02.素顔
「――――驚きもうした……別人でありんす……」
呆けた声が聞こえる。
オレは髪を整えながらその声をするほうへ、髪を流しながら穏やかな目を向ける。すると、あのシュエーが面を食らったような顔をしながらオレ達を見上げていた。
「これは……凄いね……。イキョウ君もソーエン君も、とんでもないものを隠し持ってたようだ……」
「――――。テモフォーバ、人の姿からかけ離れた私達ですら魅せられていますよ。不可思議、おかしいとでも言いましょうか……」
テモフォーバとサイコキーマも呆けたような顔をしながらオレ達を見てきた。そっか、ソーエンの顔はこの二人すら魅せてしまうのか。
「ふふふふふ、どうしたんですか皆…………え、誰ですか貴方達。クソガキ共は?」
若干一名は状況が理解できてないようだ。でも、それでもこの場にいる者達はソーエンの顔の虜にならない。
人間以外の種族だからだろうか。テモフォーバとサイコキーマは獣寄りの見た目をしてるし、シュエーも青肌だし、秘書はヤカラだし。美の基準点が違うのだろうか。
「わっちの見立てに間違いはござらんした――。イキョウはんは魔性、ソーエンはんは絶対でありんす――」
驚いてる皆を他所に、オレ達はソファに座りなおすと、四人はその所作すら見つめて目と顔を動かしていた。
バンダナを外したオレと、顔を晒したソーエン。普段では見れないオレ達を、皆は多分認識できて居ないんだろう。
「ごめんね、バンダナが無いと分かり辛いよね。オレはイキョウだよ」
「多くを語る必要もない。俺はソーエンだ」
「いや……うん。名乗ってくれてありがとう。恐らく、目の前で着替えてくれなければ君達だって分からなかったよ。名乗ってもらえてようやく確信できたくらいにはね」
「匂いは……同じですね。しかし……こう、印象のせいでしょうか。格の上がったように感じてしまって……別人なはずが無いのに齟齬が生じます」
「稀有な力と魅力を持つ坊や達……久しい疼きが……」
「……え? この二人クソガキなんですか? ……え? えぇ……え?」
テモフォーバとサイコキーマは驚きながら、シュエーは瞳を潤ませながら、秘書は困惑しながらオレ達の事を見てくる。
「良かったねソーエン。皆お前の虜にならないよ」
「……まあ、悪いようには扱わん」
ソーエンは、着崩したスーツ、そのシャツの襟を立てながら無愛想に煙を吐いて応える。
その顔を晒してみて良かったよ。ここの四人はソーエンの顔を見ても大丈夫だ。良いね、ソーエンの顔を晒せる者達が増えた。一人でも多くなってくれればオレはそれがとっても嬉しいよ。
「どうかな皆。これで満足してくれたならありがたいよ」
「イキョウ……君は、凄いね。在り方から話し方まで、まるで別人だね。ソーエン君に関しては、その顔貌を隠してた理由が分かるよ。迂闊に晒してはいけないね」
「富、力、魅力、全てを兼ね備えてるでありんすぇ。ソーエンはんは魅了、イキョウはんは魅惑……先の提案は取り消させておくんなまし。坊や達がお店に出たら女子が寄って他の者に回らなくなりんす。そ・れ・に――」
「おや、シュエーが珍しく得物を狙う目になってますね」
「――わっちのモノにしたいでありんす」
シュエーは妖艶な様相としなやかな手つきでオレの体に寄って手を這わせてきた。そして、つぶやくように耳元で言葉を囁いてオレを誘おうとしてくる。
「どうしてオレだけにターゲット定めてるの? ソーエンにもやってあげてよ」
耳元の囁きは、ASMRの調べ。だったらソーエンにもこの艶やかな声を聞いてもらって、質の評価をしてもらいたい。そして、ソーエンにもこの世界で最高の声を見つけてもらいたい。
でも、シュエーはオレの耳に口を這わせて、あくまでオレにだけ聞こえるような声で言葉を紡ぐ。
「わっち、認めた相手には尽くす気質でありんす故、支配されるより呑まれたいでありんす」
鼓膜をくすぐるように放ったその言葉。甘い声で脳に染み込ませるように囁かれた言葉と共に、シュエーはオレの手をこっそりとテーブルの下で握ってしとやかに華へと誘う。
「快楽に狂わせてあげるでありんすぇ。泣きながら果てる姿、見せてくんなまし」
指先に粘性を感じながら、オレもシュエーの耳に沿うように顔を近づけて言葉をつぶやく。
「責めっ気あるね。良いよ、やってみな。オレもシュエーを悦ばせてあげるから」
「あっ……。くすくす。是非に」
言葉を交わしたオレとシュエーは、互いに顔を離す。
なんだろう。シュエーからは桃のような甘い華の香りがした。そして、多分、彼女ならオレを元気にさせてくれる。だからお相手できそうだ。
