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無計画なオレ達は!! ~碌な眼に会わないじゃんかよ異世界ィ~  作者: ノーサリゲ
第五章-そんなに疲れさせないでよ異世界-
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52.愚か者の過去

 結構しんどいな。


 血を腹と口から垂れ流しながらオレは思う。


 盾を抑えるために全身に力を入れているおかげで、血が流れる速度は遅いけど、それでもしんどい。それに、連日心が不安定だったから、表のメンタル的にもしんどい所はある。


 体力ゲージを見ると半分くらいしか減ってないけど、これってどういう規準なんだろう。血を流せばジワジワ減ってはいるけど、流れ出た血と身体に残っている血の量がおかしい気がする。感覚的にはギリギリ意識を失なわないくらいの血を流している感覚なのに、流れ出た量は確実に人が死ぬような量流れてる。でもHPが残ってれば死なないってのはなんとなく分かってたから、まだ大丈夫だ。まだまだこの大盾を支えていられる。


 ソーエンは今戦っているのだろうか。いや、戦ってる。


 なんとなく、そうなんとなく、親友的直感がそう注げているから戦っているんだろう。


 だったら後はアイツを信頼してオレはここでひたすら耐えよう。


 そう思いながら、オレはふとあることを思い出す。疲労と傷と、メンタルが弱ってるからか、ふと思い出してしまう。


 ナトリが言ってた人の名前……。たしかコハルって言ってたな。どうしてだろう。オレはその名前が酷く懐かしく感じる。


 なんでだろう。分からない。でも、とっても懐かしい気がする。


 でも、その名前に聞き覚えなんて無くて、記憶のどこにも有りはしない。


 もしかしたら、オレが忘れてしまったあの人の名前なのだろうか。でもそんなはずはない。ナトリが知っているはずが無い。


 ソーエンにすら、あの人を忘れたくて名前だけは教えなかったんだ。…………本当なら話すことすらしたくなかったのに、お前だったから話しちまった。ヤイナも同じだ。オレ達は皆同じなんだ。だから二人に話しちまった。でも、ソーエンと出会ったから話しちまったんだ。お前の人生を一番狂わせてんのは、お前だよ、ソーエン。


 忘れたくて思い出にずっと蓋をしていた。でも、ユーステラテスの一件で蓋が開いちまった。その蓋を閉めるのにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


 あのとき深く求めちまったから、草臥れたオレが我慢できなくて思い出しちまったから。


 忘れようとすればするほどあの人の事を思い出してしまう。だから考えないようにしてきたのに、なんでかまたふと考えちまう。


 楽しかったあの日々を、オレを人間にしてくれたあの人を、オレは一生忘れる事は出来ないのだろうか。その約束を果たせずオレは最期を迎えてしまうのだろうか。あの人との約束を果たせないまま、世界に身を窶してしまうのだろうか。


 ダメだ、一度考え出すと止まらない。止まらないから全部思い出しそうになってしまう。


 弱っている身体に引っ張られたのか、オレの脳は勝手に記憶の再生を始めてしまう。欠損した記憶は段々とオレの脳を蝕み始めた。強欲にも全てを思い出そうとしてしまい、始まりから全てを思い出し始めてしまう。求めて、求めたくて。戦いの中だってのによ、チクショウ。


 * * *


 本当のオレは、空っぽで何も無い人間なんだ。感情すらも、何も無い。心の奥底には何も無い。取り繕ってるだけなんだ。全部あの人に教えてもたっらことを真似してるだけなんだ。元々のオレは、人の形をした何かで、人を真似するだけのなりそこないで、自分が無い人間だった。いや、人間じゃなくて、人の形をした何かだった。


 そんなオレは、両親から言われていたことがある。


「〇〇って産まれた時によ、全然泣かなかったんだぜ!! ガーッハッハ!!」


「もうあなた。三歳の子供に何話してんのよ」


 〇〇……。多分オレの名前なんだろう。コレが失った記憶のうちの一つだったのか……。


 ……家の両親はバカだったから、どんなことがあってもいっつも笑ってた。


 それがオレには理解できなかった。


 赤ん坊の頃の記憶はない。でも、ずっと、多分、生まれたからずっと思っていることがあった。


 どうしてそんなに顔が動くのだろう。と。


 見ていれば顔の動かし方は分かる。だからその顔の真似をして表情は作れた。でも、作る意味が分からない。


 言葉も同じだ。語彙の獲得は出来たし文も問題無く喋れた。でも、親切だとか笑うだとか、人の感情に起因する言葉の意味を納得する事は無かった。理解は出来るんだ。でも納得だけが出来なかった。何回聞いても何回見ても、心にストンと落ちる事は無かった。


