――記述者の無い世界記録②―― 6
それからナナはしょっちゅう三人の下を訪れるようになり、その中で考えが変わることもなく、三人の指示で残した生活用品と数本の刀以外は全て然るべきところへ売り払った。金額にすれば、恭介と双間がドン引きするレベルの額となった。
ナナは三人の家を点々としながら、頻繁に姿を消して長い時では一週間ほどのお散歩に出る。恭介が持たせたスマホも置いていき、そして何処に居るかなど分かったものでもないから、三人はナナが姿を消したら帰ってくるまで帰宅日時や何をしているのか一切が不明だ。もう、三人はそういうものだと思うことにした。
七の住所は一応、ココアと同マンションに借りた(恭介が借りさせた)部屋となっているが、家というだけで定住はせず、基本的には私物保管庫と一時寝る場所扱いだ。多くの時間はあちこちふらふら、三人の家をふらふら、世界中をふらふらしながら、和服に刀だけを携えて、お金もスマホも何も持たず、面白いことを求めてお散歩している。
ただし、そんな彼女にも日常の生活が無い訳ではない。
三人が電気屋さんと呼ばれる場所に七を連れて行ってくれて、四人で家電と呼ばれるものを選んだ。電気屋など七は一度も訪れたことが無く、あっちへふらふらこっちへふらふらしながら、三人へあれ何これ何と聞いて、またふらふらをして三人はその後ろを付いて回った。七にとっては説明されても良く分からなかったけど、三人が付いて来てくれて巡るだけで楽しかった。
家電の中でも、複雑な物は使わない、必要ないから買わない。
よく分からない文明の利器の中でも、説明されて感動したのは、冷蔵庫とコンロと洗濯機だ。食材を氷室や床下に保管しなくても冷蔵庫は年中冷やしてくれる。薪を用意しくべなくても火が出せて火加減も摘みで簡単に調節できる。洗濯機なんて、手洗いせずともピッピとするだけで勝手に服を洗ってくれる。ついでに、マンションの仕様で、お風呂もピッピってすれば勝手にお湯を張ってくれて、好きなタイミングで暖かいお風呂に入れる。
故に七の部屋は、マンションの設備を除いた場合に冷蔵庫と洗濯機以外に家電が無い。炊飯器など必要なく、自分でお米を土鍋で炊けば良い。ポットも必要なく、お湯も自分で沸かせば良い。テレビなんて見て時間を潰すより、座禅をしたり精神統一をしたり、三人の部屋に行った方が有意義だ。掃除機も、自分で箒を使ってお掃除をするのに慣れているから必要ない。でも、行灯型のライトはちょっと好き。三人が引っ越し祝いで送ってくれたから。
そんな、部屋の間取りや持ちうる資産の割りには質素な部屋では、近代的なシステムキッチンであっても古風な料理の仕方でナナは晩御飯を作っていた。
「はーい、ご飯できたわよ」
その一声に反応したのは、件の三人だ。七の家は物こそすくないが、テイストとしては和を基調としており、フローリングには畳マットが敷かれていて、ソファーではなく座布団、テーブルも背が低く和彫りの卓が用いられている。
そんな卓に座って酒を呑みながら七の料理姿を見ていた三人は、彼女の一声で立ち上がると、すぐに食器を準備し始めてご飯の準備を手伝った。
その動きは手馴れたもので、この状況が初めてでは無いと証明をしている。七も、煮物が入った大皿を食卓に運び、おひつへ移したおこげ付きのご飯や味噌汁、小皿を三人に手渡して、従順で忙しない三人を見ながら『くふふ』と笑っていた。
そして四人で座布団に座り卓へ付いて、ナナはいただきますを、三人はそれをせず七の『いただきます』を合図として目の前のご飯に飛びつく。
「鶏肉と大根の煮物うまぁ……酒と米で迷っちまうよ……両方っしょ」
「ぬか漬けも良い……どっちだ、米酒。俺の口はどちらを求める」
「うぅ……レポート終わった体に和が染みるっス……あんな育ちでも心に和ってあるんスね……」
三人は、つい先程まで同じ講義の課題である重い課題を、数日掛けて挑んでいた。ようやく終わった彼等は、疲れ果てた様相で七の家を尋ねて晩御飯のお願いをしたのだった。
