07.ナナチュエーション
散歩をして家に帰ると、子供達Withラリルレ&ロロがナナさんを囲んでなにやらわちゃわちゃしながら話をしていた。
とっても、めっちゃ、盛り上がってらっしゃる。ラリルレとシアスタなんて興奮してらっしゃる。
全く経緯なんてこれっぽっちも分からないけど、みんなでやんややんやしてる。
「きょーちゃん聞ーて!!」
「ん聞くぅ……」
きゃいきゃいしてるラリルレぬぃ呼ばれたんなら行くしかないねぇ……。。。
ってなわけでオレは食堂のテーブルに座ってミニマム一団のわちゃわちゃに混ざることにした。
「あのねあのね!! ナーちゃんね!! お嫁さんになりたいんだって!!」
興奮気味に語るラリルレの言葉。
ナナさんが、旦那を欲しいって思ってるのは知ってる。なんでも、自分が『しゅき!』って思った人をめちゃくちゃにしたいらしい。
ナナさんなりの夫婦の理想像……ってやつなのかな? オレには、夫婦なんてものの形は理想も現実も分からないや。でもナナさんが、結婚相手を欲してるってのは知ってる。
そしてそんなナナさんはと言うと、ラリルレの言葉を聞いて笑みを浮かべて――にこやかに反論をした。
「くふふ、正確にはちがーう。旦那が欲しいのよ」
「お嫁さんになりたい旦那が欲しい……それって同じじゃないんですか?」
「ち・が・う・の♡ 私が旦那のモノになるんじゃなーくて、旦那を私のものにしたーいの」
「なーくて」「したーいの」
「なるほどです!! 男の人をメロメロのくびったけにしたいんですね!!」
「「きゃー!!」」
シアスタとラリルレのテンションが高い、二人で手を合わせながらはしゃいでいる。二人共乙女のきゃいきゃいをしてる、って感じですわの。
そんな様子をオレは傍から見て、どことなく感じた予感を流すことにしよう。
「だってよソーキス」
「ふへー……。ふへー?」
座っているオレは、ちゃっかりと膝の上に乗ってだらーっとしてきたソーキスに言葉を掛ける。嫌な予感がするならば、先んじて潰しておくしかないだろう。
ソーキスはソーキスでふへーっとしてるんで、オレはほっぺをぷにぷにみょーんとしながら顔をいじってソーキスのふへら笑いをもにもにする。
「ふへへー、やーめーてー、もにもにしないでー」
「するよ、めっちゃする。ぷるぷるもしちゃう」
「でもねー、私のモノにしたーいって男居ないの。どーすれば良いんでしょうねー、ちょーど良い練習台が居るわね」
「だってよソーキス」
「ふへ……あっ、そーゆーことぉ……ふへー……」
「イキョウさん!! ナナさんのお嫁さん修行ですよ!! ウェディングドレス用意しなければ!!」
「修行終えちゃってるじゃん」
「ダメだよシアスタちゃん!! 結婚前にドレス着ちゃうと、結婚が遅れちゃうんだって!! だからキョーちゃん、ナーちゃんが素敵な男の人をメロメロにするれんしゅーしよ!!」
「すりゅ!! …………ん? なぁソーキス、オレって今返事しなかった?」
「してたー。だからおにーさん頑張ってねー」
「ソーキスちゃんも一緒に男の人役やって!! ナーちゃんは彼女さんやお嫁さん役!! 私たちが採点します!!」
「……ラリルレのこーゆー行動力にはかてないー……」
「生贄追加しとくか」
* * *
急遽始まりました、ナナさんが素敵な男を捕まえる為シミュレーション会。
ラリルレロロ、シアスタ、双子が女性陣視点の採点で。オレ、ソーキスはナナさんに付き合いながら男性的視点で――そして、贄になるならもう一人追加だ。
「ふむ……俺は寝ていたかったのだが?」
はい。上で寝ていたソーエンを叩き起こして食堂に連れてきました。
「ソーちゃんありがとぉ!!」
「ソーちゃんありがと♡」
「気にするな、ラリルレ」
オレはソーエンからアイアンクローを喰らいながら、この場にて執り行われる祭典に挑む。
テーブルをちょっとどかして場を作り、ちっちゃい子組が座っているテーブルを前に、様々なシチュエーションを模すんだ。
そして――座っているシアスタが真剣な顔をしながら口を開いた。
「素敵な男の人との出会いとは、偶然からなるものだと思います。しかしその偶然は必然、人はそれを、運命と呼びます」