 オレは幼いながら、いや、生まれたときから本能で知っていたんだろう。オレは人とは違うって。


 だから少しでも同じになれるように、少しでも真似できるように、些細なことも見逃さずにしていた。そしたらいつの間にか眼がおかしくなっていた。見逃さないようにしていたら何でも見られるようになってた。おかしい人間の眼は、簡単におかしくなっちまったんだ。


 でもオレは、あまりに違い過ぎているからか、どんなに見ても真似する止まりだった。


 言ってしまえば昔のオレは、人間のはずなのに人間のフリをしようとしてる、本物でありながら偽物の人間だったんだ。


 でもオレの両親はホントバカでさ。そんな不気味なオレを見て、将来は大物になるんじゃないか!? とか トンビからフェニックス産まれたぞ!! とか言って、オレのことを笑い飛ばしながら可愛がってくれてたよ。


 『良く分かんないけどスゲー子供なんじゃね?』とか思ってたんだろな。だってバカだったから。特別っぽいからスゲーって思ってた。


 まあ、そんな両親だったからか、オレはオレの特徴に関して特に悩むことなく育ったよ。


 でも不思議なもんでさ。そんなバカな両親の真似してたらどうしてか幼稚園じゃ人気者になったし、行く先々、出会う人達から面白がられたよ。


 感謝はしてる。感謝だけはしてるけど、やっぱりオレはあの両親のことをなんとも思っていない。心の何処にもあの人達への感情は存在していない。オレを産んでくれた事は知ってるけど、知ってるだけ。特別何かを思ったことは無い。


 そんなんだからオレはやっぱりおかしいんだよ。


 小学校に上がる前だったかな。家に一人の強盗が入ったんだよね、家の両親はバカだけど人徳が凄かったから色んな人たちから色んなものを貰ってた。それが狙いだったのか、それとも何の理由も無かったのか、とにかく何の前触れもなく、本当に偶然強盗が入ってきた。言っちゃえば運が悪かったってやつなのかな。


 物音に気がついた父さんがまず起きて、母さんを起こしたん……だったかな。それで強盗と争いが起こって、騒がしさにオレが起きてリビングに下りたら、強盗がオレを襲ってきて。


 多分人質にでもしようと思ったのか、それともただ逆上した強盗が、オレが子供だったから殺そうとしたのか。今となっちゃ分からないことだ。


 そんでオレを守ろうとした父さんがナイフで刺されて、ショックに叫んだ母さんの口を封じる為に喉をナイフで掻っ捌いて。オレはその様子を淡々と見ていた。


 オレはそれを見てもやっぱりなんとも思わなかった。ただ、ああ死ぬってこういうことか、って目で見て理解していた。


 両親が殺されたってのに、声一つ出さずに突っ立っているオレが心底不気味に見えたんだろうな。強盗は絶叫しながらオレに向かってきた。


 そこで恐怖と混乱、畏怖って表情を知った。でもやっぱり感情ってモノは分からなかった。


 表情を知ると同時に、オレは人の殺し方も知った。だって、見たから。


 だから襲ってくる強盗のナイフを躱しながらキッチンへ移動して、包丁を手にとって殺した。母さんと同じように強盗の喉を掻っ捌いて、全く同じように殺した。そのときのオレはそれしか殺し方を知らなかったから、しっかり真似をしてしっかり殺した。


