――とある手記の続き―― ⑤
皆でお茶会楽しかったなぁ……。
あれ……なんだろう、思い出日記になってきた気がする……。そもそも、世界の情報を整理する手記だったはずなのに、前回の続きを書き始めてから随分と私情が入り込んでる……。
でも、このまま思い出と仲間達の記録を書き連ねるのも良いのかな。こうして文字に起こし、思い出を振り返るのも悪いコトじゃないのかもしれない。
でも長々と書き連ねると永遠と掛けてしまうから、限りを設けよう。それでも筆が勝手に動いて書こうとしてしまうのは、僕にもルナトリにも、残された少ない時間の中で、この手記を残そうとしてしまっているからかもしれない。僕もね、ルナトリもね、イキョウとソーエンが大好きなんだ。君達が辿る結末は、決して良しとしない。
――ルナトリ、彼を、アレイスターをこう呼び始めたのも、きっかけはゲームだったなぁ……。けど、まずは、時系列に沿って書いていかないと、感情のままに書いたら文がグチャグチャになる。ちゃんと順序を追って書いて、手記を感情の羅列じゃなく意味有るものとしよう。
ソーエンはイキョウのお爺さん、健蔵と出会い、『なんだこの豪快なジジイは』と眼を向けながらも、その豪快さとイキョウのバカさ加減と、そして酒を振舞われ自らの過去を話した。重い過去を話された二人は、それでもバカ面を引き下げて『マジ? へぇ~』見たいな顔で聞いていた。この時の事は健蔵から話を聞いている、彼はソーエンからイキョウと同類と思われ顔を見せてもらったそうだ。その後に……彼が愛する嫁、佳代子の遺影を持って家にすげーハンサムが来たとはしゃいらしい。ソーエンからは、バカなジジイだという目を向けられたそうな。
そして、イキョウの過去は健蔵を交えたあっけらかんとしたやりとりのなかで軽々と聞かされ、ソーエンもまた『なんだそのエロゲみたいなヒロインは……!?』と驚いていた。
後程健蔵から、『えろげってなんだ?』って聞かれて私とルナトリも分からず、ネットで調べて私は『えぇ……なにこれ』となり、ルナトリは『現代の遊戯はこう言った方向にも進化をしておるのか』と感心を示し、健蔵は『佳代子の方がエロいし美人だな』と次元の違う比較をしていた。
そのほかにも健蔵から聞いた話がある。ソーエンはイキョウから身内を紹介されたからなのか、愛猫であるミーを肩に乗せ二人へと紹介をする。ミーはお利口でソーエンが大好きな相思相愛の猫ちゃんだったそうだ。ソーエンの言いつけは必ず守り、逆にソーエンが叱られることもあってその際は素直な『ごめんなさい』をミーへと返していたという。
四“人”で弾丸旅行をしたときは、ミーは必ずソーエンの肩に乗り、知らぬ土地に行っても片時も離れることは無く同じ場所を巡って同じ空気を味わっていたそうだ。
ソーエンにとって、ミーは本当に本当に本当に、愛する猫だった。
反対に、イキョウにとって健蔵は、クソジジイと気軽に呼んでは歳も気にせず二人でガハガハしあう関係であった。
過ぎるときの中で、二人はクラスメイトに助けられながらも進級を果たし、卒業を果たし、大学へと進学する。何故サボり魔だった二人が高校卒業後に大学に進んだのかというと――健蔵から、進路の話が出たときに『このご時勢、絶対に大学へは行け! あと絶対都会な、勉強と遊び全部覚えろ!』と一喝とされたからだ。
この時の健蔵は、イキョウの保護者であるとともに、ソーエンの保護者でもあるような存在となっていて、健蔵から一喝を食らった二人は渋々ながらも進学の道を選んで大学の受験をする。
だが二人には将来何になりたいという希望など無い為、手ごろで適当な大学へと進学をした。進学先は日本にある関東と呼ばれる土地だ。二人の現住所からは離れており、引越しが必要だった為、健蔵と一緒に移住を提案したが、彼は『ジジイと暮らしてたら女どころか友達呼べないだろがい、というか一人暮らししろ若者がァ! 保証人はワシがやったるからさっさと住み家探して来いバカたれ共!』と、また一喝をされて二人とミーは引っ越すこととなった。
イキョウは引越し先を探す際に、不動産屋と大家を丸め込んで何をどうまかり間違ってか二階建て物件、一階が元ピザ屋の借家を月千円で借りることとなり、ソーエンは有り余る大金を惜しげもなく叩いてペット可とセキュリティが万全なマンションを選んだ。その後健蔵が『バカたれ!』と叫び、二人は大学生として相応の借家を再度探し、一般的なアパート、ペット可だがそこまで高くないアパートを、常識的な借り方をしてそこへ引っ越すこととなった。
