――記述者の無い世界記録①―― 8
夜の街を歩く三人は、途中で双間と別れてココアと恭介はいつもの部屋へと帰る。
打ち上げは、パーッとするのは、明日になった。だが、後は寝るだけとはならず……ココアはずーーーーっと、三人で居るときからずーーーーっと、恭介を抱き締めて放さない。
それは家に帰って、リビングのコタツに入っても変わらず、ココアはずーーーーっと、恭介から離れない。
「っぁ~~コタツが温まっていくぅ。電源を付けて温もりが宿り始めるコタツの熱を感じてる瞬間が、冬における生の実感をココアそろそろ離れてもらって良い?」
「~~~~っ!」
薄手のドレスを着たココアは、髪を華やかに飾ったココアは、“ココア”と呼ばれるたびに恭介の体へ豊満な肉体を押し付けて埋めた顔をすりすりすりすりする。もはや、さっきまで自分の身に起こってたこととか知らない、自分の側に恭介が居て、その存在を感じられて、更に名前を呼んでもらえることが心を嬉しさで満たして自分を止められない。
「ココア、お化粧服に付いちゃうからやーめて。あと、顔見たいからみーせて」
ココアは言われてすぐに顔を上げる。彼女が顔を擦り付けていた恭介の服には、化粧の色が移ってはいるが、だからと言ってココアの顔が崩れているわけではない。元々綺麗な顔を厚く彩るほど化粧は施されておらず、精精口紅やアイシャドウがぼやけているだけだ。
「きょーすけさん、ココアだよ! ココアだよ!」
「んもー、名前呼んじゃってくれてかわいー。
そーだよ、ココアはね、ちゃんとココアだよ。お前をちゃんと知らない奴等が呼んだココアじゃなくて、お前を道具としか見てない奴等が呼んだココアでもなくて、漫然としてたお前が識別してたココアでもなくて、ちゃんと、ココアがココアだって言える、お前のココアなんだよ」
ココアは難しい事は分からない。それでも、恭介から言われた言葉は何となくだけど分かって、だが何より自分の名前を連呼されたことが嬉しい。
また抱きつきたくなる、すりすりしたくなる。でも、恭介の顔を見たならこのままずっと見ていたい。だからココアは、柔らかい腕で恭介に抱きつきながら、すりすりは我慢して顔を見上げる。
「きょーすけさん! ……えっちしたい!」
「んげード直球じゃん。……んまぁ……オレも自覚ある最低やろうなんで、試験も終わったし、ずっとえっろいなぁって思ってたお前からそう言われたら……するよね」
「一緒にお風呂入りたい! でも、おしっこしたいからトイレいこ! 私がおしっこするとこ見て興奮して! 拭き拭きして、触って!」
「んもー、しょうがないなぁ……まずトイレしよ。おしっこしたいならしよ、しろ」
「……でも……ベッドまで……私も我慢するから、きょーすけさんも、そこまではがまん……して? えっちなゲームみたいに……えっちな、いちゃいちゃ、したい…………」
「なにそのリクエスト多いしおらしさ……。分かったよ、まかせんしゃい」
――――ココアは、天性のドスケベだ。そのドスケベさを、感情的に人へ向けるのは初めてだ。今まで人に向けたことのないドスケベさは、大好きな恭介を前にして初めて解放される。
二人で過ごす時の中で、トイレに行ったり二人でお風呂に入ったり、触り合いっこをする中で、ココアの口数は次第に少なくなる。だがそれは緊張ではない。緊張で言葉が生まれないわけじゃない。
……二人は、湯船で温まった体が、エアコンによって部屋の暖かさを感じながら、ベッドへとついている。恭介は横になって、ココアはその体に跨って。
「……なんかさ、お前異常なほどに顔紅くない?」
ココアからの返事は無い。
「……あとアホほどさ、甘い匂いするんだけど?」
ココアからの返事は無い。
「……オレの両手に指絡めてガッチリ掴んでくるのなんなの?」
ココアからの返事は無い。
ココアは、熱い息を繰り返しながら、細めた目で潤んだ瞳で紅い顔で、恭介を見つめている。体から、ココア特有の色香を放ちながら、恭介の体に跨っている。
交わりたいからだとか、子種が欲しいからだとか、この人を自分のものにしたいだとか――。そういった意志はココアには無い、無い程に、余裕が無い。生まれて初めて、このスケベな体で初めて……ただ完全に発情しきった止め処ない性欲を……目の前の大好きな男へぶつけたいだけだった。
「きょー……さん…………私、がまんできない……かも……」