「ほぁ……」
「ですが運命とは強固であり儚いもの、逃してしまえば二度と出会えない。まるでくっつきあったり反発しあう磁石のようではないですか」
「何あいつどうしちゃったのさ。語りが様になってんじゃん」
「恐らく、セイメアから恋愛小説でも借りて読んだのだろう」
「ふへへー、シアスタすぐ影響されるところあるよねー」
「ち、違いますから!! こ、こほん、とにかく、運命を逃さない為にも、偶然の出会いを絶対に掴み取らなければなりません!! なのでナナさん――」
シアスタは椅子からいそいそと立ってナナさんに白いハンカチを渡すと、すぐにぴゅーっと席に戻った。
「シアスタちゃんあれ!!」
「そですラリルレさん!! “幸せの白い風”で二人のきっかけになるシーンの再現ですよ!!」
シアスタとラリルレがきゃいきゃいしながら何かを通じ合っている。あの二人、セイメアから同じ小説借りたな。そのせいでここまでテンション高いんだ。
「まず、まず!! 誰から……かっこいいソーエンさんが適任です!! ナナさんはすれ違った瞬間に、偶然ハンカチを落としてください!! あ、でもでも、小説をそのままやってしまってもいいんですけど、今日はナナさんの修行なので、ナナさん風にアレンジしても!!」
「ふむ。まあ、ナナが主人公、俺を攻略対象と見立てれば良いだろう。ハンカチを落とし、それを拾う。そこからどうやって相手との関係を深めるか、だな」
「お二人の好きなようにやっちゃってください!!」
終始テンションが高いシアスタの宣言で、ソーエンとナナさんの二人による寸劇の幕は上がった。オレはソーキスを肩に乗せながら傍で見させてもらうよ。
このシミュレーションで特に準備をすることはないし、二人は居シアスタから言われるがままに立ち位置を移動して――。舞台袖とも呼べるような位置に移動したあと、運命的な出会いっていうシチュエーションを再現すべく二人は動き出した。
しとやかなナナさんとふてぶてしいソーエンは、互いに距離を取ってから歩き出し……シアスタの指示通り、すれ違い様にナナさんがハンカチを落とす。
王城にて開かれた晩餐会が退屈で会場から離れていた二人が、偶然廊下ですれ違った、っていうシチュエーションのようだ。
どうやらナナさんはハンカチを落としたことに気がついていないフリをしているようで、そのまま過ぎ去ろうとしたが……ソーエンが落ちたハンカチを手に取り、一回ため息を付いてから振り返って口を開いた。
「――おい、女」
ふてぶてしい声、心底めんどくさそうな態度。そんな感じでソーエンは、あくまで役として知らない女に声を掛けた。
これはナナさんが運命の相手と出会ったときの為の練習だ。あくまでシミュレーションだ。
でも、オレは思うね。第一声が『おい女』なんて男、運命の相手であっても結婚したくない。
「それって、私のこと?」
ソーエンの言葉に反応したナナさんは、一つ結びの髪をなびかせながらしとやかに振り向いた。
あの人所作や顔は悪くないんだ。今の動きですら、魅了される者も居ることだろう。
……寸劇を見てるってのに、野暮な突っ込みや批評はやめようか。ここは黙って、見に回ろう。
そうしてナナさんとソーエンは対面し、ここから会話が始まる、んだけど……。ソーエンが右手をポケットに入れて気取ったポーズを取ったまま動かない。
「ハンカチを落としたぞ。受け取れ」
受け取れと言いながら、ソーエンは動かない。一切動かないまま、セリフしか発してない。
「聞こえなかったのか。受け取れと言っているんだ」
「くふふ~、はーい」
わざわざナナさんが手を伸ばして、ソーエンの垂らされた左手に握られているハンカチを取って、受け渡しは完了された。
「拾ってくれてありがと。私はナナ。キーミ、名前なんて言うの?」
「黙れ。お前など名すら興味ない、その声も不愉快だ。何故俺の前に立っている、とっと失せろ」
――――じゃあ――――ハンカチ拾うなよ。
「くふふ、お名前くらい教えて欲しかったけれど。でーも、また会えたときにお話しましょ」
とりあえず、ナナさんはこの場を引くようだ。
だが、その際にまたハンカチを落として去った。ハンカチ落としすぎじゃない?