 ――その後は、母さんの叫び声を聞いた近所の人が通報したのか、警察が駆けつけて、オレは保護された。


 保護された後は……誰だったかなぁ。多分父さんか母さんの親戚が一時的にオレの世話をしてくれた。


 事情聴取とか結構されたんだけど、事実を話しても信じてはもらえなかった。皆オレが混乱して有りもしない記憶を語っているんだろうって話していた。


 でもそれと同時に、警察は現場の状況に不信感を抱いていた。


 強盗を殺した包丁には、母さんとオレの指紋しかなく、しかし両親と犯人の遺体の位置はバラバラ。どう考えても両親が強盗を殺せるわけが無い。でもオレみたいな子供が強盗を殺せるはずが無い。


 ほかにも、母さんと犯人の傷が似過ぎている、強盗がナニカを追うようにして振り回したナイフから飛び散った血の後が壁に付いている、犯人の死体の表情が怯えていたなどなど。上げればキリが無いほどには現場には謎しかなかったらしい。


 その後、第三者が居たんじゃないかって話になって、誰もオレの話を信じてくれなくて、結局事件が解決しないまま両親の葬式が始まった。


 葬式には色んな人が来てくれたよ。家の両親は交友関係が広くて本当に色んな人が来てくれた。


 でもそのせいで、ようやくオレの異常性が皆に知れ渡ってしまった。


 だって、オレって両親が死んだのにバカを真似してあっけらかんとしてるし、全然泣かなかったから。


 そのときのオレは知らなかったんだよ。葬式でどんな風に振舞えば良いかなんて。だって初めてだったから。空っぽなオレは、何時も通りの真似をすることしか出来なかったから。


 そんなおかしいオレを見ていた親族達は、みーんなオレを引き取りたがらなかった。


 話し合いの場をこっそり覗いたけど、誰も何も話してなかった。押し付け合いなんて起こってない。本当に誰も喋らず無言で、意気消沈しながらただただ黙ってた。


 オレもオレで、こんなおかしいヤツを見た後に出る言葉なんてないでしょ。って達観しながら見てた。


 でもそんなとき、一人の爺さんが声を上げてくれたんだ。


 遠い遠い親戚らしい、ほとんど繋がりが無いような爺さんで、オレも初めて見る人だった。


 ジジイのクセにサングラスして、そこそこ筋肉も付いてて、白髪のオールバックで。


 頑固……とは違うのかな。昔気質……というか大雑把でありながら厳格なところもある、とにかく愉快なクソジジイだったよ。


 クソジジイは大声で親族を一括すると、『お前らが要らんならワシが貰ったるわ!! あのクソガキの面倒は全部ワシが見るから覚悟しておけ!!』って言って、そのままその部屋を後にしようとしたよ。そんで襖を開けたらオレが居たもんだから親族が全員びっくりしちゃって、でもそんな事お構い無しにクソジジイはオレの首根っこを掴んでニヤッとしながら、そのまま強制連行されたよ。


 軽トラ乗り回して色んな所寄って、半分観光みたいな感じで連れまわされて、ホテルで寝泊りして。気がつけばオレはド田舎の村に居たんだ。


 自然豊かで田んぼと畑が広がっていて、民家がポツリポツリとあるような、そんなド田舎。


 そんな田舎に建ってる、広い平屋の茅葺屋根の家がクソジジイの家らしく、到着して一発目の会話がこれだ。


「ところでクソガキ。お前の名前ってなんだ?」


「この爺さんマジ? 知らないでオレの事連れてきたのかよ」


 そのときのオレは確か……父さんがポニーテールにしてたからオレも真似してて、傍から見ればそこそこ可愛い男の子って感じの見た目をしていたはず。


「オレの名前は〇〇だよ」


「〇〇……。キョウでいいな、いいだろ? 短くて覚えやすいじゃあないか。ゲハハハハ!!」


「覚えやすいってだけで改名しないでくれよ。ってか引き取るってんだからちゃんと名前覚えてくれよ」 


 そんな会話から、クソジジイとの生活は始まった。


 クソジジイは妻を早くに亡くしたらしく、子供は居なかった。――あるとき、なんで再婚しないのか聞いたら。


「ワシが生涯愛するのはアイツだけだ!! 今までもこれからも死んでもずっとずっと愛してる!! 好きだぞ佳代子ー!!」


 なんて自信満々に言い放った挙句、そのあとにのろけを三時間も聞かされた。


 まあ、底抜けのバカジジイと、バカを真似するオレの生活はそんな感じのバカバカしい毎日だったんだけどな。


 ただ、やっぱり公的手続きは必要だったわけで、生活開始直後はクソジジイは頻繁に家を空けてどっかに行ってた。


 付いてくるかどうか聞かれて、オレはメンドそうだから行かないって答えていた。


 今思えば、あのクソジジイはどうやってオレを引き取る手続きを済ませたのかが謎ではあるんだよな。でもオレを引き取ったって事は事実だから法的手続きはクリアした……のか?