「お前くっそ熱い息吐きながら“かも”のつけたししてる時点で自分でも分かってんだろ――――。遠慮すんな、オレもこの目や手技を持って、我慢してた分全部お前にぶつけてココアが満足できるようにしてやる」
もう、言葉とか、そんな、要らなかった、ココアには。恭介からの返事なんてもどうでもよくて、手を握ったまま体を倒れこませて――恭介の唾液を貪るように、発情しきった体の熱い口を彼へと押し当てた――。
* * *
打ち上げの約束をしていた双間は、昼頃に恭介の家を訪ね、壊れて鍵が機能していない玄関を開けて中に入る。
「甘いな」
マフラー越しですら感じる匂いに言葉を吐いて、そのままリビングへ入ると――爛れた光景や甘い声を横目に、冷蔵庫から酒を取り出し、テレビの前に座ってゲームをし始めた。
途中、ココアから『そーま、さんも……♡ いい、よ……っ♡!』と誘われガン無視をし、ゲームをし続け二時間ほどが過ぎ…………。
区切りが付いた二人を横目に、双間はゲームの区切りが悪くて未だ画面を見続けている。
「そ……ソーマ………」
「やつれたな、お前。まさかお前が負けるとは」
「ま……負けてないけど……? いやでもマジでヤバイ……性欲の強さも具合の良さもココア以上を知らない……。でもしょーがないじゃん男女の差で搾り取る側の方が有利じゃん……」
「私も、もう、幸せいっぱい、気持ちよさも、限界……初めて……! きょーさん、ん~~~~っ!」
ココアが抱きついて、恭介はそれを抱き止めて、二人はベッドの上で抱き合っている。
「風呂に入れ」
「オレ動けないから先ココア行っておいで」
「私も動けないから嫌。お腹の中に詰まってるきょーさんのえっちなお汁零れるの嫌。このままぎゅーってしてて欲しいから嫌。ぎゅーってしてるとお乳の先っぽきょーさんの体でしゅりしゅりできるのは好き」
「ふぅ、やれやれ」
――双間は、二人の体を担いで――風呂場へと放り込んだ。その拍子に二人は風呂釜へ後頭部をぶつけて頭を抱える。
「いっったああああああああああああああああ!?」
「ぁぅぅ……」
「部屋の換気はしておいてやる、打ち上げの準備もしておいてやる。その頭の痛みが切り替えの合図だと思っておけ」
そう言って双間は風呂場の扉をぴしゃりと閉めた。
「ぅぁぁ……。……ぇへへ……なんか、嬉しい……私の扱い、きょーさんと同じ……みたいで……」
「後で痛い目みるぞ、アイツ無関心な奴には容赦ないけど気心知れれば遠慮無いから」
「良く分からないけど、仲良しって感じでそうして欲しい……! きょーさん、掻き出すの手伝って……? 今はお薬無いし、子供できちゃったらえっちできなくなるみたいだから、きれいにして……?」
「はいよー。オレもお前ともっとえろいことしたいし、今度保険証とってアフターピル貰って来ような。偶然にもオレのバイトの雇い主が何でも出来そうな謎のお人だから、ちゃーんとオレと双間で、ココアがココアで在れる身分作れるようお願いしてみるよ」
「抱き締めながら赤ちゃんのお部屋ぎゅーってやめて……♡ あ、まって、あぅッ♡!」
――――ほかほかになって戻った二人は、されど双間が居るなら、そして自分達もそれを楽しみにしていたから、ジョッキを片手に音を鳴らす。本来は、昨日出来たはずの事を、今日の昼間から執り行う。
初めて、ココアはこの時に酔う事を知った。今まではどれだけお酒を飲まされても、冷めて呆然として詰まらないお酒に酔う事はなかったが、楽しさに包まれながらいっぱい飲んだこの日は違った。楽しいし、美味しいし、お酒のふわふわとした酔っ払いが沢山欲しい。
酔ったまま、ふわふわとした頭で、双間の膝に座ってみた――――何をされる事もなく、座らせてもらえた。ただ膝に座らせてくれて、つまみや酒を無言でココアの側に寄せてくれた。……酔った頭をしていても、それがココアの思い出にはしっかりと残る。
――――ココアは、初めて自分の限界を超えて飲み、気持ち悪くなって吐いた。察知した二人が、流しへと連れて行ってくれて、吐いている最中も背中を摩ってくれて、気持ち悪さで吐いているのに二人の手が気持ちよかった。
吐いてからは、床に横になりながら二人に甘えた。自分の下に呼び寄せて、二人に膝枕をしてもらったり頭をなでてもらったりして、安心と心地良さに包まれながらコタツで寝落ちした。そうなるのも当然で、夜通し恭介とえっちしていたココアは、しかも初めて発情しきったえっちをして体が疲れ果てていた。
