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 ――記述者の無い世界記録②―― 4

 迎えた翌日。恭介は全身の縫合を負え、そして斬られた衣服も補修し、泥のように眠って朝を迎える。が、泥のように眠っても目覚めるのは恭介が一番早く、早朝の大広間で三人そろって寝ている中、一人目を覚ました。


 昨夜は、まさか行灯あんどんの淡い光りの中治療するとは思っていなかった。本当に電気が来てない、電化製品が一個も無い、昔ながらの生活が残っているのがこの家だ。


 全身の縫合をチェックし、問題ないことを確認した恭介は、立ち上がって広間の襖を開ける。襖の向こうには外廊下があり、更に向こうには家正面に広がる畑が、朝の光りに照らされて瑞々しさに輝きを持たせていた。


「一人で管理してんのかなぁ」


「そーよ」


 独り言の呟きには、確かな返事が返ってきた。少し離れた場所に座り、畑を見ながらお茶を飲んでいる女性。昨日は殺し合いをした七だ。今日も白い胴着を、綺麗な胴着を着て座っている。


 恭介はのらのらと歩いて横に座り、タバコを取り出して火をつける。昨日の戦いでタバコもライターもダメになったから、双間のを勝手に拝借して。


「畑仕事終わってご休憩中っすか」


「休憩するほど疲れてないわ。私はたーだ、育ってるか畑を歩いて確認して、ここから育ってるなーって眺めてるだけ。畑のお仕事はたまーにでも、あの子達は自分で育ってくれるから」


「野菜作りに放任主義って新しい組み合わせだわ。真っ白な胴着もね」


「この胴着は、血以外で汚れる事は無いわ。それもまた、修行の内ってことでもあり、お洗濯するときに楽にするようでもあり、とっても大切なことなの」


「洗濯楽ってのはめッちゃ大事だわ。あんた――」


「七よ、なーな」


「ナナ……。ナナ……さん、ナナさんだな、うん。

 そういやオレ達の名前言って無かったね。オレはキョースケ、フード被ってるあやしー奴がソーマ、スッススッスうるせーのがココアだよ」


「きょーすけ。そーま。ここあ。他の二人も君みたいに強いの?」


「ソーマはそう、場合によっちゃオレより強い。ココアは最近護身術教え始めたばかりだから違う、でもある意味クソ強」


「そーなの。くふふ」


 七は何を思っているのか、浮世離れした薄ら笑みに笑い声を添えながらお茶を飲む。


「そうそう。それでナナさんは、ずっとここで一人暮らししてるの?」


「十年前からここには私が一人だけ。でーも、ずーっと一人でここに居る訳じゃないわ。あっちこっちおさんぽして、色々なところを見て回ってる。近くの村にもたまーに行って、お野菜の代わりにお米や味噌を貰ったり、お茶飲みながらお菓子食べてお話してるわ」


「なるほどねぇ……。ぶっちゃけた話し、ナナさん捉えどころ無いし達観してそうだしで、半分仙人や山に住む刀の神様みたいな認識してたわ。良かった、下界と交流あって」


「私は、生まれたときからこのまんま。ふわふわふらふら気の赴くまんま。人は皆違っていて、それぞれの当たり前があるのだから、私の当たり前も皆とは違う当たり前」


「そーゆーとこっすよ」


「ご飯にしましょ、作ってあーげる」


「こーゆーところもよ」


 お茶を飲み終わった七は、しとやかな足取りで一つ結びの黒髪を揺らしながら廊下の向こうへ歩いていく。恭介は、そんな七の背を見送りながらもタバコを吸いきり、遅起きコンビを起こしてやった。


 ――――


 ――


「胴着に割烹着……ありっスね、えっちっスね」


「はぁ……はあ?」


 三人は、屋敷の居間にある低い大テーブルに座りながら、台所で調理をする七の後ろ姿を見る。


 土間造りの台所は、まきかまど、釜、水瓶を利用して調理を行う、現代では不便さしか感じない台所だ。そして三人は手際よく動く七の手伝いをしようにも、自分達が手伝いするのが一番の邪魔と感じて、大人しくテーブルで待機している。


 三人してぽけーっと、すげーと、アホ面を並べて子供のように大人しくご飯を待っている、と、おにぎりとお味噌汁、そして漬物といったシンプルな料理が目の前に並べられ、うまそー、と、同じ顔を並べてご飯を見る。


「……オレ達って、一応は泥棒として参った次第なのに、なーに雁首並べて朝ごはんご馳走になっちゃってるんですかね」


「あたし知ってるっスおにぎりって女の人が握った方が美味しくなるってネットで見たっスでもでももうナナナちゃんさんが握ったおにぎりなら絶対絶対美味しいっス次脇とお股とお乳でおにぎり握って貰っても良いっスか?」


「くふふ? いーわよ」


「……良いんスか!? いゃったあああああいったああああああああああああああああ!?」


「止めろ食欲が失せる」


 三者が三様な反応を朝食に向け、そして並んだご飯を前にナナはいただきますをしてから、三人はそれを見て真似してから、四人は朝食を食べ始める。


 米が美味いのか炊き方が上手いのか、つやつやしたおにぎりは、中身も無く塩も無いのに海苔だけで美味しい。玉ねぎと大根の味噌汁は、温かさと味噌の塩気が体に染みる。漬物は歯ごたえが良く、箸休めでもおにぎりと一緒に食べても美味い。


