――記述者の無い世界記録①―― 6
徹夜した二人はそのまま大学へと向かってしまい、ココアは部屋で一人になる。しかし今の彼女には、やる事がいっぱいある。恭介から言われたドリルのお勉強、双間から貰ったぱそこんでのゲーム、貸して貰ったまんが、ぶるーれい、そして『行ってらっしゃい』をしたんだから今度は『おかえり』を伝える待ち遠しさ。一人の寂しさを感じる暇も無く、楽しみが溢れて止まない。
ココアはまず、お勉強から始める。恭介から『今日からはこれも必要だね』と、鉛筆削りを渡され使い方を教えてもらったため、芯が減っても文字が書ける。昨日、彼女はドリルへ夢中でかじりついていた。そして今日も、同じように夢中になったたくさん書く。だがそれは、勉強が好きだからと言う理由ではない。これらのドリルは、彼女が生まれて初めて自分の意志で買った、選んだ、ものであり、彼女がこれまで学べなかったことへ意味があることを教えてくれる物でもあり、恭介が『いっぱい書け!』って教えてくれたものでもある。いっぱい書けば恭介が褒めてくれて、ドリルを解けば漠然としてた自分の生き方や考え方が形を持ってくれる気がする。だから勉強自体が好きなのではない、自分で選んだドリルを解くことが、今の彼女にとって夢中になれる理由だった。
たくさん書く、昨日よりも速く書ける、鉛筆の芯も昨日より早く減る。でも、減っても恭介に教えられたとおりに削ればまた書ける。
勉強をしていれば時間が過ぎて、過ぎた時間はお腹に空腹感を生む。
お腹が空けばご飯の時間だ。でも今日のお昼ご飯は、昨日のお昼ご飯とは違う。恭介が書いてくれたメモの通りに、パックご飯を温めてお皿に盛り、カレーをかけて再度温める。レンジを開ければ湯気が昇るご飯を見て……ココアは、若干だがどこか満足気な表情を浮かべていた。
飲み物を用意しようと冷蔵庫を開ければ――パックジュースが数本と、『頭使いすぎると疲れちゃうから甘いものお飲み』というメモが入っていた。ついでに何本かのエナジードリンクが入っていて……『ゲームは酒かエナドリ飲みながらやれ』とぶっきらぼうで鋭い文字のメモも、あった。
ココアは暖かいご飯と、優しさで用意されたジュースをコタツに置いて食べ始める。昨夜恭介と一緒に食べたご飯よりは美味しくない、でも、昨日のお昼ごはんに比べれば、体も心もぽかぽかになった。
食べ終わった食器は――片付け方や洗い方など知らないが、恭介が酒の缶を水で濯いでいたのを思い出して、真似して水を掛けてみる。それだけでカレーの汚れは落ちないが、彼女なりには『多分……洗えた』と思って、流し台の空き缶が置いてあるところに並べて置いた。
昼食が終われば、昨日はやる事が無くなったと思う時間が訪れた。だが、今日はそんなもの訪れない。空いたコタツの卓上にパソコンを乗せて、双間から言われた通り|ぱそこんが寝ている状態を解除して、まうすを動かしながらげーむを立ち上げてみる。
――タイトル画面を見て、ココアは感動した。可愛い女の子が並んでて、誰かが可愛い声で題名を言ってくれた。可愛い音楽も流れてる、画面のデザインも可愛いで溢れてる。尚、双間と一緒に起動した際はプレイまで感動はとっておけと言われ、起動画面で強制終了させられていた。
そしてココアは、『はじめからを押せば全てが始まる』『なんか哲学的』という言葉を思い出して、物語への扉を開いた。
――女の子が喋ってる、たくさん出てくる、読めない文字も振り仮名を見ずとも読んでくれる。ココアは夢中になってパソコンの画面を見続け、セリフなど送ることなく全部の声を聞いてから先に進む。
時たま、知らない言葉が出てくることもあった。でも、恭介から『これ、使い方教えるから好きに使って良いよ』と渡された電子辞書で調べて、言葉の意味をちゃんと覚えてから先に進む。
マンガとは違い、絵で全部は説明してくれない。だが、ココアにとってそれは些細なことで、彼女が何より求めているのは可愛い女の子だ。それが在れば十分だった。
