54.<常夜の幸夢>
あの後……クソジジイが気を回して引っ越したんだよな。んで、オレは家出して――。殺して殺して殺して――。
「ちょっとあんた!! しっかりしなさい!!」
――声が聞こえた。頭を叩かれた。そのおかげでオレは記憶の回廊から脱出することが出来た。
「……あれ? 金髪、と、ミュイラス、じゃーん」
「じゃーん。じゃないわよ!!」
盾に凭れ掛ったままの体勢で朦朧としていたオレの前には、ひまわり組の金髪とミュイラスがいた。ミュイラスはふわふわした二つ結びの髪の毛と不健康そうな目つきがいじらしいなぁ、久々にお前の存在を見た気分だよ。最近色々起きすぎててお前みたいなモノ静かな奴が恋しかったところだ。金髪はシラネ。
二人はこちらを覗き込んで、心配そうな顔をしている。
おお、オレの体ってすげえな。朦朧としててもしっかりと鏡の大盾を押さえ込んでいたようだ。未だに体に力が篭っているのが感じられる。例え死んでも屍でつっかえ棒作れるじゃん。ソーエンに言われたこと出来るじゃん。
「あんたなんでその怪我で生きてるわけ!? ソーエンさんも肩ガクガクしてたのに平然と腕振り回してるし、もう信じらんない!!」
「まあ、まあ。死んで、ないから、生きてるわ」
「無駄口叩かないで!! 今すぐ回復してあげるから!!」
金髪は怒ったような顔でそう言い放った後、オレの体に手をかざして回復魔法を使い始めた。
ゆっくり、じんわりとオレの傷が塞がっていく。
肺の穴は塞がった。だったらこれだけでいい。腹にはまだ穴が開いてるけどこれでいい。
「なんで……全然傷が塞がらない……ッ!!」
金髪は必死になりながらオレに回復魔法を使ってる。
多分、HPの回復量が関係してるのかもしれない。オレ達レベルの体を完全に回復させるには、オレ達と同等の実力を持っている者じゃないと回復量が足りないんだろう。
「もういいって。魔力勿体無いから温存しとけ」
「何言ってるの!? 勿体無いとかそういう問題じゃないでしょ!?」
「いいんだってば」
オレは金髪の手を軽く取って、無理矢理回復を中断させる。
「……っ」
金髪はオレから顔を逸らして黙り込んだ。反応はどうでも良い。
「状況を教えてくれ。何でオマエラがこんな所に居るんだよ」
「あ、あの。へ、変な声がして、それで、向かったら、ふ、ふ、フードの人と、メイドの人が戦ってまして……」
「……あっちは、レレイラみたいに魔法攻撃が使えたり、ピウみたいに相手を霍乱できたり、コロロさんみたいに遠距離から攻撃できる人はサポートに回ってるわ。ソーエンさんとヤイナとキアルロッドさんがメインで戦ってるのよ」
「なんでこう……いや、でも今は助かるか。ソーエンとヤイナ居れば大丈夫だろ」
皆が戦ってくれてるからか、鏡の大盾を引く力が弱まっている。オルセプスはどうやらあいつらに結構手を拱いているようだ。こっちに意識を回す余裕が無いんだろう。
キアルはすげーな……ソーエンやヤイナと同列に語られるくらいには戦いに付いていけてるんだもんな。
「そんでお前等はなにしてんの?」
「わ、わたし、わたしたちは……」
「ソーエンさんからバカの様子を見て来いって言われたのよ。……そしたら死に掛けてるじゃない!! ソーエンさんがちょっと八百屋行って来い見たいなノリで言ってたから、来て見てびっくりよ!!」
「なーる」
「何で…どうして…死に掛けてるのに…ヘラヘラしてんのよ……」
金髪は泣きそうな顔で、不安そうな顔でオレを見てくる。
でもコイツの顔にはなんの感情も沸かない。名前を知らないから、泣かれても堕ちない。コイツはオレの周りには居ない。
コイツはあくまでピウの仲間であってオレの周りに居る奴じゃない。
「さて、と。どうすっかねぇ……。オレはここで鏡の大盾を死守しなきゃならない。そんでお前らは足手まとい。
もうお前等防壁に帰りなよ。居るだけ邪魔だからさ。他も下がらせろ、キアルだけ残してけ」
「あんたの言うことなんて聞くもんですか!! 私はみんなの回復役としてサポートできますけど? 戦ってる皆の回復できますけど?」
「あっそ。じゃあ行って来いよ。そんで怪我してる奴治してこいよ」