二人は同じ大学の同じ学部に進学した直後、二つの事柄が起こる。
一つは、以前から大々的に宣伝されてた『ソウルコンバーションテール』の発売だ。ソーエンは以前からこのゲーム機に目をつけていて、事前予約をしていたが――イキョウは『手持ちの金ねーし』と言う理由で購入を渋っていた。例え手持ちがあろうとも、本体価格が二十万を超える代物であり大学生には過ぎたる買い物だ。だが、ソーエンは金の暴力でイキョウへと本体を送りつけて、二人はサービス初期勢としてVRMMOの世界へと参入する。
もう一つの事柄、それは二人のバイト探しだ。ソーエンは大金を有しているから何不自由の無い生活を送れる――と思っていた矢先に、健蔵から『オメーの口座キンキンに冷やしておいたからなガハハハハ! 二人共最低限の生活費はワシが恵んでやるから遊ぶ分は自分で稼げバーカ!』と、口座を凍結させられ金欠に陥る。
――まぁ、私とルナトリは健蔵と繋がっていてその話も聞かされていた。何より、ルナトリが面白がって『バイトの雇用主は我輩が勤めるとしよう』と、乗り気になって二人へとメールにて接触を図った。
ルナトリと彼等のファーストコンタクトは、この瞬間だ。この瞬間、と言っても、ルナトリが健蔵の悪乗りを許し……私も少し、楽しくなって、三人でメールの文面を考えたのはある意味で良い思い出だったかもしれない。全くさ、健蔵は重病患ってるから二人が自分達で生きていけるようにしてたってのに、じゃあ重病どこさ。ずっと元気だったじゃん。重病ってだけで死なないんじゃない? あの人っ。て思ってたよ。
それでまぁ……二人のバイトは、私達が健蔵からの紹介として送った『こちらからの依頼に応えれば報酬を与える』といった内容を、何故か暗号化したメールだった。秒で『金払いが良ければ何だって良い』と返信が来た、怖かった。
一応ルナトリは態々小規模のカンパニーを立ち上げてたけど……あのノリノリのルナトリは、絶対楽しんでやってた。態々裏に手を回してまで即座に会社作ってた。でもこう言った凝り性なところはルナトリの気質を表してる。
両者の関係上雇用主ルナトリで、雇用者はあの二人だ。メインとしてあの二人へ割り振られるのは、『協会が把握している不穏分子や日本における犯罪組織の掃討』『魔術的物品の回収』『潜入調査』など、学生のバイトにしてはスケールが大きすぎる依頼から、後々ソーエンが勝手に立ち上げたホームページやSNSアカウントに寄せられる依頼の自己消化だった。後者の理由? 課金の為だよ。ゲームへの。だって、前者の仕事をこなしても、二人に入るのは常識的な安金だもん。健蔵がルナトリへ、支払い金額の指定してたもん。でも二人の卒業後に、本来の報酬から支払った安金を引いた額を二人の口座に入れてやれって言ってた。悪乗りと理性と二人への思いが乱立してる、ファンキーなお爺さんだったよ健蔵は。
勿論だけど、あの二人は裏で魔術師協会が関わってることなんて知らないし、……あと勿論かどうかは置いておいて、彼等はお金さえ貰えれば仕事内容なんてどうでも良いから気にしないスタイルでこちらからの依頼を次々消化していってたよ。
そうして彼等はバイトと共に大学生活を送っていく。イキョウは口先が上手く人当たりも良い為交友関係が異常なほどに広く、ソーエンもイキョウと共に要る限りはバカ二号と言った目を向けられていたため二人は学部や学年を超えて大学側からも名物コンビのような扱いを受けていた。
流れる日々は夏休み前の時期となり、レポートやテストを終え遊びに精を出そうとしていた二人へ、とある連絡が入る。
健蔵が、倒れた。
私は彼を半ば不死身と思っていたが、やはり病魔に勝つ事はできなかったようだ。
連絡を受けた二人は、夏休みの予定を全て蹴って健蔵の下へと駆けつける。その際、私とルナトリは健蔵の見舞いに行っており、個人病室を出る際に彼等とすれ違った。二人は思っていたよりも冷静で、イキョウは私達へ軽い会釈を、ソーエンは無関心にすれ違い、私とルナトリはこっそり、病室の外で会話を聞いていた。
『おっすクソジジイ、ぶっ倒れたんだって?』
『一応聞いておくが容態は』
『ガハハハ! 末期でそろそろ死ぬらしいわい!』
――その後、病室からは三人の笑い声が聞こえてきた。
……不思議な三人だ。私は、そう思った。
『病気してんなら言ってくれよな?』
『言ってみろ! おめぇら二人の世話になるんざみっともないじゃろが!
