04.事情
アステルギルドの一階にある会議室。そこでは、一等級冒険者と二等級冒険者、そして太陽の恵みの計十五人が集まって顔を付き合わせていた。
本日集まった目的は別にある。そして現在は待機中。その待機する時間を潰すように、太陽の旗印のリーダー、キンスは口を開いた。
「なぁ……。最近よぉ、イキョウの様子おかしくねぇか?」
皆がソファに座ったり、壁に背を預けて凭れている中、その疑問を聞いた全員がキンスのほうへと顔を向ける。
「そうかにゃあ……? 確かにちょっと素っ気無いとは思うが、渦中の人物だ。気疲れしていたり、こちらと距離を開けて不用意な詮索をされないようにしているのでは?」
「我々が町中で声を掛けた際もそこまで変わりが在るとは感じなかった。普段通りの気の抜けた表情と出で立ちで、呆けた言動をしていたぞ」
絶影の一人の言葉に、他の者も同意する。この場に居る全員、イキョウとソーエンを町で見かけた際に声を掛けたが、多少の素っ気無さを感じるだけで、普段と殆ど変わらないと思っていた。
が、平和の旗印の三人は、その言葉に眉を潜めながら腕を組んで悩ましそうな表情を浮かべた。
「ど、同士はゆるゆるしながら接してくれる。でも、キンスさんが言うのも分かる、同士色々おかしいから……」
「けけ、そういう可笑しさじゃないんだけどね……」
「あの男に普通さを求められても、私達では計りかねますよ。まさか、仮面部隊の一人だったとは思っても見ませんでしたから。普段の立ち振る舞いを見ても一切気付けませんでした」
「ですです、シーカの言う通りです。あのノヘーっとしてるイキョウさんとシラーっとしてるソーエンさんが正体を隠してただなんて……アレが素だと思ってました……」
「いやぁ……アレは素だと思うんだけどなぁ……。ティリス、お前さん達はどう思う? イキョウの様子おかしくねぇか?」
「わ……私達は何も言えないわ、キンス」
ティリスの言葉に、ピウ、レレイラ両名も無言で首を小さく縦に振る。
この三人は少し前に仮面部隊の正体を知っていた。そして、イキョウが確かにおかしい人物だとは知ってるから、ここではノーコメントを貫いた。
他の皆は、この三人が何かを知ってるとは思ったが、一等級という立場故深堀する事無く相手を慮ってそれ以上は何も言わない。
「キンス等よ、お前等はどういった所に違和感を覚えたのだ。人間性という部分では我々はお前等に適わん。その善性で感じ取ったことを聞かせて欲しい」
「なんて言やぁ良いんだろなぁ……。こう……なんつぅかなぁ……上辺だけで接してるっつうか、なぁ……」
「けけ。昔からイキョウの事は良く分からなかったよ、何処かズレてるの。皆思っちゃうよね、じゃあソーエンは? って。ソーエンはねツンツンしてるけど、正直に正面から接してくれるからちゃんと汲み取れば分かるの、でもイキョウはソーエンよりも分からなかった。ただね、最近はもっと良く分からなくなった気がするの」
「ソーエン、良い奴。俺、分かってる。沢山話した……絶対、一人が嫌い、仲間のために優しくあろうとしてる……本当に正直な良い子。イキョウは分からない、分からなかった。が、シアスタに、双子に、ソーキスに、皆に、普通に接してた。優しい奴……理解した。俺に沢山話しかけてくれる……笑わせてくれる、周りを笑わせる。アステル救った、救ってた。分かってる、でも分からない」
「…………フローがここまで話すの初めて聞いたニャ……」
「フローの言う通り、俺達はアイツが優しい奴だってのは知ってんだ、皆も知ってるはずだ。アイツはフツーの人間で、ちょっとばかし照れ屋だ。って思ってたんだけどよ……いや、ダメだな。こんな勘違いはしちゃいけねぇ。――フロー、モヒカ。俺達はイキョウの力を知って、一方的にビビッちまってんだ、そのせいで要らん違和感を覚えちまってるんだ」
「けけ、そうだねキンス。イキョウが離れたんじゃない、俺達が離れちゃいそうになってるんだ」
「イキョウに、悪い事、した、円陣……組む」
フローがそう言うと、三人は同時に立ち上がり、ソファから離れて方を組んだ。そして、小さく円陣を組みながら、控えめの声で――。
「イキョウ、ソーエン、俺達が居る、いつでも頼りにしてくれて良いからアステルで変わらぬ日々を過ごしてくれぇー」