だが、では、居る。もっと徹夜していたものが。
テスト勉強で徹夜し、ココアとのドスケベえっちをして、二徹をした男が。
「フっ……クックック……出始めたぞ、クマが。パンダではないか」
「ソーマが笑うんなら何徹でもしがいがあるね」
二人の間で、ココアは恭介の膝に頭を預けながら静かな寝息を立てる。その寝息に、双間の笑い声と恭介の満足そうな声が重なった。
「さっきさ、お風呂入ってるときにそろそろココアの身分証作らなきゃなって思ったのよ」
「俺達が強行するよりは――」
「そう、雇い主にお願いすんぞ。きっと謎のあの人ならやってくれんでしょ」
「だろうな。俺の銃弾もお前のナイフも、仕事の備品も、言えば足も付けずに補充する輩だ。
――――まぁ、だが、それよりも見ろ」
「何さスマホ向けてきて……うけけけけけ! もうネットニュースにあがってんじゃん! SNSも大盛況! こりゃぁ関係各所のご声明が楽しみだわぁ! ――じゃあ、残りも近日中に殺すか」
「ああ」
すやすやと眠るココアの頭を、二人は撫でながら酒を呑み、今この瞬間は大切にして時間を過ごしていた。
* * *
しがらみが消え、そして呆然とした生きているだけの楽な日々を過ごす事を止め、自由な人生を楽しむ道を選んだココアは、過ごす日々の中で様々な体験をしていく。
他人からしてみれば些細な事も多いだろう。だが、彼女にとってはどれもが大きな事で、生まれて初めて世界というモノにしっかりと触れ感動を覚える毎日だった。
三人で散歩して、公園や川辺、街中を気の赴くままに歩いてみた。お店では恭介から渡されたお金を使って、ちゃんと計算しながら欲しいもの“選別”し“選んで”買った。双間と一緒に本屋に行って、沢山ある本の中から、しっかり自分で“気になり”“選んだ”ものを買った。少し遠出をして、遊園地にも遊びに行った、帰る頃には足が棒になるほど疲れて、恭介におんぶして貰いながら岐路に着いた。
冬のイベント、クリスマスは知っている。でも、彼女にとってのその日の特別さなんて、お客から欲しくも無いプレゼントを渡されてお店の人に流すだけのイベントだった。しかし今年は、双間が赤いコートと白いマフラーをして、恭介はコスプレ用のトナカイの服を着て、雪の降る町を彩るクリスマスムードを楽しみながらはしゃいで、夜は美味しいクリスマスディナーを三人で堪能した。
大晦日は恭介の家で三人コタツに入りながら、テレビを見てのんびりだらだら過ごした。そのだらだらは、年越しの瞬間に賑やかさへ変わり、そのまま深夜の初詣へと向かった。
恭介と双間はずっと、自分と一緒に居てくれた。聞けば、二人は“冬休み”という少し長いお休み期間中なのだとか。その長いお休みの中、恭介のスマホはしょっちゅう鳴っていた。ココアだって、ケータイの意味を知っている。ケータイは連絡を受け取るものだ、たくさん鳴っているということは、たくさんの連絡が、もしかしたらいっぱいの人から連絡が来てるのかもしれない。しかし、恭介はココアの側に居るときはあまりスマホを弄らず、返信も手短に済ませて、一緒に居る時間はココアに意識を向けてくれていた。
反対に双間のスマホは、あまり通知音が鳴らない。鳴っても、連絡の通知ではなくゲームの通知音だった。でも、双間がやっているケータイのゲームには可愛い女の子がたくさん居たから、ココアが側に寄ってじーっと見ていたら……お古のスマホを貰って、いっぱいのゲームで双間とふれんどになった。他にも、双間がちっちゃいゲーム機を弄っていたのを側で見てたら、次の日には買って来てくれて、恭介も交えて三人でつーしんきょうりょくぷれいというものをした。
ゲームと言えば、おっきなゲーム機があること、そして恭介が『めんて』と『あぷで』が終わるのを楽しみにしていた代物がある。だが、ココアが側に居るからと、ゲームよりも自分を優先してくれた事が嬉しい。因みに双間は自宅に帰っている間普通にプレイしていた。あと双間は、恭介がゲーム内で『ついにあかばんを喰らった』と噂になっているという話をしていた。
時たま、二人は“バイト”があると言ってお金稼ぎに出る。ココアは置いていかれるのが嫌だったし、二人がしているなら自分もしてみたいし、やりたいことをするためにはお金が必要だと知っていたから、二人に打診してみた。