 三人は思う。『美味い。なんか、和』と。ほぅっと、朝に頭も働かせずに、染み渡る朝食の美味しさを味わっていた。


 そんな三人の前で、七は両手でおにぎりを持ちもぐもぐしながら、首と視線を三人へ向けている。右に、左に、行ったり来たり。


「どしたのナナさん」


「兄妹?」


「オレ達が? 違うよ。こっちは大親友同士、オレ達とココアは先輩後輩」


「はいはいはーい! あたし、パイセン達の可愛い後輩っス!」


 恭介からの言葉に、ココアは二人を向きながら自慢げに嬉しそうに声を出した。


「そーなの。似てるからてっきり。

 私達の流派の源流はね」


「……あ、今話し切り替わったのか。一瞬気付かんかった」


「一人の男が、一振りの刀によって狂わせれたことから始まったそうよ。強き血を、強き命を啜るため、斬り合いの蠱毒を作り、生き残った最後の者は自ら蠱毒を作りまた斬り合いに身を投じる。永遠に終わらない終わりの循環が、私の代まで続いてたの」


「ほえー」


「そうか」


「こ、怖いっス……ももも、もしかしてあの刀、妖刀なんスか、そんなものこの世に実在して良いんスか……! まさか!? ナナナちゃんさんも妖刀の毒牙にかかって!?」


「刀は皆お喋りよ、あの子はその中でも自己主張が激しいだけなの。声の無い声がとっても煩いから、耐えられない人は刀に握られてしまうのよ。私は何を言われても『そーなんだ』で返せるからだいじょーぶ」


「刀ってしゃべるのか?」


「頭がイカれた女の戯言だろう。病院で症状抑制の薬でも貰っておけ」


「ああああたしは信じるっスよ、絶対この世にはお化け居るっスし、妖刀や妖怪も悪魔もUMAも居るっス、居るって信じてるんで早くあたしのとこにサキュバス来てくれないっスかね」


「お喋りなあの子は、春神楽家の宝刀。名前を『華毒滴かどくしたたり』と言うわ。もう貴方達のモノだから、何を言う事も無い。

 でーも、持っていってどーするの? どこかに飾るなら、暗い布を被せてお静かにね。見られるのが好きな刀もあるけーれど、あの子は見世物になるの嫌がって見た者を騒がしさで狂わせるわよ」


「どーするって言われても、雇い主に郵送納品はい終了だしなぁ。その後の事は分からないわ」


「まぁ、一応は元持ち主の証言として今の事は報告しておくか。とっくに把握していそうではあるがな」


「そー。他にも蔵に刀あるけれど、何本か持っていく?」


「……ちょっと、男の子マインド的に欲しくない?」


「……分かる」


「んもぉこの男子達ほんと男子っス……。持って帰っても良いっスけど、見つかったとき大変っスよ」


「だいじょーぶよ、堂々と持ってれば何も言われないもの」


「……っス? なんだかまるで、許可証持ってないような口ぶりっスけど、んなわけないっスね。おにぎりうまぁ……ナナナちゃんさんの味がする……」


 穏やかな朝食の時間を過ごした一同。その後、結局男子達は、一回持つくらいならと蔵に行って刀を持つことにした。春神楽家の蔵には大量の刀の他に、小判や焼き物など、歴史的に価値のありそうなものがあるが、刀以外はどれもホコリを被って保管されていて、一族皆貰い物に興味が無いように放置され、蔵は正しく物置きと化している。


 そんな中、双間が刀を手に持ち構えると、七はそわそわしながら近づいて、普通に斬りかかった。遠慮も躊躇もない一撃に、しかし彼は先日戦いを目にしていたため、辛うじて防ぐ事が出来たが……それが七の心に火をつけて、二人は蔵の外で鬼気迫る追いかけっこを始めた。それを、ココアは『えぇ……』と見ていて、恭介は持てるだけ刀を持って何刀流まで出来るかを追求し遊んでいたのだった。


 帰り際、七から手を振ってあっさりと見送られた三人は、離れた場所にある車に乗り込む。だが、行きと違って帰りは、恭介が運転をし、ココアが助手席に座り、疲労困憊の双間は後部座席で横になりながら死んでいた。


 途中、荷物を置いていた旅館に立ち寄り、ハプニングがあって泊まれなかったことを話し、別途料金を支払って旅館飯を堪能して三人は岐路に着く。宿泊費に関しては依頼主持ちだから、旅館の人たちが態々一部返金してくれようとしてくれたのにも関わらず、三人はカッコをつけてそれを断り立ち去った。


 帰りも行きと同様、小旅行気分で帰り、体力が戻った双間が、怪我をしている恭介に変わって運転を担当して長い道のりを時間を掛けて帰る。だが、昨日よりも遅い出立時間は、ココアのマンションへ着く頃には深夜を回っており、三人揃って明日の大学はサボるかと思っている矢先――ココアが車を降りようとしたところで、車内にはおどろおどろしく低い声が静かに響き始めた。


『こ、ろせ……ころせ……。殺し合え……』


 後部座席の下から聞こえる声、それを辿れば雑に置かれた刀があり、ココアが『ひぃ!?』と声を出すと共に……運転席に座る双間が身を捩って刀を取り、恭介とそろって。


「「黙れ」」


 刀を殴ったら、無言になった……。


「えぇ……」


「たまにあるんだよ、勝手に喋る運搬物。でも大体こうすれば黙る」


『こ、殺し』


「黙れ殺すぞクソが」


『……』


「な?」


「なじゃねーんスけどそもそも喋る物品をパイセン達なんだと思って…………長旅で疲れたんでもう寝るっス。ばいばいっス、後処理全部任せるっス」


「あいよーばいばい」


 ココアは早く寝たいから、荷物を片手に去る二人を見送って、ベッドに直行して風呂も入らずに寝た。いつか必ずもう一度七に会いに行って、今度はえっちなおにぎりを作ってもらうことを、未来への希望としながら。

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