50.ヤイナとルナトリック
イキョウとソーエンが戦場に取り残され、オルセプスを相手に逃走と戦闘を繰り広げている一方で――。
「っスー……。なーんであたしこんな所につれてこられてるんスかね?」
「あの場に我輩達が残った所で意味を成すことはないのである」
ルナトリックの言葉を、ヤイナは『魔法職だから居る意味は無い』と解釈した。
「いや……。だからっていきなり防壁上部に飛ばされるとは思ってなかったっス」
「ファ……ふぁ……っく」
「ほらほら怖くないっスよーカニ君達、大丈夫っスからねー」
ヤイナは困惑した言葉を発しながらも、腕に抱いた怯えるクライブ達をあやすように揺らしていた。
――現在、ヤイナとナトリは防壁の最上部に立っている。
眼下では、先ほど発生した爆発の余波で活発化したモンスターが防壁へと押し寄せてきていた。そのモンスター達は何かから逃げるように、逃げ惑うようにしながら錯乱状態で防壁へと身体をぶつけて逃れようとしている。
モンスター達は本能で理解している。この弱肉強食の領域に絶対強者が君臨したことを。
モンスターは錯乱、暴走、本能的になっている。『そんな状態のモンスターを外に出す訳には行かない』と言う意思を抱き、対処しているのは帝国軍と近隣国から呼び寄せられた強者、そして冒険者達だった。しかしそこにキアルとコロロ、ひまわり組、ミュイラスの姿はない。
対峙している人間側は、剣を槍を杖を弓を盾を、武器を構えて戦いを始める。そしてその姿を見たモンスター達は闘争本能を剥き出しにして襲い掛かる。
乱戦だ。力が荒れ狂う乱戦が起こっている。しかし、その姿に関してナトリとヤイナが感心を示すことはない。眼下の光景と猛る声を流しながら、二人はただ、言葉を交わす。
「それで。あたし達はこれからどうするんスか?」
「何もしない」
「……は?」
その返答に、ヤイナは一瞬理解が出来なかった。
しかしルナトリックは言葉を続ける。
「何もしなくて良い。それが我輩達の最善の道である」
「……ナトナト。それは流石に笑えない冗談っスよ」
乱戦の喧騒が遠く聞こえる防壁上部で、声が静かに響く。
ルナトリックの言葉を聞いたヤイナは、表情も声も変わった。
そしてその目つきは鋭くなる。いつもの明るい人間性は失われ、ただただ冷たい雰囲気を漂わせながら。普段とは違う様相を露にしながら。ルナトリックへと冷たい視線を向ける。
「冗談ではない。もし貴様が助けに行くと言うのならば、その方が悪手である」
「んなこと魔法職だから分かってるっスけど、だからって何もしない理由にはならないっスよ。
なんスか? ナトナトはパイセン達に死んで欲しいんスか?」
「この身体では是と非が混ざり合う問いであるが、本当の死を指しているならば非である」
「その言い方、まるでゲーム的な死は是って言ってる風に聞こえるっスね。そんなはず無いっスよね? ランダムで記憶消えちゃうんスよ? パイセン達自身は何とも思ってないっスけど、あたしは嫌っス。パイセン達の中からあたし達の記憶が消えるのは絶対嫌っス」
「我輩とて――。いや、今更迷うことではない。そのためならば何度でも殺そう、何度でも死んでもらおう。それこそが我輩の終点に至るために必要なのだよ」
「ナトナト――ッ!!」
ヤイナはルナトリックの言葉を聞いて感情が昂ぶる。傍から見れば食って掛かり、食い殺そうとせんばかりのただならぬ雰囲気だった。
ヤイナは聞き捨てなら無い事を聞いた。聞き逃してはいけない事を聞かされた。絶対に嫌だった。あの二人の中から、一欠片でも自分との思い出が消えてしまう事が。
イキョウとソーエンはヤイナにとって、友達とも家族とも違う特殊な馴染の関係だ。家族のように距離が近く、友達のように仲睦まじくて、どんなときでもふざけ合っていられて、絶対に味方同士で居られる関係。
誰も助けてくれなかった自分を初めて助けてくれた人物。恩人であり気心が知れている二人が、ヤイナは大好きだから、大好きな二人から自分の記憶が消えるのは心が裂かれるほど辛い。
そして――。仲間の事も大好きだから、ずっと一緒に仲良くしていたいから――。ルナトリックからそんな言葉を聞くとは思ってなかったヤイナは――。
「なんで……そんな悲しい事、言うんスか……」
両目から大粒の涙を流しながらルナトリックのことを見る。
ヤイナは知ってるから、ルナトリックもあの二人が本当に大好きだって事を知っているから。自分がこんなに辛いのに、ルナトリックが辛くないわけが無いと思える。
「怒りや恨みを予想していたというのに、よもや涙を見ることとなろうとは。やはりあの阿呆共の周りでは何が起こるのかが完璧には予想できないのであるな」
ヤイナの眼には、ルナトリックは揺れ動く心を覚悟によって制しているように映っていた。そんな男へ向かって独りよがりな怒りや恨みを向けるほど、ヤイナは独善的な性格ではない。
そしてヤイナは嗚咽を上げながら口を開く。
「ナトナトがっ、何考えてるかなんて、分からないっス……っ。でも、そこまでして、やらなきゃいけないことなんて、あるんスか。みんななかよくしてればそれで良いじゃないっすか……今のままで良いじゃないっスか!!」
「そう……であるな。済まぬなヤイナよ。だが、我輩には我輩の野望がある。我輩が全てを背負おう。故に貴様等は続く未来で愉快な日々を送れば良い。ただそれだけで良いのだ」
ルナトリックは識っている――アーサー達よりも、ダッキュよりも、誰よりも、果ての世界を識っている。
「なんスか野望って!! パイセン達を殺すくらい、そんなに大切なことなんスか!!」
「言わぬ、言えば貴様等が止めに来であろう。故に絶対に言わぬ。どうか貴様等は貴様等であり続けてくれ」
「……。――ッ!! あーもー!! この天才おバカナトナト!! 良いっスよ!! おバカなあたし達は頭良いナトナトから何言われても絶対理解できないっスから!!」
「クックック。………………何故貴様等は揃いも揃って我輩を、楽しませてくれるのであろうな……」
「知らないっス!! ナトナトの言うことなんて知らない!! だからあたしは勝手に動くっス!! あたしの野望はパイセン達を助けることっス!!」
「ふむ……」
「ナトナトはいコレ!!」
怒って拗ねているヤイナは、両手で抱えたクライブ達をルナトリックへと渡す。
「……何故クライブが……とは聞かん。我輩の仲間達が起こす事象なぞに、何故ほど無意味な言葉もなかろうて」
「べー!! 薄情ナトナト!! でもホントは厚情ナトナト!! そこで偉そうにふん反り返りながら含み笑いでもしてればいいっスよ!! バーカバーカ!!」
問答はここで終わり。これ以上の言葉は交わされない。
ヤイナは捨て台詞を吐いて防壁から飛び降りると、その勢いのまま壁を垂直に駆け下りて行った。
その姿を、ルナトリックはただ見送り、そして――。
「……我輩の野望も、阿呆共を助けることであるぞ」
ルナトリックはヤイナが去った後、本当は聞かせたかった言葉を吐き出すように一人呟いた。
VSオルセプス戦周りは、複数話投稿でテンポ良く投稿しようと思います。
時間を掛けて一話毎に途切れ途切れになるよりは、一気読みで終わらせたほうが良いと思いますので。