そしたら、恭介が多額の金が入っている通帳を渡してきた。曰く、今までココアが働いた分のお金と巻き上げた迷惑料が全て入っているそうだ。しかし、お金よりも優先されるのは、二人と同じ事をしたいと言う思いだ。
だからココアはお金があっても、二人へバイトをしたいとお願いした。そしたら――
『仕事内容の割りにクソほど給料安いぞ……普通にバイトするよりはちょっと多目かな? ってくらい』
『中抜きをされているのか、それとも俺達の備品を揃えるのに出費が嵩んでいるのか』
『んまぁ割と自由にやらせて貰えるからそこまで文句ぁ出ないけど…………とりあえず、ココアがしたいって言うなら雇い主にメール送ってみるよ。えーっと……。
<拝啓雇い主
恭介です。そちらはお元気ですか、こちらは冬休み満喫中です。
一緒に働きたいって言ってる子いるんですけど、行けそうな感じですか? あと、この前のクリスマスパーティの写真添付しときますね。その写真に写ってる赤い髪で白メッシュ入ってる子です、戸籍と身分証作って貰った子と同一人物です。何卒とは言わないまでも宜しくお願いします。
追伸。そっちのクリスマスの様子も見せてください。>
送信ぅ!』
『二人の雇い主さんってどんな人なの?』
『え~……正直良く分からない。とりあえず、あんな仕事回してくるんだから表の人間じゃない。メール内容淡白なのに、たまーーーーにこっちの心配してくれる内容だったりご飯の写真とか風景写真添付してくるのは、絶対別な方。あっち二人体勢でオレ達に連絡取って来てる』
『かく乱目的なのか、写る写真の景色は様々な国のものだ。飯も同様にな。極たま土産なのかボーナス報酬なのか、俺とこいつの家に各国の食い物を送りつけてくる。何度かその荷物を頼りに正体を辿ったが、突き止める事は出来なかったな』
『二人のバイト……怪しいバイト……! ゲームやマンガみたい!』
『そんな華やかなモンじゃないよ――っと。返信来た。えーっとなになに……。
<許可する>
あ、これ何時ものほうだ。――――待ってもう一通来た。じゃあ多分違う方からもだ。
<ごめんね、画像添付忘れちゃった。そっちは楽しそうで何よりだよ、こっちは偶然北極に行ってたから、クリスマスの夜空に浮かぶオーロラの画像あげるね。メリークリスマス!> うーん、絶対こっちの人良い人。でもたまにピースとか写ってると指ゴツイわ刺青あるわでクソ厳つい奴なんだろなぁ……』
『まぁ、所詮は仕事相手だ。金を振り込んでくれればそれでいい。
許可も下りたことだ。早速仕事に取り掛かるぞ』
『良かったねココア。因みに今日のバイト内容は小包を運ぶだけだから、初めてでも簡単に出来るお仕事だよ』
『頑張る……!』
――三人は爆発に晒され大勢に追い回されながら、彼等も知らないダミー企業から魔術師協会の支部まで魔術的物品の運搬を行った。
ココアは、三人で居ればどんな事でも楽しかった――いや、嬉しかった。二人が居れば、そして居てくれれば、どんなことだって何だって出来ちゃうと思うくらい、彼女にとっての二人は全てを照らす光りだった。
二人が居れば、気持ち悪い男も全然気持ち悪くない――――と、いうよりは。ちゃんとした服を着て、普通の町を普通に歩いていると、男が全員気持ち悪い視線を向けてくるような者達ではないと、ココアは理解した。勿論、向けてくる者だって居る、だが、それは少く、全員ではない。ココアが今まで置かれていた環境や扇情的な服装、ああいう店だったからこそ全ての男が性欲を向けてきたのであって、普通の町で露出の少ない冬の服装をしている自分に向けられるのは、『可愛い』という視線だった。だがそれでも下品な目を向けてくる輩も、恭介と腕を組めば『んだよ男居んのかよ』と、悔しさと恨めしさを抱くような目をして去って行く。極々たまーに、それでも恭介や双間を舐めて自分を取ろうとしてくる気持ち悪い男達がいても、すぐ裏に連れ込んで二度と自分の目に写らないよう徹底的に冷淡に処理してくれる。気持ち悪い男がどうなろうとどうでも良いが、二人が自分の為に静かに怒ってくれるのは、好きだった。
二人が居てくれれば、二人と一緒なら、二人が自分を可愛がって甘やかしてくれるのが――だが、その時間も、二人が“冬休み”というものを終えたことで、一端の終わりを迎える。