そう心配せんでも知り合いに死んだあとの事は任せてある、勿論葬式もな。バカガキ共はさっさと夏休み謳歌してこい!』
『その知り合いとは外に居る奴等か』
『こっち盗み聞きしてる人たち? クソジジイ迷惑掛けるんだしちょっと挨拶してくるわ』
――その言葉を聞いたルナトリは即座に、姿消しの魔術を行使し私達の姿を消し、そして気配遮断の魔術をも用いて存在ごと隠した。
『……あっれー……急に消えた……』
『そういこともあるじゃろ、生きてたらな!』
『それな』
『確かに』
――また、笑い声だ。健蔵の豪快さといか大雑把さは、二人に受け継がれているのかそれとも元から有しているものだったのか……私には分からない。
ただ、健蔵が倒れてからというもの二人は病室へと足しげく通い大学の話を彼へと聞かせていた。本来ならば夏休みに、自宅で三人と一匹で夏の暑さと共に語らう出来事を、病院で交し合うこととなったのだ。
健蔵の交友関係は、流石イキョウの保護者と言わんばかりに広く、政界の大物や魔術師協会の重鎮、海を越えた人から町の人まで多くが健蔵の病室を訪れ、その際二人は積もる話があるだろうと席を外して健蔵に最期の時を過ごさせていた。
彼の容態は好転しない。悪くなる事はあっても良くなる事は無かった。我々が訪れた際、一度だけ、ルナトリが健蔵に打診したことがあった。『貴様が望むのならば延命の術を施してやる』と。だが、彼は言った。『佳代子との待ち合わせを邪魔するんじゃない!』と。彼は本当に佳代子さんという方を大事に大事に思っている、彼に迫る死も、愛する人との待ち合わせと考えて陽気に受け入れ悲哀など一切感じさせることは無かった。その言葉を受けたルナトリは、それ以上は何も言わなかった。健蔵が死ぬことを選んだのなら、死ぬまでの時間を愉快に過ごそうと決めていた。
彼の容態が段々と悪化する中、起きている時間も短くなっていった。筋骨隆々の体にも衰えが顕著に見え始め、本当に死期が近づいていることを見ただけで実感させられるほどに。
彼も迫る死の時期を実感していたのだろう。だからだろうか、ある日、イキョウとソーエンがこっそり病院にミーを連れ込んで会いに行った際に――寝ていた健蔵はガバリと元気に起き上がって、こう言った。『よし、飲みに行くぞ!』と。
その言葉を止める彼等ではない。三人と一匹は共謀して病院を抜け出し、そして健蔵が未だ健在であるかのように荒い運転を繰り広げて一つの場所まで駆け抜けた。その場所は、嘗てコハルが亡くなり、村人も大勢亡くなった健蔵の故郷だ。家も無い山間にある墓地、村人達とコハル、そして佳代子が眠る墓へ訪れた三人は、死者を弔うはずの厳かで静かな墓場に酒を広げて騒ぎ出す。衰えているはずの健蔵は、嘗ての姿を見せるように騒ぎ、追従して二人と一匹は陽気な花見であるかの如く賑わいを見せて、静寂の墓地は静けさを忘れたかのように華やかな熱さに包まれていた。
『なぁクソジジイ』
『おいクソジジイ』
『なんじゃァ!』
『焼香のあげ方わかんねーから葬式いかねーからな』
『お前の焼けた骨など拾いたくもないな、火葬も参加しないでおこう』
『そしてな』
『死に目にも駆けつけん』
『ガハハハハハ! 来んな来んな! おめぇらが居たら何時までたっても死ねねーし、死んでも焼かれても生き返るわ! そろそろ佳代子に会わせろってんだ! ミーちゃんも来ちゃダメだぞ? 可愛がりたくなっちまって骨になっても撫でちまうぞ?』
『んみゃー』
本当に、本当に、不思議な者達だ。互いの別れが近づいているというのに、気持ち良さすら感じるほどさっぱりとした、本当に不思議な者達だ。私は、このとき、ルナトリと隠れて会話を聞いていた。何故だろう、さっぱりしていると分かっていても、私だけが嗚咽を殺しながら泣いてしまった。ルナトリは、静かに笑って、ただ、静かに笑ってた。