「「過ごしてくれぇー」」
――三人は自らの思いを、周りに配慮しながら宣言した。
「旗印は凄いナァ……円陣組むときでも周りへの配慮が行き届いているナァ……」
「ふむ……。同胞とイキョウのこれまでを鑑みるに、あの二人は名誉など気にしない、それどころか邪魔なものだと考えているだろう。ならば、我々も英雄視などせず今まで通り接するのが一番の選択なはずだ」
「にゃあ絶影、ここだけの話で良いし、正直に答えなくてもいいんだが……あの二人に関しての情報って持ってたりするのか?」
「……それには正直に答えても問題ないだろう。あの二人……いまはあの二人とだけ言って置こう。あの二人に関しての情報は一切上がって居ない。何をどう調査しても過去に繋がる情報を見つけられなかった」
「加えて、深くまで探りを入れようとした事があったのだがな……あの二人に感づかれて、釘を刺されたことがある。それ以来詮索することは止めた。それ以上は冒険者としての我々の領分を越えているからな」
「絶影さん達……いや、私は何も言わないよ。うん、黙っておくのが吉だろうね」
「俺達もにゃにも言わないにゃぁ……。……何となくは察してたが、まさか本当に情報を持ってないにゃんてにゃぁ……」
「でもでも、私前に聞いたことありますよ。イキョウさん達って、転移事故に巻き込まれる前は旅人をしてたって!! どうですか、皆さん知ってましたか!?」
マールは自慢げな顔をしながら皆に言う、が。
その事はこの場に居る全員が知っていたため、特に大きなリアクションが上がることは無かった。
「私も……知ってることある、でも……言って良いのか……?」
サンカには、イキョウに関しての情報で特大のものを持っていた。それは、五属性を使える者であるということだ。ただ、今まで本人に配慮して黙っていたし、サンカ自身も周りに風潮するような人物ではないからこの情報は何処にも流れずにいた。
「サンカよ。今は不用意に情報を流すのは得策ではない。この後に控えてる事柄が過ぎた後、自身で判断するのが良いだろう」
「は、はい……分かりま、した……絶影さん」
絶影の言葉に対して、おずおずとした返事を上げたサンカ。
その言葉から、ほとんどの間をおかずに部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
「お待たせしたね、皆。おいで」
扉を開けた者は、蕩けた瞳を向け、皆を誘うようにして声を掛けた。その言葉に、皆が従い部屋の外へと足を勧める。
* * *
「ほえー、初めて入ったなこの部屋」
オレとソーエンは、二人で煙草を吸いながら部屋へと入室する。
テモフォーバによるとこの部屋は、主にギルド職員が使用する大会議室らしい。
横三列、縦十列にならんだ三人掛けの机。それを目の前に、オレとソーエンは黒板を背にして用意された椅子に座る。記者会見みたい。
椅子と共に用意された机に肘を付きながら、机の上にある灰皿に煙草の灰を落とす訳だけど……。目の前に座ってる奴等は神妙な面持ちをしながらオレ達を見てくる。
オレ達が今座ってる場所は、言うなれば壇上だ。そして目を向けている奴等が座っているのは客席だ。そんな構図で対面をし、オレ達の横ではテモフォーバが司会者台に立って、司会進行役を務めようとしている。
「ははは。本来ならこのような場は畏まった方が良いんだろうけど、君達はそう言うのは好きではないだろうからね。緩く行ってみようか」
司会進行役のテモフォーバは、蕩けた瞳を歪ませながら軽い感じでそう言ってきた。
オレ達としてもその方が良いわ。堅苦しいのは苦手だし、そんな場に合わせた身の振り方なんて知らないから。
だからオレとソーエンでテモフォーバに軽く、よろしくって意を返す。これ終ったらソーエンとどっか呑みに行こうかな、て考えながら。
「今日はイキョウ君やソーエン君と関わりの深い皆に集まってもらったよ。現状冒険者は、ここに居る者達だけに君達のことを明かすことを許されたから、他の者へは他言無用でね」
テモフォーバの言葉に対して、座ってるやつ等は皆首を縦に振って同意を示した。
「とりあえずは……そうだね。まずは二人のレベルを明かすのが一番良いだろうね」