双間が用意してくれたゲームは、『並べてある順にやっていけ、慣らしが必要だろう』と、プレイする順番が決められていた。今彼女がプレイしているのは、初心者向けで物語りも分かり易く、そして短く、選択肢もあまり出てこないタイプの作品だ。齧りついて物語を読んでいた彼女は、三時間ほどでとあるキャラのえっちなシーンに入り、興奮する。可愛くてえっち、とってもえっち。
ココアは、両手を使って物語を読み続けた。
――――
――
恭介が帰ってきたのは夕方前。遅くも早くも無い微妙な時間帯ではあるが、まだ日は落ちていない。
「…………あっま……昨日よりあっま……」
玄関を潜った彼は、昨日よりも強い香りに言葉を呟き、呆れた顔をしながらリビングの扉を開ける。
そこでは――――まだ、普通にシてた。
「お前さぁ……家主の帰還ぞ、男の前ぞ。やめんしゃい」
「……♡ お、かえり……っ♡」
恭介の声に、ココアはお帰りという言葉と体が大きく跳ねる動きを返すと、息を荒くしながら床に倒れて、隠すことなく近くにあるティッシュで拭き始める。
「お前ふざけんなよ一世帯辺りの一日の平均ティッシュ消費量狂わせる気か?」
「……」
熱い息を吐いてぼーっとしているココアは、気だるそうにしながらも無言で周りのティッシュを集めて一箇所に纏める。そして、横になりながら恭介へと顔を向けて、『えらいでしょ』と言いたげな視線を向けた。
「良く出来ました」
対して恭介はキッチンへ向かい換気扇を付けたあと、ゴミ袋を手にしながら窓を開ける。その後ココアにゴミ袋を渡して自分で纏めさせ、再度ココアから『えらいでしょ』と目を向けられたので、また『良く出来ました』と返した。
「じゃ、ねーんすわ」
「?」
換気扇下でタバコを吸っていた恭介は、ココアへと顔を向けて言葉を放つ。
「今度ゴミ出しするときご近所さんに見られたら『恭介ちゃんお元気ね~』って思われんだろがい! そんでなくてもこの消費量だとティッシュ代嵩むだろ! ココアぁ~お願いだよぉ~、するなっては言わないからさぁ今度からタオル使ってくれよぉぉおおお~」
「分かった」
――後日、ココアが使ったタオルと共に私服を洗濯した恭介は、周囲から『柔軟剤変えた? めっちゃ良い匂いする』って言われるようになった。
* * *
過ぎる日過ぎる日――過ぎて三日。過ぎ行く時間の中でココアはドリルをやって、ゲームをして、恭介や双間といっぱいお話して、充実した生活を送っていた。
その過ぎる時間の中で、彼女は一つの出会いをする。出会うと言っても、現実の人間ではない。ゲームの中で、だ。
彼女の目に映るキャラは、活発で主人公よりも年下の女の子。主人公を『パイセン』と呼び、語尾には「っす」が付いているキャラクターだ。
そこで彼女はふと思う。ゲームの中の女の子達だって、それぞれ生きてきた人生がある。もし自分も、学校に行って、そこに恭介と双間が居たら、この子のように二人を呼んでいたのかな、と。
「…………お兄さん、双間さん……きょうすけぱいせん、そうまぱいせん……ココア、っす……」
――――口にした途端……虚しくなった。自分が学校に行ってたら、とか、二人の後輩だったら、とか、普通に生きてこれなかった彼女が今更思い描くものでもないと思ってしまう。
「…………」
わかんない、どうしてかわかんないけど、涙が出てきた。涙の意味を彼女は知らない、だが、自分が泣いていることは、嫌でも自覚してしまう。
「ここあ、っす……心愛……っす……」
ココアは何故言葉を繰り返してしまっているのかも分からない。泣いてパニックになっているのか、自覚していない何かがそうさせるのか。
ただ、彼女が悲しさに涙を流したのはこの瞬間が初めてだった。漫然と生きてきた中では流すことが無かった涙は、初めて故に意味が分からず、彼女は涙を流したままベッドの中に潜り込んで、心の虚しさを生めるように体を抱えて泣いていた。
――――
――
恭介は、双間と共に帰宅する。
「ステイソーマ」
彼はふざけた感じを出してソーマを玄関前に立たせて、自分は内部のにおいを確認した。