三人と一匹――やはり、四“人”なのだ。彼等は酒盛りを終えて墓地で夜を明かし、病院へ戻った際には院長や看護師からこっぴどく叱られ、病院側ではない健蔵を知る者達、健蔵が居なくなった話を聞いた者達は『やっぱ健蔵は死ぬまで健蔵だ』と、皆が納得していた。
最期、最期の最期まで、健蔵は健蔵のままだった。だが容態が急変し、その連絡を受けた、回した、大勢の者達が病室に入りきらないほど押し寄せた際にも――いや、“だが”なんて言葉は要らないよ。やっぱり、健蔵は健蔵だったんだ。意識が朦朧とする中でも、心拍が弱まる中でも、健蔵は最期まで口は回るわ冗談は言うは――元気は無くとも笑うは――本当に、健蔵だった。
だけどそれでも、死の間際、今際の際に、彼は――
『おぉ……佳代子……久しぶり、だな』
――――それが、最後の言葉となり、彼は静かに息を引き取った。
そんな言葉、聞かされちゃ。皆、健蔵の佳代子さん自慢を聞かされてるんだから。さ。どれだけ健蔵が死ぬ寸前まで健蔵らしくあったとしても、死の言葉すらも健蔵らしくて――彼の死に全員が涙を流した。
健蔵は、豪快でファンキーだが豪勢な弔いは望んでいなかった。莫大な遺産は葬式に使わず、卒業後にイキョウとソーエンとミーちゃんに分与しろと文書で預かっていたし、来る人来る人にも『普通の葬式してくれ要らん気回して豪華にすんじゃねぇぞ』って、言ってた。そんな奴なんだよ、健蔵は。どれだけコネクションがあってもどれだけ色んな人たちから支持されてても、彼はあくまで思うがままに生きた生き様の中で築き上げたものであって、彼は根っからのただ豪快でファンキーな一般人なんだ。
彼の意向を汲んで、私は日本の様式美に合わせた一般的な葬式を執り行った。ルナトリは参列しなかったよ、『死したならば生は終わりだ、弔いなど生者の自己満足であろう。我輩は探求を進めるのでな』と冷淡な言葉を吐いて、どこかに消えた。
きっと、恐らく――語る必要も無いだろう。ルナトリと健蔵は、私よりも永くからの付き合いだ。あのルナトリがコハルよりも、私よりも、もっと先の時代に出会っていたのが健蔵だ。そして私は知っている、私すら内緒で、コハルの墓へ足しげく通っては掃除をして好きだった花を沿え、近況を語りかけていることを。記しただろう、彼は気に入った者、物、モノはとことん気に入ると。彼は決して非情ではないのだ、情の掛け方が常人とは違うだけなのだ。もしかしたら、もしかしたら、健蔵は、ルナトリが生きる中で初めて友情を向けた人間なのかもしれない。この“かもしれない”は、去るルナトリの背中を見れば確信に変わったのだから、私は彼の背中を止める事はしなかった。
葬儀に参列した者達は、あくまで一般的な価値観を持つ者達だ。だからこそ、病室で出会った、孫のような存在であろうイキョウとソーエンが居ないことに腹を立てる者も居た。それは、健蔵の価値観ではなく己の価値観を優先する者達で、しかし私も理解できなくないこともない。死者への弔いは死した者を大切にしているからこそ自らの意志で行うもの、例え本人から来るなと言われても弔いたいという思いを抱く事は必然なのだ。
だが、私は、『二人は健蔵を失ったことにより深い悲しみを抱いて動ける状態ではない、それこそ、弔いもままならないほどに』と嘘を流布することによって一部の憤りを収めることにした。
健蔵の人脈は広い、それこそ政治に関わるほどにまで。だが、イキョウとソーエンを詳しく知る者達は、有権者であればあるほど少ない。直接的な関わりのある町の者達の方が二人を良く知っているレベルだ。何故、どうして、その答えは――健蔵は、二人にただ、普通の生活を送って欲しかったからだ。自らが有してる人脈を継承することは無い、自分の肉親だから優遇しろと打診することも無い、権力者に紹介することすらしない。健蔵は、本当に、彼等の個性を尊重しながらも、彼等が彼等らしく生きていけるようにと考えていたのだ。……彼の判断は正しいと思う。イキョウもソーエンも、特権こそ彼等にとって何よりの邪魔となる気がする。彼らは縛られる中で自由を模索する姿が最も楽しそうで生きる輝きを金光と発する気がする。しがらみ、縛り、それが無ければあの二人は私の知る愉快な彼等ではなくなってしまう気がするのだ。