その言葉に、ひまわり組とかいう奴等を除いた皆が小首を傾げる。
確か、ひまわり組を除いたやつ等はオレ達のレベルを勘違いして認識してるんだよな。少し前にも……誰だっけ……そう、キンス、ニルド、絶影とかいう名前の奴等三人に頼まれて水晶を触ったけど、そこでも二十レベルって表示見せたしな。
「どうしようかな、私から言おうか?」
「別に良いよ、オレ達のことはオレ達で言うから。実は、オレのレベルは二十じゃなくて三百二十デース」
「俺は三百二十一だ」
オレとソーエンは煙草を吸いながら適当に公表した。……けど、他のやつ等は素直に信じられないようで、疑い半分戸惑い半分の訝しげな表情を浮かべながらオレ達を見て来た。
そりゃそうだろな。この世界の現代的規準で言えば、百レベル超は珍しく、二百超なんて遠い昔の存在。だってのに、目の前に居る奴が急に三百超ですって言っても信じられないだろう。
「は……はは。イキョウ、ソーエン、今日の冗談の切れわりぃじゃねぇか。もっと笑える事を言うのがお前等だろ……」
「んー、ね。冗談なら冗談で終らせても良いかな。実はオレ、正真正銘のレベル二十デース」
「水晶の表示を考えれば二十だにゃぁ……。でも、それだとあの強さに説明がつかん……」
「疑うのならばカフスに直に聞いて来い。キアルでも良い。強者共がお前達の納得行く説明をするだろう」
「三百なんて未知の領域じゃないか……。小説でももっと現実的なレベルを使うよ」
「えとえと、キアルロッド様が三人分のレベル……? コロロさん四人分? えとえと、えっと?」
「皆受け入れ辛いだろうね。私からも言わせて貰うよ、この二人が言っていることは本当だよ」
ガヤガヤと混乱が起きてる中、テモフォーバがそう言うと、ひまわり組を除いた皆が驚いた表情をしてオレ達を見て来た。
皆口々に、信じられないと言う意味の言葉をつぶやいてるけど、それは口だけ。どうやら一先ずは信じてもらえたようだ。
「ふむ……人類最強と謡われた、かの騎士団長が霞むレベルだ」
「――おい絶影。キアル馬鹿にすんな。アイツすげぇ奴だから、一人の奴のために生涯を捧げるくらいすげぇやつだからよ」
「……御幣が有ったのならば謝罪しよう。貶める意図があった訳ではない、情報を照らし合わせて比較をしようとしただけだ」
「そう? なら良いよ」
絶影から眼を戻すと、皆が萎縮していた。気まずそうにこちらを見てくる。
その光景を見たソーエンは、煙を軽く吐いてため息のような呼吸をした。
「このバカが……。
萎縮したいのならばそうしていろ。何も言わないならばこれで終了にする、質問が無いならば終わりだ。真実を知って恐れるのならば、これ以上は何も知らず普段通りにしていろ」
「終わり? じゃあ呑みに行こうぜ、なんだったらお前等も来る?」
「何であの雰囲気の後にあっけらかんと出来んだよ……。すまねぇなお前等、俺達は聞きたい事がまだまだあるんだ。どうか付き合っちゃくれねぇか?」
オレは終わったから呑みに行こうとしたら、キンスが机に手を付け、頭を下げてお願いしてきた。
話しに聞いたとおり、コイツは本当に良い奴らしい。言い回しが善だ。
オレとしては別に聞かれようが聞かれまいがどっちでも良いし、そんな頭を下げられるほどの事でもないから、そんな真摯に頼み込まれなくても良いんだけどなぁ。
「お好きにどうぞ? 全部の質問に答えられるわけじゃないけど、答えられる事なら何でも答えるわ」
この場に居る奴らには、家のパーティ全員が関わりあるし、なんなら家の子達可愛がってもらえてるらしいからな。それくらいはしてやるよ。
「ありがとな。……立場的にはティリス達からなんだろうが……」
そう言ってキンスは、ひまわり組に眼を向ける。――けど、眼を向けられた三人は、特に何も言わずにキンスに視線を返した。あいつ等にも疑問はあるだろうけど、ある程度はオレ達の事を知ってるらしいから順番を他に譲ったんだろう。
そのやり取りを持って、キンスは察してオレ達に向き直る。
「俺達から行かせて貰うな。……色々聞きてぇ事はあるけどよ……。なあ、お前等ほどのレベルが譲ちゃんと組んだのって、やっぱりあの子を守ろうとしてくれたからなのか?」
譲ちゃん、シアスタの事か。……えぇ? 最初にする質問がそれ?
