいかにゃ」
ニルドは確認の言葉を言ってるけど、体はもう前へと出ている。その姿を見たキンスは、異論無い表情でニルドの事を無言で見送った。
獣は、オレの前に立つ。
「イキョウ、あの日、ギルドで絶影の一太刀を避けたあの日から、俺はずっと戦いたいと思っていた。この日を待ちわびていた。だからな……全力で行かせて貰う」
「あ……うん? お好きにどうぞ」
あの日って何時?
「<野生開放>」
オレが、何時の話ししてんだ……? って思っていると、目の前ではニルドがなんか変化してた。
細マッチョな体の筋肉に、力が宿ってより筋肉質になってるし、目は瞳孔が細くなって得物狙う目だし、手の爪が鋭くなってる。ほっぺに猫の髭みたいな刺青浮き上がってるし、まるで猫さんだぁ。
「<パワースライド>」
んなこと考えてると、ニルドは急に飛び上がって剣を振ってきた。
それもただ避けるだけ……思ったんだけど、スレスレで避けたら耳元から重圧の響き渡る風切り音がし、剣が落ちた地面は抉れるようにヒビが入っている。
絶影の剣は速さの剣だった。そして、ニルドの剣は、言うなれば力猛る剣。普通の奴が当たったらコレ即死だぞおい、ミンチにされちまうぞ。
「え、こわぁ……」
「<マッシブブースト>」
ミンチにする剣を遠慮なく振るってくる獣に引いてると、ニルドはさらに力を増したかのような剣を凪いで来る。
こんなの今の能力値じゃ絶対受け止められねぇよ。受け止めたら最後、骨や筋肉が裂けて、その上押し切って胴体まで分断されちまう。やっぱ回避するしかない。