ただ、まぁ……健蔵の葬儀に赴く者達の大半は、健蔵の意志を汲み健蔵がどういう者かを知っているし、遺影もサングラスにアロハシャツ、ハツラツな笑顔を浮かべている故に――では健蔵への弔いとは何かとなって、賑やかな酒盛りとなった。
土葬――ではなく、火葬と納骨が執り行われても皆は豪快に笑いながらも涙を流し、健蔵が死しても尚彼への弔いに賑やかさを乗せて大勢の者達が最後の見送りを済ませた。心中には、愛する佳代子さんの元へ行ってらっしゃい、と、思いを込めて。
――――納骨が終わり、人も消えた墓地には、とある三“人”が姿を現す。
それは、イキョウとソーエン、そしてミーちゃんであり、膨大な酒瓶と食料を抱えて墓石の前に腰を下ろした。
『うっし。ソーマ、ミーちゃん』
『ああ』
『にゃう』
『クソジジイ死にやがったから、煽ってやろうぜ』
『ああ』
『にゃお!』
言葉を交わす彼等に弔いの意志など微塵も感じられない。それが、彼等なりの健蔵へ向けた弔いなのだろう。
――
『お前は、やはり泣かないのだな』
『泣き方知らんし。クソジジイ相手に泣きたいとも思わんし。寂しんボーイのソーマはどーよ、クソジジイのこと気に入ってたじゃん』
『泣く必要もないだろう。もし何かの間違いがあって涙を流せばあのジジイが生き返ってバカにしてくる』
『にゃむぅ……にゃー! ふしゃー!』
『ミーちゃんはお怒りのようで……。泣いて良いってさ』
『自慢ではないが、生まれてこの方感動系のアニメゲーム小説以外で泣いたことが無い。更に自慢ではないが、泣きゲー以上に涙を流したこともない。このジジイの為に涙を流せば、俺は“アニメゲーム小説ジジイ”以外で泣いたことがないと言わなければならなくなるだろうが心底屈辱なのだが?』
『お前のそういう貫き通すスタイル好き』
『にゃん』
『ミーちゃん……! ミーちゃんに好きと言われてしまったら……アァ゛!』
――彼らは、変わらないよ。健蔵の、生前でも死後でも、賑やかさが、全く変わらない。
『――んぉ? おじさんもクソジジイの知り合い、だよな? 病院で一回すれ違ったよな。酒盛りする?』
『ッくはは、遠慮しておこう。――この花を、添えてやってくれ』
『えっ、何この高そうな花束……ソーマ!』
『ああ!』
……二人は、花束をそれぞれ分割して持つと――ハンマーのように振り下ろして健蔵が眠る墓へとたたきつけた。
『ウケケケケケ! オレ達が素直にクソジジイへ献花するってかよォ! ――――ってあれ?』
『……ふむ……消えたな。まぁ良いだろう、酒盛りの続きをするぞ』
『っっしゃおら!』『っにゃぉあ!』
彼等は騒ぎに騒ぎ夜が明けても夜が更けてまた夜が明けても、飲み続けた。ずっとひたすらに飲み続け……彼らは生まれて初めて泥酔をし、『じゃあなクソジジイ! 夏休み楽しむからよ!』と言葉を吐いて、泥酔したまま更に酒を呑み続けて深夜にアパートへと帰りおぼつかない頭でゲームへログインをしていた。
健蔵との離別を迎えても尚変わらない彼等は、夏を過ごし、秋を向かえ、冬を間近に控えた頃――。