約二週間ほど、二人とずっと居た。その二週間こそがココアにとっては永遠の時間で、永遠に続くかと思っていた時間で…………いつも二人が居た部屋に一人だと、取り残されたような感覚を心が覚える。
二人が居るときもお勉強は続けていた。二人が横に居てくれて、色んな事をたくさんいっぱい教えてくれてたのに、今は居ない。
楽しいゲームも、三人で一緒にしてるときが一番楽しくて、一人でスマホやゲームを弄っても味気ない。
パソコンでえっちなゲームをして、えっちな女の子をたくさん見て、自分もえっちなことをしても、恭介とのえっちより気持ちよくない。
マンガを読んでてもアニメを見ても、いつも自分が読んでると横でそわそわしながら『早く話がしたい』という雰囲気を醸し出しながら見終えることを待つ双間が居ない。
ご飯も、自分で作って食べて、美味しいには美味しいけど、恭介や双間とお話しながら食べるご飯よりも美味しくない。
恭介や双間が居る事が当たり前だった二週間は、十七年生きた中で何よりも楽しい二週間で、たった二週間だったはずなのに二人が居ないと、寂しい。
今のココアは、やる事はたくさん得たはずなのに、一人で何をやっても虚しさを感じてしまう。その虚しさは寂しさで、その寂しさはどうにも埋めることが出来なくて、いつも二人で寝ているベッドの中で丸まり、匂いで恭介を感じながら寂しさを埋めたくて自分を慰めることにした。
件の二人もまた、ココアが寂しがっていると言う事は分かっていて、大学終わりに二人で帰宅した。そしてリビングで見るは、お風呂に入ってほかほかしながら、ベッドにちょこんと座ってボーっとしてるココアの姿だった。
だが、ココアは以前のように何も考えずボーっとしているのではない。考えている事があって、その一つに囚われて、ボーっとしているのだ。
それが分かってる二人は、コタツに入ってココアを呼び寄せると、三人でお話合いをする。
『日中、一人で暇だった?』
『……すっごく、暇だった…………。きょーさん、双間さん、学校って、楽しい?』
『その問いの答えは今も前も変わらないよ。けど、今のココアは学校に行く意味があって、この問いもオレ達の答えに委ねたものじゃない。オレ達の言葉で左右されるほど、今のココアは漠然としてないから』
『一人が暇なら俺のように、このバカのような奴を作る場が必要だろう。俺もまさか、高校ぐらいは出ておくかと思っていただけが、このようなバカみたいな奴と出会ってここまでの腐れ縁になるとは思ってもみなかったがな。
何が起こるか分からない道を選ぶのはお前自身だ、ココア。今のお前には選べる意志がしっかり宿っている。勿論、俺達はお前が何を選ぼうが全力で手助けしてやる』
『んもぉお前ホント甘いやつぅ。……だからね、ココア。思ってることを言って良いよ、自分が選ぼうとしてることを、オレ達に聞かせて』
『…………。……。学校、行ってみたい。二人と、同じ、ガッコー、に……』
『あいよ任せな。こんなこともあろうかと、お前のでっちあげてもらった経歴はちゃんと大学に入学できるようにってお願いしてあっから』
『お前は無学だが無知で無い事は知っている。だが、俺達が通うバカ大がどれだけバカであろうとも、現状で何もせずやすやすと受かるようなものでもない。
今からだと三月末の後期日程を見据え、受かりやすい学科を狙い撃ちするぞ』
『にってー? がっか?』
『んまぁ、そこら辺はおいおい説明するね。とりあえず、事前に学校で働いている人達やセンセー達から、学校に受かるためには! 何処が入りやすい! っての聞いておいたから、そのための勉強していこ』
『試験問題を盗めば良い話だがな、俺達もあのジジイにどやされて不正をせず入った。バカ正直に進級試験を受けるもの、不正をしてあのジジイに化けて出られては困るからな。ココアもまずは、真面目にやってみろ』
『ジジイさん、良く聞く二人のおじいちゃんだ。ジジイさんは名前なんていうの?』
『どんな名前だったっけね、クソジジイはクソジジイだよ』
『だな。ジジイはジジイだ。名前すら忘れてやる、あんな煩いだけの老人など』
『でも、二人がジジイさんの話するとき楽しそうにするから聞くの好き。聞かせて?』