「言われなくてもそうするつ・も・り!! ソーエンさんに言われたからわざわざ来てやっただけで、本当だったら今頃は私もあっちでサポートしてたんだからね!! ふん!!」
この金髪うぜー……。だったらさっさと行けよ。回復やりに行けよ。
金髪はそっぽを向いたまま怒ってオレに背を向けた。そしてそのまま数歩歩くと……。
「本当に大丈夫なんでしょうね」
振り向かずにそう尋ねてきた。
「わざわざお前に心配されるほどじゃない」
「…………その言い方ムカつく」
オレの問いに一言ポツリと返した金髪は、もうそれ以上は何にも言わずに不機嫌そうな態度を取りながら走り去っていった。
「みゅう……。あ、あの……」
ミュイラスはそんなオレ達をアワアワしながら見てて、ようやく声を上げた。
人と関わるのが苦手だから会話に横槍を入れてこない。ようやく自分の番が回ってきたから話しかけてきたんだ。
「ミュイラスはマジで帰りな。やれることないなら帰ったほうが良い。ここに残ってる意味が無い」
「あ、あ、あの、いくつか確認した、したいことがありまして……」
「何? 防壁の奴等に報告するための情報持って帰りたいの?」
「そそそ、そんな、かんじ、です」
「別に良いけど手短にね」
「はい……。あの、その盾、メイドさんから教えてもらって、どんなものかって、しってるんです。けど、けど、けど」
ミュイラスは一生懸命話そうとしている。でも、説明をすることが慣れていないのか言葉が詰まって思うように話せないようだ。
「良いよ、ゆっくり、落ち着かなくて良いし、リラックスしなくていい。話したい事を思いっきり話して良いよ」
「ははは、は、い。……ありがとうございます」
ミュイラスは、眼を伏せながら口元を微笑ませた。嬉しそうな感じ……の笑顔なんだろうか。
「あのあの、その盾、私でも押さえられるでしょうか……。あ、わたし、レベル百一で、で、そこそこ力ある、とおもいます」
マジかよ、レベルメッチャ高いじゃん……。ミュイラスって実は凄いやつだったのか……。
「多分大丈夫だと思うぞ? 今はもうほとんど引く力感じないし」
多分、オルセプスの事をソーエン達が追い詰めているから再生よりも戦うことを優先してるんだろう。
鏡の大盾は重量こそあれど、今は地面に付きたててあるから、その重量全てが体にのししかかるわけじゃない。引き戻す力がほとんどない今ならオレじゃなくても支えられる。
でもどうしてそんな事聞くんだろう。もしかして、ミュイラスはオレの代わりに盾を押さえて、オレがオルセプスの方に向かえるようにしようとしてくれているのか? でもそれはアリだな。そっちの方が戦力アップになってソーエン達も戦いやすいだろう。
「えと、えっと、体に穴、空いてますよね。ち、血もたくさん出てます。死なないわけでは、な、な、ないんですよね?」
「ガッツリ死ぬから。オレだって生き物だぞ」
「あ、そ、そ、そうですよね。良かったです」
「うーん……。何が?」
良かったって何? 何が良いの?
オレはミュイラスの考えていることが良く分からない。良く分からないまま、眼の前のミュイラスは顔を上げてオレを見て来た。
その顔には、今まで見せていた不安や臆病さは全くなく、寧ろ、自信を強く持ってる余裕な大人の微笑をしていた。
そしてミュイラスは微笑んだまま口を開く。
「その盾は私に任せて、死んでください」
「……ん? お?」
「その量の出血なら死んでもおかしくないですから、後処理は私に任せて。さあ、幸せに浸りまりょう。<常夜の幸夢>」
そう言いながらミュイラスはオレの手にかざすと、オレの視界は急にブラックアウトした。
まったくもおおおお、ホワイトアウトの次はブラックアウトかよ。オレはそう思いながら闇に体を沈めていった。
* * *
眠りに落ちたイキョウ。その目の前ではミュイラスが微笑みながらその姿を見ていた。
「わぁ、凄いですね。寝ててもそのままですか」
イキョウは眠りに落ちても尚、その体で大盾を支えていた。
「わたしもすぐにいきますから、見せてくださいね」
そのイキョウの体に寄り添うようにミュイラスは体を密着させて眼を閉じる。
その姿はまるで、二人身を寄せ合って穏やかに眠っているかのようだった。