ココアは味を噛み締めるように、男二人は止まらぬ箸を動かし続けてムシャムシャバクバクと飯を喰らい、七は変わらぬペースで薄ら笑みを浮かべながらご飯を食べる。
「ナナさん、今日はどんな一日をお過ごしで?」
「くふふ~? 近所をお散歩して、しょーてんがいでお話して、色んなもの貰ったり交換したりして。お野菜やお肉、お米も俵で。
でーも、皆に言われた通りお財布ちゃーんと持ってたから、お買い物もしたわよ。てんぷら丼屋さんでお昼ご飯食べて、和菓子屋さんでお饅頭食べて、店主さんたちとお話をして。
いっつも、おすそ分けしてもらったものを渡して交換してたけれど、お金ってそれだけで交換出来ちゃうのね。詰まんない」
「詰まる詰まらない以前に、万国渡り歩いてわらしべ長者の如く物々交換で何でも出来る法外なナナさんがおかしいんだよ」
ナナは何かに執着をすることはない。それでも必ずこの場所に帰ってくるのは三人が居るからだ。何かに執着しないとは物事や行動にも含まれ、古風な生活スタイルは昔から続けていたことを今でも続けているだけで、変える必要が無いから変えていないだけ。この部屋も別に飾る必要性を感じていないが、三人が折角の新生活だからと自分を連れて買い物に行くのが楽しかったから流れで買っただけ。
風来坊気質の七が、以前の家に留まっていたのは宝刀が有ったから。そして今、三人の下に帰ってくるのは三人が居るからだ。
「ナナナちゃんさん。今度のお休みどっかデートしに行くか一日えっちしようっス」
「んだよ折角車で遠出でもすっかなって思ってたのに。ソーマ、二人で行こうぜ」
「ああ」
「やあああだあああああああ置いてかないで! あたしも付いてくっス、ナナナちゃんさんも一緒に行こっス!」
「くふふ、はーい。くるま、始めて乗るわ。お金って必要?」
「いんや、今回はオレとソーマが運転するからお支払いの必要無し。あーでも、お店で車借りるから、割り勘で別途のお支払いあり」
「みんなで歩いても面白い、今度は歩かなくても面白そう」
「……七」
「なーに?」
作法正しくご飯を食べている七は、男の食べ方を一旦止めた双間に名を呼ばれる。
「この世には、お前が知らない、歩いたことも触れたことも無い世界がある。戦いがあり、冒険があり、幻想があり、不思議な光景や力に満ち溢れている世界がな」
「くふふ? たくさん色んなところ歩いて、お散歩先で刀を振るったり、きれーな景色みたりしてるわよ? 私は知らないことも沢山あるけれど、知ってることも沢山あるの。色々なところを沢山歩いて、色んなものに触れてきた自負はあるわ」
「いいや、お前はあの世界を知らない。別の世界と言い換えても良いあのワールドは、七では足を踏み入れることすら適わないだろう。
だが、その世界であれば俺達と遠慮なく戦うことも、まだ見ぬ戦いに身を投じることもできてしまう」
もったいぶった様に語る双間は、結論を言わず、だが、何かに七を誘うとしている。
「確かに……あっちで戦ってもらった方が楽だわ。刀持って追っかけられたり寝起きに抜き身の刀持って立ってられるより、あっちで思う存分やりあった方がマシ」
「そういった事情も込みで。どうだ七、お前の強さを遺憾なく発揮できる世界を、俺達と共に散歩してみないか」
「ソーマは、皆でゲーム遊びたいから、そのお誘いを仰々しく言ってるんだよ。因みにゲームって電子機器だけど、オレ達がちゃんと使い方教えるから安心して」
「じゃあやーる。くふふ、くふふふふ~」
三人がやってることなら、楽しそうだからやる。機械とかよく分からないしむずかしーけど、三人が楽しそうなコトしてるならやる。
食事中の七は、どこか上機嫌な声をあげながらゆらゆら揺れて、『知らないげーむの世界を皆でお散歩~』と、げーむが良く分からず光景が思い浮かべられないことにも楽しさを抱いて、ふわふわゆらゆらしていた。その目の前では、双間が即効でスマホを開きすぐさま注文ボタンを押していた。
後日、三人でゲームを設置し七へあれやこれやを教えて、彼等と共に七はまだ見ぬ世界へ足を踏み入れることとなった。