 まあ、田舎に一人残されたオレは、やることなかったから外をブラブラしてたわけ。コレも特に理由はない。ただ、両親がな、『家に居るのも良いけど散歩しようぜ散歩!!』ってノリでよく外に出てたからオレもそれを真似してるだけだった。


 あぜ道を歩いて、まだ水の張られて居ない田んぼを眺めて、畑仕事してるじっちゃんばっちゃんと談笑して、髪が長いからか女の子と間違われて、舗装してある道路を歩いて、郵便のバイクに乗ってるおっさんが声を掛けてきて後ろに乗せてもらって、大らかな田舎の空気に流されながら色々な所に行った。


 そんなある日、オレは一人の女の子と出合った。その子は当時六歳のオレより三つ年上の九歳の女の子で、小高い丘の一軒家に一人で住んでいた。


 その一軒家はクソジジイの家と同じくらい土地が広くて、その庭を埋め尽くすように花壇から花が咲き乱れていた。


「あらあら、始めましてさんだねぇ」


 花壇に水を上げていた女の子は、オレを見るなりおっとりとした口調で話しかけてきた。


 そのときは春前の季節で、女の子は白いワンピースと薄い黄色のカーディガンに、季節はずれの麦藁帽子をしていた。


 穏やかで優しくて温かい人。オレは始めて見たときにそう思ったことをしっかりと覚えている。あの陽だまりの透明感を、ずっと覚えている。本当にずっとずっと、覚えている。


「こちらこそ始めましてさんだねー。どうも、〇〇って名前なんだわ。たぶんこの村に住むことになるからよろしく」


「〇〇……。キョーちゃんだね。私は〇〇って言うんだぁ。よろしくね」


 〇〇はニッコリしながらオレにそう言ってきた。


「だねって……。何? 皆オレの名前ちゃんと覚える気ないの?」


「わぁ、オレっ娘だ。私もオレって言ってみようかなぁ」


「死ぬほどマイペースだぁ。オレも私って言ってみようかなぁ」


「私がオレで、オレが私?」


「逆にオレが私で私がオレかもしれない」


「うふふ、それって面白いね~」


「そうっすね。めっちゃ面白いっすね」


 クソほどマイペースだったあの人。会話もホントにマイペースで、いっつもおっとりのほほんとしながら会話をしていた。


 でも何でだろうな。オレはそれがそんなに嫌いじゃなかった。温かい声と、温かい言葉、温かい表情、あの人はオレを、ずっと照らしてくれてた。


 その日からオレは〇〇の家に良く遊びに行くようになった。


 休日は暇さえあれば一緒に花壇に水をやっては花を眺めて、〇〇の作った美味しくないご飯を一緒に食べて、二人で田舎道を散歩して。


 〇〇は近所のばっちゃんとかじっちゃんからメッチャ可愛がられていた。それはクソジジイも例外じゃなくて、あの田舎では皆〇〇を我が子のように可愛がってた。


 オレも一緒に、そんな自由な日々を過ごしてたから、〇〇が何で一人で暮らしているのかを聞く事はなかった。愛されてんならそれで、って思ってた。


 あの村は人口が少なくて交通の便も悪いからか、学校と呼べるモノにはオレと〇〇しか在籍してなくて、そこの小中学校の先生権校長兼保険医権兼用務員兼雑用兼事務員は、家のクソジジイが農業と兼業して担当していた。ただ、全部高水準にこなすから、一般的な勉学は結構身に付いた。


 マジでなんなんだろうあのクソジジイ。


 オレと〇〇は二人だけでクソジジイから授業を受けて、軽トラの荷台に乗りながら登下校して、学校が終ったら〇〇の家で花を育てて、夜になったらクソジジイが作った飯を三人で食べて。平日はそんな生活を過ごしていた。