『んまぁねぇ。これからいっぱいお勉強するんだから、お勉強しながら、色んなお話でもしよっか。オレの変な過去も、歪な生き方も、ちょっとずつ。お前には語る必要も意味もあるだろうよ』
『…………ココア、猫は好きか』
『うん……! 好き、ふわふわしててもふもふしてるの可愛い。双間さんに集まってくる猫ちゃん達全員大好き!』
『…………そうか』
優しい声色と、優しく頭をなでる双間の手は、とっても暖かくてでも何処か寂しい。
ココアは思う、呆然と生きていた自分にも、呆然と生きることとなった過去があり、二人にも二人の過去があるのだと。だがこの時、人間味を感じられるのは双間のほうだった。双間は、大切な何かを思っているような、そんな気がした。
だから膝に座ってみれば、双間は抵抗しない。寧ろまた、頭をなでてくれる。その手つきは、可愛がる者を知っていて、慣れた手つきのようで――その光景を見た恭介の顔は、少しだけ笑ってた。二人の過去を知らないココアは、双間の哀も恭介の空虚さも分からない。たが、それでも、分かり合っている二人が多くを語らないなら、ココアは双間へ背を預けてその手を受け入れるのだった。
* * *
ココアが抱いた、二人と同じ学校に通いたいという願いは――
『ココアは教えればちゃんと理解するんだもんなぁ、すげぇや』
『情報の処理能力自体は高いのだろう。パソコンやゲーム、スマホの扱いも、触れた事が無い割にはすぐに理解していた』
『はぁぁぁぁあ! オレの方が先に気付いていましたァ! レンジの使い方教えたときに一発で理解した時点で分かってましたァ!』
『同列に語るなバカが』
『……えへへ、私すごい……』
二人からの教育と――
『っすぅ…………優しい方の雇い主から、
<勉強の要点と二人の大学に受かる為に必要なこと纏めた資料送ったよ。参考にしてね。> と、先程メールが来ました。その資料、さっき届きました。この優しい方の雇い主のことだから、さっき資料が完成して、何らかの手段ですぐに送ってきやがった。ウェルカムソーマ、そのダンボール三箱が送られてきた資料』
『…………。……ふむ…………そこいらに出回っている教科書よりも分かりやすいな。…………成る程な』
『ね。気付いたでしょ。多分、淡白な方もこの資料作成手伝ってる。資料によってクソほど些細だけど差が出てる。
ココアぁ、勉強頑張ろうなぁ。オレ達以外にも応援してくれてる人居るよぉ~~~~』
『うん! 頑張る! 沢山、いっぱい、頑張る! 今日はもっと頑張るからご褒美のえっちいっぱいして!』
『もち!』
『双間さんも一緒にしよ!』
『ほざけ』
予想外の手助けを借りながら――
ココアは、周りから貰ったものを一つも無駄にすることなく、積み重ねたものを携えて自ら抱く願いに挑んだ。
試験はとっても緊張した、初めて、心臓が口から出そうなほど緊張して、鉛筆を持つ手が震えていた。面接は、店で培ったトーク力を駆使して、それでもあんな呆然とした上辺じゃなくて自らの本心を話した。だが、そんな中でもしっかりと、お見送りしてくれた二人の姿が頭にあるから、それを思えばどんなことだって大丈夫だって思えた。
しかしそれでも、試験が終わった後の数日はずっとそわそわしていた。恭介も双間も、同じ部屋で三人そわそわしながら泊り込みでずっと結果を待っていた。
部屋に鳴り響いたチャイムには、ココアよりも早く二人が反応して玄関を開き、それが勧誘や集金だったときは、二人がキレながら凄んで二度と来ないよう追い返していた。
――合格通知が届いたときは、ココアよりも二人がもっと喜んでくれた。そして、合格した安心にココアが涙を流して大泣きすると、そのことすら祝いであるかのように二人はこっそり買い込んでいた食べ物や飲み物を盛大にココアの前に広げて……それもまた嬉しくて、ココアは大泣きに大泣きを重ねた。
入学式は、二人が買ってくれたスーツを着て参加した。豊満な体を持つココアは、タイトなスーツによってボディラインが強調されて周りから視線を向けられる。だが、二人は入学式の会場まで着いてきて、保護者同然の振る舞いをしながら周りを牽制してくれた。それでも新入生が座れば二人から離れて、周囲の男子からは好機の視線を向けられる。だけど、入学式の会場を振り向けば二人が座っていてくれて、視線を向ければ絶対に手を振り返してくれるから、ココアにとっては二人が居てくれるだけで安心があった。そして、勇気を振り絞って、隣に座っている女子に話し掛けて、ココアは初めて同世代の女子と会話に華を咲かせる。――スーツの女の子、えっちだなって思いながら。