「おっ、昨日に引き続き今日も喚起できて偉い。ソーマ、オーケー。潜入を許可する」
「やれやれだ」
許可を受けた双間は、酒瓶が複数本入っている袋を片手に中へ入る。本日、二人は試験最終日である明日に聳え立った、過去問あっても教授に媚びてもどうにもならない試験を突破する為、一夜漬けの勉強会をする予定だ。酒は、彼らにとって一夜漬けの為の燃料である。
恭介はただいまを言いながら家に入る、が、返答が無く、『ココア寝てるのかな?』といった考えを頭に浮かべながらリビングの扉を開けた。
――ココアは、その音を聞いて布団の中で丸まる。嫌だった、泣いていたことを知られることが、あんなことで泣いてしまったことを知られることが。だから寝ている振りをして布団の中に閉じこもる。だけど、同時に、慰めて欲しい。泣いていたわけを聞かないまま、ただただ慰めて欲しい。二つの相反する気持ちは、頭と心をごちゃごちゃにして訳が分からなくなる。それでも自分から動くことはない、このままならこのままで良い、それで自分も十分だ、でもでも、察してくれて、慰めてくれることを期待してる。
ココアは動かない、動けない、こういうときどうして良いのか分からない、何が正しいのかが分からない。寝ているフリを続ける彼女は……急に、布団の外から手が差し込まれ、されるがままに抱きかかえられた。
「ただいまぁ、ココア」
恭介の体は、傍から見れば分からないが、実は力強くてガッシリとしていることをココアは知っている。彼の腕が胴体を抱き締め、頭に回された手は彼の胸板へ埋めるように、強く、優しく、抱き止めてくれる。
それだけでも、ココアの心は嬉しさと安心で満たされる。寧ろもっと、もっと、力強く抱き締めて欲しい。呼吸は、彼のシャツに熱を持たせて吸う息に苦しさを感じる。押しつぶされた胸のせいで呼吸がし辛い。腰に回された腕のせいでお腹が締め付けられる。でも、でも、もっと、もっと、苦しくても良いから、思いっきり抱き締めて欲しい。違う、自分が求めているんじゃない。恭介から求められるように、恭介が我慢できなくなって本能的に抱き締めるように、私じゃなきゃダメなように、手放したくないから一生懸命留めるように、彼から求めて欲しかった。抱いた虚しさを、それで埋めて欲しかった。
「ねぇココア、コタツ座ーわろ」
「……うん」
その思いは察して貰えなかったのか、察した上でスルーされたのかは分からない。でも、今のココアにとって、慰めて欲しいことを察して貰って、恭介から抱き締めて貰えてるだけでも嬉しかった。くぐもった彼女の返事には、不満は見られなかった。満たされることを知らない彼女に“不満”など、自覚できるはずも無い故に。
恭介に抱っこされたココアは、そのままコタツへ運ばれて、彼の足の間に座りながら背を預けて凭れかかる。これも、安心する。とっても安心する。背中で感じる体温や、包まれているような座り方が『お兄さんが居てくれる……』と、体で実感できて。
そんな二人の対面には、双間が座っていた。彼はココアが中断し放置してスリープモードになったパソコンを畳み、コタツから退かせて教科書やレジュメ、ファイル、酒、つまみ、飯をごちゃごちゃに並べている。
一般的に見ても何をしようとしているのかの整合性が見て取れない卓上は、ココアから見ればお勉強するんだ、と思う。自分だって今日もドリルをやった。その成果を、二人に見て欲しい。
「双間さん双間さん、ドリルとって」
ココアの言葉に、双間はコタツの側に置かれていたドリルを無言で取って手渡す。
「お兄さん、双間さん、見て。今日は計算たくさんした。掛け算も、教えてもらったとおりにやってみた」
「おわぁー、ココアは天才さんだなぁ。じゃあじゃあ、今日はそれをいっぱい頑張ったってことを一番大切なことにしよっか。他の何よりも、今日は計算を沢山頑張ったぞ! って自慢する日だ」
「まぁ、良くやったな。学習に対する姿勢は褒めてやる。得た知識はしっかりゲームに活かせ」