 まあ、そんなこんなでオレは穏やかな日々を過ごしてた。ただな、あの人はマジでおっとりしてたから、しばらくの間はオレをずっと女の子だって思っていたらしい。


 ――春が過ぎ、夏になった頃。クソジジイが『釣りに行くのが今日の授業だ』って言いやがったんだ。しかも、オレと〇〇の二人だけで『ヤマメを釣って帰って来い』なんていう、何の科目かも分からない内容の授業だ。


 そんなの今に始まったことじゃなかったし、もう慣れっ子だったから、オレと〇〇は二人でバケツと釣竿を持ちながら近くの山にある川まで二人で出かけたんだよ。


 オレも〇〇も、たまに釣りしてたからヤマメを釣るくらいは簡単に出来た。だからオレ達はヤマメを十匹くらい釣ったあと、空いた時間で二人で川遊びをしていたんだ。


 あの日は特に熱かったから、二人で冷たい川の水を浴びてバカみたいにはしゃいでた。


 でも、〇〇は濡れて張り付いた服がうっとおしかったんだろうな。オレの目の前で服を脱ぎ始めたんだよ。だからオレも何も思わず、それを真似するように服を脱いだ。


 そしたら〇〇は心底驚いたような顔してさ、『キョーちゃんって……男の子だったの?』って、これまたおっとりとして聞いてくるわけ。


 オレはその言葉に突っ込んださ。知らなかったのかよ、って。


 〇〇はマジで知らなかったみたいで、でもな、オレが男だろうが女だろうが結局扱いは変わらなかった。オレはオレっていう存在だから、〇〇からしてみれば性別なんて関係なかったんだろう。


 ――秋は授業の一環として、山の幸を集めたり、近所の人達と集まって山菜詰みしたり稲刈りしてた。あの村では子供はオレと〇〇しか居なかったから、みーんなオレ達に美味しいものを食わせたくて沢山料理を持ってきてくれてた。


 家はもはや年寄りの集会所になっていて、連日家に人は押し寄せるわ、皆酒盛り始めるわ、オレは未成年なのにその中に混ざるわで、色々好き勝手やってたよ。それを〇〇は楽しそうに見て笑ってた。


 冬は作物が育たない時期だった。でも〇〇は冬に育つ花も育ててて、オレは雪化粧をした花を、〇〇と一緒に見ていた。だから静かで色あせた冬も、あの人が居ればいっつも綺麗だった。


 〇〇はいっつもオレに色んなことを教えてくれた。


 あの人はおっとりとはしてるけど、目ざとい奴でもあったんだ。オレが喜びの真似をしたらもっと大きく喜んで喜びを見せ付けてくるし、オレが怒る真似をしたら本気で怒ってオレにぶつかってくるし、オレが楽しい真似をしたら手をとってオレ以上に楽しく振舞ってくれた。


 なんでだろうな。それまで感情ってモノが分からなかったのに、〇〇と一緒に居ると、〇〇から感情が流れ込んで分かった気になれたんだ。だから、〇〇と一緒に居るのが嫌じゃなくて、寧ろ好きだったんだ。


 本心では分かってなかった。でも、〇〇と同じ感情が持ちたくて、オレは一生懸命〇〇の思いを分かろうとした。初めてだった。初めて人と同じになりたいと思えた。真似をするんじゃない、同じになりたいって、思えたんだ。


 あの人はオレの心を埋めてくれていた。ぽっかり穴しか空いていなくて、なにもないオレの穴を埋めてくれていた。


 でもやっぱりオレっておかしいんだよ。どんなにあの人と同じになりたいって望んでも、同じになれなかったんだ。真似はできる。でも、同じになれる事は無かった。だから必死に人の心を真似した。〇〇と同じになりたくて感情を真似した。少しでも人であるオレを造ろうとした。


 それが上辺だけのオレを作り上げて、でも、オレが上辺だけでもいいから同じになりたいって思えたのは〇〇だけだったんだよ。


 オレは〇〇のおかげで『喜怒楽』を身に付ける事が出来た。同じになりたいって思ったら、辛うじて同じになれたんだ。あの人は、人の形をしただけオレに感情を教えてくれた。でもあの人は絶対に『哀』だけは見せなかった。