入学式が終われば、すぐに二人と合流をして――入学式が終わったのなら、それもお祝いだと、会場近くの飲み屋を梯子し、家に帰っても買い込んだ酒を呑んで三人で夜通しお祝いをした。
入学式が終われば、ついに登校だ。学校――大学、学び舎。ココアにとっては初めての、今まで体験する事のできなかった環境へ、足を踏み入れる。
桜が舞い散る春の大学は、一度敷地を越えれば多くの者達がサークルや部活の勧誘をするために新入生へと声やビラ、宣伝を向けて騒がしさが犇めき合っていた。
ココアが初の敷居を跨ぐとこまでは、恭介と双間が居てくれた。だが二人はやることがあると言って姿を消し、ココアは一人でその騒がしさの中へ足を進める事となる。
ココアがその騒がしさに感じるのは、漠然とした『すごい……!』という感想だった。同世代が沢山居て、色んな人達が賑わいを見せていて、学校という若者溢れる場がその若さを正しく表現していて――決して、同世代が居てもあの爛れた場所とは違っていて。
彼女が知らない学校の騒がしさは、しかしあの二人の騒がしさとは違う気がする。だが、ココアにとっては新鮮な騒がしさに包まれながら、色んな声掛け――男はどうでも良いから愛想良くあしらって、女の子からの声掛けには興味を向けながらお話をして、入学式で一緒になった子を見つけて、そしたら同世代の女子が集まってきて――桜の花びらと賑やかさに包まれながら、だけど止めどない勧誘の中を歩き――。
まるでお祭りのような状況の中、ココアは立ち往生する。その可愛さゆえに、そして、可愛い女の子の側に寄るのは自分を魅せられる子達故に、多くの男達が集まりターゲットにされる。
女の子に囲まれてる事と、どうでも良い男に囲まれてるココアは――何を思うよりも前に、喧騒の中で一際煩い声を耳にしたことによって、不快感など一切覚えなかった。
「おらおらどけどけー!」
「道を開けろクソ共が」
「やべー! 恭介と双間だ! お祭り騒ぎに乗じてまた何かする気だぞアイツ等!」
「いいじゃねぇか今度は何してくれんだよ!」
人がごったがえしているというのに、その声がする場所は人が割れて道を作る。中には、混乱している新入生を助けるように、しかし楽しそうに引いて道を作り、アイツ等見とけと言って花道を開いていた。
人並みをモーゼのように割って走り抜ける二人は、ココアまで駆け抜ける――その両肩に、なにやら大筒を担ぎあげながら。
そして、人に囲まれているココアの下まで馳せ参じて両脇に控えれば――周りの者達が何かを察したような顔を浮かべつつ口を開いた。
「なんだぁ? もしかしてこの子お前ら二人の知り合い?」
「じゃーやめだやめだ! 皆勧誘すんなよ何しでかすか分かったもんじゃねぇーもん!」
可愛い子なんて何のその、もはや二人の関係者と言う時点でそーゆー奴等の身内と認定された。
「ここあちゃん……この人達だれ?」
「皆すっごい笑って見てるけど、人気者……なの?」
困惑する新入生は、唯一頼れそうな新入生であるココアへ声を掛ける、が。それよりも早く周りから野次が飛んでくる。
「新入生の子達! こいつらと関わらないほうがいいぞ! 恭介、双間、はよサークルに遊びに来いや!」
「何やらかすか分かったもんじゃないからね! 私達のとこにも早くきなさいよ! 試験終わりの飲み断ったの根に持ってるからね!」
何か、不思議な野次。独特の野次。望まれていないようで望まれてる声。
……ココアはちょっと、むっとする。独占欲みたいなものが、この野次を聞いてむっとさせる。
「うけけけけけ! 呑みや遊びなんざ後だ後! こちとら今日のめでたい日の為に用意してたもんがあるんだよ!」
「かますぞ」
二人は担ぎ上げていた大筒を地面へと叩きつけるように降ろし、同時にマッチを擦って火種を筒の中へと投げ入れる。
「嘘だろ!? お前らもしかして――」
「やっぱ頭おかしいわアイツ等……!」
「祝、ココア入学おめでとう記念!」
「大学無許可祝砲――」
「「発射!」」
二人の言葉と共に打ち上げられたのは、音を上げながら春の桜吹雪や喧騒をも掻き消し、明るい空に色を付ける閃光の華だった。