去り行くナナさんを見ながら、ソーエンはポーズを変えて偉そうな雰囲気を醸し出しながら――
「ふっ。おもしれー女」
――そう言って寸隙は終了した。
うん。
うん……。
…………くたばれよアイツ。
あのバカ、ギャルゲーだけを参考にしてこの寸劇に取り組みやがった。ポーズニパターンしかないの立ち絵の再現だぞアレ。表情は変えてたけどお前顔みえねーから意味ねぇって。
「今のどうなのさシアスタ」
「むむむー、私的にはもうちょっとナナさんに粘って欲しかったですけど、ナナさんってそーゆー人です。ふらりふらりとしていて一つのコトに固執するような人ではないので、らしいと言えばらしいです。でも、最後にハンカチを落としたということは、また出会うことを匂わせているので、最初の邂逅はこれで良いのでしょう。
自由気ままな女性と俺様系の男性が織り成すストーリー……最後まで見てみたいです……」
「ソーちゃんが面白いって感じたなら脈があるってことだよね、きっと褒め言葉だもん!! 男の子のソーちゃん的に、今の出会い方何点!!」
「ゼロ点だ」
「嘘だろ?」
「くふふ、し・ん・ら・つ」
オレは親友が怖いね。何がって、ゼロ点の演技をした自分を棚に上げてナナさんにゼロを言い渡せるその胆力がさ。
「どこがダメだったんだよ。ダメなのお前だろが」
「今回は俺の二次元三次元判定を抜いて評価する、個人的な主張は入れないでおこう。
ハンカチを二度も落とした、が。二度目はくどい。わざとと分かっていてもくどい。ナナをナナではなく女として見て、一度目は演技だから仕方無く拾ってやったが、折角俺が拾ってやったというのに二度も落とすバカな姿にイラっとして燃やそうと思ってしまったくらいだ。相手の興味を引きたいのならば手法を変えろ」
ナナさんの為だからこそ真剣に向き合って意見を言うソーエンだけど、オレがもし女だとしてハンカチを落としたくらいで心底不愉快にイラっとする短気な男なんざ結婚したくねぇわ。
「くふふ。じゃーあ、手法かーえる」
ソーエンからの批評を受けたナナさんは、何を思い立ったのか双子を呼び寄せて両脇に抱えると、また二人は舞台袖に待機して準備をした。
そして、先ほどと同様に二人はすれ違いそうになる――――が。その瞬間にナナさんは素早く床にしゃがみ込んで双子にネコミミをつけてから立ち上がって過ぎ去ろうとする。
こんなん――とんだおもしれー女じゃねぇか。
「猫!?」
――おもしれー男も居た。
「「にゃーにゃー」」
「……」
「「にゃー」」
そしてソーエンは双子を抱えたまま舞台袖に捌けました。
「ナナさんに興味無くして猫持ち帰っちゃったじゃん」
「捨て猫は保護して立派に育てなければ……ッ!! 捨てた女は殺してやる……ッ!!」
「んまぁ過激な運命に翻弄されそうな主人公っすね」
「どーお? 手法変えたわよ」
「とりあえず百点だ。猫を出した判断は敬意を表する」
「「ごろごろにゃー」」
ソーエンは双子を両脇に抱えながら喉をなでて、ナナさんの判断に太鼓判を押した。でもその点数って猫に向けたものであってナナさんへのモノではない。
ふとラリルレとシアスタを見れば、紙に文字を一生懸命書き書きして採点をしていた。あの二人、今回の件に関して本気だ……。なんで……? そしてロロは相変わらずジっとしてんなぁ……。ラリルレの頭の上から紙を覗き込んでる。
「次はイキョウさんの番です。真剣に取り組んでくださいね」
書き書きを終えたシアスタから、真剣な眼差しでそういわれた。
まぁ、オレは流石にどこぞのバカとは違うから普通にやらせて貰うよ。ってことで、ソーキスをソーエンの頭に乗せてから舞台袖に待機する。
そうして、三度目の寸劇が始まったわけで――。目の前から不適な笑みを浮かべたナナさんがしとやかに歩いて来て――オレとすれ違う瞬間に――酒瓶を落としてきた。
ゴトン、と音が鳴って床に転がる酒瓶。
……とりあえず拾うか。
「……。あの、酒瓶落としたよ」
「あら、気付かなかったわ」
耳詰まってんのかこの女。
「丁度良かったわ、この後時間あるかしら? 拾ってくれたお礼にお酒と、イ・イ・コ・ト♡ してあげちゃう」
「あ、キャッチなら大丈夫なんで」
「くふふ♡ いきましょ♡」
「ははは、そんな強引な……ッ!? や、やめ!? 離せ!? んだこの筋力マジじゃねぇか!? これ劇だぞふざけんな!?」
「男ゲットしちゃった♡」
オレは舞台袖に引っ張られながら強制的にお持ち帰りさせられ――寸劇は終了した。
「運命の出会いってか逆ナンじゃねぇかこんなの!! ロマンチックの欠片もない!!」
「ふむ、だが。ナナはめちゃくちゃにできる旦那が欲しいのだろう。強引に男をゲットするのも悪くは無い。そのバカなど丁度良いだろう」