未だにオレに沿うシュエー、その華に触れてる手を軽く遊ばせながらオレは皆に顔を戻す。シュエーはオレの腕をきゅっと握りながら、手をオレの内腿へと這わせてきた。触れるか触れないかの絶妙な力加減で。
そして、そんなオレ達の前では――。
「ははは、どうやらシュエーはイキョウ君の方を気に入ったようだね」
「グルッフッフ。良いですよ、二人は席を外して構いません。私達はソーエンとじっくりお話をしてますから」
「……はえ? なんですか? 私の与り知らぬところで話が進んでる気がしますけど……」
不思議そうな顔をしている秘書へ、サイコキーマが何か耳打ちをする。
そしてソーエンは。
「俺ではなくイキョウを選ぶか。……シュエー。感謝する」
言葉だけだけではあるけど、シュエーに感謝を述べていた。
「えぇ!? あのシュエーが!? へー……ほぉ……それは悪魔的に見送るしかないですね。シュエー、子孫が出来たら私達が生まれ変わっても一生可愛がるので繁栄に尽くしてください」
「ロトサラ、もっと慎ましやかに言葉をですね……」
「くすくす。わっちがするのはあくまで男女の色でありんす。一時の夢、淫靡な快楽の求め合いでありんす。さ、イキョウはん。こちらへ」
「思わぬ展開になっちゃった。ソーエン、行って来るね」
「ああ。今回ばかりは何も言わん。俺は俺で酒を楽しむ、お前はお前で楽しんで来い」
「はいはい」
オレは皆に見送られながら堂々とシュエーのお誘いに乗ってその場を離れた。
ソーエンは顔を見られても魅了されない者達と呑むため、オレは高嶺の華のお誘いを受けるため。
でも、分かってるよ。ソーエン、お前はお前じゃなくて、このオレを選んだシュエーを認めたんだ。だから見送ったんだ。シュエーもありがとな。あの美を差し置いてこんな可愛いオレを選んでくれて。
オレはシュエーに誘われながら階段を登り、この店でも限られた者しか入ることを許されない特別な部屋へと足を踏み入れる。
シュエーは凄かったよ。舌を使い、口を使い、胸を使い、腿、脇、膕、手足指、腹、柔らかい肉、全身を使ってオレを元気付けてくれた。
だからオレも応えるようにこの目と指先を使ってシュエーの柔らかいところや堅くなったところを果てに導くように弄ってあげた。
ヤイナを欲情とするなら、シュエーは情欲だ。どちらも夜の頂点なだけあってヒトの欲をくすぐる。似て非なるもの、それがこの二人だ。
熱い息を吐きながら呆然とするシュエーを前に、オレはもっと悦んで欲しくて手を差し伸べた。
普通の者なら下品な声でも表情でも、シュエーなら上品になってしまう。そんな艶やかな声を聞きながら、色艶やかな表情を見ながら、オレは華の美しさと蝶の羽ばたきを最高に引き出して愉しませて貰った。
* * *
「うっわー、凄いですねクソガキ。その顔どんな魔法使ったら出来上がるんですか?」
「知らん」
「……ソーエン。君、ヴァンパイアだったのですね。もしかして魅了を使っているのですか?」
「確かに俺はデイウォーカーヴァンパイアだ。だが、魅了など使う必要はない、使う意味も無い」
「天然の美でしたか。これは失礼」
「ソーエン君はその美貌を隠すためにフードを被っているんだよね? この件に関しても秘匿事項に入れておいたほうが良いかな」
「必要はない。顔を隠すのには慣れている、誰からも見られることはない。態々お前等が隠さずとも俺だけで隠せる」
「ははは、流石は強き者だね。…………それにしても、二人は凄いね、驚かされる事しかないよ」
「俺としてはお前等の方におどろいでいるがな。お前等、ただの要人と言う訳ではないだろう」
「グルッフフ。それはおいおい、イキョウが戻ってきたら話しますよ。聞ける状態だと良いのですがね」
「心配する必要はない」
* * *
オレが荒い息を吐いて未だ小刻みに震えているシュエーを抱えて一階に戻ると、重鎮達から驚いた顔を向けられた。
「よもや……シュエーの方が負けるとは……」
煙草を吸いながら席に座ると、サイコキーマが言葉をつぶやいたよ。
そんな衆目にシュエーをさらすように、オレは膝の間に座らせながらシュエーの顎を持って顔を晒させる。そして耳元で囁く。
「シュエーの知らないコト、もっと教えてあげるよ。高嶺の華が堕ちるの、気持ち良いね」
オレの声と皆の視線を受けたシュエーは、呆然と、恍惚としながら背筋をゾクゾクさせてまた体を震わせる。
「俺の横で平然と脳イキさせるな、調教を済ませるな」
「ごめんごめん、シュエーにもっと気持ちよくなって貰いたくてさ」
ソーエンは酒を呑みながらぶっきらぼうに言ってくる。
こんなオレを元気付けてくれたんだ、シュエーには出来る限りのお礼をしてあげたい。