その華が開けば周りは沸き立ち、事情を知らない新入生達は自分の入学を祝う催しとすら思ってしまう。
だが、件の中心に居る者や、周りを取り囲む者達、二人を知る者達は、これが誰が何をしたのかを知っていて――。ココアに疑問を向けていた新入生や、彼女を知らないまま勧誘していた者達、取り囲む者達から三人は視線を向けられる中……ココアは二人の腕をグイって引いて、腕を組みながら周りに宣言する。
「あたし――キョーパイセンとソーパイセンの可愛い後輩、ココアちゃんっス!」
満面の笑みを浮かべて宣言するココアの言葉は、あの悪童二人の後輩と知った者たちから沸き立つ歓声を生み、新入生達からは『ここまで人気者の先輩達と知り合い……凄い!』と、尊敬のような眼差しを向けられた。
しかし何よりも、恭介と双間から向けられる笑顔をココアは一番に感じていて――
「おい! またあの二人だ! 絶対アイツ等だろ花火上げたの!」
「貴方達なにしてくれるの! 今回ばかりは擁護してあげられないわよ!」
――だが、まあ、あのようなことをすれば、大学の教員や職員達も駆けつけるわけで――。
「やっべソーマ! ずらかるぞ!」
「逃げたところで学長とまた長話をすることに変わりはないがな」
「恭介と双間が逃げるぞ! 皆、体裁保つ為に逃げ道塞げ! 無関係装え!」
「センセー達ー! 私達しりませーん! 二人が勝手にやりましたー! ここに居る新入生の女の子達は関係ないデース!」
二人が逃亡を図る中、在校生は逃げる二人の妨害をしようとする。そんな人ごみの壁を、恭介はスルスルと抜けて行き、双間は跳んで体や顔を踏みつけながら、二人は慣れているように、周りも慣れているように、逃亡劇を繰り広げていた。
そんな二人が楽しくて嬉しいからココアは笑い、先輩や同学年から向けられる言葉にもえっへんとしながら返し、ココアは二人の後輩として大々的に周りに認知されながら、新しい日々の扉を開けたのだった。
――――そんな春を迎えているココアを祝うように、恭介の家へは名も無き封筒、少しばかりのお金だけが入ってる封筒が投函されたのだった。まるで、おめでとう、と言う言葉を伝えるように。
* * *
「うむぅぁ~……」
物が散々に散らかった部屋で、寝起きの気だるさを表した声が鳴る。
「……懐かしい夢を見てたようなぁ……見てなかったようなぁ……っスぅ~……」
肉感溢れるむちむちメイドは、低血圧で寝ぼけた頭のまま、ぽわぽわしながらベッドから出る。目覚めた時間帯は、自分で起きるには珍しい早朝の時間帯。この時間になるととある二人が一階の食堂に下りている事は分かっているから、無意識にぽやぽやぽけぽけとしたままに廊下へ出て階段を下りて行く。
ふらふらとした足取りと、寝たり無い寝ぼけ眼はスルメイドの歩みを不安定なものにし、階段の段差を踏み外して落ちそうになってしまう――が。
「やれやれ。早朝に珍しく自分で起きてきたと思ったが」
「九割寝てるなこれ」
「……にへへ~」
転びそうになった体が、最も一番世界中の誰よりも信頼してる二人に支えられて、ヤイナは力の篭っていない柔らかい笑みと声を上げて、ほとんど寝ている心も体も二人に預けた。
「あまやかしてぇ~……ソファぇひざまぅあぁ~……むにゃぁ……」
「やってやれ」
「……んまぁ、な。へいへい。休憩スペースの方に運んでやっか」
優しく抱き上げられ、運ばれていく感覚をヤイナは覚えながら、抱っこされてる事や安心感、側に居てくれることに満足をして、ホッとした心は二度眠への誘いへ転じる。
それは、ソファで膝枕をしてもらいながら横になっても。だが、ちょっとだけ眠るのは勿体無くて眠るまでは起きていて。
「あたまなでてっすぅ……」
「へいへい」
「いひひ……ぇへへ……」
二人は何処にも行かない。ずっと一緒に居てくれる。それが変わることなんて絶対にない。それは勿論、二人はどんな事があっても何だって大丈夫だっていう漠然としているが絶対的な信頼感があると共に、いや、それ以上に、二人はとっても甘いし甘やかしてくれるし甘えていい二人だから、自分がどこかに行って欲しくないって思ったら何があっても絶対に一緒に居てくれるって分かってる。だって、本当に、二人は身内にあまあまな人間だから。
ヤイナは寝ても、次に目覚めるときには絶対に二人が居てくれることが分かっていて、安心しながら目を閉じたのだった。