「くふふ♡ このおバカはだーめ。私がめちゃくちゃにされちゃうか・ら♡」
「だーめ♡」「かーら♡」
「小さい子も居るんだからその辺にしとけなァ……」
と言っても、むっつりなシアスタと純真無垢なラリルレは真剣に書き書きしてるから今の会話は聞かれた無かったようでセーフ。
「ふー……。今のはアリアリのアリですね。ナナさん主導で男の人を捕まえるということは、逆に捕まった男の人はナナさんに引っ張られるような性格の人です。二人の主導権がナナさんにあるのは、求める夫婦のあり方に近しいはずです」
「んふふ~、ナーちゃんの結婚する人ってどんな人なんだろぉなぁ。楽しみだなぁ。
キョーちゃん、男の人的に今の何点でーすか?」
「五十でーすよ。主体性の無い男ならあのままゲッチュされてナナさんみたいな人と結婚するのが良いだろうけど、誘いのテンポが速すぎる。何も知らない男はまず、怪しい店を疑うね」
「ぁわ……! あやしいおみせ……」
「イキョウさんのヘンタイ!! すぐえっちなこと考えるんですから!!」
「コレばっかりはオレ悪く無くない?」
「まぁ、こう言った出会いの形もあるということにしておこう。次は――ソーキスの番だな」
「ふへー……おてやわらかにー……」
オレは、双子を抱えて両手が塞がっているソーエンの肩からソーキスを下ろすと、床に立たせて準備をさせる。
四回目の寸劇もまた、同じ感じの流れで開始された。
ソーキスはてちてちと歩き、ナナさんはしとやかに歩きながら――お菓子の包み落とした。
「お菓子落としたよー」
「あら、ありがと。ねぇボク? お姉さんのお家にいっぱいお菓子あるの。遊びに来ない?」
「中止だ中止。これ事案だろ」
一旦この寸劇を止めさせてもらう。
「ナナさん、ソーキスさんを狙い撃ちはダメです。初対面の男の人って設定で、子供じゃなくて大人を相手してる風にやってください」
オブザーバーシアスタからも苦言を呈されて、ナナさんは再度やり直すために舞台袖に引っ込んだ。ソーキスはお菓子の袋を貰ってパーカーのポケットにしまった。
そしてまた、二人はすれ違う。
「ふへー、ハンカチ落としたよー」
「あら、ありがと。……くふふ、可愛い男の子♡」
「ボクオトナだよー、男の人だよー」
「オトナ? 本当かしら? じゃーあ、試してあ・げ・る♡」
そう言ってナナさんはソーキスに抱きつきながら、胸に顔を押し付けて手を――
「だから事案だっつってんじゃねぇかよ」
「くふふ、冗談よ。お菓子取っただーけ」
「ナ、ナナ、ナナさん!! 今のダメです!! ソーキスさんもえっち!! ヘンタイ!!」
「あわ、わわわわわわ!!」
「そっかぁー、これがおにいさんの気持ちなんだねー……理不尽だなー……」
「だろ?」
「ナナ。子供の前では止めろ、次は無いぞ」
「くふふ、ごめんなさーい。でーも、ソーキスちゃんなら……くふふ♡」
「ふへ……」
ソーキスにだけ、不適で艶っぽい微笑みが向けられる。そんなもん向けられたからソーキスはオレの外套に引っ込んじまった。
「とりあえずコレで一通り終わったけど……収穫あった?」
「こほこほん……! ありました。一つだけ分かったことがあります」
「ほほうほうほう。シアスタは賢いな、教えてくれ」
「ナナさんというオトナの魅力溢れる余裕で素敵な女性だったら絶対に素敵な方を捕まえられるということです!!」
「よぐわがんない」
「ラリルレさん!! 私たちの中から結婚する方が出てきたら絶対に素敵な式をあげましょうね!! 煌びやかで優雅なもう、すっごい良い感じの式を!!」
「ね!! ね!! 素敵をたくさん用意しようね!! んふふ~、楽しみぃ!!」
あぁ、そっか。この二人、結論ありきで全部見てたんだ。素敵素敵に憧れて素敵を夢見たかっただけなんだ。
眼を使ってシアスタ達が書き書きしていた紙を見てみれば、そこにはナナさんとの寸劇を小説化したような記述がされている。素敵な小説を読んで素敵な文章を書きたかったんだね、二人は。
とにかく素敵なことを見て、素敵なことを思い描いて、素敵な文を書いてみたい。全部抽象的な素敵に支配された女の子二人だったってわけだ。
そしてそんな抽象的な思いから始まったこの場は、段々と崩れ始めてる。
ソーエンは双子をごろごろにゃーしてるし、シアスタとラリルレは二人できゃいきゃいしてるし、ナナさんは椅子に座ってソーキスにお菓子を食べさせてるし……。しゃーない。
「……相変わらず自由気ままなパーティだなぁ……。ロロ、最後に一言」
「ラリルレはおもしれー女だ」
「んふ!?」
「あのさロロ。それ褒め言葉じゃないからな?」