「オレは十分楽しめたよ。そっちは?」
「悪くは無かった。店で堂々と顔を晒しながら酒を呑めるのは良い」
「そっか。それは良かった」
机の上にはまだまだ酒瓶が残ってる。オレもいただこう。
「クソガキ、脳イキってなんですか?」
「俺に聞くな。気になるならこのバカに聞け」
「おいクソガキその二。脳イキって――」
「ああ……いやはや、驚き過ぎて話すべき事を忘れてしまっていたよ。二人には教えようと思ってたことがあるんだ」
オレが酒をコップに注いでいると、テモフォーバが我に返って話しを始めた。
「あの、私が質問して――」
「なに? テモフォーバ」
「イキョウ君もソーエン君も、私がいることだし薄々気付いているとは思うけれど、言わせて貰うね。ここにいる四人は、所謂大悪魔と呼ばれる者達なんだよ」
テモフォーバもサイコキーマも、分かってるとは思うけど、とでも言いたげな顔でオレ達を見てくる。
「いや、全く気付いてなかったよ。何か他とは違う奴等かな、位にしか思ってなかった」
「ふむ……そうだったのか」
「クソガキ、脳――」
「ははは、そうか、いや。二人はそう言う者だったね。私は、二人も知っての通りバフォメット」
「マルコシアスですよ」
「わっちはアスモデウスでありんす。――んっ」
それぞれ自らの悪魔名を名乗る。シュエーはその後に酒を口に含んでオレに口移しをしてきた。
「あの、それで脳――」
「シュエーは堕ちきっていますね。これもイキョウだから成せる技なのでしょう。ほら、ロトサラ。君も名乗りなさい」
「――えぇ? 私はアストラールですよ。あの、それで――」
「ふむ。なぜお前等のような悪魔がカフスに仕えている。町を仕切る者達が、偶然大悪魔だった。と言う訳ではないだろう」
「スノーケア様が私達に声を掛けてくださったんだよ。多くを語らないお方だから理由までは聞かせてもらえなかったけど、それでもありがたいことだね。私は周りに恐怖を振りまくせいで人里離れた古城に一人で住んでたから、声を掛けてもらったときは本当に嬉しかった」
「私はですね。昔は気性が荒かったもので、多種族の方々に喧嘩を売っておりました。そこをスノーケア様に打ち負かされて仕えようと心に決めたのです。今は色々勉強と修行をして商会の親方をするまでに至りました」
「脳イキ……え。これ身の上話する空気じゃないですか……。私は処刑人として各地の悪逆非道なヤカラを叩き切って快楽を得ていたのですが、それも虚しくなってしまいまして。最期にスノーケア様をぶった切ろうとしたら返り討ちにされました。現在は街の悪を見つけるためスノーケア様の秘書をしてます」
「わっちは淫の国を作ろうとしていたところ、かのお美しい存在、スノーケア様にお声を掛けてもらいんした。生物の生を、そして性を街に届けるためにここに居んす」
若干二名は野蛮な話だったけど、どうやらこの大悪魔達は自ら望んでカフスの下に入り、そして貢献をしようとしているようだ。
意図的なのか偶然なのか。まぁ、カフスが選んで、そして町を取り仕切るくらいの権威を得てるんだ。そういった素質を見込んで選んだんだろう。
「なるほどね。そんな大悪魔達に身の保障を約束されてるならオレ達が心配する事は何もないや」
オレの言葉に、ソーエンも同意する。
どうしよっかな。今は街の住民達とは少し距離を置いてほとぼりが冷めるまで待ちたいから、あんまり関わりたくはない。だったら当面は、オレ達の事情を把握してるこの四人のところに遊びに行くのも良いかもしれないな。
家のやつら、カフス、ここの四人、受付さんだけがこのアステルにおいてオレ達の事を知ってる訳だから、こことは変な壁も無く関われる。
「シュエー、明日もお店にお邪魔して良い? 貸切にしてもらわなくて良いから、シュエーの部屋で酒呑むだけで良いからさ」
「明日とは言わず、今からでも」
「そう言うことじゃないんだけど……そのお誘いに乗っちゃおうかな」
折角だから楽しませてもらおう。そう思ってまたシュエーを抱えながら立ち上がると――。
「待てシュエー。俺との約束を果たしてから行け。猫だ、猫を用意しろ」
――いつもの装備に見を包んだソーエンが催促をしてきた。
「今日は貸切故殆どの娘達はお休みしてるでありんすぇ。また後日、明日にでもお約束を果たしんす」
「ならば良い」
シュエーの言葉と共にフードを剥いでマフラーだけで顔を隠したソーエンは、また酒を呑み始める。顔を晒すのとは別で、お前はその格好も好きだもんな。マフラーだけも似合ってるよ。
その後、酒盛りを始めたソーエン達を他所に、オレとシュエーは今度はお酒を呑みながら楽しんだ。