 いつもニコニコしていて、いつもオレを怒ってくれて、いつもオレと楽しそうにしていた。

 

 でも、オレと一緒に居ると、いっつも笑っちゃうって言ってくれたあの人は、笑っちゃうからか、哀を見せる事がなかった。


 だからオレは、オレが居るから哀をみせない。そう思うことにした。


 たまに、そう極たまに、あの人に家には高そうな車が停まっている事があった。そこから降りてくる人物をあの人は、自分の先生で、親のような人と言っていた。


 でもオレはそんなことすらどうでも良くて、あの人が居てくれたならそれで良かったから、そのことについて深くは聞かなかった。オレにはあの人があの人で居てくれるだけでよかったんだ。


 あの人との日常、あの人と過ごした日々――何度も季節は巡った。巡る季節は、あの人との日々だった。


 春は沢山の花を咲かせて、夏は日差しが花壇を照らして、秋は風が花を揺らして、冬は静かに花を眺めて――――。変わらず巡る四季は、あの人が居てくれるだけで毎年違った顔を見せてくれた。そんな穏やかな日々は、オレにとって本当に大切な日々だった。


 あの人は言っていた、お花で皆を笑顔にしたかった、と。


 オレと〇〇の時間にはずっと花があった。〇〇は花が好きだと言っていた。でもオレは別に花なんて好きじゃなかった、花を見て楽しそうにしてる○○が好きだった。その事を○○に直接言ったら『好きは自分が好きって思ったものが好きになるの~、キョーちゃんは私が好き、私もキョーちゃんが好き。好きのお揃いさんだね~』なんて言われた。この感情はあの人と同じ、初めて好きという感情を教えて貰った。


 〇〇は料理が下手だった。でも、そんなに下手な奴が作っても美味しくなる料理があって、それがカレーだった。オレは〇〇が作るカレーが大好きだった。どんなカレーでも、あの人が作ってくれたカレーはずっと好きで居られた。だからオレは今でもカレーが好きだ。


 家のクソジジイはある日急に言った。オレにオシャレをしろと。それは服装のことじゃなくて、自分に似合う絶対の一を見つけろってことだった。クソジジイは一年中サングラスをかけていて、それがクソジジイの絶対の一だったんだろう。でもオレには自分に似合うものが分からなくて、試しにあの人が一年中被っている麦藁帽子を真似して、頭に手ぬぐいを巻いてみた。そしたらあの人は 『お揃いだぁ。私は帽子、キョーちゃんは手ぬぐい、どっちもかっこいいねぇ』 って言ってくれた。かっこいいというのがまたあの人らしい。


 それからオレはどんなときでも頭に手ぬぐいを巻くことにした。そしたら家のクソジジイもカッコイイって言いやがって、色んな手ぬぐいやバンダナを色々なトコから買ってきやがった。


 ――楽しかったんだ。あの日々はずっと楽しかった。あの人が楽しんでくれたから、真似するだけのオレも楽しいって思えた。


 あの日々は全部、あの人が中心で回っていた。オレはずっとそれで良かった。それだけが、良かった。


 そんな、オレが、本当に楽しかったあの日々を、ずっとずっと楽しかったあの春を、夏を、秋を、冬を、季節を巡らす事六回。オレが十二歳で中学二年、あの人は十六のくせに高校に進学しなかった年の冬。


 その日は大雪で、〇〇はオレの家に泊まっていた。クソジジイが大雪で出先から帰れなくて、二人きりで過ごしたあの夜。その日、どうしてだろうな。オレは急に、あの人を失いたくないって思って告白したんだ。理由は分からない。でも、あの人だけがオレの日々を彩らせてくれてたから、こんな何もないオレにも失いたくないものが出来たから、手放したくなくて告白したんだ。


 そしたらあの人はおっとり笑いながら告白を受けてくれたよ。オレをギュッと抱き締めてくれて、優しく包み込んでくれた。まるで、オレを包むように、そして自分の激情を抑えられなくなった様に、一生懸命抱き締めてきた。


 だからオレは結ばれたんだって思った。

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