ソーエンは、ソールコンバーションテールをプレイする際に、お決まりとなっていることがあった。ゲームの筐体へ寝そべると、必ずミーがお腹に乗ってきて丸まるのだ。だが、その日は筐体へ横になってもミーが乗ってこない。ソーエンは不思議に思うと共にミーの名前を呼び、しかし鳴き声は返ってこず部屋の中を探し回る。キャットタワーやミー専用のダンボールの中、洗濯機の隙間、風呂場、トイレ、本棚、パソコンデスク、コタツの中、何処を探してもミーは居ない。焦燥感に駆られミーの名を大声で呼びながら探す彼の視界に、ベッドが写る。すぐさま布団を剥いでみれば――――中にはミーが丸まっていて、穏やかに、だが、眠る事はなく、丸まっていた。
『…………そう、か。…………随分、長生きしたものな』
『……にゃぁ』
ソーエンは感じ取っていた、過ぎる日々の中でミーの元気が失われていくことを。だがそれでもミーは、『まだ元気だよ!』と、変わらぬそぶりで居続けていてくれたことを。それでも、その日は、ミーから『まだ大丈夫だよ』という返事は無く、ただの鳴き声が帰ってきた。
この日から、ソーエンは大学を休み、バイトも休み、ゲームに一切触れることも無く、全ての時間をミーと共に居ることへ奉げた。イキョウもまた、ソーエンが大学を休む事情を教員達に口八丁で丸め込み出席扱いして貰えるよう取り計らい、彼がミーの側に居られる時間へ万全を尽くした。
ミーは段々と、いつものカリカリエサが食べられなくなり流動食をソーエンが口に運んで食べさせるようになる。トイレへ行くこともおぼつかず、ソーエンが綺麗に拭き取るようになる。一日の大半を眠って過ごすようになる。ソーエンの膝から離れず、ずっといつまでも側に居るように眠り続ける。
その姿をずっと見続けるソーエンは、ミーとの思い出を何度も何度も思い出しながら、片時も離れることなく側に居続け、ミーが目を覚ましたときは二人で思い出を振り返り家族としての時間を過ごした。
イキョウは何も言わず、訪れることもなく、ただソーエンの家の前に食料を置いて帰り――連絡を受けて部屋に入れば
『最期の言葉を、聞いて……やってくれ』
『……んゃ……』
『そっか……コイツにはオレは居るから安心して。ミーちゃん、あっちにはクソジジイと佳代子さんが居るよ。一杯可愛がって貰いな』
『……――』
命の呼吸が浅いミーと最期に言葉を交わして、彼女は静かに息を引き取った。
彼女の亡骸は、ソーエンが大事にしていた漫画やゲームを売ってでも工面したお金を使って、ペット葬儀を行い墓を建てた。墓の場所は、健蔵が眠る場所と同じ墓地。せめても、あの世で健蔵と、そして佳代子さんにとってもたくさん、一杯可愛がって貰って欲しいという意志を込めて。
この時はさすがに、騒がしさなど生まれなかった。ソーエンが人生で初めて、誰かの為に涙を流し、墓の前で泣く彼の元からイキョウは離れ、静かな弔いを行った。
その後ソーエンは、一週間を一人となった部屋で何も出来ず過ごし、それでもミーがこんな事は望んで居ない事は分かっていて、イキョウの前へと姿を現す。
イキョウは、そんなソーエンに何も言わない。飾る言葉も語る言葉も心配する言葉も、何も言わない。ただいつも通り、何も変わらないように振舞って変わることなく普段通りの二人として喧騒を生み出していた。
健蔵との死別、ミーちゃんとの死別、四“人”であり家族でもあるような彼等は、二人を失い冬を迎える。共にそれぞれの家族を失ったのではない、二人は同じ家族である健蔵とミーを失い、しかし二人は二人で居るからこそ哀に暮れることなく気兼ねない変わらずの友として居られるのだ。
二人が大学一年として過ごす冬――そこで、彼女と出会う、が……手記に記すには生々しさが彼女の羞恥となってしまう。私は転写された記憶によって過去を辿る事はできても、彼女のことを記すのは避けよう、思い起こすことすら止そう。
ここより先の、皆の過去は記すべきではない。プライバシーの侵害であるともに、あくまでこの手記は世界の過去を記すための手記だ。後半部分は私情が入り混じる思い出帳となってしまった。ここで手記は終わりとする、恐らく続きを書くことも、その暇も無いだろう。