「……うん!」
さっきまで、一人で抱えていた虚しさがあった。今でもそれは残ってる。それでも、二人が居てくれれば虚しさよりも楽しさが増え、二人から褒めて貰えれば嬉しさが増え、心に空いている小さな穴なんて『二人が居てくれる』ことで目を向けることを忘れてしまう。
「ねぇココア。今日はオレと双間もちょーっと勉強しなきゃいけない日でさ結構切迫してるの、もし良ければで良いんだけどココアも勉強一緒して貰って良い? 三人で勉強しよ」
「今日のゲーム談義は無しだ、お前は勉強のことだけ考えて卓に着け。分かったか」
二人から放たれる言葉の端々には、明言されずともどこか自分に気を使うような気配を感じる、泣いていたことも泣いていた理由も知られている気がする。でもそれがココアには嬉しかった、甘えて良いお兄さんと双間さんに、甘えられるのが嬉しい。
そして何でか、恭介がコタツから立ち上がるたびに抱きかかえられながら一緒に行動して、放そうとしないことが嬉しい。
ココアは一緒に流しへ行って、一緒にお昼ご飯のカレー皿を洗って、二人で三人分のジョッキを用意して氷を入れて、二人で恭介が勉強する分の資料をコタツに並べる。ずっと、体をくっつけて、一緒に居てくれた。それがすっごい嬉しい。
コタツに座った三人は、ジョッキを片手に恭介の言葉を聞く。
「ではでは、これから三人での勉強会を始めます。酒を呑むのも自由、食うのも自由、寝落ちも自由、なんなら遊び始めるのも自由、ただし明日地獄を見たくなければ死に物狂いで頭に叩き込もう。ココアはおねむになったら寝て良いからね。ってなわけで乾杯ッ!」
「かんぱい!」
「やれやれ」
三人は手に持ったジョッキを掲げて、いざ勉強を始める。恭介と双間はコタツ上でペンを走らせながら、ココアは恭介のルーズリーフにドリルを重ねて鉛筆を走らせながら。ただし、無言ではない。例え勉強をしていても無言で居られる訳も無く、恭介と双間が揃えば無意識であっても減らず口を叩く。そしてココアは今まで勉強を一人でしていたが、皆でお話しながら一緒にしてみたい。
だが、重要なテストが明日に控えていようとも、あんなココアを見た二人がただ勉強をするわけは無い。だが掘り下げる事も無い、ココアがそれを望んでいないから。故に生まれる言葉は雑談交じりの中で、何故ではなくこれからの言葉を持って会話が成る。
「あのさココア。オレとソーマの忙しい期間も、明日で終わるの。だから三人でパーッと打ち上げしない?」
「当然だが、ここでだ」
“ここ” この部屋。ココアにとってはどんな場所よりも安心する場所だ。反対に、外には出たくない、この部屋に来てから彼女が外出したことは一度もない。懸念としては“お店”の人に見つかったら連れ戻されるかもしれないからと言う思いもあるが、ココア自身も外を良く知らず外出する意味も無く、そして何よりこの場所に居たいから外出する気も起きない。
外界が怖い、出たくない、ではない。ここに居たいのだ、ココアは。
何よりも安心できる場所、待っていれば二人が来てくれるこここそが安住の地であり、居たい場所であり、ここにこのまま一生居たい。
安心する場所で、安心する二人からそんな事を言われれば、ココアの意志に断りなど存在しない。
「する……!」
「そっか、じゃあ明日は一杯美味いもん食おうな。奮発して色んなもん買ってきちゃう。
因みにね、自慢だけどオレと双間って学校に知り合い多いの。そんで、けーっこう明日の呑みの誘い多かったんだけどさ、オレが適当言って断るよりも先に双間がバッサリ断ってたの」
「取捨選択をしただけだ」
「コイツがそんな選択をしてくれるほどには、双間はお前のことを可愛がってくれてるんだよ。良かったね~ココア、うりうり~」
ココアは恭介から頭を雑に撫でられる。店で相手した男の中にも、頭に触ろうとしてきた者達は大勢居た、だが、髪が崩れて次の客の為に、男の為に、手直しするのが手間で面倒だから触って欲しくなかった。しかし、恭介から撫でられる分には良い、寧ろもっと撫でて欲しい、それだけ雑でも荒くても、髪型なんて気にしないからいっぱいいっぱい撫でて欲しい。