「いやまぁ……そうかもしれなくもないかな? 組んだ経緯は色々あるけど、一応の始まりはアイツの弾除け役になったところはある」
「今では『守る』と言うよりは『成長の手助けをする』という面に比重を置いているがな」
「……そうか。やっぱりお前等……」
オレ達の回答を聞いたキンスは、片手で顔を覆いながら俯いた。その両脇では、……モヒカとフロー、だ。その二人がキンスの方をトントンと叩いて何かを分かり合っている。
「けけ。じゃあ、次は俺から質問しちゃうね。二人共さ、前に俺達と手合わせしたじゃない? あれってキンスとフローが怪我しないように手加減して、あの手法を選んだの?」
旗印、手合わせ……ソーエンからそのエピソードは聞いたな。あくまで聞いただけ、全然知らない他人事だ。
「アレがオレの戦い方だ。勝ちに誇りを求めず、勝利を得るためならなんだってする。拘束の手段を選んだのも、ルールにおいて一番確実な手を選んだだけ」
「だが、手加減と言うならそうだったろうな。あの時点で俺達は全力を出すことをしなかった。レベル故、日常に支障が出ないよう力を制限していたからな」
「けけ? 制限? 重りでもつけてたの?」
「いんや、この指輪で能力低下させてるの。今のオレ達は、実レベル三百超、水晶のバグで表示は二十、能力値は五十レベル並みっていうすっげぇ面倒な状態なの」
オレは複雑で面倒極まりない事情を交えながら、煙草を挟んで右手人差し指に填めてる<同行の指輪>を見せる。
「珍しい魔道具持ってるんだね。三百超だもん、俺達の知らないモノを持ってても不思議じゃないや」
「そゆこと」
「けけ、そっかぁ。……二人共強いのに、俺達の意を汲んであの時手合わせしてくれてありがとね」
そう言って、モヒカは姿勢を正しながらお辞儀をしてきた。……なんなんだろうこのパーティ。心根が清らか過ぎる。
頭を上げたモヒカの次は、フローが口を開いた。
「聞きたい事……有る。イキョウ、ソーエン。今大変か……困ってること、あるなら力になる」
「マジでこのパーティなんなの? 質問の隅々が綺麗に掃き掃除されてるんだけど?」
「訳の分からん例えはやめろ。フロー、大丈夫だ、今の所目だって困るような事は無い」
「分かった。ソーエン、言うなら……理解した」
フローはそう言うと、腕を組みながらジッとしてそれ以上何も言わない。
……え? 今ので旗印の番終わり? 一番に聞きたかったことって今の三つの質問?
どうやら一パーティ一個ずつ質問する流れっぽいけど、一巡目にその質問を選ぶこのパーティ本当になんなの?
「旗印は旗印だったにゃぁ……。次は俺達が順番を貰おう」
そう言って次の名乗りを上げたのは、にゃんにゃんにゃんのリーダ、ニルドだった。
「二人は転移事故前、旅人だったはずだ。どのようにゃ経緯をへてそのレベルまで至った、どのような旅路を歩んできた」
「んー、それは答えられない質問だからノーコメントで」
「……仕方にゃいにゃ、若くして多くの苦労を積み重ねて来たのだろう。深くは聞くまい」
「ニャアニャアイキョウ!! もしかしたらもしかしてだけど、前に総魔の領域でゴライタス一刀両断したのって夢じゃニャイ?」
能天気で元気なイムズスがその質問をすると、周りは『えっ』って顔をしながらオレを見てくる。
…………ゴライタスは切った記憶がある。しかも二つ。
片方の、ひまわり組のほうはソーエンから経緯を聞いて流れを知ってる。でももう片方は、ナトリと行動してるときの記憶は、多分抜けがある。
イムズスはその抜けのある方の記憶の事を言ってるんだろう。ただ、オレの記憶に冒険者の姿は一切映ってない。そして、そのことに違和感を覚えない。
全ての記憶、冒険者が関わる記憶は、全体的に薄ぼんやりとしていてはっきりと思い出せない。
もしかしたら、オレ以外だったらその記憶の曖昧さに疑問を抱くかもしれない。失った記憶の整合性を取ろうと、脳が勝手に補完するかもしれない。
前にナトリが言っていた。人の脳って結構曖昧で、ありもしない事実を持ってしても無理矢理補完して、自らを納得させるって。それが、人間の、心を持つ者の自己防衛機能の一種らしい。
ただし、オレは別にどうでもいい。どうでも良いから違和感すら覚えないし、ぼんやりとした記憶をぼんやりとしたまま放置している。
だったら、今は『イムズスが見た光景への回答』ではなく、『ゴライタスを一刀両断したかどうか』だけを答えれば良い。
「あんなの制限下でも切れる。アイツくらいなら、見れば急所や最適な刃の立て方なんて簡単に分かるしな」
「んニャァ……五十レベル相当の能力で太刀打ちできる相手じゃニャいんだけどニャア……。イキョウの目どうなってるニャ」
「さあ?」
「さあじゃニャいんだニャ……」
イムズスはガクっとしてるし、皆は苦笑いに似た表情を浮かべている。
だって説明したって分からないだろ。分かれないだろ、お前等、普通の奴なんだから。
ああ、でも、コロロに尋ねられたときは良かったなぁ。あの声でもっと聞いてくれれば全部明かして答えたかったなぁ――。
「……ナア、イキョウ、ソーエン――」
――オレが思考をしている最中、ヒライがおずおずとしながら尋ねて来る。