恭介の手に頭を擦り付けるココアは、勉強の先を続ける為に離れた彼の手に名残惜しさを感じる。だが、ココアもこの頃には、勉強する事は大切なことと認識していたため、不平不満は言わない。言わない代わりに、背中を預けて後頭部を恭介の喉元にスリスリする。
「くすぐった~。
あと、試験が終わればオレ達も色々やれる事増えるから、色んな事するよ。遊びにも行くし、美味いもん食いにも行くし、中断してたバイトも再開するし、ソーコンのメンテ地獄終わったらすぐログインするし――掃除もするし」
「掃除……?」
「ゴミを片付けるだけだ」
ヤイナは不思議に思って部屋を見渡す。恭介の部屋は綺麗だ、物が少ない故に視界も通り易く、ゴミと呼べるものは何一つ落ちていない。
「双間さんのお家汚いの?」
「そんな訳ないだろう」
「ソーマん家は物――っつーか本とゲームが多い癖にクソ綺麗だよ。とっても綺麗にしてて大切にしてるものを汚さないようにしてるの」
「じゃあ何処お掃除するの?」
「“街”かな。オレ達ぁボランティア精神に溢れた清く正しい若人なんだわぁ」
「ココアも外に出るなら綺麗で歩きやすい街の方がいいだろう」
「うん……? うん」
ココアは二人の言っている言葉の意味はよく分からないが、二人が言うならそういうことなんだろうと思って返事を返す。
「でもまずは明日の打ち上げだし、そのためには試験を乗り切らないとパーっとも出来ないから、オレたちゃ勉強せねばなるまいよ」
「そうだな」
「私もがんばってお勉強する」
手を動かし、頭も動かし、だが口も動かす彼等三人。
三人揃って勉強をしては居るが、同じ勉強をしているのは恭介と双間だ。その二人は互いに教えあったり、同じ疑問を二人で調べたり、纏めたルーズリーフを受け渡ししたりしている。ココアには出来ないことだ、そしてココアには知らないことだ、誰かと同じ勉強をすることは。
二人が勉強してる様を見て、ココアは浮かんでしまう疑問がある。その疑問は段々と膨らみ、ついには勝手に口を動かしてしまう。
「…………学校って、楽しい?」
つぐむように、控えめに、ココアから小さな声が呟かれた。その言葉を聞いた二人はぴたりと手を止め、ペンを置いて無言でタバコを口に咥えると――
「「…………いやお前が回答しろ」」
二人揃って回答を押し付けあった。
「聞いちゃダメだった……?」
「……楽し、く、ないわけじゃない、ケド……手放しで楽しいって言えるかっても違うからなぁ……。授業はダルいし課題は面倒だし試験期間になると今みたいにやることに追われるし……。学校の苦痛が逆に日々の楽しさを味わわせてくれる気がしてならない」
「俺の回答は参考にならんぞ。俺はこのバカが居れば楽しいが、居なければ詰まらん」
「難しいん、だね?」
「そうそう。とっても難しいから少なくともオレ達みたいなダメ生徒の意見は参考にしちゃいけないよ」
「そう焦って答えを出すことも無いだろう。お前はまず、知見を増やせ、人というものに足を付けろ。立ち方を、歩き方を覚え、やりたい事をやり出来る事を増やせ」
「足、付ける……こう?」
ココアは言葉通りに受け取り、コタツの中でパジャマをまくって恭介の足へ自分の足を搦めてみる。
「やーん、ココアの足もちもちむちむちで気持ち良い~。でもこんなやわやわで幼い足じゃまだ遠くは歩けないね。
お掃除が済んだら近場からお散歩始めよっか。まずは三人でコンビニでも行こうぜ」
「やれやれ。まぁ、付き合ってやる」
――また、ココアにやる事が増えた。今度は、三人でのお散歩だ。
でも、今は明日のパーティが、とっても楽しみだ。
不思議だった。日中はあれほど悲しかったのに、二人が帰ってきたらそんな悲しさ忘れてしまうくらいに色んなことが起こってくれる。
ココアは明日のパーティへのそわそわを、二人は明日の試験に向けての勉強を、それぞれの明日への思いを抱いて夜の時間は過ぎていった。




